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先生の家

「お邪魔します……」


 昨日はいきなりの出来事で、あまり他のことを考えるヒマがなかったけれど、何というか……大人の香りがする。我ながら語彙力の無さに驚くような表現だけど。

 僕は今、綺麗な畳が敷かれた、やたら高級感のある和室に通されている。

 何となくだけど高そうな掛け軸や、何となくだけど高そうな壺や……僕には本当の価値など、到底わからない物が部屋のあちこちに置かれ、場違いな気分がして、とても落ち着かない。

 そして……いや、まあ、さっきと同じ感想だけど……大人の香りがします。

 大事なことを心の中で二回言ったところで、何かを手に先生が入ってきた。


「お待たせ」

「先生、それ何ですか?」

「プリンよ」

「…………」


 今、ドヤ顔したように見えなくもない。


「昨日は迷惑をかけてしまったから、そのお詫びに。君は甘い物は苦手だったかしら?」

「いえ、大好きですけど……」

「じゃあ、一緒に食べましょう」

「え?そもそも迷惑かけたのは僕の方で……」

「浅野君」


 先生は隣に腰を下ろし、僕の方を向いて正座した。

 ついつい、こちらも同じように正座で向き合ってしまう。


「昨日も言ったけど、必要以上に自分を責めるのは良くないわ。君が君自身を責めているのを見るのは、私もつらいの」

「……はい」

「だから……このプリンを一緒に食べて、『おあいこ』ということにしましょう」

「……はい、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 そう言って、先生は優しく微笑んだ。学校では遠巻きに見ている微笑みが、こんなに近くにあるのが、何だか現実味がない。

 そのあまりの美しさに、頭がくらりときたけど、それを悟られぬよう、黙ってプリンを食べ始める。

 先生も食べ始め、室内は静謐な空気が流れる。

 だけど……


「先生……」

「どうかした?」

「いえ、その……近くないでしょうか?」


 いつかの補習の時みたいに、先生は僕にぴったりとくっついている。右肩や右太股に、柔らかい温もりを押し当てられた僕は、顔が熱くなるのを感じ、プリンの味がよくわからなくなっていた。

 先生の方はといえば、いつも通りの無表情で、体が触れ合っていることなど、お構いなしだった。


「あの……」

「気にしなくていいわ。今日休んだ分の補充…………このテーブルが小さいから気にしないで」


 今、補充とか何とか聞こえた気がするんですけど……。

 それでも、何故か僕は反論できなかった。

 真正面に座ればいいのでは?とか言えなかった。

 は、はやく食べてしまおう。


「そういえば、このプリンなんだけど……」

「?」

「メーカーが違うのよ」

「…………」


 ……皿に出してしまえば、全く見分けがつかない。

 むしろこれ……一緒じゃないか?てか、メーカーが違うって……。

 

「だから……」

「はい?……えっ!?」


 先生はプリンをスプーンで掬い、こちらに差し出した。


「こっちの味も確認してもらえる?」

「え?あ、でも……」

「はい」

「…………」


 先生の有無を言わさぬ無言の圧力に気圧され、僕はスプーンを咥える。口の中には程良い甘さが広がり……うん、違いがわからない。

 し、しかも、これって……間接キス……。

 先生の方を見ると、普通にそのスプーンでプリンを掬い、口に含んでいた。薄紅色の柔らかそうな唇が、さっきまで自分が咥えていたスプーンに触れるのを見て、ドクンと鼓動が高鳴る。


「…………」


 何故か先生はスプーンを咥えたまま、こちらをじっと見つめた。


「そっちの味も確認したいのだけれど……いいかしら?」

「あ、はい、どうぞ……」


 プリンの乗った皿を先生の方に差し出すと、先生はそれをじ~っと見つめたまま動かない。もしかして……

 僕がスプーンを顔の辺りでひらひら振ると、先生はこくりと頷いた。

 …………すごく恥ずかしいけど、やるしかない。

 手の震えを何とか抑えながら、プリンを掬い、先生に差し出す。


「ど、どうぞ……」

「ん……」


 今度は先生が僕のスプーンを咥え……何だろう……なんか、すごいいやらしいことをしている気分だ。

 スプーンから口が離れる瞬間、チラリと僕を見た先生は、頷きながら呟いた。


「そんなに変わらないわね」

「…………」


 変わらないんですか。いや、知ってたけど。

 僕は急いで残りのプリンをかき込んだけど、食べ終えた後になって、こっちも間接キスだと気づいてしまい、しばらく先生の方を見られなかった。


 *******


 帰る頃には、すっかり陽も沈んでいた。


「ごちそうさまでした」

「いえ、こちらも結局引き止めてしまって悪かったわね」

「大丈夫ですよ。家、すぐそこですし。今日は特にやることも……」

「課題は?」

「あ……」

「……わからないところがあったら、いつでも聞きに来なさい」

「は、はい。ありがとうございます。それじゃあ、お邪魔しました」

「ええ」


 その日の夜、何とか自力で頑張った。

 実際、頭の中がまだふわふわしていて、これ以上は理性やら何やらが色々とやばい。夢の中にいるみたいで……そういえば、今日も聞けなかったな。


 *******


「別に遠慮しなくてもいいのに……」

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