変わり始める季節 前編
3月になると、あるイベントが気がかりになってきた。
進級。
いや、クラス替え。
まあ要するに先生と離れ離れになるかどうか、という重大イベントを迎えてしまうわけだ。
別に違うクラスになったからといって会えなくなるわけじゃない。家も近所だし、恋人同士だから会う理由なんて放課後いくらでもある。
でも、何故だろう。
先生が担任じゃなくなるというのが……すごく嫌だ。
我ながらものすごいワガママだと思う。少なくとも高校生が言うようなワガママじゃないよな……いや、でも……。
「どうかしたの、祐一君?」
愛美さんがいきなり顔を覗き込んできたので、僕は思考を打ち切り、誤魔化し笑いを浮かべた。
「あっ、誤魔化そうとしてる。それにしても最近こういうのにもあんまり慌てなくなったよね。前はかなり緊張してたのに。やっぱりバレンタインデーに何かあった?」
「あはは……」
バレンタインデーは思い出すだけで口の中にチョコの味が広がってくる。いい思い出だから別にいいけど。
「もしかして、次も森原先生が担任だったらなぁって思ってた?」
「…………」
「あ、図星だ。まあそうだよね」
愛美さんはうんうんと頷き、僕の肩に手を置いた。一応慰めてくれているらしい。ありがたい。
「ていうか、僕そんなに顔に出てるかな?」
「クイズ・ミリオネアの1000万円の問題に挑戦してる人みたい」
「し、深刻すぎじゃない?」
「だからそういう顔してるんだってば」
「…………」
顔に出ているのはさすがにまずい。僕は深呼吸をして気持ちを整えた。もう時間だ。
前方の扉に目をやると、かつかつと小気味よいテンポで足音が近づいてきて、驚くくらい音も立てずに開き、先生がクールな雰囲気を身に纏わせ、その姿を見せた。
「おはようございます」
いつもどおりの穏やかな光景。でも、担任としての先生もあと数回で見納めになるのかと思うと、再び胸が締め付けられた。
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「はあ……」
「どうしたのよ、アンタ。こんないい天気なのにバカでかいため息ついちゃって。まあ想像はつくけれど」
「…………」
「アンタならどんな手でも使いそうなもんだけれどね」
「それはそうなんですが……」
「ひ、否定はしないのね。じゃあやればいいじゃない」
「公私混同するのはどうかと……」
「今あちこちから『今さら!?』ってツッコまれてるわよ」
「…………」
「聞こえないふりするんじゃない」
変わることを余儀なくされる季節。
私は改めて時間が経つことの切なさを知った。
「いい話風にまとめないの」
「…………」