第6話
あの後、街に着いてからアルに飲み物を買ってあげ、ホームポイントに戻ってログアウトした。
やはり、精神的な疲れは意識がある状態だと、なかなか回復しないと思う。
ゲームをして精神的に疲労するのは、どう考えても本末転倒だろう。
そして、【Ark】の中でそのまま寝たのである。
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「ふぁ〜あ」
昨日は結局ほぼ1日中寝ていた為、逆に身体がだるい気がする。
まあ、今日も1日ゲームをするのは決定事項だが。
「なんか新しい情報あるかな?」
某大規模掲示板を見てみると、金ぴか君の事が書き込まれていた。
いや、それはいいのだ。それはいいのだが。
「いやいや。勝てないってどういうことよ!?」
イベントのフラグ自体は簡単な物で『ゴブリンを規定数以上倒す』だけらしい。
その情報が書き込まれた後、それを見た結構な人数のプレイヤーが挑んだらしいが、物の見事に砕け散ったっぽい。
確かに普通のゴブリンよりもかなり素早かったが。
あ、アレが原因か。
異常なHP量とHP0になっても何故か死なないという理不尽。
じゃあ、あの悪趣味な腕輪って結構なレアになるのかな?
金ぴかを楽に倒せるくらい、全体のレベルが上がるまでだろうけど。
「う〜ん。どうしよ? 早い内に腕輪の事書き込んで、何かと取引しようかな?」
もちろん、ここではなく公式HPの取引掲示板でだ。
多少の冷やかしはあるだろうが、流石に詐欺や嫌がらせなどはしないだろう。
という訳で、アイテム情報と同等の物との交換を望む旨を書き込む。
「メールお願いねっと。これでよし」
最後に、希望者は交換する物の情報をゲーム内でメールしてくれるよう追記した。
ちなみに、書き込んだのはアイテム名と効果だけだ。
決して、あの見た目について書けば、交換してくれる物のランクが下がりそうだ等とは思ってはいない。
―――――
「おはよ」
「おはよう、四季」
「アニキ、おはよ〜」
「遅いわね。夏休みだからってだらだらしない!」
う〜む。何故か姉さんがお怒りモードである。
チラリと親父を見てみると、何気なく新聞を読んでいる様に見えるが、こめかみから流れた汗を見逃さない。
新聞逆さだし。
「ごめん、姉さん。で、親父。何をやったんだ?」
「なっ、何を言ってるんだ。四季。お、お父さんが浮気なんてする筈ないじゃないか!」
「「「………………」」」
いや。流石にその自爆っぷりは人としてどうかと思うよ。
しかし、浮気? この変人が?
そんな物好きが母さん以外にいるとは思えないが。
「しぃきぃ?」
「申し訳ありません、お姉様」
心の声でもダメなのか? というか、どうやって心を読んだんだ?
若干の動揺を、両親の異常っぷりはいつもの事かと無理やり鎮める。
「で、どこの誰と浮気したんだ?」
「お隣りさんだって」
妹よ、それは本当か!?
あのご近所のアイドルでもある涼子さんが、親父の毒牙にかかるなんて、ジーザス。
砕け散った俺の初恋。
斯くなる上は、
「聞いてよ、四季。この人ったら今朝早く、一緒に散歩してたのよ!」
「いや。だから、お隣りさんに頼まれて散歩しただけだって」
「言い訳なんて聞きたくないわ!」
ん? 頼まれて散歩?
非常に気になるキーワードだ。
我関せずな妹に聞いてみる事にする。
「誰と散歩したんだって?」
「お隣りのマロンよ」
どうせそんなオチだろうと思ったよ!
―――――
仕様もない夫婦喧嘩は放っておいて、さっさを朝食を済ませて部屋に戻る。
今日は、ゴブリンのみというのも飽きたので、街の近くを散策しようかと思う。
決して”アレ”に遭いたくないからではない、と思う。
「ふむふむ」
ゴブリンしかいない北の草原とは違い、街周辺は数種類のMobがいるみたいだ。
攻撃方法と注意点を出来るだけ記憶してからログインする。
―――――
ログインして、最初に目に飛び込んできたモノは、
「アル、何してるんだ?」
「イ、イエ。ナニモシテマセンヨ?」
鏡に向かって百面相しているアルの姿だった。
無表情なのを気にしていたのか。
鏡に映ったアルの笑顔に、不覚にもときめいてしまったのは秘密である。
「え〜と。今日は、街の周りを探索するつもりなんだ。昨日と違って色んなMobが出て来るから、気を付けてね」
「わかりました」
じゃあ、行くべと思ったが、
「ありゃ? もうメールが着てる」
メール着信のシグナルが点灯していた。
2件の着信があったが、
「赤ポ10個と【ショートパイク】? ああ。槍か」
赤ポは論外として、槍も多分買い換えて不要になった奴だろう。武器屋で見た気がする。
断りのメールを送り、今度こそホームポイントから出る。
―――――
「ウップ。グロッ過ぎぃ」
「シュウ?」
現実の人間の姿を外装に出来るくらいだから、【幻夢】のグラフィックはかなり本物に近い。
そのせいで、初戦のゴブリンにやられそうになったのだが、すっかり忘れてたようだ。
何が言いたいかというと、
「食後に【ゾンビ】はきついだろ」
って事である。
ログイン前に見たMob情報が思い出される。
注意点:外見 悪臭
って、どう注意すれば良いんだよ!?
「アル。自由に攻撃してくれ」
「わかりました」
仕様がなく普通に戦う事にする。
『オオオォーッ!』
叫び声を上げ、ゾンビが突進してくる。
攻撃方法は体当たりと掴んでの噛みつきだけだった筈だ。
「よっと」
ドタドタとした突進を避けた時、
「えい!」
アルの声と共にピシッ!デッ!っという音がした。
背後から攻撃しようと透かさず振り向くが、肝心のゾンビがいない。
「あら?」
周りを見渡すがそれらしい影もない。
アルが何らかの攻撃で倒したのかと若干気を抜く。
「シュウ。逃げてください!!」
「へっ?」
『オゥオァー』
「うげっ、離せ! このっ!」
突然、足元から現れたゾンビにしがみ付かれる。
うがぁ! ネトネトして気持ち悪いし、クセエ!
なにより、Mobとはいえ、男に抱き疲れるのが耐えられん!
『ウゥオァオァーッ』
「って、いい加減に離れんか!!」
顔面に剣を突き刺し、力任せに蹴り飛ばす。
アルも根っこで引っ張ってくれた様で、簡単に引き剥がせた。
「このっ! このっ! このっ!」
両手の剣を振り回し、滅多斬りにする。
アルも気を利かせてくれたのか、根っこでゾンビの両手を吊り上げ、襲い掛かって来ようとするのを阻止してくれた。
「クレセントッ!!」
『オゥオォォ』
ゾンビが断末魔の叫びを上げ、消えていった。
―――――
「なあ、アル?」
「何ですか?」
「ゾンビが俺にしがみ付いて来る直前、姿が見えなかったんだが、どうなってたんだ?」
「転んでました」
「へっ?」
「シュウの足元でうつぶせに倒れてました」
「………」
つまりこういう事か?
俺がゾンビの突進を横に避けて、背後から攻撃しようと振り向こうとした時にアルの攻撃で転んだ。
ん? あの”デッ!”か? あの”デッ!”なのか??
まさに灯台下暗し!! とでも言えばいいのか!?
「そ、そうか」
「どうかしましたか?」
「いや。何でもないんだ。何でもないんだよ。アル」
アルに”自由”に攻撃してくれと指示したのは俺だ。
恐らく、ゴブリンとの戦闘で多用したコードαから、転ばすのが戦闘手段として有用だと学習し、ゾンビの足を根っこで払ったのだろう。
その攻撃のタイミングが悪かったからと言って、アルに対して文句を言える筈もない。
足を引っ張って転ばすなんて事をアルに覚えさせたのは、自分なんだから自業自得なのだ。
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ゾンビにしがみ付かれたせいで悪臭が漂っていたが、2,3分すると防具等に付いた汚れごと消えてくれた。
ちなみに、悪臭が消えるまでアルが若干距離を取っていたのは、気のせいだと思いたい。
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アルルーナ成長日誌
Lv6 HP:265 SP:55
STR:41 VIT:46 INT:51 DEX:17 AGI:21
攻撃力:24 魔法攻撃力:27 防御力:36 魔法防御力:38 敏捷度:23
【通常攻撃】[消費SP― 無属性]
根っこを鞭のように使い攻撃する。
【悲鳴】[消費SP5 精神属性]
悲鳴を上げ対象を気絶させる。
愛情度:272 [相方候補]
満腹度:98% [満腹]
備考:
ゾンビと戦った後は、毎回、臭いが無くなるまで距離を取る。
俺でもそうするだろうが……すごく切ない気分になる……。
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※1:レア
レアアイテム。
Mobから稀にしかドロップしない物、難易度の高いクエストの報酬など、通常ではなかなか手に入らないアイテムのこと。