第10話
結局、ある程度の数が貯まってから売る事にした。
食事と風呂、夏休みの課題の処理時間以外、全ての時間をゲームに充てて2日かかったが、やっと100個用意できた。
まあ、INしてさえいれば貯まるので、特別何かをした訳ではない。
そして、現在、苦手な露天中である。
「シュウ」
「なんだ?」
「暇です」
「そうだな」
ちなみに、露天を開いてから1時間ほど経つが、まだ1つも売れていない。
どうしてだろう? こんなに美味しい物が、たった10Kなのに何故?
だが、すぐにその謎は全て解けた。
何故なら犯人は、
「なんか桃みたいな果物ねぇ。えっ!? 1万ユリルって、ぼったくりじゃないの? これ」
この中にいる!! じゃなくて、値段設定。
そもそも、余計な物に対して節約するであろう序盤に、食材に大金を使うプレイヤーがいるわけない。
それに、よく考えたら、これの味を知ってるのは俺とカナタさんだけだった。
ただの果物に10K払うプレイヤーなんて、もちろん、
「いるわけないだろうが!!」
「な、なによ。急に」
何時の間にか客が来ていた様だ。
「なっ!?」
切れ長の瞳に薄めの唇。鼻筋の通った細面。
抜けるように白い肌と艶やかな長い黒髪が、互いを引き立たせあっている。
まさにゴッディス……。
リアルでもこんな美人見た事無い。
ちょっと年上か、大学生かな? それともOL?
「?」
ま、マズイ。
このままでは、女神に変態だと思われてしまう。
「ああ、すいません。ちょっとWISを誤爆しちゃって」
「そうなの? そうは見えなかったけど?」
「いえ! 間違いなく、ただの誤爆です!」
変態になるかどうかの瀬戸際なのだ。
ここは多少強引にでも、
「そ、そうだ。驚かせてしまった御詫びに、これ1個食べてみてください」
「いいの? 売り物でしょ? まあ、その値段じゃ売れるとは思えないけど」
よし、なんとか誤魔化せたか。
さっさと果物に意識を向けさせるべきだな。
「とりあえず、食べてみてくださいよ。値段の訳もわかりますから」
「そこまで言うなら。じゃあ、貰うわね」
今、目の前で、女神が、自身の薄めの唇に手に取った果実を近づけていく。
そして、そっと唇を開き、
「シュウ、視線がいやらしいです」
「ブフォッ!!!」
「へ? どうかしたの?」
どうやらアルの声は聞こえなかった様だ。
しかし、危なかった。
もう少しで、本物の変態確定だった。
「い、いえ、なんでもないです。どうぞ、気にせず食べてください」
「シュウがいやら「アル、今度【メイヴの赤い蜂蜜酒】を買って上げよう」シュウは良い人です」
クッ! 痛い出費だ。
例のドリンクショップで、一番高い飲み物である。
何度かアルの注文を必死になって阻止した程、桁違いの値段だった。
ちなみに、気になる価格は御求め易くない500Kである。
「??? よくわからないけど、そうみたいね。じゃ、今度こそ頂くわね」
同じ攻撃は2度と食らわない……じゃなく。
同じ失敗をしない様に女性から視線を外すと、彼女の足元に黒猫がいるのに気付いた。
野良猫まで配置してるとは、結構変な所に凝ってるんだな。
「お、美味しい!? こんな美味しい果物食べた事ないわ。どこで手に入れたの? ドロップ品?」
クククッ……、カモが食い付いて来た。
って、キャラが違うし。
「すいません。入手方法はちょっと。言えるのは、ドロップ品じゃないって事だけです」
「そっかぁ。ああ、いいのよ。駄目元で聞いてみただけだから」
「【マシロ】。これって、そこの樹人が実らせた果物だよ」
「へぇ〜、マシロさんて言うんですかぁ〜。って、えっ?」
さっきのは誰の声だ?
よし、冷静になって、この場にいる人物を挙げていこう。
俺、アル、マシロさん、黒猫。
いや、猫は喋れないだろ。
5mくらい離れた所に露天を開いている人がいるが、流石にあの人じゃないだろうし。
う〜む。
「シュウ。そこの猫です」
「はあ? いや、だって、ただの猫だぞ?」
「もう【シート】。あなたが嫌がったんでしょ? 他の人に正体を知られるの」
「………」
「ごめん、マシロ。うっかり口出ししちゃったんだよ」
「ね、猫が喋ってる?」
いや、まあ、ゲームの中だから、猫でも犬でも無機物でも喋らせる事は出来るだろうが、リアルな猫が普通に喋っている姿を目の当りにすると、ゾンビなどを見た時よりも衝撃的だった。
しかし、マシロさんとは知り合いの様だが、使い魔だろうか?
戦闘に役立ちそうにないけど、見た目はアルよりずっと使い魔らしい。
「えっと、その猫ってマシロさんの使い魔なんですか?」
「ええ。でも、この子は正体を知られるのを嫌がって、街の中では普通の猫の振りをしてるの。ただ、さっきの事でわかる通り、結構おっちょこちょいなのよ。可愛いでしょ?」
「マ、マシロ」
ね、猫の癖に可愛いって言われて照れてやがる。
羨ましくない、羨ましくないぞ。
ただ、目から心の汗が流れてるだけだ。
「え、ええ、そうですね」
「可愛くないです」
おいおい、アル君。
何故に君はそんなに喧嘩腰なんだ?
「で、でも、アルと違って普通の猫にしか見えないんですが?」
「ああ、この姿は変装みたいなもので、本当の姿は違うのよ。シート、見せてあげて」
「しょうがないなぁ。ありがたく思えよ、凡人」
「……ッ!!!」
このクソ猫、言うに事欠いて凡人だと。
その通りだよ、悪いか!
などと、思っている間に、変身が終わった様だ。
「………」
「ね? ね? 可愛いでしょ?」
「驚いて言葉も出ないか、凡人」
体長50cm程の二本足で立っている黒猫。
瞳は緑色で胸に白い斑がある。
赤いマントを羽織っている。
って、少し大きくなってマントを着けて立ってるだけじゃん。
「もう、シート。ちゃんと名前で呼びなさ……ねえ? さっき、その女の子。あなたの事シュウって呼んでなかった?」
「え、ええ、僕の名前はシュウで、こっちが相棒のアルって言います」
「アルルーナです。マシロと化け猫」
「妖精猫だ!!」
使い魔同士、相性が悪い様である。
一方、マシロさんは、俺の事を熱っぽい視線で……いや、嘘です。
だけど、驚愕の視線で見つめていた。
「あなたが、あの”凄腕の剣士”なの!? うわぁ〜、こんな可愛い男の子だったんだ〜。もっと、熊みたいな人かと思ってたわ」
「な、なんですと!?」
か、可愛いと言われてしまった。などと喜んでいる場合ではない。
それに、また中学生だと間違われてるなって、落ち込んでる場合でもない。
どうして、”アレ”が俺だとばれたんだ?
名前は晒されてなかったのに?
「あ、あの。なんで名前を聞いただけで、その剣士が僕だって?」
「だって、取引掲示板にキャラ名出してたでしょ? このゲーム晒しは厳禁だから、あそこの掲示板には名前書かれなかったけど、掲示板を見た人はみんな、『剣士=シュウ』って思ってる筈よ」
「………」
そうだった。
よく考えたら、それらしいというか、モロに金ぴか君関係の取引なんて俺のしかない。
それに、俺が取引終了にしたのと書き込みがあった時間を考えると、100%シュウって名前の奴が剣士って誰でもわかるじゃないか!
「シュウ」
「ん? どうした、アル」
慰めてくれるのか?
普段、俺に精神的疲労を与えまくってるけど、本当はいい娘なんだなぁ。
よし、今度良い物を買ってあげ
「ドジッ子属性獲得です」
「欲しくねえよ!!」
クッ! こいつに癒しを求めるのは、元々無理があったか。
所詮、この世は焼肉定食……美味い物は食い、不味ければ……
「シュウ……君でいいかな? やっぱり、シュウ君が剣士なのね?」
「この凡人がねぇ」
「い、いえ、僕みたいなのが……そ、そんなわけないじゃないですか? あはははは」
「そうです。シュウは、あの品のないゴブリンを倒しただけで、凄腕ではないです」
「「「………」」」
ありがとう、アル。
見事な自爆っぷりだ。
―――――
結局、カナタさんにした説明をもう一度する事になった。
マシロさんには知られたくなかったが、あとからヘッポコとだとばれると余計に印象最悪なので、しょうがなかった。
金ぴか君を転ばせたくだりでは、マシロさんに思いっきり爆笑されてしまった。
クソ猫……じゃなく、シートには逆に感心されてしまった。
どうせなら逆の反応が良かったと思ったのは、ここだけの秘密だ。
そして、テイマー同士、今度一緒に狩りに行こうとフレンド登録して、マシロさん+1は去っていった。
―――――
「シュウ」
「ん? なんだ?」
「鼻の下が伸びてます」
「ソ、ソンナコトナイデスヨ」
「………」
アルの視線が冷たかった。
―――――
アルルーナ成長日誌
Lv16 HP:557 SP:109
STR:103 VIT:126 INT:137 DEX:47 AGI:52
攻撃力:63 魔法攻撃力:81 防御力:101 魔法防御力:98 敏捷度:43
【通常攻撃】[消費SP― 無属性]
根っこを鞭のように使い攻撃する。
【悲鳴】[消費SP5 精神属性]
悲鳴を上げ対象を気絶させる。
【奉仕の実り】[消費SP― パッシブスキル]
主人に対する想いが特殊な果実を生み出す。
奉仕の果実を1時間毎に3個自動生成。
愛情度:502 [玩具かも?]
満腹度:86% [満腹]
備考:
妙な属性を付けられてしまった。
アルはアルで微妙に天然度が増しているし。
どうすりゃいいのか、全くわからん。
―――――
※1:WIS
WIS、ささやき、耳打ち等、ゲームによって呼び方が変わるが、他人には聞こえない1対1の会話の事。