担任がやたらくっついてくるんだが……
新学期。高校生活最後の1年を迎える最初の1日は、雲一つない快晴だった。
僕は新しい教室で、頬杖をついて、前の扉とクラスメートを交互に確認した。
見知った顔も何人かいて、少しだけ会話したのは去年に比べたら大きな進歩と言えるだろう。
ふと前方を見ていたら、偶然こちらを見た愛美さんと目が合った。また同じクラスになれたのは嬉しい。
彼女はイタズラっぽい笑みを見せ、再び別の女子との会話に戻った。距離感気をつけないと……。
ちなみに、もうこのクラスの担任が誰かはわかっている。あとは来るのを待つだけだ。
そわそわしながら待っていると、その音が微かに聞こえてきた。
いつものリズムで鼓膜と胸の奥を叩いてくるその音は、教室の前で止まり、それから間髪入れずに扉が開いた。
「おはようございます」
そんな大きな声でもないのに、透きとおるように教室内に響く声に、皆が自然と前を向いた。
彼女は教卓まで歩くその姿で生徒の視線を釘付けにしながら、長い黒髪を艶やかに靡かせた。
そして、クラスの生徒達を眼鏡のレンズの向こうの鋭い瞳で眺め、ようやく口を開いた。
「3年A組の担任を務めます。森原唯です。皆さん、1年間よろしくお願いします」
何故か拍手が起こり、誰かが指笛でクラスメートを沸かせる。相変わらずの人気である。
「静かに」
一瞬で教室が静まり返る。こういう所も流石だ。
「まだ全校集会まで少し時間がありますので、このプリントを配ります。提出は明日でも大丈夫です」
先生から配られ、前から回されてきたプリントには名前を書く欄以外に3つの空欄があり、それぞれ前に『趣味』『将来の夢』『好きな言葉』と書かれていた。
「皆さんのことを知りたいので、よろしくお願いします」
先生の言葉を開始の合図と言わんばかりに、一斉に皆書き始めた。まあ、内容からしてすぐに書けるものが多そうだけど。
先生はそんな生徒達の様子を眺めながら、机の間をゆっくりと歩いて回る。
その脚の運び方はすっかり見慣れているのに、やはり教室で見るものは一味違う。
ついつい見とれていたら、不注意で消しゴムを落としてしまった。
拾おうと手を伸ばすと、先にしなやかな指先か消しゴムをつまむ。
すると、背中にやわらかなぬくもりを感じた。
「はい、これ。気をつけてね」
「あ、ありがとうございます」
先生は消しゴムを僕の手に握らせてから、指先で優しく手の甲を撫でられる。
そして、去り際には頭をそっと撫でられた。
僕はその愛しい感触を忘れないように脳内で3回再生しながら、今晩先生と新しい思い出をたくさん作ろうと心に決めた。