鮮血の聖女と群青の魔女 5 append 紅蓮の帝王
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「戦女神の冠」「殺生意思」
真百合の挑発に引っ掛かり、椿さんと薊さんは怒りのままシンボルを用いて真百合を害した。
四肢と首、そして肋骨で守られている部位は爆ぜ、そのまま即死している。
「お、おい真百合?」
「私達にっ……言ったらダメな、しかも一番言っちゃダメなやつが、この雌豚がぁ」
椿さんは普段見るヤクザの恐喝のように、瞳孔が開きその眼には血走りがあった。
「大人げなかったのは詫びる。じゃが、その言葉を発したことは許せん。しばらく死して詫びろ」
狐の方の薊さんはまだ理性はあるようだが、それは隣に椿さんがいるから。
彼女単体ならば、危険と判断するくらいに、その瞳に殺意がこもっている。
だがまずはせめて椿さんをなだめることから。
「不躾に呼び出したのはこちら側故あまり強くは言えん。だがいくらなんでもやりすぎだ! 深呼吸をして落ち着いてくれ。それに真百合は赤子を身ごもって」
「だから、子宮は残してますよ。それくらいの理性は私にもあります」
分かったうえでの行動、私達より分かっているゆえの行動。
分析通りとはいえ、やはり彼女たちはそう。
私達には価値があるから生かされているだけで、絶対条件じゃない。
ランチタイムに無料でコーヒーがつく程度の話
「怒りが収まりません。生きていることを後悔するほどの苦痛を……与えたら胎児に影響があるからダメですかそうですか。なら一生消えない呪いを……教育に悪くなりそうだからダメですか。ああそうですか。前から言ってますものね、理解はしてますよ、納得してませんけど。前から言ってますけど」
「――――主様も主様じゃ。妾としてはもう一度孫に機会を与えた方がよいぞ」
「――――無理ですって。期待しすぎです。悪癖です。私達よりも強靭ですけど、傷つかないわけじゃないのは分かってますから」
「はあ? それはないですって。いくら何でもこの女狐の能力で即死してますし、私からも相当なダメージを与えて―――――」
見てはいけないものを見るかのようにこちらを、真百合の亡骸を直視する。
「気が済んだ?」
群青の魔女が姿を現す。
魔女が身に着けるのは、暖かそうなセーターから、黒い胸元が開いたドレス。
彼女を見てはいけないと死んだ祖先が言っている。
魔女の姿が持つは思考を奪う究極の美。
メモリやリソースを根こそぎオーバーフローさせ、見ることに注視する。
わずかでも知恵があるもの、壁に張り付いた蓑虫もへばりつくことをやめ、地面に墜落する。
木でできた家屋もそうだった。
既に朽ちた物言わぬ木々も、ただそこに立つという在り方をやめ魅入られた。
大黒柱は直立することすら放棄し、ベコリとまるで急所を押える男性のようにくの字にへしまがった。
本来は女子に使う拷問器具も、魔女の近くにある罪深さ故存在が消える。
彼女らの脳は考えることをやめ、心臓は役目を放棄し立ち止まる。
脊髄は魔女の為のみに働き、血は少しでも魔女を近くで見ようと血管からあふれ出す。
いてはいけない。
魔女を見てはいけない。
ここは群青の魔女の領域
「待て待て! ストップ!!」
私が間に入って魔女を止める。
私にそういうのは効かないので具体的にどうなっているかは感じ取れないが、危険な状態になるかもしれんというのは分かる。
「――ッ! 戦女神の冠!」
私の声か視界を遮った故か。
一瞬だけ取り戻し、椿さんは自身のメンタルに関するバフをかける。
「ああ、もううっとおしい。アンタにもかけますから!」
「……………あ、ぁああ。すまんの」
精神にかかる負荷をすべて取り除いた椿さん。
ケガや病気でも治癒できると知っていたが、こういった精神的影響も、やはり回復できる。
「こういう時はそうね、かわいくてごめんねっていう言葉が一番適切なのかしら」
群青の魔女が微笑む。
これはいつもあいつに見せている顔じゃない。
口角をあげているだけ。
獲物を食す準備の笑顔。
「ま、待ってくれ。なんだ今の?」
「幸のギフトを参考にしたわ。多幸福感じゃない方」
「じゃない方ってなんだ?」
「別に知る必要がないことよ。幸福とか快楽とかそういったプラス側の現象の方が案外耐えづらいから、そっち経由で色々してみたのよ」
原理としては、魔女の存在を感じることのみに尽力し、在ることすらやらなくなるというものだと言う。
「所詮は小手先の子供騙し、なんて思っていたけれど案外効くものね」
「そんな能力、いつの間に」
「能力じゃないわよ。強いて言うなら超悦者のその先」
名前は人によって変わるから、正式名称がない物だったか。
確かに一息ついて考えてみれば、魔女ならばできそうとも思えるが、実際同じことを私がやっても無理だろう。
「早苗、あなたもこれは出来るようになりなさい。それくらいにならないと、これからは土俵に立つことすら出来ないわ」
「いやいや、無理だって」
「できるわよ。これはあなたの得意分野だから。まあ見てなさい」
見てはいけない魔女は、私に見ることを強要する。
「まだやるんでしょう?」
「当然でしょう? あなたになめられたままじゃ寝覚めが悪すぎます。殺すことは都合で出来なくても、惨めな泣き顔を晒させることくらいは出来ますから」
「任せるのじゃ。最強といわれた妾に唾を吐いたこと後悔させてやる」
収集つかないぞ……
目的も果たせそうにないし、これどうするんだろうか。
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「俺の恥、家内の恥が露出したところで、一旦話を戻す。人面狗健診で産業医から何も言われなくなるまで心身を整えるリミット」
「----ッ」
意識が持っていかれてた。
そんな気がなかったのに呆けていた。
今も同じ黒いドレスを身に着けているが、振り返った時の先輩とは違う。
あの時は意図的にオーラを出し入れされた。
まともに立っていられないのはおれだけかと、言われればそうではない。
師匠神薙さんと帝王様、おそらくは影響力を無力化した育美さん、そして衣川以外は全員不意を突かれ後頭部をぶん殴られたかのように朦朧としている。
「超越者は精神的な攻撃は防げるはず! なのになぜ、おれたちはこの有様なんだ!?」
「そうよ。それに過去回想なのになんで影響あるの?」
「その答えは前回俺が見せたはずだぜ」
そういわれると何なのか分かってしまう。
「超越者のその先。私の場合は情愛の超越者」
先輩、否、群青の魔女が答えを告げる。
「愛ゆえに、愛されるために、愛するために。情欲を満たすためなら私は何でもできる。先人も言っていたでしょ。愛なら仕方ないと」
愛なら仕方ない、群青の魔女なら仕方ない、宝瀬先輩なら仕方ない。
おれにとってはすんなりと脳に落とし込まれる理屈。
当たり前の道理だった。
恋する乙女は無敵なので無敵だし、絶世の美女だから魅入ってしまうのも当然。
それが録画や録音であっても変わりはない。
「それでも私はやってない」
…………ああ。
そういえば今先輩がおれたちを裏切っているか議論をしているんだったか。
もう決定しているような状況だったので、一瞬失念してしまった。
「そういうのなら、今一度証明タイムといこうか。恥というワードが出たので……」
残りはおれと叢雲さんペア、天堂さんと祟目さんペア、一芽さん、そして帝王様。
とりあえずおれじゃないのは確かなはず。というか恥というワードで一致するのはこの人しかいない。
人類の恥こと嘉神一芽
他人のことを恥呼ばわりするのは恥知らずの行為だが、そう言ってもいいくらいにはクズだし使えない。
「王陵。お前の番だ」
絶対に呼ばれることはないと思っていた人物の名前が呼ばれた。
「え? おれじゃないの」
「一芽君じゃ?」
「ふざけんな! いくらあなたでも帝王様を恥呼ばわりするなんて!」
みんなおれと同じ発想だった。
よかった。分かっていないのはおれだけじゃなくて。
「よい、神薙が何を言いたいのかわかる。王の生まれのことを言っている」
「生まれだと? あなたの生まれのことはここにいる皆……ほとんど知っていますよ」
本名は王領天子で、100年以上前の人物。
一度寿命で死んだが100回死ねるギフトで生きながらえている。
そんな人が恥なわけない。
ダントツトップは変わらないが、次点は神薙さんで、あれな状態の先輩が来る。
「そもそも王は純粋な人間じゃない」
「……え?」
「半人だと聞いている。父が吸血鬼だったかエルフだったか」
「オーク。もうこの世にはいないし、使わなくなった異世界の宇宙は滅ぼしてある」
思っていたより壮絶で根深い闇がありそうだった。
亜人なんて概念は下位世界にしか存在しないと思っていたが、そうでもないのか?
「かつて王を孕んだ情婦は、こういった。『人の子など孕みとうない』と」
「……ド変態じゃない。お母さまより頭おかしいと思うわ」
「同意する。しかし王陵の血筋は神薙の血筋。絶やすわけにはいかん。というのが神薙の都合」
「他の男に強姦させることも考えた。ただ、やっぱ本人の自由意思は反映させるべきだから、最終的に異世界を作って適当に雄を見繕って子を孕ませ、その中で最も人間の要素を濃く継いだ赤子の王をこの世界に連れてきた」
最低に頭おかしい話を聞かされている。
大体情報量が多すぎる。
今でも他人の過去の内容が頭に入ってきたり、先輩が何を企んでいるかわからないっていうのに、これ以上展開がわけわかんなくなるの、キャパオーバーしそうなんだが。
「すまん。隠していた」
「どうでもいい。そのようなことでオレが貴方を見損なうとでも思ったか」
「そうだっ! 生まれがなんだ! モンスターでなければどうでもいい! いや、仮に親がモンスターであっても関係ない! あんたはおれたちの王だ! これまでもこれからも!」
「……そう言ってくれると助かるが、そうは言ってくれない男が目の前にいる」
人外の天敵
人類を最強種族にした男
お天道様を尻に敷く恥知らずを、帝王様はずっと見ていた。
「王はこの男によって育てられた。当時はまだ争いが絶えない世界だったが、戦争が安息地と呼べるほど激しく鍛えられた。王が超越者のその先になれるのは、その延長だ」
何年かは知らないが、おれは1か月で超悦者に成れた。
数年もみっちりと鍛え信念を失わないのなら、当然その先に行けるだろう。
「奴から力を得た、力の使い方を教わった。苛烈だった。憧れもあったと認めよう。
そして聞いた。なぜ王に目をかけるのか」
おれも同じあの人に教わったことがある身。
だからこそ、同情できる。
その後の人生に影響が強すぎた。
「人のなりそこないが人間に負けてもらうため、と俺は言った」
「そう。王の役割は敗北と聞いた。神薙の期待は己の敗北。奴の理想に近づくための一つのピースでしか――――」
「それが俺の恥なんだ」
「----はぁ?」
神薙が帝王の発言を強制的に遮る。
帝王は神薙の発言が理解できない。
「おっ母さんの股から産まれて、遺伝子が人のものと定義され、自分が人間だと思っているなら、そいつは人間だ」
「何を言うか⁉ 貴方は私にィいったのはぁ! 王が人間のなりそこないだから存在を許してもいい化生の管理をやらせたのではないのか⁉」
王の動揺を初めて刮目した。
支倉の件で帝王様が怒りをあらわにしたことはあったがその時でもまだ理性はあった。
人の上に立つものとして、冷静に冷酷に物事を判断しないといけないからだ。
しかし、今の話は神薙と王陵君子の因縁。
これはただ2人の男と男の話。
誰も咎めることもなく、誰にも止められない。
「違う。俺はお前を俺達と同じ人間だと思っている」
「なぜ、なぜ今更それを言う! あの時なぜあんなことを言った! あんたは!」
「成長させるためだぜ。言って見せればみれば分かる者、叩けば伸びる者、詰め込んで大きくなる者。ただスパルタといって鍛えればいいわけじゃない。人には向いた伸ばし方がある」
おれに対しては実戦形式で教えてもらっていたが、それだけが手段じゃねえってことも分かる。
「俺にとっての王陵の伸ばし方は、基礎だけ教え込んだ後に、責任のある地位を与え精神的に追い込むことで自立させ力で伸ばす方法だった。その考えは今でも変わらない。変わらないが――――」
現に20年間最強の座に鎮座した。
シンボルがあったとはいえ、公式記録で一度も負けたことがないというのは快挙だ。
「もう少しフォローを入れるべきだった。悪かった」
「ッ ッ--! なぜそんなことを」
炎よりも熱い彼の激熱
「はいはい、茶番はもういいでしょう」
一瞬にして空気に冷水が流し込まされる。
「話がそれてきてきたわね。重要なのは王領君子の過去じゃなくて、その能力。シンボル絶対帝王制をどう攻略したかでしょう? 神薙の偽物さん」
真冬の空の下、その氷点下よりも、冷酷に告げる。
おれには彼女が何を考えているか、分からない。




