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カレー


「お、美味しい……」

「…………」


 さっきと同じ感想を口にすると、先生はじぃーっとこちらを見ていた。眼鏡のレンズの向こうにある黒い瞳からは、相変わらず感情の読めない眼差しが注がれる。

 何かあったのだろうか……も、もしかして、僕の行儀が悪いとか?


「あ、あの……」

「……いえ、何でもないわ。気にしないで」

「そうですか……」

「…………」


 まだ先生は一口カレーを含むと、またこちらをじぃーっと見ている。本当に何だろう?ていうか、女性に見られながら御飯を食べるって、こんなに緊張するのか……知らなかった。


「…………い」

「はい?」

「いえ、何でもないわ。そういえば、この前薦めた本はどうだったかしら?もう読み終えた?」

「えっと……今、半分読み終わったところです。僕、読むペースがあまり早くないので」

「そう、じゃあ君が1冊目に読んだ本はどうだった?」

「あ、はい。やっぱりネッシーとかロマンがありますよね!なんか小学生の頃を思い出しました」

「……そう、2冊目はどうだった?」

「そうですね、未解決事件とか気になりますよね。何か大きな力が働いてるんじゃないか、とか」

「…………そう、3冊目はどうだった?」

「やっぱり立ち入り禁止って言われると、余計にどんなのか見てみたくなりますよね!行く機会はないだろうけど……」

「………………そう、4冊目はどうだった?」

「謎の人物も気になりますね!鉄仮面の正体とか……」

「……………………そう、5冊目はどうだった?」

「世界の解明されていない謎って、なんかこう……つい読み耽ってしまいますよね!面白かったです!」

「……祐一君、残り5冊はなるべく一気に読むことをお薦めするわ。それと感想文の提出を命じます」

「ええっ!?」


 あれ、先生がちょっと不機嫌になった気が……てか、母さんいないのに祐一君呼びは続くんですか?別にいいですけど。

 すると、先生が何か思い立ったように立ち上がる。

 

「そういえば、そろそろ君のお母さんが帰ってくるわね」

「かもしれませんね」

「じゃあ場所を空けておかないといけないわね」

「?」


 我が家のテーブルは、仮に三人で食事しても十分な余裕があるんだけど……。

 先生は黙々と自分の皿を僕の皿の隣に並べ、自分も僕の隣に腰を下ろした。


「あ、あの、先生……?」

「どうかしたの?」

「いえ、何も……」


 肩と肩は触れ合っていないけど、鼻腔をくすぐる甘い香りに、落ち着かない気持ちになってくる。いや、僕だって何度も同じような場面に遭遇したのだから、多少は慣れというものが……!

 自分に言い聞かせながら、サラダにかけるドレッシングに手を伸ばす。

 すると、僕の手はドレッシングではなく、先生の手を掴んでいた。

 陶器のよいに白く滑らかな肌は……じゃなくて、いつの間に先生の手が……いや、それよりも……。


「す、すいません」

「気にしないで」


 ……僕にはまだ慣れません。無理です。

 先生の手のひんやりした感触は、僕の掌にしっかりと刻まれて、顔が赤くなるのを感じた。

 そんな自分の若さ故の情けなさを誤魔化すように、僕は勢いよくカレーをかき込んだ。


「急いで食べるのは消化によくないわ。それと……」

「?」

「ご飯粒、付いてるわよ」


 先生は、僕の口元に付いたご飯粒をとって、それをそのまま自分の口に含んだ。

 その様子を見ていると、薄紅色の綺麗な唇に目を奪われそうになり、慌てて視線を逸らす。

 てか、これってかなり……。

 また顔が熱くなるのを感じたけど、それを振りきるようにブンブン首を振った。


「……大丈夫?」

「え、あ、大丈夫です!カレーの美味しさに感動しただけです!」

「そう……」


 気のせいなんだろうけど、残りのカレーは少し甘くなった気がした。


 *******


「片付けは僕がやっときますよ」

「二人でやった方が早いわ」


 お客様に片付けまでさせるわけにはと思ったものの、先生の淡々とした反論に返す言葉もない。もう既に洗い物をシンクに置いてるし。

 こうして、また二人並んでの作業が始まった。


「ただいま~」

「あ、おかえり」

「あらあら……」


 帰ってきた母さんは、口元に手を当て、感慨深そうな笑顔を浮かべる。


「どうかしたの?」

「いや、ほら……高校生にもなって彼女の一人もウチに連れてこない息子が、こんな美人と並んで、新婚っぽい雰囲気で家事をしてるなんて……」

「っ……」

「母さん、アホなこと言ってないで……先生、どうしたんですか?」

「な、何でもないわ……ええ、本当に」

「その皿、何度も拭きすぎな気が……」

「……よし、これで終わりね。じゃあ、私は帰るわ」


 先生は急に帰る支度を始めた。どうしたのだろうか?急用でも入ったのだろうか?

 母さんはその背中に、機嫌よさそうに声をかけた。


「先生、カレーありがとうね~!」

「いえ、こちらこそ。ご馳走様でした。それでは失礼します」

「あっ、先生……」


 僕は先生を見送るために並んで玄関まで行った。


 *******


「じゃあ、また学校でね。感想文も忘れずに」

「あ、あれ本気だったんですか?」

「もちろん。来週末まで待つわ。君はこういうのを練習しておいた方がいいから」

「……はい。わかりました」

「じゃあ……おやすみなさい」

「あ、はい、お、おやすみなさい」


 先生に「おやすみなさい」って言うのはなんかこう……不思議な感じだった。もちろん、言われるのも。

 先生は小さな笑みを一瞬だけ見せ、ほのかな甘い香りを残し、帰っていった。

 僕は何故か、しばらく玄関にぼーっと突っ立っていた。


 *******


「……食べてるとこ、可愛かった」


「……新婚って言われた……ふふっ」

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