カスピトラの無限淵
本当はもう少し続けたかったんですが、長くなりそうなのでここまで。
2、3日ほど留守にしますのですぐ感想返信は出来ません。
壁の隅に座って俺を上目づかいで見上げている女の子に向かって一言。
「女ァ!!」
「ひッ」
怯えられたがそんなのお構いなしに続ける。
「てめえが何を思おうが勝手だがSCOの人にちょっとでも危害を加えようとしたら俺は絶対に許さないからな!」
男とペアになって不幸だとかそんな自分は喜劇なヒロインと思うのは勝手だが、それで喚いてSCOの人に迷惑をかけるようなら命を懸けてでも俺は阻止する。
「ストップです。女性なんですからもっと優しく」
スピーカーから声が聞こえた。
マジックミラー越しに俺達を見ているのだろう。
「すみませんでした」
45度頭を下げる。
「あの……不躾なんですが僕は貴女のことを何とお呼びすれば」
先ほどの会話で分かったがSCOの人は呼びづらい。
あの人がそれにしろというのなら従うが、呼ばれる方もなかなか面倒だと思い質問をした。
「そうですね。カスピトラです」
「カスピトラですか? はあ」
似合ってないなあ……
「今あなた似合っていないと思いましたね」
「え? あ……いえ」
「別にいいです。似合っていないって自分でも分かっていますから」
分かっているのならいいんだけど、本当に分かっているのかとちょっと心配。
でも今はこいつの方が優先かな?
「ではカスピトラさん。この小学生は犯罪行為をしてここにいるんでしょ? 何をしたのかは分かりませんがここに入れられるということは万引きとか援助交際とか、そんな軽犯罪じゃないはずです。大方ギフトホルダーで自分のギフトをうまく操れず誰かを殺めてしまった。そんなところでしょう。そんな人間厳しく躾けておかないと痛い目に合うのはカスピトラさん。あなたの方ですよ」
俺は彼女のためを思って言っているのだ。
「それをどうにかするのがあたしの仕事です」
「……すみません。出過ぎた真似でした」
土下座モノだった。
そのやり取りを聞きついに幼女は小さな声で大いなる意思を込め一言。
「まよ、人殺しなんてしてない」
この女の第一声がこれだった。
「やってないもん。ぜったいにやってないもん」
「…………」
その眼は嘘をついているように見えなかった。
かつて俺たちが無理やり殺し合わされた時真百合がしていた眼に近い、むしろその先の絶望しきった顔。
希望なんて当の昔に捨て去ったやつれきった顔。
「そう」
すぐに気が利いた言葉をかけることは出来なかった。
冤罪…………
こんな子にか?
「俺と同じだな」
少し考え親しくなろうと試みる。
「俺もさ、冤罪でここにいるんだ。全く嫌になるよな」
「ほんと! まよと同じ!」
一気に嬉しそうになる。
「じゃあお兄ちゃんはまよに酷いことしない?」
「お、お兄ちゃん?」
ビビった。
いきなり赤の他人からお兄ちゃんポジに進展してしまった。
「酷い事って」
「服を脱がしてお犬さんや豚さんの真似させない?」
「……もちろん」
「苦い飲み物飲ませない?」
「やらせないよ」
「お仕置きとしてむちで叩かない?」
「当然」
「おま○こにビン突っ込まない?」
「……………当たり前だよ」
なんとなく、彼女が刑務所に来る前何があったのか理解した。
そして多分彼女が犯した罪が何なのか、誰を殺したのか推測できる。
「ねえまよちゃん。暗い部屋、嫌い?」
「だいっっっっきらい」
「そう。じゃ男……大人の男は?」
「もっっっっとだいっっきらい」
父親からのDV……いや違うな。
誘拐され性的暴行を受けた、これで間違いないだろう。
こんな幼い子にそんなことするなんて、だからロリコンはゴミなんだ。
「でも……お兄ちゃん酷いことしないんでしょ」
「うん」
「なら、好き!」
抱きつかれる。
この子ホント背が小さく母さん並……もしくはそれ以下の身長しかない。
ロリコンではないので興奮はしないが鼻に髪の毛がかかりくすぐったい。
もぞもぞする。
「あなた……ロリコン?」
「ち、違います! そんな不名誉な称号父さんだけで十分です」
カスピトラさんに失礼なこと思われてしまった。
切腹物の称号である。
「お兄ちゃんはまよのこと嫌いなの?」
悲しそうに見上げるまよちゃんは小動物を彷彿させるようだった。
「いや……別に嫌いじゃないよ」
「じゃあ……好き?」
この子将来絶対彼氏に毎日愛してるよメールをさせるタイプだ。
女の勘の3割増しで当たると評判の俺の偏見。
なお元の確率がそこまで高くない模様。
「まあね。嫌いじゃないよ、うん」
「好きって言ってくれないとイヤ」
「甘いな、まよちゃん。いい男はそう簡単に好きって言わないんだ。言ってほしかったらこの俺にふさわしいいい女になってから言うんだな」
困った俺は意味もなく恰好つける。
内容も意味不明。
「分かったの。じゃ約束」
まよちゃんは小指を出す。
「ゆびきりげんまんするの」
あれ、指切って拳骨一万回がデフォで嘘ついたら針を千本飲ますという鬼畜使用なんだよな。
従わなくてもいいんじゃないかという意見もあるが、ここに居るからにはまよちゃんもギフト持ちと考えられる。
えっと…………縦ロールが口約束を守らせるなんてギフトを所有しているのを知っているため、簡単に約束してもいいものかと考えてしまう。
彼女に悪意が無いのは分かっているが無意識に発動する能力だってある。
真百合の死後遡行や月夜さんの重要な選択肢での予期がそれにあたる。
心配しすぎだと自分でも思っているがそういう環境に慣れてしまった。
修羅場慣れしすぎるとろくなことが無い。
「これもだめ。いい男は約束を守らない」
「ひどいの」
「そしていい女はそれを笑って許すんだ」
「許したの」
素直でいい娘だ。
「うわあ。きも」
スピーカーからカスピトラさんのつぶやきが。
ちょっと自分でも思ってました。
自己紹介(結局名乗りたくないのでまよちゃんにはお兄ちゃんで通してもらった)を終え食堂に向かった。
既に多くの囚人は来ており俺たちを見て希有なものを見る目をする者や形容しがたい気持ち悪い目をする者、そもそも女に興味が無い目をする者と様々な反応だった。
まよちゃんはずっと俺の後ろに引っ付いて囚人達……男たちを見ないようにしていた。
流石は囚人というか時間には正確で5分前に全員がいた。
席が全員分あるわけじゃないので立っている輩も大勢。
そいつらを高台の上で見下す。
所長さんがマイクを持って伝えたことは俺がすでに知っていることだった。
カスピトラさんが研修の為2週間程ここにいることと、そのため一人だけ女を連れ込んだこと。
問題を起こせばどうなるかは、それはそれは重い罰をうけるということ。
所長さんが伝えたのはこの3つだったが、折角の機会だ。
こいつらにずっと言いたかったことがあったのでそれを実行した。
大小織製で自分の声の振幅を大きくし声量を上げる。
ただし近くにいる所長さんとまよちゃんそしてカスピトラさんにこの声量は耳に悪いと思ったので感無量で俺が発する聴覚で得られる情報をシャットアウト。
目の前にいる囚人は知らん。
鼓膜でも破れてろ。
「お前らはゴミだ。どうしようもないほど雑草以下の連中だ。生きているだけで恥さらしの生物として欠落品だ。悪い事は言わない、例え刑期が残り一日だろうと人を殺してここに入れられた連中は今すぐここで自害したほうがいい。お前たちは生きているだけで罪なのだ」
何人か俺に襲い掛かろうとした奴がいたが当然のように返り討ちにした。
このまま昼食。
定員の関係で残ったのは3~4割ほど。
配給されるものを得るため順番待ち。
一週間前までちょっかいをかけてくる奴が多かったが、今はもうみんな大人しくしてる。
口で言って分からない奴は痛みで教えるに限るな。
二十分の食事を終え、三十分の休憩後勤務に入る。
仕事のノルマはペアで与えられるため、幼いまよちゃんは戦力にならないかと思っていたが普通に作業をして驚いた。
器用な手つきで金属を加工していて俺よりうまかった。
カスピトラさんは最初の頃はメモを取ったりしていたが誰かに呼ばれてそのまま別の部屋に行ってしまった。
仕事を終えその後の夕食時。
「ニンジン嫌いなの。あげるの」
まよちゃんが俺にニンジンスティックを渡す。
「こら。食え」
「やー」
嫌がるまよちゃんの鼻を無理矢理つまみ、口を開けさせニンジンを突っ込んだ。
「~~~~~~っ!」
悶え狂うまよちゃん。
「ひどくありません?」
カスピトラさんはその様子を見てやり過ぎではないかと俺に言うが
「子供に好き嫌いさせたらいけませんよ。多少強引でも食べさせるべきです」
俺はそうして育てられ好き嫌いはなし。
今では洗剤入りの腐ったキノコすら食べることができる。
「うぅ~。まよ子供じゃない。れでぃーなの」
どう見ても子供じゃないか。
小学生にしか見えない。
年齢詐欺は神陵祭町だけでいい。
「大人だったらちゃんと食べような」
「はっ! 騙されたの!」
「くぅくっくっ。まだまだいい女には程遠いな」
どう見ても子供です。本当にありがとうございました。
自分たちの牢に戻る途中
「そういえばカスピトラさんもギフトホルダーですよね?」
ここに配属されるということは持っていると考えて間違いない。
「まさかあなたコピーする気ですか?」
邪険な目をして俺をにらむカスピトラさん。
「いえいえ、とんでもありません。ただSCO候補生のギフトどんなのか知っておきたくて」
これは純粋な気持ち。
「あなたほどじゃありません。無限淵といいます」
「それで? それで?」
「実際に説明するより体感した方が早いでしょうね。あなたあたしにキスしなさい」
は?
「そんなことしたら」
「出来るモノならどうぞ」
コピーされてもいいのか?
言われたからにはやるが。
「ではいきますよ」
俺はゆっくり近づきそのまま口付けを試みる。
何か時間がゆっくり感じるがきっと錯覚なのでそのまま実行。
そして俺とカスピトラさんの唇が重なった。
「!?!?!?!?」
カスピトラさんは顔が真っ赤になった。
「な、何でできるんですか!?」
あり?
「やれって言われたから……」
「きゃあああ」
拳銃を抜き俺に向ける。
「ひ! 奥義、バディガード」
説明しよう!
バディガードとは!
バディでガードすることなのだ!
説明になっていない?
知らないなあそんなこと。
「酷いの。撃たれたくないの」
するりと俺の後ろに回り込む。
こいつバディガード返しを使える猛者であったか……
「で、えっと……いったいどういう能力だったんですか」
なだめながらカスピトラさんに説明を乞う。
「…………とある行動を先に指定してその行動をとったものの体感時間を狂わせる能力です」
「すみません。わかりません」
「あたしも分からないと思って体感した方が早いって言ったつもりだったんです。
例えば……あたしに触ろうとするAがいたとします。
そしてあたしはその前にあたしに触るという行為にギフトを発動しました。
するとAは触る1秒前から時間感覚が狂い始めます。
Aがあたしに触れるため使用する0.5秒はAにとって1秒になります。
そして次の0.25秒がAにとっての1秒。
0.125が1秒。0.0625が1秒と永遠と繰り返していくんです」
何となく分かった。
決して触ることができないのか。
「??」
まよちゃんはクエスチョンマークを立てているがこれは難しい。
「まよちゃん。俺に触ってみ?」
体感した方が早いのは納得。
まよちゃんは触ろうとして
「なにこれ?」
分かってくれて何より。
「ただカスピトラさん。俺『時間』系統の能力は効かないんです」
「はあ?」
そういえばギフトについては伝えたがそういうのは伝えなかったな。
『運命』を潰せる以上『時間』も潰せるが『世界』はいまのところ無理。
だって反辿世界強すぎてつぶせる気がしない。
それに触れるのだって反辿世界を発動中なら可能なはず。
便利な能力だと本気で思った。
トップクラスに分かりにくい能力
発想の元ネタはアキレスと亀