表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

『病院の怪:後編』

 看護師はまさか扉を押されるとは思っていなかったのだろう。腹に生じた凄まじい衝撃が何なのか理解する間もなく俺の視界から消えた。


「ふははっはははははっはははは!!!反撃を想定していないとはまったくもって笑止千万!!!!!!」


 俺は今まで考えてきた事が実証できて本当にご満悦だ。いや楽しい、正直楽しい。こんな楽しい事があるのならこういう怪奇現象も良いものだ。


 例えここでこの不気味な看護師に殺される事が一億歩ゆずってあったとしても、一矢は確実に報いたことになる。


 いや~それにしても間抜けすぎる絵面だった。


 得意満面に俺を覗き込んだ、看護師が「え?」と間抜けなモノに変わり、思考が追いつく前に凄いスピードで視界から消えていく様は非常に笑えた。


 さて…


 一矢報いた所で相手がどんな行動にでるのか正直楽しみだ。ここからは怪談には無い展開になることは間違いなかった。


 意気揚々と個室を出ると看護師の姿を確認する。


 看護師は当然ながら腹に生じた衝撃と吹っ飛んで床に転がされた時の衝撃、ついでに言えば転がったときに男子トイレの小便器に頭から突っ込んでいた。


(……やりすぎた?)


 さすがに小便器に突っ込ませるつもりはなかったので、何となく申し訳ない気分になる。


「…あ、あの…大丈夫ですか…、その何というか済みません」


 居たたまれなくなってつい俺は謝罪してしまう。よくよく考えて見るとこの看護師は俺に対してまだ何もしていないのだ。


 看護師はゆっくりと顔を起こしたが明らかにその顔は怒っている。まぁ、それはそうだろう突然、反撃を受けて小便器に頭から突っ込めば誰でも怒ろうというものだ。


「…あなた…ねぇ…いくらなんでも非道くない?」


 看護師の口から出た言葉は道義的な責任をとる言葉だった。こう考えるとこの看護師は結構常識的な性格をしているのかも知れない。


「はぁ…」

「はぁ…じゃないでしょう!!大体、なんで扉を押すのよ!!私40年やっててこんな扱い受けたの初めてよ!!」


 凄い勢いで説教が始まった。


「でも…」

「『でも…』じゃ無いわよ!!まったく最近の子は!!」


 看護師は余程怒っているのだろう。その勢いはまったく衰えない。


 ギイ…。


 かなりのヒートアップしていた所に、車いすに押されていた男性のミイラが心配そうに覗き込んでいた。


「あの…田崎さん、大丈夫ですか?」


 やけに腰の低いミイラの男性は看護師に声をかける。


「あ、橋田さん、聞いてくださいよ。この子ったら私がいつものように扉の上から覗いたらどうしたと思います?」


 田崎と呼ばれた看護師はミイラの橋田さんに俺がいかに非道い事をしたかを話す。


(というかこいつら名前あったんだ。看護師は田崎、ミイラは橋田…なんというか普通の名前だ)


 話を聞き終えて橋田ミイラさんは、俺に「ほら謝って…」という視線 (眼球は無いのだが…)を向けてくる。どうやら、事を荒立てるのは好まない性格のようだ。何となく生前は気の良いおじさんだったのではないだろうか。


 俺が反省をしているように思えなかったのだろう。田崎(看護師)は再び説教を再開する。まったく終わりそうも無い説教にだんだんと苛立ってくる。


「はぁ~私達が作った最盛期を食いつぶしているだけの世代よね~」


 ピキッ


「あなた達の世代って円周率を3と習うからバカになるのよ~」


 ピキッ、ピキッ


「これだから『ゆとり』って嫌なのよ~」


 ピキッ、ピキッ、ピキッ


「ざけんなぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 あんまりにも田崎の説教が嫌みったらしく、しつこいので俺はついにキレてしまった。

その剣幕に田崎は明らかに狼狽える。どうやらこいつは自分が有利に立つと途端に強気になるタイプらしい。こういう奴には断固戦うのが良いのだ。


「大体、お前この病院の看護師か!!!!ああん?」

「…違います」


 俺の剣幕に押されて田崎は肩を縮込ませる。


「じゃあ何か?お前のはただのコスプレか?こんな深夜にコスプレして病院を侵入する女に道義云々言う資格あるとでも思ってんのか」

「な…」

「大体、人がトイレに入っているところ上から覗くような奴は『ゆとり』にすらいねぇよ。お前はそれだけで常識のないアホたれだという事が分かるわ」


 俺はあからさまに看護師をせせら笑った。


「な…」

「お前、円周率って何だよ?」


 俺の言葉に田崎は困惑する。


「え?」

「だから円周率ってどういうことか説明して見ろよ」


 俺は口元を歪めてオミ切り田崎をコケにする事にした。円周率が何なのか正直なところ、説明できるような社会人が一体どれ程いるというのだ。多くの人間にとって円周率というのは社会生活を営む上で必須な人は少ないだろう。人間生きるのに不要な知識は忘れていくものだ。


 この田崎という看護師は先程「40年」という言葉を使った。と言う事は少なく見積もっても『円周率とは何ぞや?』という質問に答えることは難しい事だろう。


「え…えっと…」

「あれあれ~ゆとりをバカにされる上の世代の方なのに、まさか教えることが出来ないんですか~?」


 俺の嘲りに田崎は悔しそうな表情を浮かべる。


「どうしたんですか~? まさかお偉い世代の田崎さんは円周率の事を『3,14』という事だけしか分からないんですかぁ~。まさか僕たちの世代が円周率を『3』としか習ってないと本気で思ってるんですか~」


 俺の小学生の時の先生は、『円周率を「3,14」と習おうが「3」と習おうがそんな事は大した問題じゃ無い。大事なのは『円周率とは何か?』という事を理解することが大事なんだよ』と言っていた。


「ほらほら~早く教えてくださいよ~田崎さぁ~~ん」

「く…」

「じゃあ、そちらのミイラの橋田さん、あなたで良いですよ?」

「え?いや…儂は…」

「なんだぁ~? あんたら『ゆとり』ってバカにしているけどあんたらの世代もわかってないじゃねぇ~か」


 俺の言葉に田崎と橋田さんは項垂れる。悔しいけど言い返せないという感じだ。


「おい『痴女』!!」


 俺の言葉に田崎は「え?」という表情を浮かべる。


「な…誰が痴女よ!!」


 田崎の抗議を俺は真っ正面から踏みつぶすことにする。


「人がトイレに入っているところを上から覗くのは確実に痴女の定義にあてはまると思うぞ?それとも『変態』という方がしっくりくるのか?」


 俺の嘲りは止まらない。田崎は、コスプレして深夜の病院に不法に入り、車いすを押しながら徘徊し、人のトイレをニタニタ嗤いながら覗き見るという変態のハットトリッカーに過ぎないのだ。


「う、うるさいわね!!私はこのポジションを40年やってるのだから良いでしょう!!」

「良いわけ無いだろう。変態のハットトリッカーが!!!」


 ハットトリッカーという言葉に田崎は呆けるが自分が侮辱された事だけは理解したのだろう。怒りの形相を浮かべるが俺はそれをさらに煽る。


「お前は40年も変態行為を行ってたんだぞ。なんで恥ずかしいと思えないんだ? いい年こいて、変態行為を声高に自慢されて困らないのは、同じレベルの変態だけだ。変態淑女が!!」


 吐き捨てるように言う俺にさすがに橋田さんが助け船を出してくる。


「あ、あの君ももう少し…年上に対する…ねぇ」


 橋田さんの顔を俺が睨みつけると橋田さんは項垂れる。視線で橋田さんを黙らせると田崎を睨みつける。


「で?」

「「え?」」

「『え?』じゃねえだろ。まだ、俺を殺そうとするのか?」


 俺は意識して低い声で田崎を睨みつける。正直な話、この段階で田崎に負けるとはまったく思っていない以上、続けるというのならまったく容赦するつもりはない。


 その雰囲気を感じたのだろう。田崎は明らかに狼狽えている。そして橋田さんに視線を移すと橋田さんも両手を前に掲げて激しく首を横に振った。


「こ、今夜の所は見逃してあげるわ」


 田崎は震える声で負け惜しみを言う。


 ピキッ


 田崎の言葉に不快感が表情に出たのだろう。田崎がそれを察し狼狽える。


「てめぇ~もう一回、吹っ飛ばされてぇか?」


 俺の言葉に田崎は顔を歪めて首を横に振る。


「じゃあ、言う言葉は一つだろうが…?」

「はい…済みませんでした」


 俺の迫力に田崎は遂に心が折れたらしくしおらしく謝った。


「それじゃあ、さっさと帰れ!!それとも…」


 俺の言葉に慌てて田崎と橋田さんは立ち上がるとペコペコと頭を下げながらトイレから出て行く。


 

 ただ、トイレの扉を閉める瞬間に「覚えてろよ!!」と呪詛の言葉を投げ掛けてきたので、俺はトイレの扉を乱暴に開くとビクッとした田崎が猛スピードで車いすを押して逃げ出す。


「待て!!ゴラァ!!」


 俺のガラの悪い言葉を背に受けて田崎は暗闇の中に消えていった。



 すると、夜勤の看護師さんがいきなり現れ声を掛けてくる。


「どうされました?」

「え?」


 看護師の言葉に俺は戸惑いながらも返答する。


「ああ、ちょっとトイレに行ってまして、看護師さんもお疲れ様です」

「いえいえ、それではお休みなさい」

「はいお休みなさい」


 どうやら田崎の手から逃れることが出来たようだ。正確に言えば撃破したのだが…だが、この話を俺は誰にもするつもりはない。


 『中二病』と言われるのが容易に想像できるからだ。


 さて、怪談というのは意外と対処できると言う事が分かっただけでもめっけものだな。と病室に戻るまで俺はそんな事を考えた。



 これでとりあえず完結です。


 おつきあいくださりありがとうございました。またネタが浮かんだら書きたいと思いますのでその時はまたおつきあいいただけると幸いです。


よろしければ評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ