ここまでが本当の意味でのプロローグ
前回同様急展開注意
あとこれで4章終了です
「八重崎とは誰だ?」
「いや、八重崎咲だって。知ってるだろ?」
「知らんぞ」
ついに早苗は馬鹿を一巡して呆けに入ったらしい。
「真百合は知っているよな」
「…………ごめんなさい。誰なの?」
いやいや。
「冗談はやめろって。笑えないから。それ」
誰一人として俺に目を合わせようとしない。
「おいおい。お前ら、さすがにそろそろドッキリでしたーの出番だろ?」
何だよこの空気。
俺一人だけ間違えているような。
「八重崎って知ってる?」「知らない」「関わんなよ。どうせいつものキチ行動だろ?」
「いい加減にしろお前ら!!」
たまらず叫ぶ。
「八重崎咲、2年で1番可愛いってそんな評判あっただろ!?」
「そんな人間はいない」
ぴしゃりと仲野が言い捨てる。
「嘉神、疲れているのなら保健室に行って来い」
「~~~~~~!!」
たまらず生徒名簿を取り上げ彼女の名前を探す。
何処にも載っていなかった。
最初からいなかったように、出席番号が1つ繰り上がっている。
「う……あ……」
「教師としての命令だ。保健室に行け」
「うるせええええ」
この場にいることが出来ず逃げ出す。
「待て!」
早苗が止めるがそんなこと聞く余裕はなかった。
「おい……おい……」
マジでどうなってんだ。
下駄箱を見ても当然のことながら彼女の名前は無かった。
そうだ。昨日連絡先を交換したんだ。
連絡先一覧を見る。
案の定消えていた。
落ち着け。
冷静になれ。
番号は覚えている。そこにかければいい。
「おかけになった電話番号は現在使われておりません」
「くそがあああああああ」
後は何だ!
どうやれば彼女の存在を証明できる!?
取りあえず誰か一人でもいい。
知っている人間を探さないと!!
町中探し回ったがだれも知っている人間はいなかった。
本当に八重崎咲は消えていた。
事態を呑み込めず、そのまま吐き気を催す。
近くの公共トイレで吐いた。
その鏡の向こう側に。
「ひっさしぶりー。僕ちんだ」
「――――!!!!!!」
即決した。
「反辿世界、鬼人化、雷電の球、大小織製」
こいつだ。
こいつが八重崎を……!!
「ちょいやめい。いきなり暴力は良くないかな」
止まった『世界』を平然と動き、ダンプカーの衝突に等しい一撃を片手で止められた。
「それとも今のは久しぶりの握手のつもりだったのかな?」
「舐めてんのか!」
「まあまあ落ち着けって」
その中学生は子供をあやすような笑顔を向ける。
「何を怒っているのかな?」
「お前が八重崎を消したんだろ!」
「そうだね。因果から消してやったよ」
一切悪びれない。
「だったらなんだい?僕ちんがすべて悪いのかな?」
「当たり前だろうが!!」
「はあ。あのね、前に僕ちんが言ったこと覚えてる?誰でもいいからクラスメイトから一人殺せって。それを君はやらなかったんだ。だから代わりに僕ちんが適当に一人選んで殺してあげたんだって」
「ふざけんな!そんなこと!」
「知らないだって?そりゃ意図的に伝えてなかったもん。当たり前だよ」
このアマアアアア。
「だーかーらー。落ち着けって。話、続けるよ。八重崎咲が消えたのは僕ちんの所為だ。でもね、僕ちんだけの所為だけだって言えるのかな?」
「お前だけだろうが!!」
「そうでもない。僕ちんは君に誰を消すか選択できる権利を与えた。それを君は放棄したんだ。そしてその結果が八重崎咲の消失というわけだ。もし君がクラスメイトの仲の悪い人例えば仲野君とかそれとかモブとか、そんな人間を選んでいれば彼女は消えずに済んだんだ」
「……」
「もう一度言うね。君は消す人間を選べたんだ。で、放棄した。逃げたんだ。君は選択からね」
「……」
「新しい夢を見つけこれから輝かしい未来に生きていこうって人と、適当に生きてなんかあったらすぐ不満しか言わない人の命を天秤にかける行為を君は意図的に放棄した」
「……」
「確かに彼女が消えたのは99%僕ちんの責任だ。でもこういうふうな展開になったは1%君も責任があるんだよ」
「……」
「君は強いよ。でも強くなることとは同時に余分な責任を背負うんだ。出来ないでいいことですら出来てしまう。そして無駄に責任を背負うんだ。たった今考えたんだけどなかなかいい台詞だろ?」
「……」
「納得いかなそうだね。ちょっと話を変えてみようか。先日の真百合ちゃんキス事件を例えに出そう。この場合、被害者宝瀬真百合を八重崎咲に加害者嘉神一芽を僕ちんに君は君のままで言い換えることができるね。さて、誰が悪いと思う?」
そんなの加害者一択だろうが。
「その通りだけど、君じゃない君は誰が悪いと思った?本当にお父さんだけが害悪だとでも?ヒロインのくせに避けることのできなかった真百合ちゃんをダメインだとかビッチだとかそんなこと思わなかったかな?仮に100%お父さんが悪いと思うんだったら僕ちんはこの方法で論破するのは無理だ。でももし、ほんのちょっとでもそれ以外の考えを持っていたのならその考えを今この状況にスライドして考えてみるといい。僕ちんの言いたいことを強ち間違えていないと気づいてくれるはずだ」
「あれ? でも待てよ? この論理だとヒロインを守らなかった主人公も悪いと思ってくれたら通じるけど、ヒロインが悪いという考え、つまりは自分で自分の身を守れなかった八重崎咲も悪いってことになるね。なんということだ気が付かなかったよ。グッドアイデア並びゴッドアイデアだ。つまり主人公には一切責任が無かったんだ!! なんということだ! 僕ちんは何て酷い勘違いをしていたんだ!」
「ごめんよ酷いこと言って。君は全く悪く無かったんだ! 因果から消すのは『運命』依存だから『法則』以上の才能を持っていれば防げるんだけど、そんな才能なんて一切持っていない無能で無力な咲ちゃんと勘違いしちゃった僕ちんがすべて悪いんだ。羨ましいよなんてきみはそこまで無関心のままでいられるんだ!」
「…………」
「でも大丈夫。僕ちんは神様で人間の負の成分も一緒に背負っているから。好きなだけ責任転嫁してもらって構わないよ。自分の落ち度を棚に上げ盛大に罵ってくれたまえ」
何も言えなかった。
「それにさ、何度も言うけど神様なんだ。信じる者が救われるためには、信じない者を救っちゃいけないんだ。何度も神様だって教えたのに信じなかったでしょ? だったらそれ相応の報いは必要だったのは分かってほしいかな」
「…………」
「じゃあ、次のお願い聞いてくれるかな?」
「…………」
「勿論君には聞かないという選択肢もある。その先どうなるかは知らないし、当然どうなろうが全く君は悪く無いんだけどね」
女神は最低で最悪の宣告をした。
「月夜幸と狩生武のどちらか一人を。宝瀬真百合と坂土素子のどちらか一人を、衣川早苗と林田稟のどちらか一人を殺せ」
「ふざけるのもいい加減にしろ!!」
「出血大サービスで、期間は再来週の日曜日19時、つまりサ○エさんが終わるまでに設定しといてあげるしさらにさらに殺した存在消して法律がどうこうとかは考えないでもいいようにしておいたから」
「そんな話をしてるんじゃない!!」
「なに?今の仲間とかつてのライバルと元カノと親友の命を天秤にかけられないって?」
「当たり前だろうが」
「じゃ、僕ちんが勝手に選別しちゃうけどそれでいいよね?」
「…………」
「黙んないで何か言ってよ」
「コロス」
真百合、そう言えば気に食わない奴を拷問にかけて殺すのに犯された聖少女はどうかと言っていたな。
今がその時だ。
苦痛という苦痛をこいつに味あわせてやる。
「一つ言い忘れてたことがあった。僕ちんは思うんだ。主人公最強モノで一番重要なのは主人公がさいつよであることじゃなくて、自分より強い敵とは闘わないことなんだと」
俺のギフトが全く通じなかった。
「だから僕ちんは絶対に主人公とは戦わない。もし戦う時は君が僕ちんを超える時だ。そうなるまでは絶対に戦闘描写なんてやってあげない。そんかわりその時になるまで『足掻けるだけで希望』というのを叩き込んでやるから」
「目的は何だ!!」
「目的?」
「俺に仲間を殺させようとする、その目的は何だ!!」
「教えない。だってさ、教えたらどうやって抗えばいいか考えちゃうでしょ?こっちだっていろいろ考えてやってるんだ。数億年数兆年活動し続けた頭で出した答えを10年程度しか活動していない頭に理解させる必要なんてないんだよ。それでも理解したいって言うならこの小説のテーマが【理不尽】だからとでも言っておこうかな」
「神薙信一とお前らはグルなのか!?」
「いやいや。もし僕ちんたちがグルだったらこんなことにはならなかったって。どちらかというと彼は君の味方サイドだよ。コロシアイの時は本来37564回繰り返すはずだったループを、わざわざシンボル使ってまでたったの3756回ですませてあげたんだからね」
どうする?俺はどうすれば一番被害を減らすことが出来る!?
一番手っ取り早いのはこいつを殺すこと。
だが無理だ。全くギフトが通じない。
だったらどうやれば……あいつらを助けることが出来る?
「無理だって。君に許されているのは最悪の逃げとドン2の足掻きだけだから」
女神は掴んでいた俺の拳をさらに強く握りしめた。
「もう一度だけ自己紹介をしようか。僕ちんは柱神。全ての神の柱となる存在、つまり神様の主人公、主神公だ」
「……名前は」
「あ……名前か……しばらく呼ばれたことなかったかな。そもそも名前なんてものは一種の識別番号だからね。オンリーワンの僕ちんに本来必要ない物なんだけど。そうだね、かつて人間だった頃にあやかって【メープル】とでも名乗ろうか」
「メープル……!!」
俺は絶対にこいつを許さない。
「でもこの流れはちょっとよくないかな。一度負けておこう」
メープルはつかんでいた俺の右腕を引き抜いた。
「え?」
理解するまでに一瞬、血が噴き出すのに二瞬、痛みが襲うのに三瞬
「ぎゃああぐああああああああ!!!!」
その場で膝をつき、のたうち回る。
「えい」
俺の左手を踏み万力の力で潰す。
バリバリバリ
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
ウ○ハースのように骨が粉砕される。
「じゃんけんぽん。僕ちんはグー。君の左手はパーだ。なんということだ負けてしまったよ。勝利の女神にも勝つなんて君は何て強いんだ」
今の俺にそんな言葉は届かない。
ただ痛みに耐えるのに必死だった。
「じゃあ縁があったらまた会おうね」
足掻くことすらできずそのまま気を失った。
目が覚めて最初に見たのは一度だけ見たことのある天井。
病院の個室。
一度だけ入院したんだっけな。
その部屋だった。
あたりの暗さを考えるに真夜中と考えるのが妥当だろう。
右腕は動くし、左手を動かしても痛みはない。
ただ何とも言えない空しさがあのことが現実であるというのを知らしめる。
夜目が効くようになると早苗と真百合が一緒に寝ているのが見えた。
起こすのも悪いし……とりあえず一度外に出よう。
扉を開けて廊下を歩こうとすると
「どこへ行く気ですか?」
月夜さんが壁に寄りかかった状態でいた。
「とくに無いけどな、ちょっと一人で考えたいことがあるんだ」
「そうですか」
気持ちを整理したい。
今日合ったこと、これからやらないといけないことを考えないと。
「行かせませんよ」
彼女が俺の前に立ちはだかる。
「なんで?」
「早苗さんと真百合さんにお礼言ってないでしょ」
「いや今寝てるし」
「ですので、起きるまでは一緒にいてあげてください」
「無駄だろ。それ」
暗さを見るに丑三つ時、まだ起きるとは思えない。
「ちゃんとお礼言うから、な? こっちだって色々と事情があるんだよ」
「八重崎咲さんのことですね」
「お、おい。お前覚えているのか」
「いいえ。全く」
驚かせるなって。
「八重崎咲、誕生日は3月10日、家族構成は単身赴任した父親とパートタイムで働いている母親。兄が2人いて2人とも大学を卒業1人は就職浪人。好きな食べ物はとりのから揚げで嫌いな食べ物はレバー。将来の夢と好きな人は無かったが、文化祭を経験し新たな目標に向かって生きる決意をしていました」
「月夜さん……?」
「あなたが考えようとしていることの話です。そしてこれが、あなたが選ばなかった人間の話です。続けます。5月の出来事覚えていますか? わたしが嘉神さんに言ったことです」
「多すぎてわからない」
ボロカス言われたことしか覚えていない。
「命の天秤の話です。仲間一人助ける変わりに、あなたは無関係の人間全てを犠牲にしてもいいと言いました。なんでやらなかったんですか?」
「そりゃ……口頭でやれと言われてそれを実行する方が…………」
おかしいにきまってる。
「嘉神さん、この世界は結果がすべてなんです。アニメーションの様に何枚もの結果が過程としてなりなっているんです。最後のページだけ見ればあなたはノータッチですが、あなたさえちゃんとしていればまた別の結果になっていたはずです」
「あんたもあの女神と同じようなことを言うんだな」
「ええ。わたしの多幸福感はそういう能力ですので。もしも主人公があなたじゃなくわたしだったら他のもっといい結果になっていました。ですが多幸福感は最幸を選ぶギフトだけであり、やっていることは普通の人間と同じなんです。だれでも出来ることなんです」
「…………」
「わたしに言わせればちょっとでも関わったらその時点で100か0かです。嘉神さんは1%悪いかと言われたかもしれませんが、わたしはそうは思いません。彼女が消えたのは100%あなたが悪い」
100%ねえ。
「励まされると思っていたんだがけなされるとは思っていなかった」
「励ます? そんなのわたしの役目じゃありません。本題はこれからなんです。今何月何日かわかりますか」
「分からない」
「嘉神さんが気を失っている状態で発見されてから5日経ってるんです」
「は?」
「本当です」
渡された携帯の画面を見せる。
「マジかよ」
この時、俺はリミットが日曜の午後7時だというのを思い出す。
早くどうするか決めないと……
「悪い。冗談抜きでここを通して一人にしてくれ」
「嘉神さん!!!!」
俺は初めて月夜さんの怒声を聞いた。
「よく聞いてください。あなたが気を失っている間に何があったのか話します。あなたは午前9時に公園の男子トイレで左手が複雑骨折し、右腕がもがれた状態で発見されました。第一発見者はわたしたち、わたしと早苗さんと宝瀬さんです。すぐに真百合さんは救急を呼び、早苗さんは鬼神化の血を使いあなたの怪我を応急手当てしました。その際自身も血を流しすぎて応援が来ると同時に気絶しました。わかりますか?感覚が何倍にもなっているんです。それを耐えて血を流し続けたんです。彼女の目が覚めたのは昨日で、あなたがまだ意識が無いと知って、安静にしないといけない状態なのにわざわざ、硬い床の上で寝ているんです」
「真百合さんは、あなたが入院してからずっとトラウマになっている白い部屋の中であなたの傍にいました。部屋から出たのはお手洗いに行く時だけです。自分のギフトは奪われ、死んでもリトライできないという恐怖に怯え続ける毎日です。彼女にとってはありとあらゆるものが敵に見えます。食事ものどを通りません。栄養失調で倒れたこともありました。安眠なんてもっての外です。彼女の体重は少なく見積もって5キロ減っているでしょう。それでも彼女はここを動こうとはしません! 何でだと思いますか! 一刻も早く目覚めたあなたに会いたいからです!」
「そんな彼女たちの前でもう一度最初に言ったことを言ってください! 『考えたいことがあるんだ。一人にさせてくれ』と! ふざけんじゃねえです!! あなたは何様のつもりですか!!」
「し、知らなかったんだ」
「知らなかったから何やってもいいんですか!! 知らなかったら他人の心をいくら傷付けたってかまわないんですか!! 知らなかったら救えたはずの無辜な命を犠牲にしてもいいんですか?」
「い、いやその……」
「無知は痴です。無知は恥です。無知は痔です。そしてわたしがそれ以上に怒っているのは、あなたが他者を知ろうとしていないことなんです」
「…………」
「知らないんじゃないんですよあなたは。知ろうとしていないんです。上っ面しか考えないそれがあなたなんです」
「…………」
「お願いです嘉神さん。これだけ言ってまだ一人になりたいって言うのなら、本気であなたと敵対しないといけなくなります。ですのでどうか、黙って回れ右を」
「いやいい。全面的に俺が悪かった」
「よかったです。あとアドバイスですけど決めきらない時はコイントスで決めてください。でた結果が嫌だと思ったのなら内心そっちが嫌だって思っているということです」
「いい。自分で考えて決めきるから」
「あと、どうかわたしを選ばないでください。どんな命でもわたしよりかはまともな筈なので」
「考えないでおこう。というか月夜さん色々と知っているふうな口ぶりだったけどどこまで知っているんだ?」
「知りません。多幸福感からでたでまかせです」
相変わらずのインチキギフトだ。
「ではまた良い朝を。わたしはソファーの上で寝ますので」
「ベッド貸そうか?」
「修羅場は好きですが、自分のは勘弁」
俺達は自分の寝床に向かった。
ベッドの中に入って寝るなんてことはしない。
黙って考える。
月夜幸と狩生武。
この二人の命の重要度はどう考えても前者だ。
宝瀬真百合と坂土素子。
同様。
ただ問題は、衣川早苗と林田稟。
寝ている早苗を見ながら考える。
級友と親友。
一晩中考えて。
夜が明けて。
「早苗かな……」
級友を選んだ。
「ん……」
「おはよう」
午前6時早苗が目覚めた。
「一樹!」
抱きつかれた。
「ぐへえ」
くるひい。
「嘉神君!!」
遅れて真百合。
ダブルラリアット。
「心配したのだぞ」
「ごめんな。ほんと」
「いつから起きていたの?」
「4時間くらい前」
「起こしてもよかったのに」
「失礼かなと思って」
ほとんどいつも通りに接してくれていた。
ただ月夜さんの言う通り、早苗には点滴の痕が、真百合にはうっすらだがくまが残っている。
「ありがとな」
「なんのことだ?」
「月夜さんに――――」
いつの間にか後ろに月夜さんがいた。
鼻の上に人差し指を置き黙ってろのポーズ。
「なんでもない」
とはいえ、時間は有限だ。そろそろ行動しないと。
「早苗、真百合、月夜さん。迷惑ついでに頼みたいことがあります」
「なに?」
「お金を貸してください」
頭を下げた。
転勤族の俺はあいつらに会いに行くのすら時間とお金が必要になってしまう。
「はい」
真百合から財布を渡された。
170万入っていた。
「カードもあるから」
いつか見せてもらった数枚のブラックカード。
「こんなには」
「私にはもうこれしか出来ることないから。でもなんで急に?」
「ちょっと旅行いってくる」
まさか昔馴染みを殺しにいくとは思うまい。
一番思いたくないのは俺なんだが。
「私も着いていくわ」
「いや行くな。学校行け」
こればっかりは本当に一人でやらないといけない。
「よいしょっと」
ベッドから起き上がる。
「もう行くのですか?」
「ああ。時間は有限だからな」
あと7日と12時間30分。
それまでに3人を――――
――――殺す。
移動手段は電車にすることにした。
航空機を使った方が早いが、親権者の同意が必要なので逆に時間がかかりそうだったためだ。
この時間は全く人が乗っていない。
目的地に着くのに5時間はかかってしまうだろう。
乗り換えの時トイレに向かった。
メープルがいた。
「やあ、縁があったね。気分はどうかな?」
「どす黒い気分だ」
「そりゃどうも。結局昔の方を捨てるんだね。やっぱ女も友達も新しい方が良いもんね」
「そうなるな」
俺が答えるのを見て、満足そうなニコニコ顔である。
俺にこいつを殺す力はない。
今は。
「絶対に殺す」
「頑張って、応援してる。で、僕ちんがここにやってきたのはちょっと注意をね」
「なんだ」
「まずは僕ちんの話。僕ちんは全知全能の他に、3つシンボルがある。全て『物語』クラスだ。そのうち一つに化膿夭逝があってね。可能性操作とでもいうのかな。定義されうる全ての事象を引き起こせるんだ、たとえるなら空を赤くするとか、ポップコーンで人を殺すとかそういう能力。僕ちんを殺す土俵に立つにはこれくらいは越えてもらわないと」
「…………」
「君が殺すと決めた3人に、シンボルを与えた」
「…………」
「知っているよね? シンボルには干渉できないって。つまりコピーしてドンっということが出来ないから」
「……」
「抵抗されちゃうかもだけど、頑張ってねー」
______________________________________
「神薙さん!! これは一体どういうことだ!!」
「なんのことだ?さっぱり分かんないぜ」
「とぼけるな!! あんたがオレがラスボスになればオレ以外の人間は死なずにすむっていうから」
「信じたのか? その言葉」
「――――!」
「おいおい。お前みたいな社会のごみにそんな一発逆転のおいしい話があるとでも思っていたのか? こりゃ傑作だぜ」
「そんな……」
「知らないようだから教えてやるが、俺は人間は好きだがお前は嫌いなんだぜ」
「……知ってますよ。それくらい」
「助けに行くならやめとけと忠告しておいてやるぜ。俺はもうお前を助けない」
「…………」
「お互い舞台から去った立場の人間だ。気長にいこうぜ」
______________________________________
特に何も言うことはありません