鮮血の聖女は取り返す 4
「神薙信一】
「だ~~め」
✊✊✊✊
よ、よまれた?
「まぁ、ね。だろうと思ったわ】
【はぁ~~~」
これを防ぐか~~!
さっきまではともかく、これは決まると思っていたが。
「名前に対する直接攻撃。良い発想だ」
完璧な不意打ちを仕掛けられたにもかかわらず、これまで見せた以上にご機嫌の様子だった。
【卑怯とは言うまいな」
「俺が戦う以上の卑怯があるのか?」
……ないな。
私が何をしようとあっちの方が卑怯だ。
「狙いは良いぜ。やり方も良し。タイミングも良き」
神薙は笑いなら私達を評価する。
「お前達は『神薙信一を殴る』ことを勝利条件とした。これを素直な人間なら、本当に拳で殴るととるだろうが、屁理屈をこねれば、拳で殴るとも、俺という個体を殴るとも断定していない。いくらでも解釈できる」
そのつもりで言ったのだ。
本体に勝てないからこそ、神薙信一という名前だけを狙って当てる。
それが今出来る最大の策だった。
「たとえ他所では通じなくても、俺達には描写という概念があり、その描写上の神薙信一を殴ったという主張は、ここでは正当な主張だ」
キスをした描写でコピーができる能力がある。
これが卑怯という概念はずっと昔に捨ててきた。
そしてどんな手段でも勝ち目がないからこそ、こんな子供騙しでも正当だと受け入れる度量があるとおもっていた。
「シンボルの使い方もうまい。必中の拳を『物語』として昇華させたか。実体ではなく名前や表記相手に殴る。それをやられると大半の人はなす術がない」
大半という言葉にシンボルは含まれているのか?
含まれようが含まれないが、それが神薙に効くのかは別問題か。
「タイミングもいい。開戦のタイミングだと警戒されるかもしれない。早押し勝負には勝ち目がないと踏んで油断させて自分たちの力はあの程度だと思わせてからの不意打ち」
種が無いと仕込みを見せた後、実施する心理学的強行動だったはず。
【まさか隠れて未来を」
「見るわけないだろ。そんなつまらないことを俺はしない」
言っている途中でそうだろうとは思っていたが、だがどうしてもそうとしか思えない。
いくらなんでも気づける要素はなかった。
そのつもりで動いていた。
「減点要素だが、色々見せすぎだ。衣川早苗が『物語』メタ対応ができることは読者視点で明示されている。それは宝瀬真百合のシンボルの影響だと、共有したての頃は主張出来た。だが、今もそれだけが理由だと断定するには怠惰だというものだ」
確かに私は『物語』の能力を完全に使いこなせるようになったから、メタ対応をできた。
それは私と彼の恋。が使えるからでもあり、速攻発揮正宗が『物語』になったからでもあった。
うまく隠せていたと思ったが……
「せめて誤った回答を準備しておくべきだった。手偏の漢字がある文字は効かないとか、そういった『物語』特有の理不尽を押し付けておかないと、俺のような小心者には不安で不安で仕方ない」
ふざけているようでふざけてなく、やっぱりふざけたことを言い放つ。
「続いてなぜ隠すのか。扱いが『物語』になったからか? 違う。必殺の一撃があると考えるのが真っ当」
淡々と正解を出してくる。
読者視点誰も考察すらしなかった不意打ちを無条件で回避しないでほしいのだが。
「まだあるぜ。俺のフルネームを呼びすぎだ。俺の名称を指すとき、『神薙信一』という言葉を多用した。確かに女たちが要る都合上名字だけだと分かりづらいという主張はあるが、ここには俺しかいない。神薙だけでいい」
仕方あるまい。いきなり呼ぶとそれだけで警戒されると思ったからだ。
「神薙信一と発言することに違和感を持たせないようにする。不自然に思わないようにその準備だろうが、準備するからこそ不自然さが表れる」
おのれ……二人称が安定しないことを逆手に取った戦略だったが……
「こんなこと言ったが、これから言う致命傷を考えれば些細なことだぜ」
【な、なんだ? 私は何のミスをした」
「俺は神薙信一で、お前は衣川早苗だぜ」
元も子も数の子もない話だ。
全然関係のない話だが、数の子は○○が嫌いだといっていた。
【それはお前が神薙信一だから、全ての策は無効だということか」
「そうともいえるが、そうじゃないともいえる」
もっとどうでもいいが、元ネタが人間じゃない語録も使うのか。
「たとえ世界中のキャラや読者がお前を否定しようとも、俺だけはお間の恐ろしさを知っている。お前の心の恐ろしさを悪露だけが知っている」
【心が強い……か」
皆がそれをいうが私は普通のことをしているだけだ。
「たとえそれだけであっても、現実創作ただ一つ、俺より強い何かを持つ存在。俺が寝ながらできることは全部出来て当然と判断している」
どいつもこいつも私の心を何だと思っているんだ。
【過ぎた評価は、逆に迷惑だぞ」
言ってみて気づいてしまった。
神薙も同じことを言っているということに。
いや、いくら何でもそこまではないだろう。
たとえ私の精神力が一番だとしても、それはたまたま神薙の精神が幼稚で私を高く見積もっているだけだ。
「出来ることは全部警戒しよう。人類ができないと分かっていても俺ならばの観点で注意しよう。そしたらほーら、悪い聖人が俺を不意打ってきやがった」
つまるところ、神薙ができることなら全部警戒されていた。
「今やった不意打ちは俺もやる場合がある。だから、多少の減点はあっても素晴らしいものだったと手放しで称賛できる」
決して責めることはない。
多少の粗があっても笑えたコメディ映画を見たときのようだ。
たいそう楽しそうに満足したように話をする。
【ならば――――」
「保証する。お前らは今をちゃんと生きている中では、2番目と3番目だ。お前はちゃんと強い」
【…………そりゃどうも、お前からその言葉が出るとは思わなかったぞ」
純粋なる賛辞はともかくとして、まじめな話は、この男には似つかわしくない。
何か裏がある。そう結論付ける。
「不意打ちの話はこれでいいな。それで、超悦者の名前は何だ」
急な話題の転換の主題は、本来するべきだった話。
不意打ちをしなかった場合に、話す内容。
決まっていればこの話はしなかっただろうが、完全に防がれた故、私は素直に答えるしかない。
同じ手はつまらないから通じない。
【聖なる超悦者」
……私はギフトの扱いも超悦者の扱いも下手だった。
だが、幸か不幸か超悦者の次の段階については……多分神薙の次に得意だ(なお間)
今はまだ完全に確立できていないだけで、練習すれば獄景無しに使えるようになる。
「殺意に関して不可説転の評価を与える。だが聞きたい。最果ての絶頂の対策はどうした」
ここで落とす前振りか。
だが主張は尤もだ。
全ての能力を無限に持っている能力。
これは神薙にとっての仕分けであり、前提。
オンラインで対戦するのに、相手のネット回線がつながっているかの確認行為。
現状これをわずかにでも突破できたのは、奴の弟ただ一人。
ともかく、これを何とかしないと戦う資格が与えられない。
「まさか不意打ちで倒すつもりだったから、対策してない。そんなことを言うんじゃないだろうな」
与えられないのだが、
【まだ、無い」
今はまだ完全に攻略できない。
【攻略するには○○の力が必要だ。十全の力をだして欲しいならせめて名前を返してくれ」
結局はこうなる。
目的は忘れてない。
勝ち負けより奪還が重要。
「………」
【どうした。黙って」
「実を言うと……ああ、そうだ。誤解を恐れずに言おう。俺は少し混乱している」
こいつが神ならば分からないものがあってはならない。
全知でも使って探るし、容赦しないのなら精神を読むだろう。
それは簡単なことだが、でもやらない。
神薙が自分の人間性を担保するためのルールか、ただの趣味なのかそれは、分からん。
だが精神について能力を使わないというのは、あいつの枷。
108ある弱点の明確な一つだ。
「俺に勝とうとするには絶対条件として、何も知らないことが必要だ。○○すれば勝てるとか、××だからきかないとか、そんな甘えた常識や勘違いがなければ思えない」
手段も強度も劣るのになぜ神薙に勝てるのか。
回答は一つしかない、それを知らないからだ。
神側の切札であるシンジがそうだったように。
無知全能はそれ自体が能力ではなく、無知でなければ挑めない。
「あの不意打ちを出来る視点を持っているのに、まだ俺に勝とうとする、道理にあわない」
【それが出来るのが、私の超悦者だ」
神薙信一だからでもなく
王による責務でもなく
愛という理由でもない。
【心に関して私は負けない。例え貴様に対面していても勝率が0%であっても、理屈も道理にも私は屈さない」
仮にこれがはったりだったとして、能力を使わない限り誰も暴くことが出来ない。
事象が心に影響を与えることがないのだ。
「それがお前の境地なら俺は祝福するぜ」
【ならば、祝いの贈り物として○○を所望する」
結局私が言うことはそれしかない。
「常識的な考察をしよう」
常識はこいつに一番似合わない言葉だと思うが、本人がそうしたいのならやればいい。
「俺に勝てる云々はハッタリだ。こいつらの目的は俺に気持ちよく勝たせ円満な形で敗北すること。満足させ愚行を働いた阿呆のことをどうでもよくする。鍛える云々もその後を考えたら返却した方がいいってことだ」
神薙は能力を使わず、ただの感想を私に告げた。
「その考えは正しい。俺という人間をよくわかっている。確かに気持ちの良い戦いというものを見せてもらえれば、アレの返却はしてやってもいい。ただそれは」
「私の策よ。それは】
真百合が考えた策だ。
彼女は勝ち負けにはこだわらない。
通常勝った方が報酬を多く得るわけだから彼女が勝つわけで、負けた方が得るものが多かったり労力に合わないと判断すれば、負けにいく。
損切が上手いというのは良き経営者には必要な資質であるが、やはり真百合もその資質を持っているわけだ。
如何に負けるかが、真百合の策であり取引だ。
【ただしそれは、私の考えじゃない」
「ほう」
【途中までは同じだ。お前に満足のいく戦いをさせる。その上で私はさらに、勝つ気でいく」
目標地点は違っても、たどる道筋は同じだから私達は協力しえる。
不意打ちだって私はそれで勝つつもりでいた。真百合はそれでも勝てないと思っていた。
失敗してもまだ、私は勝つつもりでいることができる。
「そうだ。これが不自然だ。策が見破られているのに、俺に勝つことがハッタリではない。確かに勝つ手段があるとそう考えている顔つきだ」
【だからいっているだろ。私は勝つ気でいると」
神薙信一の口が三日月状に変化する。
「こうなってくると残る盤面は2つしかない。
聖なる超悦者で心を超越し、目的のため不条理に屈さない心で俺に挑み続ける、
もう一つはただ純粋に俺に勝てるという真実を語っている。どちらも俺好みだ」
つまり今こうして私視点で物事を見ているが、見ているものは偽れなくてもそれをどう感じているかは私の制御下にある。
こうして勝てるつもりでいる心象を、事実か虚偽かは読んで判断できない。
ならば次にやることは、そうじゃない手を用いた判別。
【今度こそ、思考を覗くか? 未来を見るか?」
「やらねえよ。そんなつまらないことをこの俺がすると思っているのか」
黙って首を横に振る。
冒頭でもいったが、神薙はつまらないことはやらない。
SNSを見ていて、強キャラが真っ二つになって敗北するとか、海の秘宝の正体とか、そんなネタバレを、絶対に踏まない。
「そうだとしても、俺は解答を出さないといけない。衣川早苗のそれはハッタリかリアル化を。俺の解答は前者だ。今の手持ちでこれ以上の奇跡を起こすことはできない」
神薙は間違えない。
誰よりもできることが多く、誰よりも思慮深い。
「ハッタリなら最終採点を行うぜ。物言いはあるか」
ヒトは間違える。
自分が出来るから、周りも出来ると誤認する。
周りが出来ないことを、自分も出来ないと錯覚する。
誰もかれも主観で物事を考える。
自分の視点こそが正しいものだと錯覚する。
今、私は一つの答えを得た。
神の目を持っていようが、頭に図書館が入っていようが、処理能力が馬鹿げていようが
彼は人間だったのだ。
「ある。お前は間違えた」
間違えた理由は分かる。
神薙信一が出来ないことを、私はやろうとしている。




