Ⅳ―Ⅲ 最低な人間
基本的に彼女の話をする時がメンタル削られます
嘉神君が難聴系主人公ならば、私は忘却系ヒロインなので先ほど行った会話を忘れることにした。
忘れることは重要なことだから。
メイドのめしべに車を手配して15分余り、そろそろ到着する頃合いだ。
だから校門前で待っているのが正しい選択のはずなのだが、なぜか私は屋上にいた。
「…………?」
おかしい。本来この学園では、屋上を事故防止のため開閉していない。
それを宝瀬の力を見せつけながらお願いをして、鍵を使えるようになっている。
つまり私は私の意思でここにいることになっているのだが……自分の意思でここに来た記憶はあるがその意思がどういうものかは分からない。
若年性アルツハイマーを疑うよりも明確な答えを私は知っている。
「ギフトね」
この不条理は間違いなくそれによるもの。
私の脳内フォルダ(31%は嘉神君に関すること)で検索し、こういうことが出来る人物を探す。
複数人いて、その中で今最も可能性が高いのは
「石束向」
「は~い」
後ろから、蛇のような気持ち悪い返事が。
石塚向。くすんだ焦げ茶色のギフトホルダー。
能力名は束縛日記
『運命』に含まれ、その能力は日記に書いたことを実現する能力。
ただし、即効性が無く、実現できるのは昨日書いたことを今日起こす、もしくは今日書いたことを明日起こすことしかできない。
『明日雨が降った』と書けば雨が降る。
『明日飴が降った』と書けば飴が降る。
しかし、変更できるのは書いた日まで、翌日になってしまうと内容は変更できない。
飴を降らすことの危険性を知ってしまってもその1日が終わるまでずっとそのままの未来が起きる。
「いったい私をここに呼びつけて何の用かしら」
「いやあ。ラブレター送ったんですから知っといてくださいよ」
気持ち悪い。今こうやって話すだけでも吐き気がする。
そしてこういう輩を私は何度も見てきた。
「悪いけれど読まずに捨てたわ。いちいち読んでいる時間ないのよ」
「そうですか……じゃあここでもう一回告白します。聞いてください」
彼の目はイタチがネズミを捕まえるときの目だった。
「オレの奴隷になれ」
告白された数は三桁を超える私だがここまで最低な告白は初めて。
今日は本当についていない。あとで嘉神君にメールして慰めてもらわなければ。
なんにしようかしら。
「返事してくださいよ。センパイ」
言うまでもない。死ね。
そう伝えようとしたのだが私の口からは意を反して別の言葉を発した。
「――考えさせてもらえるかしら」
それを聞くと蛙のようにねっとりと気持ち悪いニヤニヤした顔で
「そうですかそうですか。そこまで言うなら仕方ありませんねえ」
「………………束縛日記」
「別に? オレが昨日日記でセンパイが誘いを断らないなんて書いてませんよ? ププッ」
私は躊躇なく隠し持っていた拳銃を取り出し引き金を引く。
しかしジャムを起こし不発に終わった。
「おやおや? 物騒なものを持ってますね。ですが残念ですがセンパイはオレに攻撃できません。そういう『運命』ですので」
「…………」
どうやら昨日のうちに『殺されない』と書いているらしい。
反辿世界を持っていた時の私なら昨日に戻って殺していたのだが、無いものねだりは出来ない。
「ニヤニヤ気持ち悪いわ。今すぐ舌を噛み切って死んでくれないかしら」
「ご主人様にそんなこと言っていけないなあ。これはお仕置きが必要だ」
石束は懐から日記を取り出し何かを記述した。
その何かを私に見せる。
「読んでください。センパイ」
「ほうせまゆりはいしづかむかいのいうことをなんでもきく」
覚悟はしていたけれど最低なことを書かれていた。
「何がいいですか? 明日はどんな命令が欲しい? 今から土下座して謝るのなら取り消してもいいんですよ」
「………………」
もちろんそんなことはしない。
私の土下座は嘉神君の為に存在し、それ以外の役目はない。
「ねえあなた。正気なの? 私に……宝瀬に喧嘩を売って勝てるとでも? 」
「むしろ束縛日記であなたを支配し続ければその宝瀬がオレのものになるんでしょ。実際それも狙いだったり。二ヒヒ」
言っている論理自体は正解だ。
宝瀬は長女、正確にいえば長女の婿が継ぐ。
そして私は長女であり、私と結婚するとは世界の2割を手にすることである。
ただそれは正しいだけで全く現実味が無い。
羽があれば空を飛べると言っている愚かな論理。
「私はあなたになんか屈しないわ」
「いいですね。それです。そのためにあなたを支配するのに一日猶予を与えたんです。束縛日記は抵抗できませんからね。抵抗するセンパイ、まだあきらめてないその表情が絶望に変わるその瞬間をオレは見たい。ニヒッ」
「最低ね。あなた」
「ドSっていってください」
「ファッションSほど使えない人間はいないわ。プライドだけが高くただ周りに迷惑をかけるだけの有害。無能アピールどうもありがとう」
数回会話して確信している。
こいつ自身敵じゃない。
能力が厄介だけのただの無能。
「…………」
「警告はせずに私はあなたを殺すのだけど、少し質問をさせて。何でこんなことをしたなんて聞かない。何でこのタイミングなの? 他にタイミングはあったはずよ」
「……嘉神センパイ今どこか行ってるじゃないですか」
「……ふふ。そう。そうよね。あなたじゃ嘉神君には勝てないわよね」
こんな最低な奴とはいえ、嘉神君を評価してもらうと気分がいい。
それこそ自分をほめてもらうよりも何倍も。
「違う。面倒なだけだ。その気になればあのセンパイにだって……」
「無理よ無理。あなたじゃ絶対に無理。『運命』ごとき彼の敵じゃない。そしてあなたは内心それを分かっている。鼠が獅子に勝てないから逃げる。そこに理屈なんて無い。本能に刻み込まれている。自分の危険を本能で感じ取れる。その点だけは二か月前の私より優れているわ。でもそれが分かっててなんで私に挑めるの? 鼠が犬に勝てるわけないでしょう?」
分不相応にもほどがある。
役不足を知るがいい。
「…………ああ!?」
あおり体制が低いのだろう、すぐに顔が真っ赤になった。
拳で殴りかかってきたが私は小手投げで受ける。
武道で攻撃技は嘉神君が家事ができないのと同じ、苦手を通り越して全くできないけれど、受けの技は得意だ。
投げ飛ばしかといって綺麗に投げず、頭から落とした。
「ぐぁ」
石束は頭から流血。
残念。こういうのは血を流していない方が内出血で死ぬ確率高いのに。
今私がやったのは攻撃ではなく防御で、途中でその行動を止めただけ。
攻撃できないという『運命』の範囲ではない。
「くっ…………」
「男が女を殴るなんて最低。そんなことは言わない。何故なら嘉神君は平等だから。でも他人を平気で傷つけ、されて嫌なことを笑ってできる相手には一切の手加減なく切り捨てる。だからね私も彼の【正義】の名のもとにあなたを消します」
「………………」
「言い残すことは?」
「覚えてろ。明日になったら泣かしてやる! ぜってえに地べたを這いずりまわらせてやる」
「そう。それは楽しみね。あなたに明日があればの話だけれど」
今の私にこいつを殺すことはできない。
でも私じゃ無ければ出来る。
「じゃ、また明日ね」
私は校内に入った。
さて、今の私の気分を率直に話そう。
私はとっても喜んでいる。
自分の身が危険なのにも関わらず私は狂喜乱舞している。
もちろんそれは石塚向に支配されることではない。
私の身が危ない、その事実が嬉しい。
なぜなら正当に、被害者として一切の曇りの無いシロとして嘉神一樹に助けを求めれるからだ。
あと14時間くらいで私は間違いなく酷いことをされる。傷つけられる。
シロが穢される。
それを嘉神君は許さない。
よほどのことが無い限り連絡をするなとは言われたけれど、そのよほどのことが起きている。
助けを求められる言い訳を、かまって貰える言い訳を棚ぼたとして手に入れた。
自分でも最低な人間だと思っている。
それこそ石塚向よりも底辺で、月夜幸の言う通り無能なのだろう。
でもそれが私だ。
どうしようもないほど愛でしか生きられない宝瀬真百合という存在なのだ。
軽い気持ちで嘉神君に連絡は取らない。
一語一句間違わない細心の注意をはらわなくては。
脳内で何千とシミュレーションを繰り返す。
深く深呼吸。吸って吐いての繰り返し。
両手で携帯を操作し、唯一登録されている番号を押す。
当然私はその番号を忘れることは無い。
数コールし、嘉神君は出てくれた。
「もしもし? いつもあなたの心の中に、正義の戦士、嘉神君ですが」
「いつもあなたを私の中に、愛の肉奴隷、宝瀬真百合よ」
予習でやった範囲の受答え。
やはり予習は大切だ。
「っぎゃあああああ。いたいあああああああいいああ」
しかしここからは私の予想の範囲外だった。
「いたいよぉお。ヌいていつきいい!!」
「誰がヌくかよ。今いいところじゃないか」
「え? え?」
嘉神君が知らない女をレ○プ……しているように聞こえる。
彼の性格上そういうのはあり得ないのは分かっているけれど、なんとなく羨ましいとすら思ってしまう。
「ごめんごめん。何かよう?」
そう。用件を伝えなければ
私は彼にSOSを求めた。
「 」
え? 声が――でない。
「なに?」
嘉神君が心配してくれるが脳内でパニックが起こっている。
「いえ。ごめんなさい。忘れて」
自分の意思に関係ない言葉を発していた。
「あ、そう」
このままではまずい。
恐らくあのねずみ男、私が自分のピンチを伝えることを禁止している。
最初は物を頼むことを禁止しているのかと思ったが、それだとめしべに車を手配させることが出来ない。
一日が効果範囲の束縛日記は、今日丸ごと私の行動を制限する。
こうなってしまったら自分の力で解決するしかない。
脳をフル回転させ解決策を得た。
しかしこの方法……ばくち過ぎるし、いろいろと甚大な被害がかかる。
「あのね。質問をしたいのだけど」
その為に私は彼の許可を頂戴することにした。
「なに?」
「嘉神君は私のこと……大切? 」
「当たり前だろ。頭でも狂ったのか?」
「そうかもね。きっとそうなのよね」
狂ってる。彼に言われたら疑いようの無く私はそうなのだと信じるし、言われなくても自覚している。
「なんかやばいことが起きているならすぐそっちに向かおうか?」
そんな私を心配して、そして危機を感じ取ってくれたが
「 いえ。大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
それを私は拒否していた。
でも私の意思は違う。助けて! って叫びたい。それなのにできない。
しかし今の私に嘆く余裕はない。
「質問の続きなのだけど、じゃあ私は、私の為にどこまでしていい? 」
「どこまでって?」
「例えば……暴漢に襲われたとして正当防衛はどこまで成立するかってこと。現状では一度襲われないと成立しないけれど、それは間違えているっていう人もいるから嘉神君の意見を聞きたいって思ったから」
「そりゃ、何をしてもいいだろ」
それは私の望んでいる答え。
もしも駄目だって言われたら私は石束から抵抗できなくなってしまう。
「じゃあ、そのために周囲にどのくらい被害を与えてもいいの?」
「質問の意味が分からない。周囲にどのくらいの被害? 真百合は自分が襲われている時にそんな形振りかまっていられるのか」
私が欲している完璧な答えを彼はくれた。
これで私がやりたいことは実行できる。
「ちょっと今立て込んでいるからきるぞ」
私からは絶対に切ったことのない通話をいつも通り彼は切った。
さて
「石束――――ぁ」
私は怒っていた。
キレていた。
自分の身が危険であることより、嘉神一樹との交流を制限したその行為に。
ついさっきまではただ義務として殺す気だったが、今の殺意は害虫の駆除。
屋上の扉を強引に空ける。
案の定そいつはまだいた。
こっちを見て
「どうした? センパイ。漸く自分の立場が理解できたんですか」
ニヤニヤと気持ち悪い薄ら顔。
「待ち合わせ場所を設定しましょう。もしも私が今日まであなたを殺すことが出来なかったら日付が変わった時に○×公園で待ってる」
「え~、それはちょっと嫌ですね」
「だったら0時30分に来なさい」
この発言を降参宣言とでも受け取ったのか
「いいですよ。やっと奴隷らしくなったじゃありませんか」
耐えろ。こいつはネズミだ。
「じゃ、ヒントを上げます。オレが昨日書いた内容ですが『誰もオレを殺すことはできない』『誰もオレを攻撃できない』『宝瀬センパイはオレの頼みを断れない』『宝瀬センパイはオレとのことを誰にも相談できない』この四つだけです」
真新しい日記帳を広げてみせ、それ以外に何も書かれていないことを私に示す。
「…………あと遅刻しないで。時間にルーズな人嫌いだから」
「いいですよ。午前0時30分に公園で。ではでは。また明日楽しみに待ってますよ。プクク」
外で待たせているめしべのもとに向かう。
「遅かったですね。何かあられたのですか? 」
「 何もなかったわ」
今は10時半。
間に合うはず。
車に乗り込みとあるところに電話をした。
それを車を運転しながら聞いていためしべは
「しょ、正気ですか?」
「ええ。ごめんなさい」
「わたしはメイドですのでお嬢様に意見を申し立てませんが……ではわたしに何か頼み事はありますか」
察しのいいめしべは私のやろうとしていることを何となくだけど気づいていた。
「おしべを呼んできて」
急ブレーキがかかる。
運転が丁寧なめしべだけど、それほどのことを私は言った。
「何かあられたのですね。いったい何があったのですか?」
意図せずして私はSOSを求めることに成功したのだが
「あなたじゃ力不足。この意味……分かるわよね?」
「かしこまりました」
勉強部屋に辿り着くと即座に準備に取り掛かった。
といっても必要なものを取り出すだけで10分もかからなかった。
これで私の出来ることは終わった。後はその時が来るのを待つだけ。
これ以上何をやっても無意味。だからいつも通りの私の日常を行う。
だってあんなののために私の毎日を崩されるのは、ありえないから。
月夜幸から送られた写真をパソコンに移動する。
プリンタでそれを印刷。
「できた♡」
それを壁に貼り付ける。
満足。
既に部屋着に着替えているのでそのままベッドにダイブ。
ベッドシーツも、抱き枕も、何もかもが嘉神君仕様。
唯一違うのは床だけ。何しろ足で嘉神君を踏みつけるなんてあってはならないことだから。
しかし今日は本当に酷い一日だった。並大抵のものじゃこのイラつきは収まらない。
最終手段使うしかない。
私は金庫からとあるものを取り出す。
それは彼の上履きである。
一年と二か月彼から踏まれていた羨ましく尊敬できるモノ。
新しいものと交換してきたので大丈夫な……はず。
臭いが消えないようパックに入れていたのを取り出し、大事に抱きかかえる。
ゆっくりその匂いをかぐ。
麻薬のように私を溶かす。
ここからが本番。
かつて嘉神君とのデートで貰ったチョーカー型の首輪じゃなく首輪型のチョーカーを少しきつめに絞める。
息苦しさが心地いい。
上履きを床の上に置き、四つん這いになって舐めた。
味覚だけなら苦いというのだろうが、今の私の気分はそういうのを通り越して幸福な気持ちで満ち足りている。
このまま私は夜になるまでその行為を続けた。
ふぅ。
すっきりした。
なぜか三話で終わらない