第16話
カナタさん経由で奉仕の果実の大量注文が入った。
今までは、1〜5個くらいまでの少量の注文しかなかったので、貯まった果実をカナタさんに渡しておき、取引は任せていた。
狩りの時間を取引に割きたくなかったのと、取引自体が苦手で面倒な為だ。
もちろん、手数料は取られた。
儲けの2割はがめついよ、カナタさん。
今回は、複雑な事情?により俺が直接出向く事になった。
―――――
「100個ですか!? で、でも、そんなにも何に使うんですか?」
「実は、知り合いにレベルが50になった奴がいてね。テスターを集めたギルドを作るみたいで、そのお祝いにパーティーをするらしいんだ。それで、デザート用の食材にどうかなって言ってみたら、試食したのが美味しかったらしく、是非って事になってね」
ギルドは入るのには制限がないが、作成にはレベル制限がありレベルが50に達したプレイヤーじゃないと作る事が出来ない。
う〜む。これでも夏休みを利用して廃プレイを続けてるのに、トップとの差が凄いな。
「凄いですね。もう50か、僕なんてまだ33ですよ」
「それでも速い方だよ。多分、平均的なプレイヤーで20くらいだと思うよ」
トップ集団が異常なだけか。
第2集団って所かな、俺は。
「確認ですけど、1個1万ユリルでいいんですよね?」
「ああ、【ネイス】からは」
「?」
「ああ。ネイスって言うのは、そのギルマスになる奴の名前なんだけど。値引きしてくれとか特に言われてないから、それで大丈夫だよ」
おお、カナタさんの手数料を引いても800Kの儲け。
娯楽品にこんなに払えるなんて、ネイスさんって人は太っ腹だな。
まあ、本人からすれば端金なんだろう。
若干悲しくなってきたが、あっさりと新しい防具を買う資金が出来たから良しとしよう。
前回、マシロさんとの狩りで露呈した紙の様な柔らかさは、普段の狩りスタイルが雑魚の乱獲の為、防具の購入を後回しにしていたからだ。
本来ならばあの狩りの後にでも買い換えたかったのだが、アルに対する2度に渡る口止め料1Mが財政を圧迫。
更に、ドロップ運の無さによる狩りの収入の少なさが追い討ちをかけ、お手上げ状態になった。
だが、今回の臨時収入があれば、予定していた物よりも多少だが良い防具を買えそうだ。
ん? よくよく考えると口止め料が無かったら、普通に買えてたような?
深く考えるのはよそう。空しいだけだ。
「100個だと、今、カナタさんの所にある奴じゃ足りないですね。んじゃ、取引窓出しますね」
「ちょっと待った。その事なんだが、今回はシュウ君が直接取引きに行ってみないか? 先行組に顔見知りを作っておくと、ドロップ品の取引とか情報面で助かる事が多いよ」
「僕がですか? う〜ん」
でもなぁ、苦手なんだよな取引自体。
「シュウ君が行くのなら、今回の僕の手数料はいらない「行きますっ!」よ」
200Kの差はかなり大きいので多少我慢してでも行くべきだろう、等と理性的な判断をする前に、脊椎反射の様に返事をしてしまった。
金の亡者と笑いたいなら笑え、
「くっくっくっく、あっはっはっは、はーっはっはっは……にゅぃう……」
「いや。お前に言ってないし、何度も言うが思考を読むんじゃない」
とりあえず、突然横で笑い出したアルを頭突きで黙らせる。
きっと、どこかから電波を受信したのだろう、気の毒な奴だ。
「しゅ、シュウ。ツッコミがどんどん雑に」
「悪いが、今の俺は商人であってお笑い芸人ではない。ていうか、普段もお笑い芸人とは違うからな」
「す「スライムキラーでもないっ!」……ふぅ、中々手強くなりましたね」
勝ったな。
「シュウ君、漫才はもういいかな? 話を進めたいんだけど」
「あ、はっ、はい」
いかんな。
どうも俺の中に無理やり埋め込まれたっぽいツッコミ属性が、勝手に反応してしまう。
「取引相手なんだけど、ギルメンでパーティーの雑用を担当している、レオという名ま「レオ!?」……ん? 知り合いなのかい?」
「い、いえ、名前を聞いた事あるだけですよ」
レオ、その名前を忘れた事はない。マシロさんを罠にかけた貴様の罪は万死に値する。
もっとも、実質的な被害を受けたのは俺だけだが、罠にかけようとしただけで重罪だ。
しかし、こんなにも早く復讐のチャンスに巡り会えるとは、日頃の行いの賜物だろうか。
「テスターだったというだけで、それ程目立つプレイヤーじゃないんだけどねぇ?」
「ん〜、えっと、他のゲームだったかも……あはははは」
流石に、復讐をする為に探してましたとは言えないよな。
「で、取引場所―――――
―――――
取引日時は、明日の21時30分でパーティー開始30分前らしい。
調理する訳ではないので、ぎりぎりでいいとの事だ。
取引場所は、パーティー会場でもあるギルドハウスで、ギルド設立にあたって購入した物らしい。
ブルジョアめっ! どうせ足元を見た取引で稼いだ泡銭だろう。
レオだけでなく、そのギルド自体がむかついてきたが、流石にギルド相手に喧嘩するほど馬鹿ではない。
ちなみに、レオに対する復讐の方法は脳内で108パターン作成され、最適な物を厳選済みである。
非戦闘地域である街の中で、最大限の苦しみを与える方法。
それは、後のお楽しみである。
実は、フィールドやダンジョンでのPKも考えたが、ジェントルマンな俺に、そんな暴力的な行為は出来そうにないので即却下した。
「120%、瞬殺されますしね」
その通りだよ! 弱くて悪かったなっ!
―――――
指定されたギルドハウスの壁に凭れ掛かっている、小太りな男に声を掛ける。
他にそれらしい人がいないので、間違いないだろう。
「レオさんですか?」
「そうだが? ああ。シュウって奴か」
って、おい! いきなり呼び捨てか。
いくら年上だからって、最低でもマナーとして相手の了承をとってからにしろよ。
マシロさんの事があるからか、余計にむかつく気がする。
「え、えっと。早速ですけど、取引窓出しますね。いいですか?」
「早くしてくれ」
こ、こいつは。
作戦完遂の為に、ここはグッと耐え……られそうにないです。
「こ「君がシュウ君かい?」……へ?」
な、なんだ?
突然の第三者登場に若干慌ててしまう。
「えっと、そうですけど。あなたは?」
「ね、ネイスさん。どうしたんですか?」
こ、この人がギルマス?
なんか、ヒョロっとしてて見た目で損してる感じだ。
「カナタの紹介だからちょっと気になってね。はじめまして、シュウ君でいいかな? 君の事はカナタから聞いているよ。よろしく」
い、いい人属性!?
ギルマスになるくらいだから、もっと偉そうで自尊心の高いタイプかと思ってたんだけど。
隣りのマナーのマの字も知らない奴に、爪の垢を煎じて呑ませたい。
「は、はい。シュウです。んと、好きな様に呼んで下さい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「そういえば、例の果物の取引だったね。先にそちらを―――――
―――――
―――――ありがとうございました。また機会があれば、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
取引は無事に終了したが、『マシロさん――正確には俺――の復讐をしちゃうぞ』作戦の実行は無理っぽい。
流石に、ネイスさんがいる前でやる訳にはいかないだろう。
「!?」
その時、当初の予定通りに、アルがお盆の上に飲み物の入ったコップを乗せて歩いてくる。
アル、作戦中止だ。先にホームポイントに帰還しろ!
「これをどうぞ、サービスです」
あ、アルーーーっ! このタイミングは不味いだろ、もうちょい空気読んでくれ。
そもそも、余計な時には人の思考を読むくせに、肝心な時にスルーするなよ!
ど、どうしよ……。
「ん? あ、ありがとう。見た事ないタイプだけど、シュウ君の使い魔かな?」
「はっ、はい。そうです」
俺の儚い願いを断ち切るかのように、あっさりと2人はコップを受け取ってしまう。
しょうがないので、俺も残ったコップを手に取る。
「奉仕の果実で作ったジュースです」
「へぇ〜、じゃあ、ありがたく飲ませてもらうね」
「は、ははははは」
思わず作り笑いが出てしまう。
「いえ、中身はサラマンダーの怒りです」とは、とてもじゃないが言えない。
ネイスさんは、地獄を見るとも知らずゴクゴクと飲んでいく。
ああ、今更だが、俺の選んだ復讐は、何とかしてサラマンダーの怒りを飲ませるという単純なものだ。
戦闘中でさえ感じる事のない――まあ、感じたら大問題だが――痛みを唯一感じる手段が、舌の痛覚だけだった為、この作戦を選ぶ事になった。
「うん、美味い」
へ? どういう事だ?
俺の疑問を他所にネイスさんは普通に話を続ける。
「聞いてるかもしれないけど、カナタとはcβの時からの知り合いでね」
本当に果実から作ったジュースだったのか。
しかし、料理スキルも無しにどうやって作ったんだか、相変わらず謎の多い奴だ。
だが、良くやった! グッジョブ!
「あれでなかなか「ぶふぉっ!」……ど、どうした!?」
「なっ!?」
突然、レオが崩れ落ちた。
ま、まさか!?
アルの方を見てみると、満面の笑みを浮かべ親指で喉を掻き切るジェスチャーを……。
お、恐ろしい奴。
「だ、大丈夫ですか?」
「ぐぅ……喉が焼け」
プッ……。ま、不味い、笑いが込み上げて来る。
―――――
レオはあのまま呆気なく撃沈。無様と言う言葉を心の中で送ってあげた。
不思議がっていたネイスさんは、バグという事でなんとか誤魔化した。
まあ、同じ物――本当は違うが――を自身も飲んでいたので、それほど難しい事ではなかった。
何故かギルドに誘われたが、しばらくはソロでやりたいと断った。
ただ、フレンドリストの登録はしておいた。
―――――
「ふぅ、上手くいって良かった」
それにしても、緊張したせいか喉が乾いたな。
そこで、ようやく手の中の存在を思い出した。
そういえば、若干の興味で覚えた料理スキルは、そこまで上がっていない為、果実を加工した物は初めてである。
どんな味かと期待して飲んでみると、
「ん?」
どこかで味わったような?
「ぐ、グフォッ!?」
「ふふふ、油断大敵ですよ。ご主人様?」
あ、アル!? お、お前……。
次第に薄れる意識の中、満面の笑みを浮かべ親指で喉を掻き切るジェスチャーをする、アルの姿が――――
―――――
アルルーナ成長日誌
Lv24 HP:791 SP:153
STR:158 VIT:191 INT:205 DEX:65 AGI:71
攻撃力:93 魔法攻撃力:111 防御力:143 魔法防御力:127 敏捷度:67
【通常攻撃】[消費SP― 無属性]
根っこを鞭のように使い攻撃する。
【悲鳴】[消費SP5 精神属性]
悲鳴を上げ対象を気絶させる。
【奉仕の実り】[消費SP― パッシブスキル]
主人に対する想いが特殊な果実を生み出す。
奉仕の果実を1時間毎に3個自動生成。
愛情度:??? [貧乏な甲斐性無し]
満腹度:88% [満腹]
備考:
手の込んだいたずらが増えてきた。
ホームポイントや街の中ですら気が抜けない……。
なんとかせねば……。
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※1:紙の様な柔らかさ
紙は、防御力が低い。
柔らかいも同じような意味です。
※2:ギルド
気の合うプレイヤー同士で作った集団。
クラン等他の呼び方をするゲームもある。
※3:ギルマス
ギルドマスターの略。
簡単に言うとリーダーのようなもの。
※4:ギルメン
ギルドメンバーの略。
※5:M
メガの略。
1Mだと100万。
2.5Mだと250万。