お世話(森原唯編)2
「ごめんなさい。大丈夫だった?」
「あ、はい。全然平気ですよ」
授業が終わると、先生は真っ先に僕の元へ来て、心配してくれた。すごくわかりづらいけど、あたふたしているのが新鮮に見える。
さっき先生がこっちに倒れてきた時、顔に思いきり胸がぶつかったが、特に気にしてはいない。いや、特に気にしてないといったら嘘になるかも……とにかく怒ってなんかいないし、気分を害してもいない。ていうか……いやいや、何を考えてんだ、僕は。
「どこも痛くない?」
「は、はい……」
急に体をぺたぺた触りだした先生に、「え?え?」と驚きの声が漏れてしまう。ど、どうしたんだろう、そこまで心配しなくても……。
周りのクラスメートも、ちらちらとこっちを見ている。その目には、好奇心やら憎しみみたいなものが込められていて、すごく気まずい。
先生もその視線に気づいたのか、そっと僕から離れて、「また後でね」と残して、足早に去っていった。
……どうかしたのかな?明らかにいつもと様子が違う。もしかして……?
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「ま、また、やってしまったわ……どうしたのかしら、私……もしかして、焦ってる?いえ、しっかりしなきゃ。今はこの溢れる想いは抑えて、彼のサポートに集中しなきゃ……」
「あんた……さっきから何、壁に向かって話しかけてんの?」
「ひゃうっ!?せ、先輩っ!?」
*******
「裕一君、なんか今日大大変そうだね」
「あ、愛美さん。いや、大変というか……」
意外と普通に名前を呼べた事に安堵しながら、会話をそのまま続けようとすると、愛美さんはクスクスと笑った。
「まだ硬いね。別に呼び捨てでもいいのに」
「あー、そ、それは、後々……いつか……うん」
「そ、じゃあ期待して待ってる。それより……今日おかしいよね」
「うん……」
「いや、まあいつもやってることが色々おかしいとは思っているけど……」
「そ、それは言い過ぎなような……」
「でも、今日は違う方向でおかしいのよね」
「……具合悪いのかな」
「う~ん、あれはちょっと判断しづらいわ……あ」
「どうかしたの?」
突然固まった愛美さんの視線を辿ると、そこには物陰からこっそり顔を出して、こちらを窺う先生がいた。
じ~、とか効果音が聞こえてきそうなくらい真剣な眼差し。
……おかしいな。何もやましい事はないはずなのに、すごい罪悪感みたいなのが……。
「じ~……」
あ、聞こえる!うっすらと声に出してるのが聞こえてきてる!
そんな様子を眺めながら、どうしたものかと悩んでいると、自然と足が動いていた。
そう、とりあえず今すぐ先生に言わなきゃいけないことがある。
僕は真っ直ぐに先生の元へ行き、目を驚きに丸くするのにも構わず、はっきりと告げた。
「先生、結構目立ってます……」
「!?」
さっきから近くを通る生徒が、先生を二度見、三度見していた。
そりゃあ、担任の先生が教室に入りもせず、こっそり廊下から中を窺ってたら、誰でも不審に思うよね。
しかし、そんな姿でも先生の魅力は健在で……
「あんなこっそり私達を見守ってくれるなんて……」
「やっぱり森原先生って素敵だわ~」
「おい、あれ、俺見てるんじゃね?やべ、どうしよう。今日が人生最良の日になりそう!」
「は?何夢見てんだよ。あれは俺見てたんだよ」
「君達、馬鹿じゃないのかな。あの視線は確かに僕を向いていた」
「…………」
とりあえず、どんな場面でも評価を上げる森原先生、マジパない。
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そして昼休み。
そういえば、事前に言われてたっけ。生徒指導室に来るようにって。
校則違反なんて全然していないのに、使用率は学年……いや、校内トップな気がする。まあ、今さらだけど。
……とにかく、先生が今日様子がおかしいのは間違いないから、どうにか力に慣れるといいんだけど。
包帯の巻かれた右腕を見ながら、そんなことを考えていると、ガラッとドアが開き、先生が顔を見せ……た……?
「お、お待たせ……ゆ、裕一君、お昼ごはんに……しよっか」
「…………」
…………危ない!思考が停止するところだった!
しかし、それも仕方ないと思う。
何故なら、先生が制服姿で出てきたから…………あれ、ほっぺたつねったけど、夢じゃないみたいだ…………マジで?




