表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/106

お世話(奥野愛美編)3

 なんとかその日の授業を終え、真っ直ぐに家に帰ったのたが、僕はまだ落ち着かない気分のままだった。

 その理由は……


「わあ、すごい。浅野君、小テスト8割正解してる!私も負けてらんないなあ」

「あ、ありがとう……」


 そう。僕の隣には現在奥野さんが座っている。

 なんていうか、隣という言い方が生温く感じるくらいに。

 ていうか、むしろくっついてしまっている。今日の授業中のように、そりゃもうピッタリと。

 肩や肘に触れる温もりに、精神力やら何やらをガリガリと削られているが、不思議と頭は冴えていて、さっき問題集の小テストをやってみたら、驚くほど出来がよかった。

 奥野さんは、僕の問題集を見ながら、まるで自分の事のように喜んでくれている。

 その様子を、頬を緩めながら眺めていたら、こちらを見た彼女と目が合った。


「ん?どうかしたの?」

「あ、い、いや、なんでもないよ。それより、何か飲み物持ってこようか?」

「水筒の中、結構残ってるからいいよ。それより、ちょっといい?」

「え、いいけど……」


 奥野さんの声音と表情から、何か真剣な雰囲気を感じ取り、居住まいを正すと、彼女はしばし逡巡してから口を開いた。


「あの……浅野君ってさ……好きな人、いるよね?」

「え?」


 突然の質問に、ついぽかんとしてしまう。

 いきなり女子にそんな事を聞かれたからだろうけど、それだけじゃない。

 その言い方はまるで、僕に好きな人がいるのは確定しているみたいで……。

 すると、奥野さんはいきなり立ち上がり、こちらに向かって、手をぶんぶん振った。


「あははっ!ごめんごめんいきなり!!驚いたよね!?」

「えっ?えっ?」


 またもや突然の出来事にぽかんとしていると、奥野さんは隣に再び腰を下ろしてきた。


「ほらほら、浅野君とこういう話って中々する機会なかったからね?なんかつい話してみたくなったというか……」

「あ、ああ、そうだね。なんていうか、興味ないわけじゃないんだけど、こういう話するの慣れてなくて……」

「あはは、いきなりごめんね?あ~……熱くなっちゃった……」


 そう言いながら、奥野さんは胸元をぱたぱたさせた。

 真横にいるせいか、ついその意外に豊満な膨らみに目がいってしまう。

 だが、その視線に気づかれたのか、奥野さんはサッと胸元を隠した。

 やばいと思いながら、奥野さんの目を見ると、こちらをジト目で見ていた。


「……見た?」

「……ごめん」


 すぐに頭を下げると、彼女がぼそぼそと何か呟いている気がした。


「……私のでも見てくれるんだ」


 上手く聞き取れないが、とにかく頭を下げ続けていると、ぽんぽんと肩を叩く感触があった。

 慌てて顔を上げると、奥野さんは優しい笑みを見せていた。


「別に怒ってないから気にしなくていいよ。じゃあ、今度は質問を変えてみようかな」

「何?」

「浅野君、私の事……どう思う?」

「…………え?」


 さっきと似たような……それでいてどこか違う雰囲気。

 奥野さんの瞳は潤んでいて、茶色い髪は窓から射し込む夕陽に赤く染められていた。

 自分の言葉次第で、何かが決定的に変わる。

 そんな感覚の中、言葉をしっかり紡ぐように口を開いた。  


「……えっと……尊敬、してるよ」

「尊敬?」

「うん。奥野さんって、僕とは違って誰とでも関わっていける積極性があるし、勉強も運動も努力を惜しまないし……クラスメートの中じゃ、一番尊敬してる、かな」


 なるべくありのままを加工することなく、それでいてはっきり伝えると、奥野さんは口元に手を当て、何度か頷いていた。


「……そっか……まあ、悪くはないかな。……ていうか、またごめんっ!変な空気にしちゃって!」


 ころころ表情が変わる奥野さんを見て、また一つ新しい彼女の一面を知る事ができた気がした。


 *******


 だいぶ陽が傾き、奥野さんが帰ることになったので、僕は見送るべく家の外まで出ていた。

 彼女は、さっきの事などまるでなかったことのように、いつもの笑顔を見せていた。


「なんかごめんね。つい長居しちゃって」

「いえいえ、こちらこそ勉強に付き合ってくれてありがとう。それじゃあ、帰り気をつけて」

「うん、大丈夫。あたしの家まで割と人通りあるし。それじゃあ、また明日ね」

「うん、また明日」


 奥野さんはひらひらと手を振り、歩き始めた……かと思えば、立ち止まり、振り返った。そして、どこか躊躇うように視線をさまよわせてから、口を開いた。


「……浅野君」

「?」

「その……今日から私、君の事、裕一君って呼ぶから!君も私の事、愛美って呼んで!!」


 結構大きな声で言われ、こちらも自然と口を開いてしまう。


「え?あ、うん……わかった。え~と……愛美さん?」


 おずおずとその名前を口にすると、彼女は満足そうに頷いた。


「よしっ!それじゃ、裕一君また明日!」


 そう言って、奥野さんは早足で帰っていった。

 振り返ったりする事はなく、夕陽が華奢な背中を赤く染め続けている。

 それはあっという間の出来事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ