第17話
レオと向かい合う様に立ち、腰に吊るした剣を鞘から抜く。
「それにしても……」
こんな大勢の人に注目されるなんて、初めての経験だ。
そんな事を考えたせいか、不意に顔が火照ってきた。
更に、心音も早くなっていく。
落ち着こうと深呼吸するが、一向に動悸が鎮まらず、高鳴る胸の鼓動が観衆に聞こえてしまいそうだ。
ま、まさか!? これが世に言う
「……恋?」
「シュウ。脳外科か精神科での診察を、強くお勧めします」
―――――
露天を覗く人達で混雑した広場。
多くのプレイヤーが、自身の目的を果たそうと声を上げている。
「オークの心臓5個、2千ユリルで売ってーー!」
「Lv18盾剣士、狩りに連れてって下さーい!」
「【リザードの革】高値で買いまーす!」
「さっき目玉買うって叫んでた人どこーー?」
「沼行きPT募集! あと3人」
「高性能防具が激安っ! 早い者勝ちだよー!」
ん? 高性能防具!?
どの程度の物かと、防具売りの露天に並んでいるアイテムをチェックするが、
「銅製の【チェインメイル】が、2万ユリルね」
いやいや、これはボリ過ぎだろ……。
店売りの同製品と大差ない性能で値段が2倍って、もうアホかと。
スキル上げの過程で出たゴミなんて、店売りしないなら材料費で捌けよ。
「全く……」
取引での儲けを軍資金に、防具を買い換えようと露天を覗いているのだが、碌な物が無い。
せめて、鉄以上の素材で作った物が、あればいいんだけど。
「シュウ。あれなんかどうですか?」
「ん?」
アルの指差す方を見てみる。その先にあったのは、
光沢のある青い生地に龍の図柄が描かれ、戦闘時に動きを妨げないようスリットが深く入っている――チャイナドレス。
「アル君。君は、俺にあれを着ろと?」
「ハイ」
当然、着るつもりはないが、はじめて見る物なので興味が出た。
手に取り、アイテム情報を確認してみる。
アイテム名は、【バトルドレス】。
何故か薄い服なのに、下手な金属鎧よりも防御力が高い上、若干だがステータスアップ効果もある。
開発チームの中にコスプレヲタがいるのか、不自然なほどに性能が高すぎる。
自身の趣味を、ゲームの中に持ち込む公私混同ぶりが、実に恐ろしい。
だが、このアイテムのもっとも恐ろしい所は、女性専用防具じゃないという装備制限の緩さだ。
女装趣味の中年男性が、チャイナドレスを纏って戦闘を行い、激しい動きによってスリットが
「うげ……」
いかん、不味いモノを想像してしまった。
ま、マシロさんだ。マシロさんが着た時の事を想像しよ
「シュウでも装備できますよ」
「や、止めてくれ、アル」
一瞬、自分が装備した姿を想像してしまったジャナイカ。
―――――
広場にある露天は、プレイヤーの邪魔にならないよう、決められた場所に並んでいるが、サービス開始してからしばらくは、まだまだ露天を開く人が少なく、各々適当な場所に開いていた。
しかし、露天の数が増えていくと、プレイヤーから不満の声が洩れるようになった。
無秩序に開かれた露天は、何処にあるのかがわかり難い上、集まった人目当ての――アイテムやPT募集の叫び――プレイヤー達の移動の邪魔になった為だ。
だが、すぐにプレイヤー同士、掲示板で意見を出し合い、露天を開く場所や広場でのルールを決めた事によって解決された。
現在では、公式HPの初心者プレイガイドの所にも記載されている。
―――――
「ったく。3千万ユリルって誰が買えるんだよ」
「やっぱり、着たかったですか?」
「やっぱりってなんだ? やっぱりって?」
もちろん、ホームポイントでこっそり着替えてみようなどと、思った訳じゃない。
露天巡りをしてる本来の目的を忘れて、マシロさんにプレゼントするか迷っただけだ。
あのチャイナドレスを着れば、ボディラインが
「鼻の下が伸びてますよ」
「い、嫌だな〜。気のせいだよ。ははははは」
健全な青少年なんだよ。妄想は標準装備で、みんな持ってる物なんだ。
そう、リンゴが木から落ちるのと同じで、必然の帰結なんだよっ!
「犯罪者予備軍」
「ぐ、ぬぅ……」
やばい、旗色が悪い。
なにか別の話題でもないかと、周りを見回すと、
「あれ、なんだ?」
そこには、広場に来た時にはなかった、黒山の人だかりが出来ていた。
なにかを遠巻きに見物している様だ。
これだ!?
「アル。ちょっと見に行くぞ」
「はぁ……猛烈に嫌な予感がします」
「覗いてみるだけだって」
こんな時には役に立つと、小さな体に感謝して、プレイヤーの間を縫う様に進み、中心部に近づく。
女性プレイヤーの体に触れるという、幸運なアクシデント――自身の名誉の為に言わせてもらうが、故意にではない――に恵まれつつも、なんとか人だかりの最前列に辿り着いた。
俺以上に小さな体のアルは、後ろを楽々と着いて来た。
どんな奴が騒ぎの元凶かと見ると、
「あれって……っ!?」
マシロさんとレオであった。
レオの奴、罠にかけただけでは飽き足らず、難癖でも付けているのか?
「マシロの方が絡んでるみたいですよ」
「……へっ?」
どういう事だ? 罠にかけられた事に、文句を言っているのかな?
前の狩りでの失点を回復する為に、マシロさんに加勢した方が良さそうだ。
「マシロさんっ!」
「シュウ君!?」「お前、昨日の……」
同時に声を掛けてきた2人が、相手の言葉に反応し疑問の声を上げる。
「「えっ?」」
「あのですねぇ―――――という訳なんですよ」
「という訳って……?」「何言ってるんだ?」
うむ。お約束な説明の省略は、起こらなかったようだ。
でも、詳しく説明すると、昨日の復讐がばれるよな。
「まあいい。つまり、お前ら知り合いなんだな?」
「そうよ」
マシロさんがあっさり肯定すると、レオに憤怒の形相で睨まれた。
もしかして、ばれちゃった?
「おかしいと思ったんだ。やっぱり、お前の仕業か」
「ん? 何? シュウ君が何かしたの?」
「……は、はあ。ちょこっと、罠に嵌められた仕返しを」
レオは、あの味を思い出してしまったのか、若干顔を顰めた。
経験者として、その気持ちはわかる。
あれは、地獄だもんなぁ……うっぷ。
「どこがちょこっとだっ! こっちは、死ぬかと思ったんだぞっ!!」
「何をやったか知らないけど、子供の可愛い悪戯くらい、大目に見なさいよっ! それでも男なのっ!!」
こ、子供……。確かに子供だけど、マシロさんもそんなに年は変わらない筈なのに。
その時、これといって変化のない状況に焦れたのか、野次馬の中の数人が「揉めてるなら、決闘しろっ!」と騒ぎ出した。
「そうだな。シュウ……だったな。決闘するぞ」
「へっ?」
「待ちなさいよ。やるなら、私とでしょ?」
ぬぅ……。正直、断りたい。
けど、マシロさんのバーサーカーっぷりを、こんな大勢の前で晒すのは憚られるし。
「こう見えても、俺はフェミニストだからな。ゲームの中とはいえ、女相手に戦えるかよ」
「「はぁっ?」」
罠に嵌めるのはいいのか……。
そっちのが、どう考えても卑怯でフェミニストっぽくないぞ。
どっちにしろ、やるしかないか、
「マシロさん。僕がやりますよ」
「でも……」
「大丈夫ですよ。それに、マシロさんがやったら、100%マシロさんの勝ちですし」
あの地獄から無事帰還するような強さだからな。
テスターでも、名前を聞かないこいつは、大した強さじゃないだろ。
まあ、俺よりは強いだろうけど……。
「勝手に言ってろ……この勝負、500万ユリルずつ賭けるぞ。唯でさえ、あんな目に遭わされたんだ。叩きのめすだけじゃ気が済まん」
「あの、170万ちょいしか持ってないんですけど」
んなに持ってたら、もっと良い装備してるっての。
なんか、やる前から勝った気になってるし。
「足りない分は私が出すわ。いいでしょ?」
「えっ?」
「俺は別にいいぜ」
マシロさんって金持ちなんだな。
じゃ、なくてっ!
「いいんですか? 負けたら」
「絶対にシュウ君が勝つから、大丈夫よ。楽勝、楽勝」
いや。その根拠のない自信は何処から……?
明らかに、レベルも装備もこっちが負けてるんだけど。
―――――
デュエルシステム。
PK犯になる事無く、PvPを楽しめるシステムだ。
大まかな流れは、どちらかが決闘の申し込みをして、ルール設定を決める。
そのルールに双方が同意すると、カウントダウンが始まり、0になると同時にデュエルが開始される。
ルール設定だが、レベルや装備の差のある場合は、基本的にFAで決着を付ける。
どちらかが死ぬまでのデスマッチだと、大抵の場合、戦う前から勝敗が決まってしまうからだ。
1対1だけでなく、複数対複数、1対複数等、様々な形でのPvPを楽しめる。
戦闘を行うデュエルフィールドは、半径15mの円形で、他のプレイヤーは中に入る事が出来ない。
―――――
「ルールは、1対1のFAで制限時間無し。で、いいですか?」
「ああ、それでいい。どんなルールでも俺が勝つんだからな」
やっぱ、嫌な奴だな……。
ルールの確認を済ませ、互いにデュエルフィールドの端に移動する。
目の前に出て来たウィンドウの『Yes』のボタンを押す。
「シュウ君。頑張ってーーっ!」
「凡人。負けたら、……わかってるな?」
好き勝手に野次を飛ばす観衆の中、マシロさんの応援とシートの脅迫の声が、よく聞こえた。
マシロさんの為でもある戦いなんだから、お前も応援しろよ。
まあ、シートらしいと言えば、シートらしい声援だけど。
「シュウ。始まりますよ」
「わかってる」
カウントダウンが0になったと同時に、レオがこちらに向かってじりじりと近づいてくる。
レオの武器は両手槍なので、なんとかして懐に入れば勝ちが見える。
投擲スキルは取ってないが、隙を作る為に左手の剣を投げるか?
いや、アルに《悲鳴》を……
「ミゼラブルペイジーーーッ!!」
「!?」
互いの距離が残り6mという所で、レオが手に持つ槍に微弱な緑のエフェクトを纏いながら、物凄いスピードで突っ込んでくる。
いい年して、ヒーローヲタかよっ!! ってか、
「アホらし……」
レオのあまりの天然っぷりに、真剣に策を練っていたのが馬鹿らしくなってくる。
1m程左にずれて、右手を真横に突き出すと、レオは速度を緩める事無く、俺が持つ剣に自ずから斬られた。
「ぐふぅ」
目の前に浮かぶ『YOU WIN』の文字が虚しい。
―――――
《ミゼラブル ペイジ》
走った勢いを利用し、対象を貫く突進技。
スキル熟練度に応じて速度が増加。
対Mob戦では、技終わりの硬直時間の長さを考慮に入れても、非常に使い勝手がいい。
基本的にMobは、タゲったプレイヤーに真っ直ぐ向かってくるので、避けられないし――今の所は、であるが――リーチの差で攻撃も受けない。
だが、この技はゲームバランスの為か、途中で軌道変更出来ないし、中断も出来ないように設定されている。
近距離から思考操作で使うなら、対人戦でも使える技だと思う。
運悪く避けられたとしても、距離が取れる為、十分立て直す事が出来る。
しかし、遠距離から音声操作で使うのは、自爆以外のなにものでもない。
少し横に移動し、武器を突き出していれば、自分から当たってくれるのだ。
―――――
レオに賭けたプレイヤーが多かったようで、かなりの罵声が飛んで来る。
自分達が勝手に賭けただけなのに、賭けの種にされたこっちはいい迷惑だ。
まあ、あんな馬鹿な負け方だと、文句を言いたくなるのもわかるが……。
「約束の金だ。確認しろ」
「へ? あ、ああ、どうも」
突然現れた取引窓に吃驚したが、金額を確認し『OK』のボタンを押す。
てっきり、口約束など無視して、捨て台詞を残し去って行くと思ってたが、変な所が真面目な様だ。
「シュウ君。かっこ好かったわよ」
「相手に恵まれたな」
う〜む。せっかく褒められても、あんな勝ち方だから素直に喜べねぇ。
シートの言う通り、相手の自爆だし。
「チィッ……じゃあな」
きまりが悪いのか、レオは舌打ちをして去って行った。
見た目もそうだが、言動もマンガに出てくるような『ちんぴらA』である。
道理で、負けフラグが満載な訳だ。
「それでいくとシュウは、主人公と仲の良い『モテナイ親友C』ですね」
「………」
あれか? 序盤はそこそこ出番があるが、無謀な告白をして砕け散ったり、やたら体を張った失敗をしたりのギャグ要員。
やがて、クールな美形や萌え系のキャラが増えてきて、最終的にはそんな奴いたか?って忘れられてる……。
「違いない。クックックック」
「アルちゃんっ。もう……シートも笑わないのっ!」
―――――
レオから受け取ったお金の半分をマシロさんに渡そうとしたが、断られてしまった。
マシロさんのお金がなかったら、賭け自体成立しなかったから、と言ってみたが、実際に戦ったのは俺だからと、逆に説得されてしまった。
その後、しばらく雑談した後、――レオの無様な姿を見た為か――どこかスッキリとした顔で帰って行った。
ちなみに、仕返しの内容を話したら、シートがグッジョブとばかりに、ぺしぺしと尻尾で叩いてくれた。
マシロさんは、良い事を聞いたと喜んでいたが、誰かに使うつもりだろうか……。
―――――
結局、防具はカナタさんに依頼する事にした。
当初は、1Mしか持ってなかったので、材料費の事を考えると頼み難く、露天で掘り出し物を探す事にしたのだが、6Mもあれば、今のSTR値ぎりぎりの防具一式が楽に揃う。
プレイヤーメイドの性能は、生産者のスキル熟練度の影響が一番大きいが、ランダム要素も含まれてるので、絶対良品が出来るとは限らない。
ただ、カナタさんは、大半の時間をスキル上げに費やしてるそうなので、下手なプレイヤーに頼むよりは安心である。
本人は、防具よりも武器を作る方が好きらしいけど。
―――――
アルルーナ成長日誌
Lv24 HP:791 SP:153
STR:158 VIT:191 INT:205 DEX:65 AGI:71
攻撃力:93 魔法攻撃力:111 防御力:143 魔法防御力:127 敏捷度:67
【通常攻撃】[消費SP― 無属性]
根っこを鞭のように使い攻撃する。
【悲鳴】[消費SP5 精神属性]
悲鳴を上げ対象を気絶させる。
【奉仕の実り】[消費SP― パッシブスキル]
主人に対する想いが特殊な果実を生み出す。
奉仕の果実を1時間毎に3個自動生成。
愛情度:??? [ドS]
満腹度:18% [ひもじい]
備考:
いたずらに対するお仕置きは、餌抜きにした。
満腹度1桁になるまで、放置すると結構こたえたようだ。
―――――
※1:PvP
【Player vs Player】の略。
対人戦全般の事。
※2:FA
ファーストアタックの略。