ルーザーズ・ダイアリー 1
ごめん
両親を実質的に殺して帰る場所はない。
ただとりあえずそこしか行くところを俺は知らなかったので、とりあえずそこにいくことにした。
酷い落書きに廃棄物の無断投棄。
そこはおよそ健康的一般的な人間が住むような区間ではなくなっている。
早苗はあの人に連れ去らわれ、真百合はやることがあると名残惜しそうに別れた。
だから今一人。ただの一人。
それでもなお、かつての家に帰ってみる。
家の中は外見と比べてそこまでひどく荒れていなかったが、壁の傷や凹みは所々ついていて部屋の中が荒れていた様子が目に浮かぶ。
かつての俺の部屋は嫌いさっぱりなかったことにされ、存在する力が無力になったのか、くっぽりとくりぬかれていた。
とりあえず寝る場所をと思ったが寝具がないとそれはできない。
自分の親だった人の寝具で寝るか? まだソファの方がマシか。
超悦者として寝ないで誤魔化すことは出来ても、それはそれ。
今は寝ないとやってられない。
外敵は多いが眠りを妨げるほどの強さは持っていないし、かといって俺を脅かすことのできる相手はそもそも起きてたとしても勝ちようがない。
あの人は勿論として、早苗も真百合ももう俺よりもはるかに強い。
そんなことは言わないやらないが、力づくで押さえつけようとされたら抗えないだろう。
今ならわかる。分からないことが分かる。
早苗ですらはるか先、自分と蟻の距離よりもずっと遠い所に早苗は行ってしまった。
真百合もまたはるか遠く。
人から見た太陽と月と宇宙の果て。
それが俺たちの力関係。
努力はしたつもりだった。才能もあったつもりだった。
ただそれは恥ずかしいほどの偽物で、紛い物で贋物だっただけだ。
俺が人より優れていたのは家柄と生まれるタイミングがよかっただけ。
彼女達が生まれるタイミングで生まれただけのガキ。それが嘉神一樹。
その意味も早苗たちが存外に役割を見せたことによって価値が薄れてきてしまっている。
力が取り上げられなかったのは、単に気分かきまぐれかは分からないが、興味がないからが考察として一番可能性があるものだった。
「生きてたんだ」
そういえばいたな、と思い出す。
嘉神アンリ。旧支倉アンビ
俺が支倉からさらった女の子。
殺すほどでもないし生かすほどでもない。
ただ世界を滅ぼしかけた一族の一人として、生きてはいけないと思っていた。
だから引き取ったわけだが、そもそもその計画を完膚なきまでぶっ壊したのは俺なわけで、いわば復讐相手なわけだ。
そんな俺が世界の敵としてこうして落ちぶれた今、彼女には思うことがあるはず。
「何か言うことは」
「ざまぁみろ」
何も言い返せなかった。
俺がやったことは悪いことは一つもないが、彼女が俺に思うのは妥当だろう。
「クズ、ゴミカス。すけこまし。サイコパス」
「…………」
「ヘタレ。自己中オ〇ニー野郎、悪魔、自分が悪と思ってない最も無様な醜悪、死n……ひゃん」
思わずはったおしてしまった。
「そこまでひどいこと言っていいとは言ってない」
「……ふん。意気地なし」
「泣きそうな顔されて言われてもな」
それでもアンリちゃんの罵倒は続く。
「顔だけ男、口先しか血液がかよってない。フナムシ。イライラさせる。むずむずさせるな。変態。一生何したいかわかんない。本音いえないザコ。愛情と性欲の区別がつかないPTA以下の知能。PG6歳児」
9割当たってる。全身が痛い。
「何笑ってるの。お前、気持ち悪い。マゾにも目覚めたの?」
「マゾにもって。俺は元から……」
続きは言えなかった。口先だけなら音を出せただろうが、どうしても言えなかった。
すこしだけ分かったことがある。
あの人の琴線に触れてしまい、俺の存在が描写されなくなり、ただ存在することも許されなった。そのざま、俺は少しだけ見方が変わってしまった。
自分という存在の矮小さ、つまらなさ。
簡単な言葉で言うなら、心が折れた。
「そんなに死にそうな顔して、何で死なないの?」
「2割くらいアンリちゃんのせいだけど」
人形にダメージを押し付けるギフトと、同時に壊さないと壊れないギフト。
これで俺はあらゆるダメージを人形に押し付けることが可能になった。
『法則』未満の大したことない攻撃では、俺を傷つけることはできない。
「じゃあ、全部まとめて壊せば」
「人形、没収されちゃった」
俺が事実上描写を禁じられている時、人形の一部を早苗と真百合が持って行ってしまったようで、俺の手では壊すことはできない。
「おまぬけ」
「耳が痛い」
「お前、どうするの」
「さぁ」
未来もないし、夢もあるわけじゃない。
やりたいこともないし、出来ることもない。
生きることも死ぬこともできやしない。
これ以上強くなることも出来ないだろうし、強くなったところで意味がない。
早苗の所までは届かないだろう。がんばったとして、その間にいるのは真百合くらいで彼女は敵ではない。
成長する意味も、何かをする意味もない。
「何すればいいんだろ」
本当に空虚だった。
「…………じゃさ。付き合ってほしい所あるんだけど」
「どこに?」
「……遊園地」
「絶対嫌だし駄目」
「なんで?」
「まず駄目な理由。そもそも俺がいると閉園する」
武装した血まみれのテロリストが電車に乗れないように、俺はもう公共施設をつかえない。
「嫌な理由は?」
「言いたくない」
遊園地は月夜さんといったところだ。
その帰り、彼女は死んだ。いや、俺の中で生きていることに変わりないんだが、肉体的に死んだ以上いい思い出はない。
首だけ残った彼女の亡骸を、弔った日の記憶は今も色あせて忘れられない。
「そ、何でもいいから外に出たくないわけ」
「そうなる」
「じゃぁ、戦い方教えて」
アンリちゃんの提案は、俺の予想の外だった。
「なんで?」
「何でも何も、お前がここでこうしている以上、アンリの身が危ないでしょ」
「そりゃそうだけど」
父さんや母さんがいたらそいつらも撃退できただろうが、今はもういない。
「普通の暴漢程度だったら超悦者の敵じゃないけど、ギフト持ちから襲われると場合によっては勝てないし」
「言ってる意味は分かるけど……」
ギフトやシンボルにはクラスというものがある。
メタや創作上のお約束といった『物語』
概念やそういうものとして扱う『法則』
空間操作を含む世界観に関わる『世界』
そうなるべくしてなる、まさに『運命』
平等にして、最も不平等な存在『時間』
これらを除いた有象無象の能力『論外』
全ての能力はこれらクラスに割り当てられる。
能力同士が相反した場合、必ず上の能力が勝つ。これは間違いない。
早苗も真百合もこの上下関係だけは変えられていない。
そして俺達に関わるもう一つの存在。超悦者。
それっぽいことをそれっぽく出来る技術。
これくらいならを限りなく伸ばした言い訳。
小人が巨人を持ち上げ、銃弾を布切れで防ぎ、ステップで音速を超える。
そういったありえそうでありえないことを、人間皆がやることによって許容する。
皆が同じ力で、皆が同じ速さで戦える。
ただし唯一上限が決まっており、『時間』を越えないこと。
止まった『時間』より速く動くことはできないし、止まった『時間』を壊すことも出来ない。
そこまで出来れば、普通に考えて有象無象どころか、軍隊だって単独で相手取れるわけだが、残念ながら最近は軍隊にも超悦者が使える人がちらほらと出てきているわけ。
そうなるとギフトの違いや戦闘のセンスによって勝敗が変わるわけだが。
「アンリちゃんが対処できるという意味で、『論外』のギフト持ちの超悦者か、『時間』以上持ちの一般ギフトホルダーの2パターンを想定するね」
『時間』以上の超悦者には勝てないんで考える意味があまりない。
「『論外』のギフト持ちの超悦者。イメージとしては、火を吹いたりする特技を持ってるだけの同スペックの敵。なんだけど、これはほぼ互角。超悦者の使い方が上手い方が勝つ」
「……その上手いってどういうこと?」
「切り替えの判断と速さ。超悦者そのものは万能であっても主張は1つしかできないから、その切り替えかな」
超悦者で防御しながら攻撃してもいいんだけど、所詮ただの攻撃でグミ撃ちなみに意味のない攻撃だったりする。むしろそれを利用されることを考えるとやらない方がいい。
「あとは主張の強さかな。結局意味ないこともあるけど、例えば金蹴りが通ったら男相手は気絶が入るよ」
「は? キモ」
「あとは後頭部か首筋にチョップが成立したら、かなり熱い」
「そっちのほうがいい」
「まじめな話、変に火炎系の攻撃を直撃するより、脅威だから。狙うのも防ぐのも大切だよ」
「……分かった」
火炎系ってどこまでいってもそれまでだけど、人の行動による攻撃ってその人の技術なんかがのるから結構通るんだよな。
「物理的な強さより、強そう痛そうのほうが、超悦者視点強いんだよな」
「……アンリも超悦者だから、何となくわかる。お前が馬鹿言ってることの方が正しいって」
一応アンリちゃんも使えはするんで、その概念を否定することはない。
「防御は防御でしっかりやって、隙を見て一気に詰める。これが同形に対しての勝ち方だと思う」
「分かった。じゃあ、強めのギフトを持った一般ギフト持ちは?」
「祈る」
「…………なにそれ」
「まじめに、これが一番生き残る確率が高いと思う。こうすれば良かったは言えるだろうけど、こうすればいいなんてものはない。千差万別、何が敗着になるか確定できない」
「…………」
「一撃必殺系、初見殺し系、カウンター系、常時発動系。分からん前提で挑むとしたら自分の行動が正解になることを祈るしかない」
納得はしてなさそうだが、こればっかりはしょうがない。
「『時間』で例えるなら、時間停止と死に戻り。先に止められたら超悦者側に回答ないから止められないよう先に殺すしかないけど、死に戻り持ちならその行動は悪手になる。さっきと違ってマニュアルは作れない。なんなら両持ちだってあり得るよ」
かつての真百合がそうだったなぁと思いだす。
超悦者ぬきの再序盤の真百合でも、超悦者持ちのアンリちゃんには勝てる。
なんだかんだで能力は重要。
「それでもなお、勝つためには祈るしかない。相手がカウンター札を無いこと、相手の能力が防御によってないこと。そういった何らかの偶然にかけて勝負する」
「つまり、どの道勝てないから何かしらの自分が通せる勝ち筋を通そうってこと?」
「賢い。正解」
長期戦になって勝てる道理なし。
「お前はそうやって戦ったわけ?」
「まさか。俺の場合手札が多いから色んなパターンがあっても対応できたよ。ただ、どうしようもない時は祈ったかな」
忘れもしない。俺がマジで死線ギリギリの危機と感じた戦いがある。
「アンリちゃんの血縁のギフトで、昔の俺と戦われたことがある。その時は奇策を使って勝った。ただあの時はほぼほぼそうしないと勝てないと判断して、出来るかできないかは実際二の次だった」
「…………」
「自分の勝ち筋を意識して、それが通るか通らないかはもう祈る。格上相手にはそれで勝つしかない」
「分かった」
「あともう一つ、出来るだけ殺さないように」
「なんで」
「傾向の話。殺すとなると失敗しやすいのと、死んで発動する能力なんてものもあるから、無力化のため殺すのは本末転倒のことが多い」
突き詰めれば殺すことが正解になることもあるし、俺は面倒になったら殺すし、復活阻止の手札もあるんでやっぱり殺す。
ただ手札がほとんどないアンリちゃんの場合、殺さない方がいい。
「防御はしっかりと。ただ格上だと判断したらある程度の見切りをつけて挑む。これが俺が思う基本戦術かな」
「……思っていたより、ためになった」
「なんだとぉ」
「じゃ、手伝って」
「ん?」
「防御の練習と、無力化する練習」
そういって俺を外に連れ出そうとする。
「…………ねぇ。一応聞くんだけど、もしかしたらの話をするんだけどさ」
「なに?」
俺相手にはもったいない、不要だと思った言葉を口にする。
「励ましてくれてる?」
「……しね」
それはいつものアンリちゃんでいつもより顔が赤あった。
色なんて見えないのに。変なことだ。
…………




