宝瀬真百合 5(視点変更あり)
多勢に無勢のこの戦い。
誰がどう見ても負け戦、いや、敗戦処理にも思えるこの戦いだったが
嘉神君は善戦していた。
鬼人化で一気に攻め、雷電の球で動きを止め、回廊洞穴で致命傷を与え、柳動体で回復する。
この流れるようなコンボをなかなか白仮面は切り崩せずにいた。
流石は嘉神君だわ。これならばきっと。
「おい、坊主。こっちを見ろ」
一人が私たちを攻撃した。
「ちっ」
一人を殺す決定的なチャンスを捨て彼は私たちの防御に入る。
「総員、狙いをそこに寝ている連中に変更」
「……」
仲間思いである嘉神君は、白仮面が攻撃をする前に倒しにかかる。
「氷里一体」
氷による連撃を私たちに狙って放つ。
「回廊洞穴」
当然彼は守る。
ただし後ろからの攻撃のためもっとも防御の早い回廊洞穴を使用していた。
そしてこの能力は穴を空けられるのは一度に一つまでであり、その間前方からの攻撃は不注意になる。
ギフトによる攻撃ならば柳動体で防御可能なのだが。
パンッとむなしい音が響いた。
「ぐがっぁあ」
嘉神君が拳銃によって撃たれていた。
ここからでは確認できないけれど多分お腹を撃たれている。
鬼人化では臓器の再生は出来ない。
だからあの一撃は絶対に受けてはいけない攻撃だった。
「………!」
それでもまだ彼は戦う。
傷口を押さえようとはせず、特攻。
残り5人。
白仮面は全員拳銃を構える。
発砲。
回廊洞穴で一発は跳ね返す。
残り4人。
しかしその代償は大きい。
彼は更に右肩右の肺左足を撃たれていた。
そしてその場で倒れた。
「手間をかけさせおって」
衆議院議員がぼやくが
「うぉおおおおおお」
それでも尚、彼は立ち上がる。
致命傷を何度も受けながら。
既に出血量で死んでもおかしくないはず。
「くたばり損こないが!」
一人の男がタイミングを合わせずに発砲した。
「くっ」
早苗が嘉神君の前に出る。
彼女も体力気力がほとんど尽きているはずなのに鬼神化を使う。
残り3人。
「雷電の球」
時雨君がすきを見て攻撃。
残り2人。
私も何かしないといけない。
そう思って持っていた拳銃を撃つ。
何度も繰り返すうちに使い方は覚えた。
「ニヒィ」
跳ね返された。
嘉神君が身を挺して私をかばう。
体力の限界で彼はもう回廊洞穴を使うことも出来ないらしい。
「うぉおおおお」
早苗が鬼神化で突撃しようとしたが
「……!」
早苗の体力が切れる。
倒れた。
「雷電の球!」
その背後から再び時雨君がギフトを使う。
感電した。
残り1人。
早苗は倒れているけど時雨君と嘉神君は立っている。
「おい、お前ら何をやっている!ここで殺すのがお前たちの仕事だろ」
「そりゃそうなんですが旦那、いくらなんでもここまで強いやつは無理がありますぜ」
「お前の都合など知らん!殺せ!!!」
「そうしたいのは山々なんだけどよ……俺っち炎を出す完全燃焼じゃ、こいつに吸収されて終わりなんだよ。それにもう銃弾も使い切っちまった。だから戦えないんだよ」
嘉神君は何も言わずに立っている。
勝ったのね。
流石は嘉神君だわ。言ったとおりだった。
運命なんて彼の敵ですらないのね。
「んん↑?あ……ははははっは。やるねえこいつ」
「どうした!?」
「旦那。撤回するぜ。戦える、そしてどうやら勝てそうだ」
え?どういうこと。
「どういうことだ!説明しろ!」
「だってこいつ、弁慶のように立ったまま死んでる」
その絶望を私は正しく理解することは出来なかった。
「訳わかんねえかも知れねえけどよ。ほら」
男は嘉神君の息が触れるくらい近づいた。
それでも嘉神君は動かない。
「こいつもう息をしていない」
そんな……
「嘘よ!そんなの有り得ないわ!!!」
「うっせえな。事実なもんはしょうがないだろ」
私は無我夢中で嘉神君の元に向かう。
呼吸と脈は……無かった。本当に立ったまま死んでいた。
「いやぁ…………あああああああああ」
「ぴーぴーうるさいな。旦那、この死体貰って良いですか。俺っち英雄の死体の一部集めるのが趣味なんですよ」
今日は仲間の死体も手に入れて豊作だと言っていた。
私はその場でへたり込む。
その僅かの衝撃で嘉神君は倒れた。
まともな受け身を取らず頭から崩れ落ちる。
意識があるなら絶対にやらない倒れ方だった。
「ハハハハハアアア!どうやら私達の勝ちのようだな。みなをまとめて殺すのだ」
「了解したぜ旦那」
白い仮面を被った男は私達に攻撃態勢を取った。
「安心しろ。俺っちはお前らに雑魚に興味ないんだ。死んだらご先祖様と同じ場所で眠れるぞ」
『世界』が巻き戻っていないところを見ると、彼は反辿世界を会得できなかったらしい。
巻き戻ったせいか最初から会得でいなかったのかは分からない。
けど重要なことは一つだけ。
嘉神一樹はもう生きていないということ。
それだけで私は生きることを放棄した。
「てめえ」
時雨君が無駄な攻撃をし
「完全燃焼」
炎により燃やされる。
「ぐああああああ」
まだ息があるのは素直に感心するけど正直どうでもいいわ。
これで終わり。
嘉神一芽は何者かによる攻撃で戦闘不能。早苗と時雨君は白仮面との戦闘で行動不能。
私はギフトを使えない。他のみんなは睡眠中。
そして何より、嘉神君が死んでいる。
絶望しか残っていない状況。
残るは自らの死しか残っていない状態で
「よかった。また嘉神君に会える」
そんなことを呟いた。
え?
私今なんて思った?
よかったって?
これから死ぬのに?
いったい私何を考えているの?
これから私が死ぬ恐怖より、嘉神君に会える喜びの方が勝っているとでもいうの?
「馬鹿じゃないの」
馬鹿は死なないと治らないというけど、何百回何千回と死に続け、その後奇跡的に生き残って、また死んでやり直しになった時の台詞がよかったなんて、自分の神経を疑った。
いいえ。疑うんじゃなくて確信できるわね。
間違いなく気が狂っていると。
でも、それでも、私は今とても幸福に満ちている。
「あはっ」
私は嗤った。
自分自身の存在に。
誰よりも宝瀬という姓を憎みながら、生よりも性にしがみ付く宝瀬真百合に。
「あっははっはっはは」
泣きながら笑顔で、彼の亡骸を抱く。
彼の出血により私の体が血に汚れる。
胎児が母親の中にいるような満ちた感覚を味わった。
私という存在が彼によって確定させてしまった。
この先どんなことがあっても変わることは無いだろう。
私は涙を拭き立ち上がる。
大した理由なんてないけれど彼の死体を私の死に巻き込みたくなかった。
そして、泣きじゃくった後の顔を隠さず精一杯笑顔を作る。
多分うまく笑えていない。
傍から見ればそれは気が狂ったようにすら見えるだろう。
「気が狂ったか。だがおれはその顔が見たかったんだ」
別にどうでもいいのだけど見たければ見なさい。
あなた達はもうただの風景。
なんて思われようとかまわない。
「恐怖や苦痛に満ちた表情を私に見せろぉおお」
残念だけどそれは無理ね。
彼の元に逝ける。
今度は私から助けを求めるわ。
もしかしたら嘉神君は覚えていないかもしれないけれど、私は絶対にあなたに着いていく。
約束は守るわ。
「そろそろ終わらせろ!」
「合点承知だ」
私の役目はあなたと共に笑って生きること。
だから精一杯笑う。
何も怖くない。
ただ一つだけ。
生き残れなかった私を
「完全燃焼」
みんなが守ってくれたのに死んでしまう私を
「死ねえええええ」
ダメな私を許してください。
「だが断る」