お世話(新井先生編)
目覚ましが鳴り響き、一日の始まりをやかましく告げる。
うっすらと目を開け、見慣れた天井を見つめると、少しだけ夢の中が恋しくなる。
だが、そのまま眠り直すわけにもいかず、ゆっくりと起き上がると、自分が右腕を怪我しているという事実に、何ともいえない気分になる。
……当たり前なんだけど、まだしばらくはこのままなんだよなぁ。
そして、軽く溜め息を吐き、ベッドから下りると、いつもの床とは違う感触がした。
「え?え?」
「ふぎゅ~~……」
なんとそこには人が倒れて……いや、眠っていた。しかも、その人は自分のクラスの副担だった。
「あ、新井先生?あの、だ、大丈夫ですか?」
完全な事故とはいえ、女性の背中を踏んだことに罪悪感を覚えながら、おそるおそる声をかけると、新井先生はうっすら目を開け、ぼわ~んとした笑顔を向けてきた。
「おはよう~、浅野くぅ~ん、ぐっすり眠ってましたね~♪」
「むしろ、新井先生のほうがよく眠っていた気がするんですが……」
「あはは~、たしかにそうかもしれませんね~」
何となくだが、僕にでもわかる。
この人、まだ寝ぼけている!
なんか目がとろんとしているし、ワイシャツが第二ボタンまで開いていて、目のやり場に困る。
「と、とにかく先生、起きてください……あと服もちゃんと着ないと……」
「はーい」
そう、新井先生は右腕が使えない僕の身の回りの手伝いを申し出てくれた優しい人物の一人だ。
だが、これは立場が逆転している気がするのは気のせいかな?新井先生は、今まさに僕のベッドの上に寝転がろうとしているし。
「先生っ?ほら、はやく起きないと遅刻しますよ!ね?」
「お願いします~、あと5分だけ~」
「ええぇ……そんな、中学生じゃないんだから……」
やばい、本格的に眠ろうとしている!なんとかしなきゃ!
この後、新井先生を起こすのに10分以上かかった。
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「ごめんなさい、浅野く~ん。ついつい……」
「あはは……だ、大丈夫ですよ。おかげで完全に目が覚めたんで」
僕は、居間で先生が作ってくれたおにぎりを頬張っていた。まさか、ここまでやってくれるとは……母さんも、家事が楽で助かるとか喜んでたし。
そんな事を考えながら、2個目のおにぎりを頬張っていると、新井先生はニコニコ笑いながら、こちらを見ていた。
「浅野君は本当に美味しそうに食べますね~」
「えっ、そうですか?」
食べ方をどうこう言われた事がないので、何だか少し恥ずかしい。
あと、副担の先生と普通に朝食を一緒に食べているというのが、改めて考えてみると不思議だ。
ていうか、森原先生とのあれこれで、普通は中々ないような状況に慣れすぎたのかもしれない。
「ていっ」
「んぐっ?」
いきなり口に何かを突っ込まれ、変な声が漏れる。
この優しい甘さは卵焼きだろうか。
突然の出来事に目をぱちくりさせていると、新井先生がいつめと違う小悪魔めいた笑顔を見せていた。
「ふふっ、スキあり、ですよ。今、他の女の人の事を考えていましたね?」
「…………」
卵焼きを飲み込み、どう答えたものかと思案していると、新井先生は可愛らしく頬を膨らませた。
「誰の事かは考えるまでもないですが、今日はその人の事は忘れま……はわわっ!?」
「え?どうしたんですか、いきなり……」
「よ、よくわかりませんが、急に背中に氷を入れられたような悪寒が……!」
「だ、大丈夫ですか」
「ええ、だ、大丈夫ですよ~。気のせいだと思うので」
「そうですか……具合悪かったら、言ってくださいね」
「ありがとうございます~、浅野君は優しいですね~」
何故か頭を撫でられる。周りに誰もいないとはいえ、ちょっと恥ずかしいんですが……。
こうして、いつもと違う朝食の時間は、穏やかに過ぎていった。
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「……裕一君、大丈夫かしら……どうしよう、見に行きたい。でも、あみだくじで決めた事だし……あ、そろそろ行かなきゃ。大丈夫。学校でいくらでも会える」
「あ、でも何もお世話できない……悔しい。いえ、耐えるのよ。明後日は思いっきり……よし」
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「…………」
朝のホームルーム中、やたら先生に見られている気がするんだけど、一体どうしたんだろうか。なんか少し、怒っているような……。
ぶっちゃけ、ホームルームの後に呼び出される事を覚悟していたけど、チャイムが鳴ると、先生はすぐに教室を出ていってしまった。
その事に、僕は肩透かしにも似た気分になった。




