バレンタインデー 後編
仕事を終え、自宅へと向かう私の足取りはいつもより軽やかだった。まるで羽が生えてるみたい。おっとスキップしないように気をつけないといけないわね。私のキャラでそれをやったら、周りから色々疑われるかもしれないし。
浮ついた気持ちと戦いながら自宅に到着すると、急に緊張してきた。
果たして喜んでくれるかしら。私なりに頑張ってはみたけれど……いえ、頑張りすぎて引かれないかしら?
「ただいま」
彼はもう家にいるらしいので明かりは点いているのだが返事はない。寝落ちしているのかしら?寝顔チャンスね。カメラを準備しておかないと。
居間にゆっくりと足を踏み入れると、意外なことに誰もいなかった。
「どこかしら……あら?」
テーブルの上に一冊の本が置いてあるので、手にとって見てみると、思わず目を見開いてしまった。
『禁断の愛〜先生、あなたのことが好きです〜』
「これは……」
「バレンタインデーのプレゼントです」
背後から声がかかり、振り向くと、祐一君が笑顔で立っていた。
「一応男性からも送っていいらしいので……これでいいのかは悩みましたけど」
「…………」
確かに。これは悩むだろう。我が恋人ながら何というセンス。私も人のことは言えないけれど。
でも、私のアプローチを覚えていてくれたこととか、自分も真似しようとするところに健気さを覚えた。
そんなところにも愛おしさを感じ、私は勢いよく彼に抱きついた。
「嬉しい。ありがとう。しっかり読んで参考にさせてもらうわ」
まだ読んですらいないのに、身勝手で卑猥な妄想が脳内を埋め尽くしている。これはバレないようにしないとね。引かれちゃうから。
彼の意外とがっしりした背中を撫でてから体を離すと、唇を勢いよく塞がれた。
「っ……」
「……い、いきなりごめんなさい……先生が、かわいすぎて……」
恥ずかしそうに目をそらしながら、ぼそぼそとつぶやく彼に、つい吹き出しながらも、私はそっと唇を重ねた。
このまま夜に溶けていけたらどんなに幸せだろうと抱きしめる腕に力を込めると、あることを思い出し、「あっ」と声が漏れた。
「どうかしましたか?」
彼の腕からするりと抜け出し、冷蔵庫からチョコレートケーキを載せた皿を取り出した。
受け取った彼はすぐに笑顔を見せてくれた。
「お口に合うといいのだけれど……」
「合わないわけがないです。ありがとうございます!」
「それとこれ……」
リボンを手渡すと彼はきょとんとした。どうやら意味がわかってないらしい。
「私の手首に結んで」
「は、はい……」
彼が優しく蝶々結びを作るのを見届けてから、その目をしっかり見つめた。
「はい、私がプレゼント。ちなみに私に塗りたくるチョコも奥の部屋に用意してあるわ」
「…………」
あれ、引かれてる?
そんなちょっと風変わりなバレンタインデーは一生忘れられないものになった。
それと余ったチョコは二人で何日かかけて美味しくいただきました。