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チート戦線、異常あり。  作者: いちてる
11章前編 悪意差す世界/スベテが終えた日
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鮮血の聖女と群青の魔女 14

 倫理の欠片もないことを言い出したと思う。


「私ね。思うのよ。今の実験は腕だけだったけど、そうである必要はない。見えるもの、感じるもの、考えるもの、互いの長所を共有できないかって」

「それは……」


 神様があるのなら、NG行動なのでやめてと言ってくれる。

 私が持っている倫理もそれはだめじゃないかと警鐘を上げる。


「やろう」


 即答はしなかった。躊躇はした。ちゃんと考えた。


 でもやると決めた。


 覚悟はしていたのだ。

 ○○を助けるため、私は何かの一線は越える必要がある。


 それが自分の身体を用いた人体実験なら、甘んじて受け入れる。


 その境界線は笑って越えられる。


「じゃあ、まずは眼球ね。見えることは共有しましょう」


 私の眼球を取り出して真百合に渡す。

 真百合もまた同じようにアメジストよりも艶やかに煌めく眼球を渡した。


「これ本当に大丈夫か?」

「忍者も似たようなことしてるから大丈夫でしょ」

「そういう話か?」


 外した眼球を自分の右目(眼球を外した場合の穴って右目でいいのか?)に埋め込み周囲を見る。


 違和感にすぐに気づいた。


 真百合が見るこの世界は淀んでいるのだ。


 見えるものが汚らわしく感じる。


 ここは地下の拷問部屋。

 普段の豪華絢爛な真百合の部屋からすれば汚らわしいものだろう。


 だがこれは……


 膿が壁全体を覆い、泥が周囲に浮かんでいる。


 真百合が見るもの、すべてが汚らわしい物だった。


 私は正直思っていた。

 もっと周りに興味を持てば、真百合のシンボルの効果範囲が広がるのではないか。


 だがこの視界を知ってしまえば容易くそうはいえない。

 こんなものに障りたくないと思うのは仕方ないことかもしれない。


 それはきっと覚悟のいることだ。


 容易く踏み込んでいい領域ではなかった。


 総じて、悲しい世界だと思った。


 真百合は恐らくまだ安心できてない。


 安らかな眠りが必要なんだ。


 いつかその時が来ると喜ばしい。


 そういう想いを、真百合に送ろうとしたのだが――どうやら様子がおかしい。


 目の焦点が合っていない。


 私の真紅の眼球をぐるんぐるんと乱回転させ、どこを見ているのか定まっていない。


「大丈夫か? 気分悪くならないのか? 目を閉じて少し横になったら」

「――――」


 真百合は明らかに平気ではない。


 大丈夫か、と手を伸ばすのだが、その手を伸ばすのは途中でやめた。


 伸ばした私の手を見て途中で止まってしまったのだ。


 真百合から見て、私の身体は特に穢れていた。


 人類は皆○○に対して悪感情を持っているが私達は○○に持っていない。

 その分が私になっていた。


「お前私のことそんな風に思っていたのか?」


 真百合に返事はない。

 内心の話だから返事し辛いのか。


「おーい。まーゆーりー?」


 あれ? 生きているのか?

 呼吸しなくても生きていけるから、呼吸の有無が生存確認にならないのが超越者の難点


「 っ! え? 何か言った?」


 あ、生きてた。


「お前私のことこういう風に見えていたのか?」


 同じことを再び口に出したが、配慮に欠けた発言だと後悔する。


「私の視界なんてどうでもいい」


 そういうと真百合は眼球をコンタクトレンズのように取り外して、再びよくわからない溶液で溶かす。

 さっきの腕とは違い、念入りだった。失敗すれば放射線が街に溢れてしまう。だから責任をもって処分する。

 そんな覚悟を感じた。


「問題はあなたよ。あなた気持ち悪い。こんな風に見えてるの?」

「視力の良さの話か?」

「違う」


 真百合の反応は、私が神薙に挑みたいと言った時と同じ反応だった。

 それぐらい驚愕している。


 もっと言えば恐れている。


 得体のしれない怪異に、何も対抗策を持っていない女子高生が鉢合わせたかのようだった。


「全てが平等に見えてる。平等に無価値……なんて話じゃない。その逆。全員を家族のように思っている」

「それは別に悪くなくないか?」


 そんな変な視界していない。


「良い悪いではなく、気持ち悪い。何であなた人類すべてにそんな感情を持てるのよ」


 すぐに答えを言わなかった。

 理由を思い出すのに時間がかかった……というわけではない。


「人を大切に思う心のことか?」

「それ以外何があるの」

「ならば小4のころに、道徳の授業で習ったからだ。人類皆家族だって。それが良いと思ったなら実践したくならないか?」

「はぁあ?」


 学年がいつだったかすぐに思い出せなかったからだ。


「良い話だろ? 人類が家族のように思えば世界は平和になる。私一人そう思ったところで何も変わらないが、かといって私がそう思わない理由にならない。私が思い他の人も家族だと思ってくれれば、少しでも和は大きくなる。こういう積み重ねで世界は平和になる」


 いい話だ。普段あまり本を読まない私だが、何度も読んだ。


「あなた本気で人類は平等だって思っていたの?」

「そうだろう。人に優劣があり千差万別なのは仕方ないが、本質的に平等だ」


 そりゃそうだ。

 そう習ったし、そう教わっただろう?


「強い賢い特別という認識はあっても、そこに上下は発生しない。あなた、本気で私達とモブを同一視してるのね」

「モブとは言うな! 斎藤さん、田中さん、山口さん、早坂さん。みんな頑張ってる」

「こっぁわ」


 そういうと私の眼球を取り外して握りつぶす。


「こんなもので世界を見続けたら、半時で発狂するわ」


 存在してはいけない核廃棄物のように念入りに消していた。


「だいぶ失礼じゃないか?」

「私の強がりが分からない?」


 確かに強がっているように見える。

ただ言うほど今それ必要か?


「あなたが頭悪い理由分かった。ピントが存在してないのよ」


 どうやらまた何か私の悪口を言うようだ。


「全てのものが平等に見えている。だから何が重要か気づけない。例えるなら織田信長と八百屋の佐藤さんが同列に見えている。そんなのでいい点を取れるわけがない」

「そんな変なことなのか?」


 確かに歴史とテストだと伊藤博文と井藤さんの名前を間違えて記入したことはある。

 でもそんなことみんなあるだろう。


「おめでとう早苗。強さや理不尽さなら神薙に負けるけれど、理解できなさなら神薙にも勝るわ」


 神薙に勝てるというのは最大級の賛辞になる。

 だがそれは言い過ぎだろう。


「そんなことないだろ」


 アレの理解できなさも特上だ。


「だって神薙が何を思っているか分かるもの」


 真百合は淡々と自分だけが知っている事実を口にする。


「あれにあるのは孤独による加虐心と喪失による執着、それと怯えによる求愛。これを言うと媚びをうっているようで言いたくなかったけれど、あれの精神は人間そのものよ」


 凡そ私の知っている神薙とは結び付かない解答が出てきた。

 加虐心と執着については否定しないが、怯えなんて無縁の存在だろう?


「愚かだって思うけど、まだ分かる。同じことはしないけど、私も似たようなことはするかもしれない」


 そうなったら多分私は止める。


「でもあなたは違う。あなたの考えを説明されても全然理解できない」


 正直な所私は分かっていない。


「人類を平等にみる。それはいいでしょう。でも、そう思う流れが存在していない」


 恐れを含みながらの悪態。


「教科書を読んで共感した? その想いを数年も実践している?」


 これが真百合によるいつもの謂れのない悪態なのか。

 同じ人間として本気で警告しているのか。


「馬鹿にしないで。人間はそんなので意志が生まれるわけがない」


 いや、本当は後者だってわかっているのだが、それがどうしたものか。


 私が分からないのは、なぜ真百合はそんなことを思っているのだろうだ。


「すまん。本当に分からん」


 それを正直に伝える。


「真百合が私を罵倒するのはいつものことだ。それはいい。言いたいだけ言えたらストレス発散するだろうし、私は一切気にしてない。悪口はいけないことだがそれは傷つく人がいるからだ。だが私は気にしない以上、真百合にとってストレスの発散になる。つまり得しかないからこれまで黙って聞いていた」

「………」

「だが、今何を怯えている? 真百合の怯えは本物だぞ」


 真百合は戻した紫の眼球を私に向ける。

 それは弱者の目だった。


 私を強者と見立て恐れていた。


「あなたによ。釈迦は修行して悟りを開いた。イエスは神の言葉を代弁した。内容の是非はおいておくとして、その言葉には背景がある。そこまでたどり着くのに覚悟がある。伝える使命がある」

「正直、ここで聖人の名前を使うのは良くないと思っているのだが」


 だってその……うまく言葉で言えないが、問題になるのではないか。


 そう伝えたかったのだが、真百合はそれどころではない。


「修行も背景もなく、悟りを開いているなんて、あなたどこまで聖者を愚弄しているの」


 真百合の怯えは続く。


「舐めていたわ。神薙と比べ早苗の方が精神力は強いのって、神薙の精神力が弱いだけだと思っていた。違うわ。あなたは比類なき怪物。こんなのと勝負させられる神薙が可哀そう」


 ヤンキー漫画の最強格とドラゴン〇の世界のキャラを実際に戦わせよう。

 そんな無慈悲な提案を聞かされた時の反応だった。


「そんな大げさに驚くことではないだろう。私はそんな悟りだなんて大げさなことを思っていない」

「私達は神薙の世界で生きている限り自身の巨大さを認識できない。あなたも、貴女の想いで生きる限りその巨大さを認識できない」


 ばっさりと切り捨てた。


「私の視界を見て、憐れだって思わなかった? 醜いって思わなかった? それは私だけが悪いわけじゃない。早苗が見るもの全てを最初から価値あるものとして見ているから。これが一般的人間の視界だって思えないのよ」


 真百合は最早私の話を聞かない。


 私を怪物にしようとしているのだがそんなに変なことか。


 白板に殴り書きをしながらぶつぶつと独り言を続ける。


 私を警戒しながら、でも私を見ないようにして。

 必死に考えて、そして、ぴたっと動きが止まり


「神薙見てるんでしょ」


 見てるぜ。


「え? えぇ?」

「地の文乗っ取っての返答ありがとう。不快な女の内面を読まなくて助かるわ」


 どもども。


「お礼ついでに2つお願いがあるの。ここから私がやることを見逃して……いいえ、そもそも見ないでほしい」

「ちょ、ちょっと、真百合? なんだこれ」


 どうしよっかなー

 安全を考えると見守ってた方がいいだろ。


 気持ち却下寄りだが、もう一つ聞いておこうか。


「さっきは見ないでとお願いしたけど、逆にあなたの理不尽さをもっと早苗に見せてほしい。これに足りないのは理解。理不尽に対する理解が圧倒的に足りていない」


 容易いが無料じゃないんだぜ。

 出すもの出さないと俺も見せられない。


 つまり却下だ。そもそも俺は宝瀬真百合のお願いは一度聞いていたわけだし

 物がない限り受け入れることはなかったが。


「それをしてくれたら、あなたと勝負くらいは出来ると思う」


 しょうがねえなあ。

 見せるのはいつがいい。


「決戦する直前がいいわ。できる限り基礎は固めておきたい」


 なら、理解しやすいように他の能力者を集めればいい。それを踏破する形で理不尽を見せよう。


「話が早いわね。でもそのステップ必要? 出会ってすぐ見せてくれればいいでしょう」


 理解できなければ元も子もない。

 いきなり俺を見せてもわからない。

 スタートで何をしているのか、その導入がなければ人の理解力は激減する。


 その時何をしているのか説明してやる。


「了解。じゃあそれで」


 他には。


「特には。後は自分たちで何とかするわ」


 俺相手に言うじゃないか。


 だが実に良いぜ。


 この話が終わったら俺は見ない。

 そして次に出会う時は、俺は俺の理不尽を見せる。


 それでいいな。


「ええ」


 じゃあ、地の文戻すぜ。


「えっと、真百合? 何をする気だ?」


 私の感情をすごく無下にされた感覚がある。


「あなたにシンボルを使わせる」

「え?」


 疑問符を投げたが、できるかもしれないと思いなおす。

 真百合は私の腕で私のシンボルを使った。


 私も真百合の体の一部で真百合のシンボルを使うのは、できてもいいと思ったからだ。


「それだけじゃない。1か月、私が貴女を鍛える。超悦者の先。獄景。教えられるものは全部教える」

「それで、神薙に勝てるのか」


 言っていて否定されることは分かっていたが、聞かずにはいられなかった。


「無理……でもね。取引・・ができる」


 予想通りの回答だったが、その後の逆説に驚く。


「どうやって」


 こちらから出す物と座る椅子がないと、取引なんてできない。


「それは……そうね」


 さっきまでの真百合とは違う。

 茶目っ気を含んだ意地悪い笑みを浮かべ


 最後にこう返した。


「チートと異常バグを使うわ」


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