答え
「……んん?」
小説を読んでいたら、いつの間にか寝落ちしていたらしい。どこまで読んだんだっけ?
思い出そうとすると、頭に微かな痛みを感じた。
その痛みと共に、先生の笑顔が浮かんできた。
だが、その笑顔は今の先生より幼く見えた。
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今日はお昼前に体育の授業なのね。最近はすっかり体力もついてきて何よりだわ。球技はへたっぴだけど。あ、こけた。大丈夫かしら。後で手当てしてあげなくちゃ。
「森川せんせ~」
「新井先生、どうかしましたか?」
「それはこっちのセリフですよ。グラウンドの方ばかりじ~っと見ちゃって~」
「……ええ。生徒がきちんと授業を受けているかを確認しただけです」
「クールに誤魔化す森原せんせ~、そこにしびれます、憧れます~」
「茶化さないでください」
「はい」
まったくこの人は……そこが可愛いところではあるのだけれど、たまに心を読まれているんじゃないかと思うことがある。
「じゃあ、そのプリントは私がまとめておきますので、先生は次の作業をどうぞ~」
「えっ?でも次は……」
すると、新井先生はぱちりと可愛らしくウインクをした。それで察した私はすぐに立ち上がり、彼女に頭を下げた。
「では、お願いしますね」
「はいはい~」
新井先生の意図はわからないけれど、喜んでご厚意に甘えよう。
私は早足で保健室へと向かった。
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考え事をしながらサッカーをしていたら、うっかりこけてしまった。ついてない……。
「し、失礼しまーす……」
ゆっくり保健室の扉を開けると、そこには見慣れた姿があった。
「えっ、森原先生?」
「……偶然ね」
「そうですね……あの、さっき転んでしまったんで手当てを……」
「なるほど。任せて」
「え?せ、先生がやってくれるんですか?」
「このぐらいなら大丈夫よ。さあ、傷を見せて」
「あ、はい。よろしくお願いします」
先生は僕の足に丁寧に消毒液をかけ、優しく処置を施してくれた。
先生が屈む度に豊満な胸元が強調され、目のやり場に困った僕は目をそらしてしまう 。
そして、雑念を追い払ったところで、僕は先生に声をかけることにした。
「あ、あの、先生……」
「何?」
とりあえず声をかけたものの、何を話すかまでは決めていなかった。
保健室の静寂の中、僕は思いつくまま口を開いた。
「付き合ってる人、いるんですか?」
「っ!」
何を言ってるんだ、僕は!
先生も予想外の質問に驚いたのか、目を見開き、こちらを見た。
「……きゅ、急な質問ね。一体何があったの?」
「す、すいません……自然と口から出てきたといいますか……」
「そう……でも、私は教師で君は生徒。だから今の質問に対しては指導を行う必要があるわ。目を閉じて」
「はい……」
どうやら怒らせてしまったらしい。
大人しく目を閉じると、先生の気配が近くなった。
「これが私の答えよ」
「え?」
柔らかいものが僕の額に触れた。これって……。
その事実を認識するのに数秒かかり、認識してからは、さらに頭の中がこんがらがってくる。
えっ?えっ?こ、答えって?
「いつまでも待ってるから」
「は、はい……」
「じゃあ、今度は転ばないようにね」
先生は立ち上がり、軽やかな足取りで保健室を出た。
僕は閉まった扉を見つめたまま、しばらく固まっていた。




