夜空の奥
「先生、どうしてここに……?」
数時間前、学校で別れた先生とこんな所で遭遇すると思わなかったので、いまいち現実味がない。
頬を撫でる風はよりいっそう冷たくなったが、今は気にならなかった。
「……あの、やっばりここで、僕、先生と……」
「ねえ、祐一くん」
僕の言葉を遮るように先生が口を挟んだ。
やわらかな笑みが街灯に弱々しく照らされて、何だかこのままだと先生が消えてしまいそうな不安に駆られる。
だが、そんな不安を打ち消すように、彼女は距離を詰めてきた。
「少し、歩かない?」
「……はい」
冷たい風が黒く長い髪を揺らし、いつもの香りをはこんでくる。
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「じゃあ、どこから話そうかしら……君はどこから聞きたい?」
「最初から聞きたいです」
「わかったわ」
こくりと頷くと、先生は夜空さらに奥の方を見つめながら、そっと言葉を接ぎ始めた。
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私は小さい頃、本当に幸せだった。
特に裕福というわけではなかったけれど、温かい家庭そのものだったと思う。
でも、ふとしたきっかけからその歯車が狂って噛み合わなくなり、やがて壊れてしまった。
はじめは父親の経営していた会社が潰れたことだった。
それから父親はお酒に溺れて、外で女の人と遊ぶようになって、家には帰らなくなったわ。
そうなると、今度は母親から暴力を振るわれるようになったの。
でもね、当時はそれでもいいかなって思ってた。
私が耐えることで、母親の心が救われるならって……今になってみれば、そうすることで自分を納得させようとしていたのかもしれないけれど。
でも、そんな日々が一年続いた頃、母親は自ら命を絶ってしまったわ。
両親がいなくなってしまった私は、一人になってしまった。
ただ、そのことについて何か考える余裕もないままに私はそのまま母方の叔父夫婦の家に預けられたわ。
そこではまあ……便利な家政婦扱いだったわね。
仕方がないことだとは思うけど、まあ生活できるだけマシだと割りきってたわ。大人になって自分で稼げるようになれば、後はどうにでもなるもの。幸い成績は優秀だったから学費のほうはどうにかなったし。
ところが、そんな上手くはいかなかったわ。
ある日、すっかり姿を消したと思ってた父親が、いきなり私の前に現れたの。
その姿は私が好きだった頃の父親とはかけ離れていて、最初はただの詐欺師かと思ったわ。
父はどういうわけか私と一緒に暮らしたいと言い始めたの。叔父夫婦はもちろん快く受け入れたわ。だって厄介者がいなくなるだけだもの。
それからは……まあ、予想はできていたけど、最低な日々だったわ。




