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小さな勇気

 父は感情の捌け口の対象として私を選んだみたいね。まあ、予想はできていたのだけれど。ただ、それ以外の目的もあったみたいで……。

 ここからは察してくれると助かるのだけれど、父は長年会わないうちに成長した私をすぐにそういう目で見るようになったわ。

 幸い父は小柄で線が細かったのと、長年の不摂生で体を壊していたから、ちゃんと抵抗はできていたけれど、やはり気分は最悪だったわ。

 そんな頃よ。君と出会ったのは……。

 父が酔い潰れるのを駅のベンチで待っていたら、声をかけてくれたの。


『あ、あの……!』

『……なに?』

『お姉さん……だ、大丈夫ですかっ?どこか具合悪いんですかっ?』


 最初は警戒しちゃったんだけど、あまりに一生懸命に、恥ずかしそうに頬を染めながら話しかけてくれる君を見て……つい笑っちゃったわ。久しぶりに人の優しさに触れた気がしたの。


『……ふふっ』

『えっ?ど、どうしたんですか?何で笑ってるんですか?』

『何でもないわ。君って面白いわね』

『そう、ですか?あっ、でも、笑ってくれてよかったです!』

『そうね。久しぶりかも。ねえ、よかったら少し話さない?今誰かと話したい気分なの』

『あ、はい!僕でよければ……』


 それから一時間くらいとりとめのない話をして別れたわ。ただ、別れ際につい君に甘えてしまったの。


『あの、よかったらまたいつか話し相手になってくれない?私は毎日ここにいるから』

『……いいですよ!また来ます』


 それから君は三日に一回くらい来てくれるようになったわ。年齢を考えたら、会いたければ私から訪ねるべきなのはわかっていたんだけどね。あの時、何でもない話ができる君がどうしようもない状況に射し込む一筋の光のような気がして、ついその幸運に身を委ねたの。

 それから一ヶ月経った頃に事件は起こったわ。


『おい』

『お父さん……』

『?』

『最近ずっと帰りが遅いと思ったら……こんな所で男を引っかけてやがったのか……』

『ち、違うわ、お父さん……』

『うるせえ、はやく帰るぞ!』

『嫌よ!引っ張らないで!』

『あ、あの……』

『あん?』

『い、嫌がってるじゃないですか……』

『ガキはすっこんでろ!』

『やめて!この子は関係ないわ!』


 さっき言ったように父は女の私でも十分抵抗できるぐらいだったから、君がひどい怪我をさせられることはなかったわ。

 でも、中学生の子供からしたら、大人が怒鳴って威嚇してくるだけでも恐怖だわ。

 それでも君は、私を守ろうとしてくれた。


『手を……離してください』

『うるせえっ!!』

『やめてっ!』


 君は何度突き飛ばされながらも、私の前に立ってくれたわ。

 でも、父は怒りに身を任せ、近くに落ちていた鉄パイプを手にして……


『いい加減にしろよ!』

『ダメっ!』

『お姉さんっ!』


 私は咄嗟に前に出たわ。

 そこからのことは怪我をしたせいかもしれないけれど、どこか他人事のように色んな出来事が流れていったわ。

 父は警察に捕まる前に自殺を計ったし、君とはあれ以来会えなくなるし、両親が結婚する際にトラブルで絶縁したらしい父方の祖母のお世話になるし。

 祖母は厳しいけど優しい人だったわ。

 彼女は去年亡くなったのだけれど、彼女が遺してくれた遺産の一つがあの家なの。

 なかなか素敵な偶然でしょう?

 そして、私は君とこうやって巡り会えたの。

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