お世話(森原唯編)3
「せ、先生……何を着ているんでしょうか?」
「……制服」
まあ、確かに。それはそのとおりなんだけど、僕が聞きたいのは、そういうことではない。
「あの、何で……制服着てるんですか?」
「似合ってないかしら?」
似合ってる。似合ってはいるんだけど、僕が聞きたいのは、そういうことではない。
僕はもう一度勇気を振り絞り、先生に質問してみた。
「えっと……何故先生は昼休みに制服に着替えたんでしょうか?」
「……別に」
「……そうですか」
え?それで誤魔化す気なのか?いや、さすがに無理があると思う。
僕の視線に気づいたのか、先生は眼鏡の位置を直し、いつもの調子を取り戻して、口を開いた。
「ほら、君は最近よく私とご飯を食べる機会があるでしょ?でも、私ってこんなテンションだから、その……マンネリ化もあると思うの。というわけでたまには違う服装で……いや、これは違うわね。本当の事を言うと、奥野さんが少し羨ましかったというか……うん」
「は、はい……」
先生らしからぬ長台詞。ひとまず頷いてみたけど果たして本当なんだろうか。
「本当よ」
「普通に心が読まれてる!?今に始まったことじゃないですけど」
「たまに思うのよ。君と同じ年齢で、同じ教室で過ごしていたら、どんな楽しい学校生活だったんだろうって」
「……意外と会話してなかったかも」
「…………」
ジロリと睨まれた。確かに今のは間違っていたと自分でも思う。
でも、先生が同級生だったらかぁ……確かに想像するのは楽しいけど、やっぱり話しかけづらかったろうなぁ、と思ってしまう。何というか、たまに話しかけてもらったら、とてもテンションが上がるような存在だと思う。
そう考えながら、改めて先生の制服姿を見ると、やはり魅力的だった。
先生から醸し出される大人の色気だったり、スタイルの良さだったりで、同級生っぽくはないけど、それでもつい見とれてしまう。
先生は、僕の視線に気づいたのか、何故か一人で納得したように頷き、小さな笑みを見せた。
「それじゃあ、そろそろ食べましょう」
「あ、はい……」
「安心して。しっかり食べさせてあげるから」
「よろしくお願いします」
「安心して。しっかり食べさせてあげるから」
「…………」
何故二回言ったんだろう。大事なことだからだろうか。そうなのか。
そして、先生は淀みない箸さばきで、僕の口の中に食べ物を入れていった。
*******
家に帰り、夕飯を終え、そろそろ風呂にでも入ろうかと腰を上げると、チャイムが鳴った。
あれ?誰だろうか?
とりあえず玄関まで行き、確認すると、そこには先生が立っていた。
「せ、先生?どうかしましたか?」
「お風呂、手伝いに来たわ」
「え?風呂なら何とか……」
「気にしなくていいわ。今日は私のターン……いえ、私がしっかりお世話をすると言った以上、一日の終わりまで、しっかり務めさせていただくわ。さ、浴室に向かいましょう」
「え?え?」
「大丈夫。服くらい余裕で脱がせられるから」
「いや、服くらいなら自分で、あ、ちょっ、先生なんか目が怖いですっ、ていうか力強っ!あ~~!!」
*******
「ふ~……」
湯船に浸かり、ほっと一息つく。
何とか服を脱がされるのは止めた。なんであんなに残念そうな顔をしていたんだろう……。
そういえば、先生は背中は何がなんでも流すと言ってたけど、夏休みの時みたいに水着でも着てくるんだろうか。
ふと浴室の扉に目を向けると……肌色の何かが見えた。
思わず咳き込んでしまう。もしかして……裸!?
「?どうかしたの?」
慌てて目をそらすと、先生から声をかけられた。どうしてこの人はこんなに無防備なんだろう。わざとじゃないかと思えるくらいだ。
平常心、平常心、と呪文のように唱えていると、ガラッと浴室の扉が開いた。
反射的に目を向けると、バスタオルを身体に巻いた先生がいて、ほっとする。べ、べべ、別にがっかりなんかしていない。
「お待たせ。じゃあどうぞ」
「あ、はい!」
先生から促され、腰にバスタオルを巻き、湯船から上がり、椅子に座る。なんだ、この非現実的なシチュエーション。今さらだけど……。
そういえば、先生ってバスタオルの下には何か着てるんだろうか。さすがに水着くらいは……
「あの、先生、バスタオルの下って、何か着てますか?」
「…………もちろん」
何だ、今の間は!?
いや、気にするな。気にしちゃダメだ……。
いつか見た先生の裸が脳裏に浮かんでくるが、それを何とか押し止める。
もちろん、そんな思考回路など知る由もない先生は、僕の背中をごしごし洗っていた。力加減が絶妙で気持ちいい。
だが、そこでまた浴室の扉が開いた。え?今度は誰?
「あ~!!!」
驚愕と憤怒の表情をこちらに向けているのは、いつの間に帰ってきていたのか……姉さんだった。
「な、な、何やってるの~!!こ、こんなエロゲみたいなシチュエーション、私が代わりに裕くんを洗ってやるわ~!!」
登場してさっそく謎のキレ方をする姉さんが、ずかずかと靴下を履いたまま浴室に入ってくる。しかし……
「きゃあっ!」
「あっ……!」
「っ!!!!」
滑って転ぶ姉さん。受け止めようとする僕と先生。
ずれ落ちるバスタオル。
目の前に肌色が広がった瞬間、僕の意識は暗闇へと沈んでいった。




