第20話
グロくて苦手だが経験値の良い、夜間のアンデット狩りを終えて街に戻った。
そろそろ朝食の時間なので、早くホームポイントでログアウトしようと、水晶玉の様なオブジェクトに手をかざすが、一向に何も起こらない。
「あれ?」
おかしいな、いつもなら一瞬でホームポイントに移動するのに……。
何度も水晶玉の上で左右に手を振り、壊れてるのかと軽く叩いてみるが全く反応しない。
街の中だから、ログアウトしてもPKやMobに殺される事はないが、盗賊系のプレイヤーにアイテムを盗まれるのは遠慮したい。
大人しくGMコールするかな、順番待ちで時間がかかりそうだけど。
「シュウ? 先程から何をやってるんですか?」
「ん? ああ、不具合でも起きたのか、ホームポイントに移動されないんだ」
「ほーむぽいんと……ですか?」
アルが、きょとんとした顔でこちらを見ている。
何を不思議そうな顔をしてるんだ?
まあ、そんな事よりも、他のプレイヤーもGMコールしてるだろうから、早くしないとな。
飯の時間に遅れると、姉さんにゲームを禁止されてしまう。
「よくわかりませんが。そんな事よりも、早く宿に戻って休みましょう」
「は?」
宿って……何の為に行くんだ?
宿屋は、雰囲気作りの為に用意されたと思われる、全くと言っていい程利用されていない施設である。
数時間眠る事によりHPを回復してくれるが、宿泊には安くないお金を取られるし、はっきり言って赤ポを飲んだ方が安上がりだ。
何より、ゲーム中は睡魔が襲ってこないので、寝ている間の時間が勿体無いのである。
ボケるのはいいが、今の様な非常事態には勘弁して欲しい。
とりあえず、ボケボケなアルは放置し、システムメニューを呼び出そうと左肩を右手で2回叩くが、
「あ、あれ?」
ウィンドウが出て来ない。
何かの間違いだと4回5回と繰り返すが、無反応だ。
「冗談だろ……GMコールも出来ないって、それにどうやってログアウトするんだよ……」
いやいや、餅つけ俺。
運営もプレイヤーの接続状態くらい把握してるだろうから、いつかは異常に気付く筈だ。
何より、何時までも起きて来なかったら、家族の誰かが――機械音痴の姉さんだと、強引に動かして破壊してしまいそうだが――緊急停止ボタンを押してくれるだろう。
「ふぅ、テンパる必要なかったな」
それにしても、他のプレイヤーは大丈夫なんだろうか?
普段と変わらず雑談をしているが、もしかしてバグってんの俺だけか?
そうだとしたら、知り合いと連絡さえ取れれば、代わりにGMコールをしてもらうんだけど。
メールもWISも出来ないので、連絡の取り様がない。
「ただ待つのもだるいなぁ」
「だから、早く宿に行きましょうよ」
当然の如くボケアルは無視し、手持ち無沙汰なので奉仕の果実でも食べようと鞄を開けて手を突っ込むが、いつもの様な不可思議な感触がする前に中身が手に当たった。
鞄までバグってるのかと覗いてみたら、中には干からびた肉やロープ、少し刃こぼれしているナイフ等が入っていた。
ナニコレ? 干し肉って意外に美味しそう……じゃなくって、こんな物鞄に入れた覚えないし。
それ以前に、なんで普通の鞄みたいに底が見えてるの?
「は、ははははは……これって本当の冒険者みたいじゃん……ははは、はは」
人間、非常事態に遭遇すると思わず笑ってしまうと言うが、本当なんだな。
………。
……。
…・
「という夢を見たんだ」
「アニキ……ゲームのし過ぎだよ」
妹から『何?この汚物』みたいな視線を受けつつ、食パンに噛り付く。
心温まる朝食時の一コマであった。
―――――
突然ではあるが、現在、スタートダッシュイベント真っ最中である。
サービス開始直後にやらなくて、何故今更という気もしないでもないが……。
イベント内容を簡単に説明すると、イベントアイテム【悪魔の卵】のドロップと経験値2倍の2つで、期間は今日から1週間後のメンテナンスの時間まで。
悪魔の卵は、Mobを倒すと一定確率でドロップし、地面に投げて割ると色々なモノ、つまりアイテムが出て来るらしい。
どんなアイテムが出て来るかは公式HPにも載ってなく不明で、イベントが始まったばかりなので情報もまだ出ていない。
経験値2倍は、まあ読んで字の如くそのままだ。
「それにしても」
「欲望に忠実な人が多いですね」
「うぬぅ」
いや、ここに来ている時点で、人の事は言えないんだけどね。
時折聞こえてくる初心者プレイヤーの「狩場を荒らさないで下さーい!」という叫びが胸に響く。
ゴブリンの草原、はっきり言って初心者用の狩り場であるが、今は高レベルプレイヤーが稲穂を刈るようにゴブリンを追いかけ回し倒している。
明らかに沸きが追い付いていない。
店売りの初期防具で偽装しているつもりの様だが、やたらにごつかったり装飾の多い武器を持っていてはハッキリ言って台無しである。
中には周りの視線など気にせず、普段の装備で堂々と狩っているプレイヤーもいるが、そういう強心臓の持ち主は極少数である。
悪魔の卵をより多く手に入れる為、とにかく数を狩ろうとここに来たのだろう。
みんな考える事は同じか……。
「アル、いつもの所に行くぞ」
「ここで狩らないんですか?」
「ああ。ここだと取り合いになって、逆に効率が悪いし。多分豚や死体の狩り場も、こことあんまり変わらないだろうからな」
まだレベルの低いプレイヤーには、今回のイベントっていい迷惑なんだろうな。
合掌。
―――――
爪を弾き。胴を薙ぎ。舌を斬り払い。頭を貫く。
受けきれない攻撃は飛び退き。体勢を立て直す前に斬り裂く。
装備やレベル、なにより戦闘への慣れからか、格段にMobを早く狩れるようになった。
まあ、行動パターンと倒し方を覚えれば誰でも出来るんだけどね……。
「おっ、卵ゲット」
「まだ投げないんですか?」
「そろそろ投げてみるか」
悪魔の卵。最初、どんな物が出るのかと2個投げてみたが、200ユリルとラージヒールポーション1個という微妙な結果だった。
一気に大量に投げれば、1個くらいはレアが出るだろうという根拠のない考えから、1個ずつ投げるのを止め、とりあえずある程度まとまった数を貯める事にした。
自分の出した卵の中身のせいで、狩りに対する意欲が若干削がれたが、経験値2倍があった事を思い出したので、いつもの倍以上のペースでの狩りになった。
やっぱり、目に見えて経験値が増えればやる気が出る。
我ながら単純だと思うが。
悪魔の卵33個。2時間の狩りにしては中々の成果だと思う。
ドロップ率を知らないから、本当の所はわからないけど。
「んじゃ、投げるぞ」
「ほい」
近くにMobがいないか見渡し、鞄から悪魔の卵を取り出す。
ちなみに、大層な名前が付いているが、見た目はただの黒い鶏卵である。
「…………」
「…………?」
ふと、ある考えが頭を過り、卵を割る為に振り上げた腕を下ろす。
「どうしました? 投げないんですか?」
「う、あ、ああ。いやな。そろそろ掲示板の方にも情報が出てるだろうから、それを見てからの方がいいかなーって思ってな」
「…………」
うーむ。何やらアルの視線が冷たい。
「べ、別に、大した物が出ないんだったら、そのまま売った方が堅実に儲けられるんじゃないかとか、出た場合でも自分のリアルラックでは無理っぽいとか、考えたわけじゃないんだからな?」
「はぁ……」
俺から視線を外し、呆れたとでもいう顔でため息をつく。
どうやら更に機嫌を損ねた様だ。
「ど、どうした?」
「…………」
言葉にするのも億劫なのか、そっと視線を投げかけてきた。
俺は、再び出合った視線を逸らす事も出来ず、目は口ほどにものを言う、という諺が正しかった事を理解してしまう。
言葉には出ていないのに『このチキン野郎が!!』という声がどこからか聞こえてくるのだ。
ただの視線なのに、本日一番のダメージを受けた様な気がするのは何故だろう。
HPは減ってない……よな?
―――――
あの後、何故か地味に減っていたHPを赤ポで回復しつつ街に戻り、情報収集の為にログアウトした。
「情報、情報っと」
さっそく某掲示板をチェックして見る。
ガセも多いだろうが、大体どんな物が出るかは分かるだろう。
「えーっと。んー、お金の場合は200ユリルに固定っぽいな。赤ポに青ポにヒールクリスタルと、おっ! テレポ石まで出るのか。後は、銅製の武器防具に鉱石にぃ……えっ? な、名持ち!?」
ま、マジデスカ?
流石に名持ちまでは出ないと思ったんだけど、サービス精神旺盛だな。運営は。
ただ、卵を高く売るために書き込まれた、ガセっていう可能性もある。
真偽は分からないけど、自分で拾った分は売らないで投げた方がいいかもしれない。
流石に、人から買ってまでは投げるつもりはないけど。
「他には、投げた場所に投げ方か」
Mobに攻撃されながら投げたら赤ポが出ただの、街の南側にある噴水の周りを時計回りに歩いてから投げたらテレポ石が出ただの、まあ、所謂ジンクスって奴か。
ちなみに、気になる名持ちはと言うと、街中でリアルの名前を叫びながら投げたら出たというらしい。
「……多少期待したけど、これ見るとやっぱネタっぽいな。流石に、こんな釣りじゃ誰も本気にしてやらんだろう」
こんなのに釣られて本当に実行したら、次の日からどころかその瞬間からそいつは勇者決定だ。
まあ、街で人が来ないような所を探して、小声で言って投げる位ならやる奴も少しはいるかもしれない。
「取引掲示板は……っと、『卵産 ヒールクリスタル1個600Kで売ります。@3』か。ん? 何故に相場の3倍?」
普通に考えたら、卵のせいで供給が増えるだろうから、値段は下げるべきだと思うんだけど、訳がわからんな。
別に、卵から出たのも普通にドロップしたのも、同じヒールクリスタルだろうに。
それとも、卵から出たってだけで、付加価値が付いたとでも言いたいのかねぇ。
「残りの卵関連は、『卵5Kで買います。@100』『卵300Kで売ります。@24』『買)卵 出)10K』だけか」
やっぱり、まだまだ卵の値段も安定しないよなぁ。
中身の情報も少ないし、始まったばかりでイベント終了まで、まだ時間もあるし。
「もうしばらく様子を見た方がいいっぽいな」
これからの情報次第だけど、もし投げるなら、最終日に貯め込んだのを一気に投げる事にしよう。
下手なジンクスよりも、数打ちゃ当たる精神の方が確率が高そうだ。
もし売るなら、ドロップしなくなってからの方が、プレミアムも付いて価値も上がるだろう。
イベント終了後に、しばらく時間を置いて売るってのもいいかも。
あっ……でも、その場合は、また同様のイベント告知が出る前に売らないといけないから、見極めが難しいかもな。
ほんと、投げるのか売るのか、悩むなぁ……。
―――――
アルルーナ成長日誌
Lv38 HP:1209 SP:228
STR:248 VIT:304 INT:314 DEX:106 AGI:111
攻撃力:138 魔法攻撃力:172 防御力:202 魔法防御力:188 敏捷度:112
【通常攻撃】[消費SP― 無属性]
根っこを鞭のように使い攻撃する。
【悲鳴】[消費SP5 精神属性]
悲鳴を上げ対象を気絶させる。
【奉仕の実り】[消費SP― パッシブスキル]
主人に対する想いが特殊な果実を生み出す。
奉仕の果実を1時間毎に3個自動生成。
【毒花粉】[消費SP18 土属性]
頭に生えている花から花粉を飛ばし、対象を猛毒状態にする。
5秒毎に現在HPの3%ダメージを与える。
愛情度:??? [小胆]
満腹度:78% [若干空腹]
備考:
もしかしたら、視線だけでダメージを与える《邪眼》スキルを修得しているかもしれない。
親父のみならず、徐々にではあるが妹の影響を受けている可能性が出て来た。
朝食時に受けたあの視線には妙に興ふ、ゴホゴホッ……、ど、どこまで予想外の進化を遂げるのかを想像すると、実に恐ろしい事である。