参ノ弐 坂土素子と有体離脱
結構好きな能力です
彼女のシンボルが何か知らない。
そしてもう不意打ちは出来ない。
ただ時間をかけると未来を見ることが出来るギフト占里眼で俺の行動が読まれてしまう。
つまりは先手必勝。全力で殴殺する。
俺と彼女の間は10メートル。
互いが互いをけん制し合っているが、長引けば長引くほど不利。
そのために素子ちゃんの所まで全力で走った。
男と女だ。接近戦になれば、絶対に勝てる。
「……有体離脱」
素子ちゃんはシンボルを使う。
何が起きてもいいように、反辿世界の準備だけはしておいたが何も起きなかった。
そして何もできなかった。
「……!! 」
走って詰めたはずの俺と素子ちゃんとの間が縮まっていない。
「どうしたの? もう終わり? 」
「まさか」
距離が縮まらないのなら遠距離攻撃。
「雷電の球! 」
投げるのは1つだがそれだけで攻撃は終わらせない。
「贋工賜杯、大小織製」
1つの球を5つに、大きさを3倍に。
これでもう逃げることはできない。
「……」
攻撃は当たった。
でも
「……それで? 」
効いていなかった。
「まだだ!! 」
今度は回廊洞穴を使い、俺の前と素子ちゃんの後ろに次元の穴を空ける。
そのまま鬼人化で攻撃。
良い手ごたえ。
成人男性でも失神する一撃を加えた。
はずなんだけどな……
「まじか……」
なんてことは無いように彼女はそこに立っている。
今何が問題かというと素子ちゃんのシンボルの正体が全く分からない。
最終手段、
「反辿世界」
『世界』を止めた。
すぐに二次色の筆で、日本刀を復元、その後元の大きさに戻す。
振ったことは無いがチャンバラごっこはしたことある。
攻撃は通った。
素子ちゃんの胴体はヘソをさかいに真っ二つ。
これで間違いなく消せたはず。
2秒経過し『世界』が動き始める。
「それで? 」
「ぉぃ……」
上半身だけの状態で素子ちゃんは俺の髪の毛を掴んだ。
「じゃ、今度はアタシの番」
左手で俺の右胸を触った。
そこには皮膚がありその内側に肉と骨、更に奥に肺がある。
しかし彼女の手は皮膚や肉や骨を諸共せず、直接肺に。
「くぅぁああ」
握りしめられる。
いくらひ弱な握力といえど臓器を握られたら大ダメージ。
そしてそのひ弱な握力で握っているのにもかかわらず、俺は彼女の拘束から逃れることが出来ない。
「反辿世界」
再び使い、右腕を切断。
バックステップでなんとか文字通り魔の手から逃れた。
「だから何? アタシの腕が斬られたところで動けなくなるとでも? 」
「は!? 」
斬ったはずの腕がそのまま俺の首を絞めた。
「ぐっぁぁぁぁ」
俺の首を絞めている手の握力自体はたいしたことないが、俺がどんなに力を込めても振りほどくことなんて出来ない。
意識が遠のいていく。
躊躇ってなんかいられない、反辿世界の逆行版を発動。
捕まれる前まで巻き戻った。
なんだよこれ。
いくらなんでもこれはひどすぎる。
占里眼なんて目じゃない。
一体どんなシンボルだ。
近づくことすらできない。
ダメージがまず受けない。
そしてダメージを受けても止まらない。
わけわからん。
「さすがのあんたも分からないみたいね。アタシのシンボル」
素子ちゃんは余裕綽々といった様子だった。
「ヒント頂戴」
「あげるわけないでしょ」
だよな……
「でもあんたがアタシを殺すの止めて宝瀬真百合って人を殺すのなら答えを教えてあげてもいいけど」
「それはない」
即答できる。
「お前は俺の大切な元カノだ。だが、どう考えても真百合の方が大切」
「……ちッ」
彼女は舌打ち。
「何でアタシじゃないのよ。なんでアタシを守ってくれないのよ!! あんたずっと一生守ってくれるって言ったじゃない!! ねえ! ねえ!! ねえ!!! なんで!? 」
なんか素子ちゃんのタガが外れた。
ただ俺の名誉のために訂正を一つ。
「言ってないから。素子ちゃんが言わせただけだから」
なお素子ちゃんに俺の話は通じていない模様。
「あん時もそうだった! あんたはアタシよりあんな眼鏡を選んだ。どうしてよ!! 一樹!! 」
「そりゃ……優先順位ってあるだろ。というか幼馴染相手にあんな眼鏡って酷過ぎるだろ」
本当に最低な俺の元カノ。
「むしろなんでそのことに関して俺を責めるの? 馬鹿なの? あれはお前が勝手にしたこと。俺はむしろ被害者」
「~~~~!! 」
まったく本当に俺の最低の元カノ。
「もういい。あんたに言葉は通じないのは昔から知っていたことだけど、楽しかった。だからもう終わらせよう」
うわ~ん。話が通じないよ~~
「別アタシはあんたから殺されるんだったらよかった。でも他の女の代わりに消されるのは嫌。だから一樹。今度は一緒に死のう? 」
うん。最期にあった時の彼女と全く変わっていない。
彼女はこういう性格だった。
3年前と同じ姿。
坂土素子。
誕生日は3月の20日
好きなものは爬虫類。嫌いなものは両生類。
胸のサイズはBカップ。
父親は蒸発し、母親はどこかの店でママさんをやっている。
勉学の成績は中の下。
享年14歳。
死装束は中学校の学生服。
俺の元カノであり
そしてなにより
俺が殺した女である。
しかしわざわざ幽霊になって出てきたわけだ。
なんとまあ恐ろしい。桑原桑原。
メープルがこいつを殺せと言ったとき、死んだ人間をどうやって殺せばいいかと思っていたが、毎日のように幽霊を見てきた俺にとってきっとこういう展開になるとは予想していた。
だから今、俺がいる場所は坂土素子の墓場前。
ここで殺し合いをするなんて、罰当たりなんだがまあどうでもいいや。
「有体離脱」
また素子ちゃんがシンボルを使う。
今までの行動からして防御型のシンボルと考えていい。
だからしっかり対処すれば大丈夫なはず。
落ち着いて……息を吸って
息を吸って……
吸って…………?
「????」
呼吸が出来ない。
何がどうなっている!?
息は吸える。息は吐ける。
なのに呼吸が出来ない。
どんなに吸っても息苦しさが減らない。
「お、おい」
防御にしか使えないと思っていたがなんてシンボルだ。
人間がしなければいけない呼吸そのものを封じやがった。
しかしそれでも尚、俺はシンボルを把握できない。
攻撃が通じない。
「もう分かったでしょ。アタシには攻撃が通じない。そしてあんたは何もできない」
改めて言われると絶望。
結局俺が有体離脱の正体を見破ることが出来なかった。
最後の望みで反辿世界のように、ずっと使い続けることが出来ないことにかける。
そのために俺はあえて動かない。
しかし素子ちゃんは更なる絶望を。
「シンボルに効果範囲はあるけど、使用制限なんて無いから。どんなに使っても心が病むだけだから」
心が病むことに関してよく分からないが、『使用制限が無い』とこだけが今重要な事。
数分がたち、息が出来ず膝をつく。
斬った体は既に戻っており、彼女は敵意なく俺を抱擁した。
「お休み一樹。ここまでよく頑張ったね。死ぬ前に納得して死んだ方が良いでしょ。だから教えてあげる。アタシのシンボル」
坂土素子はいとも簡単にえげつないことを。
「アタシのシンボル、有体離脱はね、因果関係の削除
一歩前に歩いて、距離を縮めるという関係を。
電気に触れて、感電するという関係を。
攻撃して、ダメージを受けるという関係を。
ダメージを受けて、行動不能になるという関係を。
物体と物体が触れ合うという関係を。
物体と力学という関係を。
息を吸えば呼吸ができるという関係を。
そして何より
死ねば意思は消えてなくなるという関係を、
アタシは削除した。
このシンボルの前では、何をしても無駄。
だからもう何もしない方が良い。
ちょっとの間おやすみ。
起きたら地獄でまた会おうね。
地獄ってイメージと違ってそんなに悪いところじゃないから。
それにあんたと一緒ならどこにだって天国になるし。
ごめん今の忘れて。
聞いて無いか、なんかちょっと残念。
地獄ではずっとアタシがついていてあげるから。
寂しくなんかないよ。
でも地獄って広いからもしかしたら見つけるのに時間がかかるかも。
あんたは誰よりも寂しがり屋なのは知っているから。
アタシだけじゃなくあんたもアタシを探すのよ?
あれ? もう死んじゃった?
ぎりぎり生きているか。
独白多くてごめんね。
うるさかったよね。もう黙る。
おやすみ
いい夢を」
意識が遠のいて
遠のいて
遠の
と
主人公が元カノを殺した? な、なんだってー!?
になる予定だったんですが、読み返してみると全く違和感が無いという