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第2話.利権

「たお、せたのか……」


「きみ……」


 初めて、秋菜は驚いたような声を上げた。


「みっちゃんの鑑識眼もそれなりだったってわけか」


 みっちゃんと言うのは、警視総監の満田英世のことだろうか。


「ゲームが得意なんだって聞いたよ。似たようなもんだろ。魔法だの、スキルだのってな、わたしはよー知らんけど」


「いやいやいや、それで選んだんですか!? ……まあ、バグだらけのクソゲーのテスターもやってたことがありますから理不尽さっていうのには慣れてるつもりですけど。関係ないですよねっ! 普通に現実、じゃないですか。ゲームとは全然。というかもっと身体能力の高い人にやらせた方がいいんじゃないですか?」


 拓也の運動神経はまあ並と言ったところだ。13才くらいまでは祖父のやっていた空手道場に通っていたこともありそれなりの運動をしていたが、中二でやめてしまってからはごぶさただし、その間特別ハードな運動はしてこなかった。


 警察学校時代、部活でかなりの成績を残す様な運動神経に優れた同期もいたようだったから、そっちの方が適任だと思うのだが。


「前任はそれで選ばれたけど失敗した。この世界は地球とは輝く才能が違うからね。それに身体能力云々って言うのは自衛隊がやってるから、そっちに任せておけばいい」


「自衛隊って?」


「言わなかったか。この世界には魔人とかいう魔物たちのボスがいて、人間たちと戦いあってるんだ」


「それは、事前の資料でいくらかは……」


 この世界は魔王率いる魔人軍と、人間たちが戦いあっているのだ。いや、闘いあっているというよりは圧倒的な戦力で蹂躙され、次々人間が支配されて行っているというほうが正しいだろう。そのため、地球人はこの世界に来ると莫大な力を得ることから、アルメニア帝国では勇者召喚を行い、地球人をこの世界に連れてきていたこともあったのだ。


 今は異世界間条例によって禁止されているが。


「魔王軍の攻略は防衛庁が請け負ってるってわけさ。見ての通り、魔物の実力は見たように人間よりかなり高い。地球人はこの世界でかなり高い身体能力と魔力を得る。といっても、レベル1モンスターにここまでてこずるレベル。魔王攻略に、政府は自衛隊を借り出したんだよ」


「ここは剣と魔法の世界ですよね? それを軍事兵器で攻略してるってことですか?」


 戦車でドラゴンを倒すとか、ミサイルで魔人を蹂躙するとか、そんなことが行われているのか。


「まあ、だけどかなりてこずってる。みて、これが世界地図」


 そう言って秋菜は右手を掲げる。すると空中に地図の映像が浮かぶ。5個の大陸が並ぶ巨大な世界。

 そのうち、世界の3分の1が黒く染まっていた。


「黒い地域が魔物たちの領域。2年前から自衛隊がこの世界に来ているけれど、人間領は増やせていない」


「なんだって政府は自衛隊まで!」


「マグスナビナ駐屯基地」


 地図の中央、黒いエリアとのヘリの部分を秋奈は指差した。


「……この基地内のみで、30億バレルの石油が取れると考えられている」


「石油って……」


「石油だよ。知らんのか?」


「いや、知ってますけど」


「この世界では石油は『炎黒水』と呼ばれているそうだが、その活用方法はまだ開発されていない。しょせんこの世界の文明レベルは日本の比ではないからね。つまり日本が石油を独占できるってわけだ。人間領にはマグスナビナ以外はめぼしい産出地がなく、そのほとんどが魔人領にある。そして、この世界の石油の産出総量は、地球のそれと同等だと政府おかかえの地質学者は言ってる。魔人からすべての土地を開放することができれば、はれて日本はエネルギー大国になるってわけだ」


「日本はそれを狙って、自衛隊をこの世界に入れて攻略をもくろんでいるってわけですか」


「まあ、もちろんそれだけじゃないだろう。異世界とのゲートだって、この世界を統治して、地球との扉を各地に作れば、地球上のいかなる場所にも、人間を転送することができるだろうしな。ま、政府が何を考えてるかなんて関係ない。警視庁は防衛庁の任務とは独自に動いている。第七課は第七課の仕事をしよう」


「いや、まってくださいよ。それより、自衛隊がこの世界に入っているんですよね。魔人ってのは、現代兵器でも通用しないほど強いってことですか」


 だとしたら、ハンドガン程度で魔物たちと太刀打ちできるわけがない。冗談みたいなはなしだ。


「安心しなって、わたしらは危険区域には立ち入らない。そんなところ、人間が生きられるはずがないんだから。第七課の活動域の魔物はレベルが低い。間違っても魔人とは遭遇しないだろう」


「最新兵器で攻略する高レベル地帯には、犯罪者もいないってわけですね」


「そう。だからまずはこの近くの村で目撃条件があった、台原重雄(29)を追うのが今の第七課の一番の目的だな」


「14年の大田区連続殺人事件の……」


 14年に起こった連続殺傷事件である。閑静な住宅街に押し入り、一夜で4軒の家を襲い現金数千万円を奪い逃走。被害者は13名。うち9名が死亡している。


「まずは村で聞き込み調査。その後はレベル上げ」


「レベル上げ、ですか……」


「台原は少なくても3年以上この世界に潜伏している」


「この世界で生きているってことはレベルもそれなりに上がっているってことですね……」


「見積もって50前後には到達していると思う」

 レベル50……。


「この世界の住民の平均レベルは10。巨大国家の騎士隊レベルでおよそ30。とはいえ地球人はレベル成長速度も現地人とは段違いだから、この地域周辺を拠点としていても少なくてもそのくらいは行っていると考えられる。もちろん君は私のサポートに徹してくれればいいが、ある程度レベルを上げてこの世界の闘い方に慣れてもらわないと話にならない。足手まといでも自分の命くらい守れるようになってもらわんとな」


「……室長。その、ひとつ聞きたいんですが」


「なに?」


「殉職した前の職員は……魔物に殺されたんですか、それとも……」


 その言葉に、秋菜はわずかに首を横に振る。


「両方いた」


「そう、ですか……」


 そうだ。地球では日本の犯罪者は武器を持たない。拳銃があれば圧倒的に有利となるが、この世界ではそうではない。しかもそんな状況の地球ですら殉職する警察官もいる……。なら、この世界では。


「わかりました」

 ぐっと拓也はこぶしを握り締める。


「……異動届」


「え?」


「いつでも出したらいい。死ぬ前にな」


「……ちなみにこの世界には死者を蘇生させるような魔法は」


「ない」

 秋菜はそれに即答した。


「わかりました……」

 逡巡したように、拓也はうなずく。


「ちなみに給料は一般警察官の二倍だ」


「……わ、わかりました」

 始まったのだ。拓也の異世界攻略が。



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