ただ強い(正しい)敵の倒し方
この小説はR-15です。
神薙さんに言われた通りおいていったが大丈夫だろうか?
いくらなんでも三対一だ。もしもということがあるが……。
いや、信じよう。うん。
仮に死んでしまったらそれまでの人間だったというだけの話だからな。
俺は月夜さんに集中しなければ。
闇雲に走っても意味が無いので、以前手に入れた感知能力を使い月夜さんを探そうとする。
すると以外にも近くにいた。
近くにいたというより俺を待っていたという感じだった。
場所は十メートル先の趣味の悪い部屋。
その部屋の扉を強引にあける。
そこには三人いた。
月夜幸と枯野親子だ。
真ん中に枯野礼成。右隣に息子。そして左前に月夜さん。
息子はこっちに敵意があるが枯野さんはこっちを見て薄汚い笑みを浮かべている。
それに対し、月夜さんは一瞬だけ驚いた表情を見せたがすぐに真顔に戻し
「……おかしいです。何で生きてるんですか?」
多幸福感は戦女神の冠の行動は予期できなかったらしい。
「戻ったら教えてやる」
「じゃ、いいです」
月夜さんは俺の元に歩いていき
「少しお話ししませんか?」
「聞かん」
彼女能力はすでに知っている。
未だに『物語』のやばさを具体的には理解しているとは言えないが、それでもまともに戦ってはいけないのは理解してる。
「まあまあ。そう言わずに聞いてください」
聞く気なんてなかったのに聞かなくてはいけない気がした。
例えるのなら、これから主人公の説教を聞くので身構える感覚だった。
聞かないって言っているのに話が進まないから無理やり聞かされ、そして説得される、その前段階。
この後説得されるのが義務づけられた哀れな噛ませ犬になった心情だった。
「わたしがまだ衣川さんと仲良くなる前の話です。お父さんとお母さんがいて二人はこじんまりとした花屋を営んでいました。貧乏な家庭でしたけどそれでも温もりがありました。子供のころからギフト能力はあったんですけどわたしはこの能力の重要性を理解してはいませんでした。
ある時わたしが無理を言って遊園地に行きたいって言ったんです。両親はそのお願いを笑って聞き入れレンタカーをかりて隣の県の遊園地に行くプランを作りました。
でもいざ行くって時に多幸福感が、行くなという予期を出したんです。遊園地に行くのを楽しみにしていたわたしはそれを無視しました。
その結果がどうなったのか察しのいい嘉神さんならすでに分かっていますよね?」
「死んだのか?」
「はい。交通事故でした。しかも父の居眠りが事故の原因でした。多忙な生活でしたからきっと無理が出たんだと思います。なお悪いことにその事故は人様も巻き込んだんです。高速道路の事故で対向車線に突っ込んだので玉突き事故が発生しました。死者三十四人、負傷者百二十一人の大事故でした」
「…………」
「因みにわたしは最後の最後の予期でシートベルト着用して頭を守れっていう予期があったので助かったんですけどそれは今どうでもいいとして、社会的に考えて父が悪いんですけどそれでもわたしがギフトの指示通りに動いていればみんな助かったんです」
「月夜さんがどれだけ不幸な目にあったのか分かった。だが……」
「いいえ。分かっていませんよ。分かっていればわたしを邪魔しようなんて思いません」
そうか。
俺は何が問題なのかようやく理解した。
月夜幸はギフトを使っているんじゃない。
ギフトに使われているんだ。
自分の思考を放棄してギフトに依存している。
自分で制御できていない。
いや、制御できていないことにすら気づかせてくれない。
「わたしはちょっと前に面会した程度ですので正確なことは言えませんが、枯野の一族は吐き気を催す邪悪にも分類されるクズの一族です。ですがそれでもクズだからこそ、行為に対する責任感がない。嘉神さんは出来ますか?目的の為に他者を踏みにじることを」
「……できるさ。あんたの為になら一千万人くらい平気で犠牲にしてやる」
「…………はは。その台詞、普通のヒロインだったらそれで落ちたと思いますけど、残念ながらわたしはあなたに口説かれる気はありませんよ」
別に俺も口説く気はない。
ただ本気で思ったことを言っているだけだ。
「では言い方を変えます。わたしを助けるために衣川さんや宝瀬さん時雨さんと言ったあなたのお仲間が犠牲になるって言ったらどうですか?」
「そういう予期が出ているのか?」
「出ていませんよ。ただそういう可能性があるって言っているんです」
「可能性がどうこう言い出したら何でも言えるだろ」
「そうですが嘉神さんは考えないつもりですか?もしあなたがわたしたちの邪魔をして、万が一浄化集会のメンバーがあなたを、強いてはあなた達を恨んで襲ってこないなんて」
「!!」
その可能性は十分にあり得ることだった。
宗教を信じる人間は追い詰められた時何をするか分からないからな……。
「ま、そういうことですよ。嘉神さんは目先のことしか考えていません。人類は新たな一歩を踏み出すべきなんですよ」
そう言って流れるような動作で俺に注射器を突き刺した。
完全なる動きだった。
虚を突かれたどころではない、美しすぎて身動きが取れなかった。
この動きにはゴ〇ゴですら反応できないだろう。
「くっかっあががが」
呼吸ができなくなる……
視界がだんだんと光を失っていき――――
「もう一度言いますし何度だって言ってやります。人類の為に死んでください」
そうして俺は死んだ。
まあ、当然生き返るんだが。
戦女神の冠様々だ。
ただこれで椿さんが作ったストックを使い切ったことになる。
次死んだらもうアウト。お陀仏だ。
「いい加減死んでくださいよ。折角出血しないような武器使ったんです」
そういや枯野礼成は血を見るの嫌いだったな。
忘れてた。
「待った。なんであんた血を見るのが嫌いなのに血を見るような武器を使っている護衛を雇ったんだ?」
「……あっ」
「もしかして気が付かなかったのか。おっちゃめぇ」
さて、頭で考えずに口先から出まかせを言っている間に残った頭で考えようか。
説得は無理。こればっかりはどうしようもない。
力ずくで挑むしかないのだが、ギフトでこっち側の行動を読まれる可能性すらある。
というか絶対に読まれる。
そして潰される。
となると手は一つしかない。
たった一つのシンプルな答え。
月夜幸にキスをして同じギフトを手に入れる。
そうすれば同じものが見え、スペック差で俺が押し切れる。
それしか……無い。
それ以外に思いつかない。
俺の口映しならきっと太刀打ち出来るはずだ。
「それはやらせないぜ」
後ろから満身創痍?の男がやってきた。
「だ、誰だ?」
神薙さんである。
「神薙さん?」
「ああ。俺だぜ」
「どうしたんですか?」
「いや……なかなか強敵だったぜ。一手遅れたらここに来たのはあの三人だった」
着物には幾つもの切り傷があり所々に血がついている。
その怪我だけであの三人との死闘を物語っていた。
「最もヤバい多幸福感は俺が処理するぜ。あとは煮るなり焼くなり好きにしろ」
「いや……無理でしょ」
立っているだけでもやっとのように見えるのに……
「大丈夫だぜ。それに純粋な『物語』共を戦わせるわけにはいかないんだ。だからここは俺にやらせろ」
「そういうあんたも『物語』だったんじゃ」
椿さんがそう言っていた気がする。
「そのくらい指摘されなくても理解しているぜ。だからシンボルは使わない。嘉神一樹、お前には正しい敵の倒し方を教えてやる」
「さっきから黙って聞いてましたが、えっと……誰だかよくわからないですけど神薙信一さん?それで、いったいわたしの多幸福感をどうやって破るつもりですか?」
どうやら月夜さんはその気になれば名前を調べられるらしい。
今は全く関係ないが。
「俺は破るつもりなんてないぜ。多幸福感とは戦わない。戦わずにして潰す」
だったらお手並み拝見してみるか。
あんたの言う正しい敵の倒し方を。
「じゃーん」
神薙さんは何処からとりだしたのか右手にパペットを装着している。
そのパペットは……月夜さんによく似ていた。
「その人形を使ってわたしを操る気ですか?」
「違うぜ。あーあー。」
「ッ!!!!その声はわたし?」
神薙さんはその巨体に似合わない可愛らしい声をだして
「わたしの名前はユキ」
人形劇を始めたのだった。
『わたっしの名前はツキヨユキ~♪いつも夢見る十六歳~♪とってもとっても不幸なの~♪でもでもほんとは自分から~♪不幸の種を蒔いちゃうの~♪』
「「「「え?」」」」
『いつもみんなは幸せで~♪とくにサナエは妬ましい~♪でもでもそんなサナエと~♪ずっと一緒に過ごしてる~♪不幸なユキが妥協して~♪幸せサナエと過ごしてる~♪』
『なんてユキは優しいの~♪とってもとってもやっさしいの~♪』
『それに気づかない馬鹿なサナエ~♪なんてなーんて可哀想~♪』
「……やめてください」
『サナエに化け物やってきて~♪内心めっちゃ喜んだ~♪でもでもユキは不幸だし~♪友達が困っているのに~♪何もできない無力な子~♪何て悲劇のヒロインだ~♪』
「やめてください」
『最近サナエが恋をして~♪それがなーんか妬ましい~♪何だかちょっとタイプだし~♪馬鹿なサナエにゃもったいない~♪折角だから壊しちゃお~♪今まですべての関係を~♪サナエの小さな初恋も~♪』
「やめてって言ってるでしょ!!」
『気に入らなかったのか。お客様は難しいぜ。だったら、出し物はよりハァァァァドに、エンターテインメントは過激じゃないとネ』
神薙さんはクルリと一回転してピエロのようなお面をかぶった。
そのお面は生理的な嫌悪感を催す気持ちの悪いものだった。
『あぁン。サナエが見ず知らずの男達にレ〇プされてるの見るの最ッ高ウ!!』
『もっともっト!!嫌がっているのに無理やりやらせるの楽シー!!赤ちゃン出来てサナエの人生メチャクチャ!!それをみてユキは慰めるノ!!』
「いや――やめて…………」
彼女はその場で崩れ落ちた。
「違う。わたしはそんなこと違う違うんです。わたしは違う」
『まだまだ続くヨ――』
「やめろ」
「どうした?一昨日夜の、月夜幸のオカズ暴露してやったんだが、気に入らなかったのか?」
「ふざけてんのかあんた?」
「まあまあ落ち着け。そんなに怒ったら白髪まみれになってしまうぜっ☆」
――――鬼人化
「うわっ、ステイステイ。話せばわかる。暴力反対お前変態」
全力で殴りにかかるが紙一重で交わされる。
これは――弄ばれている。
「いいか。わざわざ異能バトルモノでまじめに異能同士を戦わせる必要はない。戦うのは俺達で人対人なんだぜ。能力なんてものはお飾りだというのを忘れてもらったら困るぜ」
黙れ。
ていうかあんた十五分前に能力がどうこう言いだした張本人だろうが。
「なかなかいい見世物でした。神薙さんでしたっけ?僕の部下にどうですか」
外道が鬼畜を引き入れようとしている。
これが成立してしまったらもうどうしようもない害悪集団が誕生してしまう。
「断るぜ。使い捨てキャラの下になんかつけるかよ」
「……」
成立はしなかったが。
つまり神薙がやったのは説得でも説教でもない。
折檻だ。
心を折りに行きやがった。
「さて、一度壊したがアフターケアも完備しているのが神薙流よ」
胸元からi〇adを取り出した。
「ひっ」
既に月夜さんは神薙に恐怖心を抱いている。
「安心しろ。もう俺は何もしないぜ」
操作し終えた後投げ渡した。
「今度はわたしに……なにをするんですか」
「何もしないぜ。ただこれを見て自分の意思で考えろ」
酷いものを見せられていないか確かめるために俺も覗き見る。
『うむ?すでに繋がっているのか?』
「衣川さん?」
『うむ。早苗だぞ』
なんと早苗とテレビ電話がつながっていた。
「…………どうしたんですか?今授業中ですよ?」
『そうだったのだが……いきなり神薙という男がやってきてだ……お前が大変な状態にあると聞いたのだ』
「……それはいつですか?」
『十分ほど前だが』
五分前に俺は神薙に会っていたので実質五分でここに来たことになる。
全力で走ってきた俺が十分かかったんだが。
『その……誕生日おめでとうなのだ』
「は?」
『分かっているぞ。月夜の誕生日が明日ということは。だがもうお前はどこかに行ってしまうのだろう?だったらせめて今言わせてくれ』
「あの……わたしが今どういう状況か分かってます?」
『分からんが、どうせ月夜のことだ。一樹と同じように困っている人を助けようと躍起になっているのであろう?』
「ち、違います!」
『そうなのか。だったらいつ帰ってくるのだ?』
「え?」
『なにもずっといなくなるわけではないのであろう?だったらその時私はお前に誕生日プレゼントを渡す。いつ帰ってくるか教えてくれるのなら、パーティーでも開こうかと思ったのだが』
「…………」
『私の知り合い……といっても組の者か後輩程度だが、それでも出来るだけ人を呼んで盛大に祝ってやるぞ』
「衣川さん?」
『そういえば月夜は縫いぐるみが好きだったか?私は猫派なので猫の縫いぐるみでどうだろうか?』
「衣川さん!わたしにそんなことしないでください」
『むむ?猫は嫌いだったのか?』
「違います!わたしはあなたのことが嫌いです!昔から大ッ嫌いでした!!」
『…………そうか。それはすまん。どこか直すべきところがあったのか?』
「全部です!特に自分の不幸を平気で乗り越えるあなたが見ていて不快でした!あなたには不幸って概念が無いんですか?」
『あるに決まっているだろう。私は今大好きな友に嫌いだと言われ泣きそうなのだ』
「だったら精一杯泣いてくださいよ!友達だと思っていた人から裏切られたんですよ!」
『裏切り?何のことだ?』
「わたしが!あなたがずっと嫌いで!いつもあなたに不幸を望んでいたことです!」
『そうだったのか』
「そうだったんです!だから――――」
『それでも私は月夜には感謝しているぞ』
「え?」
『私の父さまが死んだときお前はわたしを慰めてくれたではないか』
「それは……そうしろって多幸福感が……!」
『そうだとしても私が感謝するのは変わりないぞ』
「だからそういうのが嫌いなんです!その正しすぎるのが!綺麗すぎるのが大っ嫌いなんですよ!」
月夜幸は叫ぶ。
今まで溜まっていた鬱憤をはらすために。
みっともなく、無様に。
『そうだ。だったらこうするのはどうだろうか。誕生日会ではなくお別れ会を開くというのは。それで私と月夜の関係は終わり、それが私の妥協案だがどうだ?』
「どうだもこうだもありません!話を聞いてください!」
『いつでもいい。いつ来てもいいように準備しておくぞ』
「本当に……やめてください。これ以上……わたしを惨めにしないでください」
『?』
「あなたを知れば知るほど嫌になります!あなたと居るとわたしがどれだけ汚いのか……思い知らされるんですよ!!」
嫌っていたわけじゃない。
月夜さんは単に妬ましかっただけ。
月夜幸は衣川早苗に嫉妬していたのだ。
もちろん人類の幸福は考えてはいた。
ただ考えていた上で、早苗に嫌がらせをしたかったのだ。
その内容が、唯一の男友達である俺の殺害というわけだ。
まあ、邪魔するのを防ぐというのがメインなんだろうがな。
『ではわたしは月夜のために何をすればよかったのだ、教えてくれ』
「…………本当にわたし見っともないですね」
『?』
「…………お願いだからもう喋らないでください。もう自分の汚さを知りたくはありません」
『…………だったら最後に一つだけ、ハッピーバースデーだ』
早苗聖人すぎるだろ。
俺はあんなこと言われたら友達切るぞ。
「…………馬鹿じゃないんですか」
『よく言われるぞ』
「ほんとに馬鹿です。大馬鹿です」
『うむ』
「………………」
『どうした?電話切らないのか?』
「……」
『私からは切らない。月夜、お前から切れ』
「あの……本当にわたしのこと友達だって思っていてくれたんですか?」
『そうだ』
「今はどう思っていますか」
『今も変わらん。私個人はお前のことを友だと思っているぞ』
「こんなわたしをですか?」
『お前がどのようなことを考えていようが、だ』
「…………ごめんなさい」
『うむ。許す』
「あ、あのもう一度チャンスをください」
『?』
「わたしと友達になってください」
自身の嫉妬を乗り越え、恐らく彼女は生まれて初めて本音というものを出したんだと思う。
が、
「悪いがそろそろパズ〇ラの時間だ。iP〇d返してもらうぜ」
その言葉は早苗には届かなかった。
「ちょっと何するんですか!!」
「おいおい。まさか友達申請なんて画面越しで済ませるつもりか?〇witterじゃあるまいしちゃんと友達になりたかったら合って目を見て話すべきだぜ」
「……そうですね。そうします」
…………。
あんた自分で心壊して治すの他人に丸投げじゃないか。
何がアフターケア完備しているだ。
「嘉神一樹、それにしてもなかなかいい茶番だと思わなかったか?ハリウッドでやれば三百万ドルの赤字は間違いないぜ」
「……」
確かに、あんたは戦わずにして勝っている。
実質被害0だ。
ただ、何かが違う。何かが圧倒的に違う。
そんな憤りを残したまま、神薙信一は去っていた。
また余計な一言を残して。
「じゃ俺は帰る。あとはもう消化試合だ。感情を与えるなんて糞なギフトの相手、さっさと終わらせて次の章に移れ」
作者の勝手な意見ですが一般的な創作物で主人公サイドのキャラは、完璧超人とは言わないまでも否の無いキャラが多すぎます。