夜の静寂
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。
いや、そう思っているのは僕だけか。
先生はいつもと変わらないテンションでココアに口をつけている。
微かな物音がやけに強調される静寂が、なんとも緊張感を煽ってくる。
「テレビ、点ける?」
「え?」
「静かすぎるのが居心地悪い時もあるわよね」
「……すいません」
先生がリモコンを操作すると、美味しそうな料理に出演者達が舌鼓を打っていた。あまり観ないがグルメ番組だろう。
会話内容やら何やらが程よいBGMになり、少しだけ緊張が和らいだ。
そう考えたら、自然と言葉が出てきた。
「あの、最近……先生のことばかり考えるんです」
「っ!?」
先生が盛大にココアを吹き出した。
「だ、大丈夫ですか、先生!?」
「……何の事かしら」
「いや、思いきりココアを吹き出しましたけど……」
「あら、そうね」
さすが先生、こんな時もクールだ。いや、これは褒めるところなんだろうか。
先生は黙ってふきんを持ってきて、手早くテーブルを綺麗にした。
そして、何事もなかったかのように椅子に座り、再びこちらに向き直った。
「もう一回聞かせてもらえるかしら」
「え?」
「もう一回聞かせてもらえるかしら」
てっきり聞こえていたと思ったんだけど……あと、圧が凄まじい。絶対にもう一回言わなきゃいけないと思わされる。
「最近……先生のことばかり考えるんです」
「はうっ」
先生の体がびくんっと跳ね、テーブルに頭を打ちつけた。
「先生っ!?どうしたんですか!?」
「……何の事かしら」
これで平静を装えるなんて凄すぎる。でも、あまり真似したくはないやつだ。
先生は眼鏡をかけ直し、髪を整え、こちらに向き直った。
「なるほど……いきなりね。でもそれは悪いことではないと思うわ」
「は、はい……」
言った。
言ってしまった。
ふわふわした気分に、BGM代わりのテレビの音も遠ざかっていく。
先生は悪いことではないと言った。
実際これはどういう意味なんだろう?
単に言葉どおりの意味なんだろうか。
あれこれ思考がごちゃ混ぜになりかけていると、僕の手に先生のひんやりした手が重ねられた。
「私は……君の傍にいるから」
「え?」
胸が高鳴るような言葉の後に、先生はぽつりと呟いた。
「あとは、ゆっくり思い出してくれればいいから」
「……思い出す?」
「そう……君と私のこと」
「それって……」
「今日はこれまで。明日また学校で会いましょう。祐一君」
先生の言葉も表情も、それまでで一番妖艶で、僕の頭の中にはっきりとこびりついた。
それから、家に帰ってから眠るまで、先生の事を何か思い出そうと努めた。




