お世話(森原唯編)
「よし。ついに私の番……頑張らなきゃ」
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「…………んっ?」
違和感を感じ、目が覚める。
あれ?なんだ、この感覚……やけに温かい。
最近は朝起きると、寒さを感じるようになっていたんだけどな……。
そんな疑問を感じていると、目の前にいる先生と目が合った。
……現実を受け入れるのに少し時間がかかりそうなので、もう一度確かめてみよう。
今僕は、目の前にいる先生と目が合った。
「せ、先生っ!?」
ようやく理解が追いつき、声をあげると、先生はレンズの向こう側の瞳をこちらに向けたまま、艶やかな唇を動かした。
「おはよう、浅野君」
「あ、おはようございます……じゃなくて!な、なんで先生が僕のベッドの中に!?」
「念のためよ」
「念のため!?」
雑すぎる回答な気がするが、まあ先生の事だから、僕の腕を心配して、そうしてくれているのかもしれない。
我ながら雑に納得して、ゆっくり体を起こそうとすると、僕の背中を先生がそっと支えた。
「まだ乱暴に体を動かしてはダメよ」
「あ、ありがとうございます……」
立ち上がる際に、顔と顔がかなり近づき、朝からかなり緊張させられているが、それでもどこか心地よさを感じてしまう自分がいる。
先生の甘い香りが、すっかり鼻に馴染んでしまっているからか。
「あ、浅野君……いえ、裕一君?」
「はい?」
「そこまで凝視されると、さすがに恥ずかしいのだけれど……」
「す、すいませんっ!」
いつの間にか、視線が先生の横顔に固定されていたようで、僕は慌てて顔を逸らし、ゆっくりと今日一日を始めることにした。
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階段を下り、居間に行くと、テーブルの上には既に朝食が準備されていた。
朝早くから大変申し訳ない……。
テーブルに着くと、先生が隣に座り、体をぴったりとくっつけてきた。
こちらが「え?」と反応するより早く、先生は「いただきます」と呟いた。
それにつられるように僕も「いただきます」というと、先生は流水のような淀みない動作で、こちらに箸でつまんだ焼き魚を差し出してきた。
「はい、あーん」
「え?じ、自分で……」
「あーん」
有無を言わさぬ圧力を感じるのは気のせいでしょうか?
僕が口を開けると、ちょうどいい塩加減の焼き魚が口の中へと運ばれていった。
「どう?」
「おいしいです」
「よかった。今日は私がしっかりお世話するから……覚悟……安心して」
「今、覚悟って言いませんでした!?」
言い違いなんてレベルじゃない気がする。あと少しだけいつもと様子が違う気が……。
「ちょっと何言ってるのかわからないわ」
「やっぱりいつもと違う!ど、どうかしたんですか、せんせ、んぐっ!?」
その後、先生に次々と食べさせられ、何かあったのかと聞く暇はなかった。
ちなみに、この後歯磨きまで手伝われそうになったが、何とか歯みがき粉を歯ブラシに垂らしてもらうだけにした。
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「い、いけないわ。何だか空回りしてる……私とした事が、緊張しているのかしら?」
「よしっ、が、学校では挽回しなきゃ!」
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授業中。
朝とは違い、一見いつもどおりに見えたが……。
何だか目が合う回数が多い気がする。
普段から授業中に目が合うのは珍しくも何ともないんだけど、今日は特に多い。
この違和感は、おそらく僕や奥野さんしか感じていないだろうけど……本当にどうしたんだろう?
そして、先生が文法の説明をしながら、教室内を歩き始めた時、事件は起こった。
「じゃあ、次は……きゃっ!」
「っ!?」
意外なくらいに可愛らしい悲鳴。
こちらが反応するより先に柔らかな何かが横顔にぶつかってきた。




