第2話
正式サービスが開始する正午丁度にログインし、名前を決めるだけのあっさりしたキャラメイクを終え、【ノア】の世界に降り立つ。
初めて降り立った憧れの世界に、感慨深く周りを見渡すと予想通りの光景、ゲーヲタの集団が目に入ってくる。
もちろん、外見でゲーヲタだと判断することは出来ないのだが、纏っているオーラというか雰囲気が、第六感を刺激するのである。
お仲間であると……。
ってか、のんびりと浸っている場合じゃない。
さっさと武器と防具を手に入れて、スタートダッシュを成功させなくては、期末でもやらない一夜漬けが無駄になる。
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『ありがとうございました』
昨日の夜に決めていた通りに、【ショートソード】2本[各250ユリル]と【ソフトレザー】[280ユリル]を購入した。
ショートソードを2本買ったのは、華麗な二刀流で敵を倒す、なんて甘い夢を見ているわけではなく、敵の攻撃を防ぐ為だ。
正直、運動?何それ?美味しいの?な自分に、敵の攻撃を避けるなんて勿論無理なわけで、攻撃を防いだ方が無難っぽい。
それなら盾の方が良さそうな物だが、そこはそれ武器で弾いた方がかっこ良さそうだからだ。
笑いたければ笑え、ただの見栄なんだ。
アイテムウィンドウを開き装備して、ついでにスキルメニューから【片手剣】を探しスキルスロットにセットする。
ちなみに、生産系スキルを取るつもりは無い。
物作りには心惹かれるが、単純作業の繰り返しに飽きるのが目に見えている。
「次は、クエストか」
クエストを受ける為に、街の中央地下迷宮のすぐ傍にある【冒険者ギルド】に向かうが、みんな考えることは同じらしい。
武器屋でも思ったが、ギルドも人が溢れかえっていた。
何とか受付のNPCから初級クエストを受け、その場を離れる。
受けたクエストは、街の西にある森で動物を倒し、【肉】と【毛皮】を2個ずつ手に入れるというものだ。
cβの情報では、動物はノンアクティブで、更に攻撃しても反撃しないらしい。
無抵抗な相手というのは気が進まないが、とりあえず猪や熊など凶悪な見た目の動物がいるのを期待して、森に行くことにする。
―――――
願い叶わず、森にいた動物は鹿やウサギなど、攻撃を躊躇わせるようなものばかりだった。
「ちょろちょろ逃げんなっ!」
「オラァッ!」
「死ねぇ!」
森の中、何処も彼処も動物を虐殺しているプレイヤーの声が響いている。
クエストに必要な肉と毛皮を得る為だろうが、現実ではないとはいえ、どうしてここまで残酷なことが出来るのか不思議なものだ。
先程見かけたのだが、10代前半だと思われる女の子が嬉々としてウサギを切り刻む姿は、夢に出てきそうなくらい怖気を誘うものがあった。
別に動物好きという訳でもないが、見た目は現実のままだし、無抵抗な相手に攻撃する気が起こらない。
ただ歩いているのも暇なので、プレイヤーがいない方に誘導してみたり、木の実などをあげたりとまったりしたプレイを楽しみながら歩く。
所詮オブジェクトに過ぎないというのは分かっているし、スタートダッシュに乗り遅れるという危機感もある。
だが、周りの必死さに完全に引いてしまい、今更テンションを揚げてその中に加わるというのは無理というものだった。
――――――
もっと悩まずに殺せる魔物っぽい生き物はいないのかと森の奥に進んでいると、木々が途切れ開けた広場の様な場所に出た。
「でけぇなおい」
目に飛び込んできたモノに思わずツッコミを入れる。
圧巻とでも言おうか、樹齢何万年だ?と聞きたいくらいの巨木だ。
それにしても、こんなに大きければ森の外からも見えたはずなのだが、どうなってるんだろう。
バグなのか、演出上あえてそうしているのか分からないが、この樹を初めて見たプレイヤーは総じて呆然とするのだろう。
「自分がそうなのだから、他の奴もそうだ。そうじゃない奴は変人だ!」と勝手な決めつけをしながら大樹に近づいていく。
昔、映画で見たワンシーンのように抱きついて耳を当ててみる。
「流石に、水を吸い上げる音は聞こえないか……」
少し残念に思いながらも大樹から離れ、いるかいないか分からない魔物探しを再開しようと、森の方に向かおうとした時、
『そこの若者よ、お待ちなさい』
突然、頭に入ってくるような声が聞こえてきたが、周りにそれらしい人影はない。
気のせいかと思い再び歩きだすが、
『私はこの森の長、貴方の後ろの樹が私です』
どうやら何かのイベントらしい。
どこでフラグを立てたのかは分からないが、ゲーム初日にやった事が散歩だけという、情けない事態を打破してくれる展開は大歓迎だ。
「え〜と、それでどんなご用でしょう?」
『貴方は森の動物達を害する事もなく、寧ろ悪しき者達から助けて頂きとても感謝しています』
「はぁ」
散歩するついでに暇つぶしでやった事がフラグを立てていたとは、流石に思いも寄らなかった。
【友好度】の様な隠しパラメーターが在るのだろう。
『感謝の証としてこの種を受け取ってください』
目の前に草団子のような物が現れる。
受け取らなければ話が進まないだろうと手にとって見ると、見た目に反して硬い手触りだった。
キィーンと効果音が鳴り、新規スキル修得のメッセージが流れる。
『いつまでもそのやさしさを忘れないで下さいね』
その声を合図にしたかのように徐々に樹が消えていく。
「えっ? あ、あの?」
『その種は、私が生まれてから蓄えてきた力の結晶なのです。その為、苗木の状態にまで若返るのですよ』
「そ、そうですか」
1分後、完全に樹が消えてしまうが、樹のあった中心部辺りに小さな苗木が生えていた。
どのくらいの時間を掛けてあの状態にまで成長するのか分からないが、かなり頻度の低いイベントだったみたいだ。
スタートダッシュに乗り遅れたかと思ったが、思わぬ幸運に恵まれたものだ。
とりあえず、クエスト画面から受けたクエストを解除し、手に入れたアイテムの確認をする為にアイテムウィンドウを開く。
「【樹人の種】ね」
【樹人の種】は発芽させると使い魔が手に入るみたいだ。
使い魔の情報は公式HPには載っていたが、cβ中誰も手に入れてなかったはずだ。
手に入れた人物が情報を隠匿した可能性もあるが、もしも隠匿した人が居たとしても情報が皆無という事は、それ程手に入りにくいものという事だろう。
まあ、このイベントの難易度?を考えると、このレアかどうかわからないが、貴重っぽいアイテムが手に入ったのも妥当かもしれない。
通常、初級クエストはチュートリアルの意味合いも兼ねている事が多いし、序盤のいい収入源になっているから、動物を殺すのは流れとして自然である。
しかし、動物を殺した時点でフラグが立たなくなるのだから、初級クエストが罠という運営の捻くれ具合が伺える。
「それにしても、発芽ってどうすればいいんだろ?」
草団子?を手に持ち考える。
種なんだし、単純に考えれば地面に植えればいい筈だ。
「あっ」
そういえばスキルも覚えたのだと確認してみると、スキルリストに【テイム】という項目が増え《種の発芽》という技が出現していた。
どうやら種を手に持ち、発芽する事を願えばいいだけらしい。
早速、【テイム】を空いているスキルスロットにセットする。
そして、芽が出てくる事を想像してみると、
「うぉっ!!」
草団子を持っていた右手の手の平に違和感を感じ、気になって見てみると、
「な、なんじゃこりゃ〜!?」
草団子から根のようなものが伸び手の平に引っ付いている。
しかも、俺の体液でも吸い取っているのか、どんどん巨大になっていく。
「お、お、おい。てか、大丈夫なのか? なんか、やたら身体が重くなってきたんだが」
視界の端に映ったHPバーを見ると、見る見る減っていく。
おいおい、どんな死に方だよ!とツッコミを入れようとした時、キィーンと効果音がしたのと同時に、直径1m程になった草団子が手から離れ地面に落ちる。
「巨大草団子か、なかなか斬新な使い魔だな……って、どうやって戦うんだよ!!」
裏拳でツッコミを入れると、ピキピキッ!っと巨大草団子に皹が入り真っ二つに割れてしまった。
そして、中から美味しそうな餡子が出てくる筈も無く。
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名前:アルルーナ
種族:樹人
説明:森を象徴する力が集まり、意思を持つ事によって生まれた存在
餌:飲み物全般
愛情度:100 [普通]
満腹度:100% [満腹]
習得スキル:
【通常攻撃】[消費SP― 無属性]
根っこを鞭のように使い攻撃する。
以上が、ステータス画面から得られた情報だ。
―――――
小柄で華奢な体躯の、幼い少女。
整い過ぎて、造り物めいた印象を与える顔立ちに、陶器を思わせる木目細かな白い肌。
翡翠を思わせるジェイドグリーンの瞳と同色の髪。
触れると壊れてしまいそうなその姿は、全ての者に神秘的な印象を与えるだろう。
「………」
そして、それら全てを台無しにする、頭から生えた3本のコスモス。
「………」
「狙い過ぎて外しちゃった」と主張するかの様な外見である。
他にいるだろう使い魔も、こういうのなんだろうか? 開発チームを問い詰めてみたい気がする。
「………」
きょとんとした顔でこちらを見ているが、どうすればいいんだ?
とりあえず、意思疎通を図ってみるか、
「言葉はわかる?」
「はい、わかります」
よかった。
会話が出来るのは非常に助かる。
「え〜と、俺の名前はシュウ。これからヨロシクな」
「アルルーナです。こちらこそよろしくお願いします、シュウさん」
「あ、呼び捨てでいいよ」
「わかりました、シュウ」
人間タイプなだけに知能が高いようだ。
別ゲームだが、勝手にふらふら移動するのもいる事を考えると、当たりだったかもしれない。
「基本的には俺の近くにいて欲しい。それと、何か気付いたこととかあったら遠慮なく言ってくれ」
「わかりました」
「あとは、アルって呼んでもいいかな?」
「はい、好きなように呼んでください」
な、なんか、非常に素っ気無い感じが。
「この辺りに動物以外のMobがいるか、わかるかな?」
「『この森には結界が張られていて、魔物は入って来れない』という設定になっていますから、動物しかいません」
「そっ、そうなんだ」
おいおい。どんな奴がAIをプログラミングしたんだよ。
どう考えても、「設定になっています」って言っちゃダメだろ。
地味に開発チームに会ってみたい気がする、きっと親父といい勝負の変人揃いだろう。
「街の北にある草原に行こうと思うんだけど、いいかな?」
自分もそうだが、アルがどのくらい戦えるか見るために、後回しにしていた街の北にある草原の方に行くことにする。
「はい」
どうにも先行きが不安だが、気のせいだろうと思い直し草原に向けて出発する。
あ!? そういえば、さっきかなりHPが減ったんだった。
アルに吸い取られたHPを回復する為に、赤ポを鞄から取り出しを飲んでおく。
「もう少しで忘れるとこだったな」
そして、今度こそと出発するが、気のせいだろうか?
背中に感じるアルの視線が、若干冷たくなった気がする。
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アルルーナ成長日誌
Lv1 HP:120 SP:28
STR:4 VIT:5 INT:7 DEX:3 AGI:3
攻撃力:12 魔法攻撃力:12 防御力:13 魔法防御力:13 敏捷度:11
【通常攻撃】[消費SP― 無属性]
根っこを鞭のように使い攻撃する。
愛情度:98 [普通]
満腹度:100% [満腹]
備考:
まだ会ったばかりなので、これといって書くことが無い。
強いて書くなら、無表情なのが怖い。
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※1:スタートダッシュ
サービス開始と同時に始め、廃プレイする事により他のプレイヤーより先行する事。
狩り場に人が少ない為狩り易い、後発プレイヤーに上位狩り場のドロップ品が高く売れる等、利点が多い。
※2:廃プレイ
1日のほとんどの時間をゲームに費やす事。
※3:ノンアクティブ
プレイヤーが接近しても自ら攻撃してくることはなく、こちらが攻撃する事によって初めて敵対行動をとるMobの事。
攻撃しなくても敵対行動をとるMobは、アクティブ。
※4:フラグ
特定のイベントを起こす為に、必要な条件の事。
※5:Mob
【暴徒の群れを指す英語のmob】、【Mobile Object】か【Moving object】の略等あるが、ソースは不明なため、どれかは断言は出来ない。
ここでは、プレイヤーを攻撃する可能性のあるモンスターの事、として使っている。
※6:赤ポ
HP回復系ポーションの略称。
ほとんどのゲームで回復系ポーションが赤いので、そう略される事が多い。