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お世話(奥野愛美編)2

 走れないながらも、遅刻ギリギリで何とか間に合い、あとは大概の事は自力で何とかできる。

そう思っていたのだけれど……。


「あ、あの、奥野さん……」

「何?」

「……いや、なんでもないよ」

「そう?」


 奥野さんがやたらくっついてくるんだが……。

 これは、右腕を負傷した僕は、授業中も大変だろうという配慮らしい。

 たしかに、教科書のページを自分でめくる必要はないので、すごく助かるが、これはこれで大変なんですが。

 何故かって、さっきから右肘に柔らかいものが当たったり離れたりして、そっちに意識を持っていかれてしまう。


「……森原先生、よくこんなのできるわね。頭のネジ、だいぶ外れてんじゃないの?」

「どうしたの?」

「あ、うん、何でもないよ。大丈夫。ちょっと緊張やら何やらで、頭のネジが外れただけ」

「それ、本当に大丈夫!?」


 さらに、この状況をやばくしている原因がもう一つ。


「なあ、近すぎじゃね?」

「おのれ……杉ノ内」

「愛美……ファイト」


 さっきからクラスメートがちらちらとこっちを見ている。ていうか、杉ノ内って誰だよ。あと、奥野さんを誰かが応援している声が聞こえた気がするけど、気のせいだろうか。それとも、僕の隣はそんなに忍耐が必要な席なんだろうか。だとしたら地味にショックだ。


「浅野君?なんで急に落ち込んだ表情してるの?」

「あはは……奥野さん、ごめんね」

「なんか謝られた!?」


 そして、この後の授業も立て続けに似たような展開になってしまい、モヤモヤした気分のまま午前中は過ぎていった。 


 *******


「…………」

「おや、森原先生、どうしたんですか?そんなこっそり教室を覗いて」

「……生徒達が真面目に授業を受けているか気になっただけです」

「ほう、休憩時間まで生徒を気にしているとは、感心ですな」

「いえ、担任として当たり前の事です。それでは失礼します」


 *******


 昼休み。

 チャイムが鳴ると、奥野さんがこっそり耳打ちしてきた。


「さ、先に生徒指導室行ってて……すぐ行くから」

「え?あ、うん……」


 ちなみに、こっそり耳打ちしてても、何人かちらちらこっちを見ているので、あまり秘密めいた感じはしない。ていうか、さりげなく向けられている気がする殺意やら何やらで、不安と緊張が止まらない。

 だが、奥野さんの手料理が楽しみなのは事実なので、僕は足早に教室を抜け出した。


 *******


 森原先生から事前に使用許可を得ていた生徒指導室に入り、椅子に座ると、すぐに奥野さんはやってきた。


「ごめん、待った?」

「いや、全然。あの……ごめん」

「何が?」

「えっと、その……なんか僕のせいで、奥野さんが変な目で見られている気がするというか……ほら、僕あまり友達とかいないタイプだし」

「ん?全然気にしないけど?」

「え、でも……」


 すると、頬を両側から、ひんやりした手で挟まれた。

 いきなりの出来事にポカンとしていると、目の前に奥野さんの顔があり、声を発することすらできなくなってしまう。

 ふわりと甘い香りが漂い、黒い瞳が僕をしっかりと捉えていた。

 ……やっぱり、奥野さん綺麗だな。

 同じクラスになってから、何かと一緒にいる機会が増え、あまり意識しなくなっていたけど、改めて見ると、今自分と一緒にこうしているのが不思議なくらいだった。

 だが、そんな風に見とれていたのも束の間、奥野さんは少し怒っているようにも見えた。


「そうやって自分の事卑下しないの。それ、君の悪い癖だよ?」

「……は、はい」

「私、こう見えても浅野君の良いところ、結構知ってるんだから。浅野君がそういう事言うの哀しいな」

「…………ごめん。いや、ありがとう」


 今が昼休みだということも、ここが学校だということも忘れてしまいそうな時間が流れ、やたら胸は高鳴り、何だか現実から抜け出したような気分になってきた。

 だが、それも奥野さんの声でゆっくり現実に引き戻されていった。

 そして、彼女は何故か、そのまま勢いよく立ち上がった。


「ちょ、ちょっと忘れ物したから、先に食べてて……」

「え?」


 僕が声をかけるよりはやく、奥野さんは猛ダッシュで教室を飛び出してしまった。

 その背中を見送ってからも、両頬に残る淡い温もりはしばらく消えなかった。


 *******


「や、やば……!私、なんであんな大胆な事したんだろ……ああ、でも……!てか、どうしよう、この後顔見れるかなぁ?」

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