鮮血の聖女と群青の魔女 8
相手が負けたと思わせた方が勝ち。
そんなふざけた論理を持ち出されたのだが、今この瞬間だけを見るとかなり状況が良いのではなかろうか。
「そ、そういう意味では真百合は今かなり優勢なのか?」
視覚上の情報だと地下の拷問部屋の中で血みどろでバラバラになっている真百合の方がダメージを追っているのだが、顔色という観点だけを見れば椿さんの方が悪い。
「そうなるわ。ようやく見えるようになったわね」
「だ、だがなぜだ。なぜ椿さんの方が……」
結局真百合は攻撃らしい攻撃をしてこなかったわけで。
他にも攻撃の手段があるとかんがえると、負けたと思うには早すぎる。
「簡単な話。戦女神の冠は強力なシンボル。でも、致命的な弱点がある」
「それは……あるのか? 私にはどんな攻撃も治せて、どんな攻撃も再現できるという攻防揃った能力にしか思えんのだが」
「そう聞けば恐ろしく聞こえるけど……回復はともかく、攻撃は数段落ちる。どうあがいても治せる攻撃でしかない」
あくまで攻撃を受ける前に傷を負わせているのは、治療をするという建前があるから。
「シンボルは、その人間の生き様や考え願いに影響される存在証明。これを変えることはできない」
時雨の性質の付与は、自分の価値(勝ち)を求めたから。
真百合のロードする能力は、愛される自分になりたかったから。
私の必中の拳は、必ず心に届くから。
「最終傀も、神薙信一が人類の頂点であるという事実、空亡惡匣に何をしてでも勝つ意志、他者が無駄なことをしているかを愚弄した内心によって生み出されたとも考察できる」
では戦女神の冠はなんだ。
椿さんの人格から生み出されたものか?
NOだ。
彼女はナイチンゲールのような看護師でもマリアのような聖女でもない。
だから願いだ。
足りないから願った。
癒しを願ったからできたシンボル。
そう願ったから治療を根とした現象しか起こせない。
そこからこじつけが出来たとしても、支点が定まっている。
「治したい、癒したい。その願いが原点。シンボルのスキルツリーをどれだけ伸ばしても、この原点だけは変えられない」
「……」
「結局治せるのよ。だからどんなに不可逆な傷を負わせたとしても、治すことに対して衝突は起きない」
私でも理解できる、何の矛盾もない理屈だった。
だがこれを弱点というのは厳しすぎる。
死者を治すことはできるから、殺すことは可能だ。
殺されたらそれは敗北である。当たり前なことだ。
当たり前のことなのに、当たり前を超えられない。
それが弱点。
「当たり前のこと。どうしようもないこと。理不尽なこと。それを克服できないのは『物語』として確かな弱点よ」
『物語』だけではない。
超越者も『法則』も常識を淘汰するところから始まる。
それが出来なければそこから侵食される。
「もう一つ。絶対に椿さんには勝てるって確信があったから。どちらかといえばこっちが大きいわ」
「そ、それは何だ?」
「戦女神の冠の致命的な矛盾よ」
「…………」
これまで椿さんは口を開かなかった。
そしてこれからも口を開かないだろう。
彼女自身、もうわかっている。最初から知っている。
自分にとっての急所がなんなのか。
「当てられるわよ。これは。当ててみなさい」
「ヒントをくれ。最初のとっかかりだけでいい」
「どうして彼女が治療するシンボルなのか」
ならば逆算できる。
どんな傷でも治療する能力で、何を望んだのか。
簡単だ。
「椿さんは神薙信一を癒したかった」
「そうね。200年前。神薙信一が最強であっても無敵ではなかった時期がある」
これは真百合に事前に聞いていた情報だ。
野球の球速は200㎞を超え、フルマラソンは1時間を切る。50mは2秒台という記録を出している。
これはあまりにも荒唐無稽で、当時は記録として残っているのにも関わらず信じられなくて参考記録になっていた。
ギフトも超悦者もない時代、純粋な身体能力でそれをなしたのは脅威に値する。
値するのだが、ギフトも超悦者もある時代の私達の意見として、遅すぎるというのが率直な感想だった。
もう私ですら光速でボーリングの球を投げられるし、1秒もあれば逆立ちしながら地球一周できる。
「傷だらけになって戦い続けた。その功績は誰も語ることはない。私達では想像もできない。あなたは知っている。傷ついた神薙信一がいたということを」
「分かった。もういい」
あまりにもひどい話だった。
悲しい話だった。
椿さんは神薙信一が傷つかないで済むように、そう願った。
そうあれと祈った。
愛ゆえにそれを恋願う
だからそういうシンボルを得た。
心の底から癒したいと思った想い人の神薙信一にちゃんと使えたのか。
椿さんがシンボルを得たのは、神薙信一が神薙信一になったあと。
そうなった状態で治療や回復の能力を使えるのか?
神薙信一が怪我をする? 病に伏す?
治療や回復は、アレに最も必要のない能力だ。
ならば、使ったことがない。
そうありたいと願ったのに、そうなることが出来ていない。
存在そのものが矛盾をはらんでいる。
「一度も役立てたことがない無用の存在」
「……」
「ついでに言っておくと、だから神薙は自分が傷つけたものをあなたに治させているのよね。人を治す手段なんて治療以外にも修理や上書き回帰、それこそ五万とあるわけで……」
神薙は、自分が傷つけた場合椿さんに治させていた。
彼女が気にしているのが分かっていたからあえて役目を与えていた。
「愛した人の役立てず、フォローさせてしまう。無様ね。ネット風に言うならチョコレートを食べたことないカカオ農園の娼婦みたいね」
「……」
「そんな間抜けに、私が負けるわけないでしょ」
詭弁だと思う。
だったら何だとも思う。
それがどうした。結局戦女神の冠は攻略できていないではないか。
真百合が行ったのは有用性を否定しただけだ。後はタダの人格批判。
「本当に……妬ましい。その才能を何で……」
そんなもので、負ける。
「レスバで黙らせて勝つのは気持ちいいわね」
こんなもので、勝てる。
酷い話だ。理屈ではない。
在っていいことではない。
「あまりにも……」
「理解しなさい早苗。あなたもこうならないといけない」
「嫌だ。こんなのはあんまりすぎる」
「馬鹿言っちゃいけないわ。これは自明でしょう。そもそもとして受け入れるべき。神薙に能力は効かないけれど、言葉は聞いてくれるのだからこうするのだから」
理屈、それは分かる。
神薙は言葉を聞いてくれる。
そもそもこうなったのも、○○の失言からだ。
舌戦を挑むというのは、戦いになる意味では有効な選択肢かもしれない。
「だが……彼女に対して、それ以上の暴言は見過ごせない」
「嫌よ。完全に折らないと負かしたことにならない」
こんなもの……認めたくない。
人を愚弄する決着に、何の価値があるのだろうか。
そんなものの積み重ねに、真の勝利等ありはしない。
だから、認めない。
「ならばせめて私の手で、人を愚弄した形での決着ではなく、双方納得した形での決着をつけたい」
「……そう。だったら何をする気」
「椿さんに、納得して負けてもらう」
直接お願いすれば大体の人間は言うことを聞いてくれるのだから、わざわざ負けに
「認めましょう。私に本当の意味で殺傷能力がないことを、治癒能力も使いたい相手に使ったこともないことも、それを気にしていることも。で、それがなんです? それが私とあなた達の決着に何の関係があるのです!?」
強い言い方だった。
強がりだと分かる。
そもそもとして格付けは私が生まれる前にされていたかもしれない。
「あなたの言うとおりだ。だから私はお願いする。負けてくれ」
心から思う。彼女を肯定する。
私はあなたの味方だ。
「負けがどうこう言ってますけどね、別に負けたなんて思っていないです。こんな奴に負けるくらいなら死んだ方が負けです」
椿さんの痛みが分かる。
その想いどれだけなのか、私には分かる。
だから私はそれを解消しよう。
「それは困る。私はあなたに死んでもらったら困るのだ」
「死ぬようなことになったら介入され――」
「――これから私は神薙をぶん殴るのだ。治療する人がいないと困る」
「「……」」
真百合と椿さんが、恐ろしい怪物を見るかのように凝視しながら後ずさる。
「分かって言ってるのですか?」
「す、すまん。言葉が悪かった。神薙というのは神薙信一のことで椿さんのことではない!」
そうだ、これは私の落ち度だ。
苗字が同じなのだから分かるように言わないと勘違いさせてしまう。
これだと私が椿さんをいきなりぶん殴るように聞こえてしまう。
「これから私は神薙信一をぶん殴る。けがをさせてしまうかもしれない。その時治してくれる人が必要になる」
私だって物の通りというものは知っている。
神薙信一は人類の守護者という側面を持ち、彼がいなくなった場合、人類にとって死活問題になる。
私は○○を救うため何でもするつもりだが、起きることすべてを享受するつもりはないのだ。
「そうだ! よくよく考えると私達は手を取り合えるではないか! 私はあいつをぶん殴る。あなたはそれを治療する。完璧なロジックだ」
「ありえないでしょ」
真百合は直方体の蛇を見るかのように、あり得ない気持ち悪い物を見るかのようににらみつけ
「無知? 理解力の無さ? 精神力? どれでもいいですね。その発想されると……見込み通りとなるんでしょうかね」
苦笑いしながらようやく私が聞きたかった言葉を引き出せた。
「投了。好きなこと聞いてください」
真百合にではなく、確かに私に向かって椿さんは投了宣言を送ってくれたのだ。
「ほら見ろ。人を馬鹿にするなんてしなくても、ちゃんとお願いすればいい」
「…………そうね」
真百合は不服そうだったが、これでようやく一歩前進したか。
やっとシンボルと空亡惡匣について語れる




