壱ノ弐 幾許と重ねられた世界
並行世界の移動。
「そこにいる死体は確かにおれだ。別の世界から持ってきた、お前を殺すために」
並行世界の移動ねえ。
さっき殺したのは別の世界の狩生でオリジナルの狩生は平行世界にいるわけだ。
うーん…………
どうしよう?
今までの敵は敵と呼べる存在がいてそこにいた。
べら棒に強かったり死の『運命』を作ったり感情を操ったり反則すれすれの能力者だったが最低限としてリングには上がっていた。
だがこいつは違う。
リングの外にいる。
対処しようがない。
攻撃できなければ倒せないし殺せない。
「何が俺を殺すだ。かっこつけるなよ臆病者、結局お前はまた逃げるのか」
「お前の話なかなかだったが、一つミスを犯した。おれはお前を殺せるのならもうここで死んでいい」
話聞いてー。
本当に、本当に俺の周りに話を聞かない連中が多すぎる。
しかし本当にどうしよう。
そんなこと考えていると首筋にひんやりとした冷たい感覚。
反射的に反辿世界
その場所を触る。
痛みが。
手を見てみた。
流血。
「ちょ?」
バックステップで後退する。
日本刀だけが俺を襲ってきていた。
そこまで二秒。
『世界』が活動を開始。
同時にその刃は地面すれすれを飛ぶ燕のごとく真っ直ぐ動き始めた。
上体をそらし何とか回避。
前髪を数本もっていかれる。
勢い余って尻餅をついてしまった。
日本刀が消えた。
「かわされたか」
「てめえ!! 」
いきなり襲ってきやがった。
「不意打ちとは卑怯だぞ!! 」
一回間があって
「お前が言うなよ」
やっと会話してくれた。
ちょっと達成感。
ただ今の攻撃は非常にまずい。
恐らく狩生は自分は並行世界にいて、日本刀だけを現実世界に移動させた。
本体の無い接近戦。
リーチ∞のインファイト。
ふざけやがって。
首の傷は鬼人化で治した。
「軽い怪我じゃ治されるか、だが体力は消耗するんだったよな」
「…………」
その通りだ。
最近はコツをつかんだので一時期の三割ほどの消費ですんだが、それでも疲れることに変わりはない。
それ以上に反辿世界の精神的疲労の方がやばいんですけどね。
「倒し続ければいつかは殺せるんだろ?」
そうだな。
ただわざわざこいつの付き合う必要はない。
今は一旦退いて体制を整えよう。
これは逃げではなく戦略的撤退。
攻撃が当たらないのでは戦いにはならない。
俺は回れ右して帰ろうとした時
「月夜幸だよなあ? おれの命と天秤にかけられているの」
「……!! 」
「女神様から聞いた。おれを殺すかそいつを殺すかだったんだっけ? そして女神様はこうおっしゃっていた。『君が生き残ったら殺すのは月夜幸にしてあげる』」
あのドS女神ぃいいい!!!!
「で、もしもお前がこの部屋から出たら1週間平行世界から出ないことにした」
「……」
「逃げるな闘え。おれと勝負しろ化け物」
要約すると自分は絶対的な安全圏にいるけど俺を殺したいから俺はこの部屋から出るなと。
喧嘩売られている。
「じゃあいくぜ」
再び日本刀が目の前に出現。
反辿世界
同時に鬼人化を使い、全身を鬼にして白羽取り。
動き始める世界。
両の手首が落ちた。
「ちょ⁈ 」
脳天に一直線に向かってきている。
今度は横跳びかつ大小織製
跳んだのと同時に俺の体を小さくし回避。
「いってえ」
そして日本刀は消える。
ぼたぼたと両手首から滝のように零れ落ちる血。
とりあえずくっつけよう。
両手が無いので掴むことは無いがまず右手首を斬られたところに近づけ鬼人化で接着剤の様にくっつける。
続いて左手もやろうとした時、俺の左手が消えた。
「これでお前は左手の再生が出来なくなったな。どうだ!? 恐れ入ったか!! 」
そうだね。鬼人化はあくまで怪我の回復しかできない。
欠陥してしまったら治せない。
鬼人化なら。
一度深呼吸し集中。
「鬼神化」
鬼人化の強化版、鬼神化
身体能力の強化は勿論心臓と脳以外の怪我を完全に回復できる。
左の腕から手首を生やすことなど用意。
体力が持つうちは。
始めて使ったがべら棒に体力を持っていかれる。
200mを本気で走った時並か。
「何で!? おまえその能力は使えなかったはずじゃ!? 」
「いやいや……お前ただ俺がどんな能力を使えるか聞いただけだろ――。俺がどんな風に生きているか聞いていなかっただろ。ギフトは成長するんだ。 人間は成長するんだ」
強がるがやっぱきつい。
息切れになりながら叫ぶ。
でもかっこつけるのが俺。
「ぐごごほっ」
で、むせた。
恥ずかしい。
実に恥ずかしい。
「どうやら鬼人化よりも体力を使うらしいな。少し予定は狂ったが問題ない。殺し続ければ問題ないはずだ」
せき込んだのに気付かなかったか。
「それにしてもこの刀はよく斬れるだろ? なんでも斬ることは勿論、刃先だけではなく側面でも斬れる」
どんな原理だ。
ただ原理は理解できないが本当に触れるだけで斬られた。
信じられないが本当なんだろう。
で、状況整理。
1、並行世界の移動の能力を持つ狩生は他の世界に存在。
2、狩生はなんでも斬れる刀を持ってそれを使って刀だけで俺を殺しにかかる。
3、俺は斬られても傷の治療は出来るがすればすれほど体力を消費する。
4、逃げることはできない。
諦めていいですかねえ?
だが駄目なんだよな……逃げちゃダメだ。しっかりと殺さないと。
八目十目を常時発動することにする。
こうすることで日本刀が出現した時いち早く反応できるだろう。
三度一閃。
左肩を襲おうとした一撃。
そのまま自力で回避。
また消える日本刀。
何度も何度も繰り返し。
「ちょろちょろ逃げやがって!! 」
集中力が切れ始めた狩生だったがこっちは体力が持ちません。
鬼人化と八目十目、時たま反辿世界だ。
しかしこっちもただ逃げ回っているだけじゃない。どうやれば倒せるかちゃんと考えていた。
ただあんまりこの策成功すると思わないしその保証はない。
やんないとじりじり削られていくからやるしかないんだが。
「こいよ狩生。お前に真の闘争を教えてやる」
壁が背中にくっつくまで後退する。背後を矢部にするのは戦いの常識だ。
再度一閃。
逃げないと左腕を持っていかれるが、あえて無視。
豆腐の様に切られる腕。
斬られた瞬間に
「贋工賜杯」
複製した。
複製した腕をくっつける。
斬られた腕は回収された。
消費エネルギーは鬼神化>鬼人化+贋工賜杯なので燃費は悪く無い。
「てめえ……面倒なことを」
始めの余裕はどこに行ったのかなあ?とどうせ答えてくれないのなら心の中で悪態ついた。
これで準備は終わり。
ではそろそろ作戦を実行しよう。
「こいよ狩生。俺はここにいるぞ。かかって来い。ハリーハリー」
精神を集中。
タイミングの勝負だ。
0コンマの差で勝敗が変わる。
八目十目が日本刀の出現を感知。
狙いは腹、攻撃手段は突き。
その攻撃を回避することは出来た。
ただそれはやらない。
急所だけは外してそのまま受ける。
突き刺さったらすぐギフトを発動
「反辿世界」
『世界』を止める。
滝のように血が噴き出す。
痛いがそんなの今は無視。
「雷電の球」
電気の塊をこの日本刀に。
鉄だ。電気抵抗は小さいだろう。
お前はこの刀で攻撃した。
自分で刀を持ちその刃だけを平行世界に移動している。
俺とお前を関わらせる架け橋。
その橋は狩生から俺の一方通行だと思ったか?
甘えよ、そんなの。
一方通行なんて存在しない。
あるとするならそれは、もう一方が自分の通行を他者に譲っているだけだ。
直撃は俺だ。なにせ直に刺さっているから。
だが狩生貴様はどうだ?
俺は柳動体で、回復できる。
お前はどうだ?
何らかの回避手段はあるか?
なにか、抵抗はあるか?
ないのなら同時にダメージを受けようか。
「そして『世界』は動き出す」
電流が全身を駆け巡る前に柳動体を使い体力の回復をする。
雷電の球を100の消費とするなら回復できたのは80程度か。
攻撃は止まった。
日本刀は腹に突き刺さったまま停止。
引っこ抜く。そして鬼神化で臓器の回復。
体力の限界でその場に座り込んだ。
ある程度動けるようになるには10分くらい休む必要がありそうだった。
とりあえず八目十目だけ残して、鬼人化は解除。
狩生はどうなったのだろうか?
生きているのか死んでいるのかわからない。
死んでいるのならそれでいいが生きているのならまずい。
次はこの戦法が使えなくなる。
死んでいることを望みながら休憩した。
答え、生きてました。
何で分かったかというと日本刀が消えていたからだ。
ただダメージはある様ですぐに攻撃にはいかなかった。
俺の体力は既に7割ほど回復。
2回くらいなら鬼神化を使っても問題ないか。
問題は反辿世界の方。
使いすぎて未だに頭が痛い。
八目十目が、日本刀を感知。
座っていたので反辿世界を使わないと回避でいない。
「反辿世界」
きちぃ。
ただ泣き言を言っている暇はない。さっさと回避。
ぱっと消え、再び現れる日本刀。
さっきと同じだが決定的に違うのは反辿世界を使うのを躊躇してしまう点。
こんなぶっ続けで使い続けることは無かったし、他のギフトと併用しながら使ったことも無かった。
こんなにきついとは。
2度も同じ手が通じるとは思わないが、念のため右手を犠牲にし雷電の球
『世界』は動き出した。日本刀も動き続けている。
俺は今日何回自分の部位を斬られたのだろうか。
贋工賜杯+鬼人化で接合しようとしたが偽物を作る前に右手が平行世界に持っていかれた。
これで鬼神化を使うしかなくなったのだがまだいいや。
たかが右手首斬られただけ。あとでいくらでも回復できる。
「ゴム手袋だ! 驚いたがゴムだからもう電気はきかねえ!! 」
心の中でゴムも電流を通すとつっこんだ。
実際ゴムの電気抵抗は10の7乗くらい。
雷くらいの電圧が無いと通さないし、雷電の球にそんな火力はない。
言っていることは間違えているが、結果的に防がれているのが悔しい。
そんなツッコミを気にせず日本刀が俺を襲ってきた。
回避しようとしたがここで予想外なことが。
俺ずっと斬られていたので大量の血が周囲を覆っている。
足を取られた。
首を刎ねられた。
同時に反辿世界のやり直しVer
「ゴム手袋だ! 驚いたがゴムだからもう電気はきかねえ!! 」
台詞から察するに、5秒くらい前には戻れたか。
ただこの間反辿世界を使うことが出来なくなった。
襲ってくる一撃を反辿世界無しで回避しないといけない。
上から振り下ろされる一撃を回避しようとしたが足が間に合わなかった。
右太ももから削がれる。
手はともかく足を奪われるのはまずい。
すぐさま鬼神化、手首と足を同時に治す。
休む間もなくまた出現。横っ飛び+重力を操るギフト重王無宮で回避。
ただ柱に衝突。
なれないギフトを使ったらこうなるか。
またまた出現。
鬼神化。
右腕が斬られる。
「贋工賜杯」
腕を複製。それも3つほど。
1つは回収されたが残りは2つ。
「贋工賜杯」
もう一回複製。
ただこれで体力は尽き、へたり込んでしまう。
2つの腕はすでに回収されてしまった。
もう周りに俺の体の部位はなく、鬼神化や鬼人化は使えないため、斬られたら体力が戻るまでそのままだ。
それ以上に俺は体力が戻るまで生き残ることはできるのだろうか。
ただ最後まであきらめない。あがく。
「止めを刺す前にちょっと弄ってやるよ」
そりゃどうもありがとう。
左足が斬られ奪われる。
続いて右足。
すでに8畳間の部屋は真っ赤に染まっている。
我ながらよくここまで血を流したものだ。
右腕そして左腕。
四肢は全て取られた。
達磨さん状態。
色も格好も。
意識が薄れてきた。
出血的に失神してしまってもおかしくない。
目眩がする。
平行感覚が狂ってきた。
眠い。
まぶたが重い。
「これで止めだ、死ね」
その一撃を俺は目撃することは出来なかった。
次回の更新は明日