最終傀 惨③斬Ⅲ
「決着ぅぅう 激闘の末 勝ったのは帝王! 帝国優勝! 帝国優勝!!」
なんだこれは?
なんなんだこれは?
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉっぉぉぉ」
「すげー試合だった!」
「ぁぁ興奮して漏らしちゃった」
なんだこれは!?
何が起きている!?
天はペンキをぬりたくった青天
壁はペンにおしつけられた群衆
地はクレヨンをこすった混凝土
俺がこんなところで倒れ伏すはずないのに。
帝国との決勝戦が終わっていた。
「……残念だったな。だがいい試合だった。久々にらしい一樹というのが見れたぞ」
「ああ。おれも長らく見えてなかったいつきの強みが見れた。結果だけ見れば日本の敗北だが、悪くなかった。この試合を見て誰も文句は言わねえだろ」
右手を骨折した早苗と、ぼろぼろの服を着たシユウが、敗北したらしい俺に激励の言葉を投げかける。
「違う。なんだ」
なんだこれ。
いや、脳内では分かってる。
俺達は負けた。
俺の記憶では、トーナメント初戦以外は全勝で勝ち進み、サッカーも日本が勝った。
無双したんだ。俺は。
そして決勝戦。
シユウ、真百合、早苗、父さん、俺で、帝国四天王と帝王に挑んだ。
結果はシユウが1勝1分け、父らしきものが1分け、真百合が2勝で日本の敗北。
先に5勝したほうが勝ちなのに、引き分けも相互勝ち扱いなのに、日本の敗北。
ありえない。
どうやったらそんなことになるんだ。
大体俺が帝王に負けるわけないだろ。
俺は帝王を殺す気で決戦に挑んだ。そのための準備もした。
俺が本来の力を出さずに、帝王と同率1位扱いなのは帝王の油断と危機をあおるため。
公の場で正々堂々と暗殺するためだというのに。
それがどうして俺の敗北になるんだ。
洗脳でも改変でもない。
ただそうなるための理由が、描写が存在しない。
言い訳が存在しない。
あまりにも出来事にめまいがして、左下に視線を落とす。
女神メープルの骸が無造作に転がっていた。
ついでにといわんばかりに、あれほどまでに無双していたシンジも、キチガイの常葉も。
もう無惨に無為に。
「……」
俺が勝てなかった大敵
月夜さんを殺した宿敵
それが描写抜きに屠られた。
理由抜きに薙ぎ払われた。
「やりやがった。あいつやりやがった」
「……終わりだね」
真百合と母さんだけがほんのわずかにこのあり得なさを認識できる。
つまるところそういう連中でしか何が起きたのか理解できない事象。
「これが最終傀です」
俺の中の月夜さんが、俺の危機を知らせる。
「どんな状態でも、どんな状況でも、どんな状勢でも、そんなの知ったことじゃないとそれを覆す。なぜなら、そうするための描写がそれには必要ないからです」
ありとあらゆるものは、言い訳。
できるためのみじめな自己満足。
どうせみんなできるなら、そうなるための言い訳を省いてしまえ。
そんな描写はあれにはいらない。
「無理だろこれ」
メープルが、月夜さんが、真百合が絶対に勝てないと断言した、その理由が今ようやくわかった。
勝つための手段がそのまま敗着だから。
何をしようにもそれをする描写が、敗北だから。
どんな能力を使っても能力を使うという描写がある時点で、最終傀のカモ
どんな手段もそれを説明する描写がある時点で、最終傀のエサ
仮に最終傀よりも強い何かがあったとして、その強いという描写が汚点。
設定を語ろうが、それは描写。
メタで騙ろうが、それも描写。
メタ時空で相手する?
作者に頼む?
運営にお願いする?
それって描写じゃん。
描写をしない能力の前では、尻の穴に白旗突っ込んで得意げにフリフリ腰を動かしているくらいに滑稽。
あいつたぶん馬鹿にしている。
キャラクターでは勝てない。登場人物は描写がなければ存在しえない。
あまりにもおぞましい。
勝つとか強いとか、そういうのすべてに糞を塗りたくった。
異変も戦争も討伐も冒険も、たかが描写。
「ぅ、ぁはっはは」
ふざけるな! と叫びたい気持ちと同時に、一つの納得したものがある。
そりゃ能力を弱点扱いするよ。
全ての能力を無限に持っているとか、そんな能力があるという描写がハンデなんだ。
そういった恥ずかしいことで、神薙信一は俺たちとともに生きようとしている。
下ネタばっかり言うのもそういうことなんだろ。
あいつにとってはかっこいい言葉も如何わしい言葉も、全部恥ずかしいせりふ。
あああ。あああ。ああああああ。
もう無理。絶対に無理。
考えることも負け。
対策しようにも負け。
今この瞬間、文字の数だけ俺は負けている。
どんな作品でも神薙には勝てないのは、当たり前。
作品である時点で、話をすることが目的な時点で、愚弄。
「おい、一樹? 大丈夫か」
「……なわけないだろ」
すべての描写を薙ぎ払われた。
それは神様のたくらみだけではなく、俺の企みにも言える。
やばい。必要最低限しかできていない。
これではまずい。
これだと月夜さんのお願いが聞けない。
「気にするんじゃない。そんなつまらないこと、もうできないだろ」
「つまらない。ああ、つまらないぜ。本当にどうしようもなく」
「黙っていれば描写に引っかからないとでも思っていたか。三点リーダーも当然描写だぜ」
神薙
それをもう直視できない。
描写できない。
言えるのはだったもの。
表せるのは俺の心。
一点の晴れがなく、諦めと絶望
本物の頂点に、捕食者に睨まれた時、人は思考を放棄する。
これは俺だけじゃない。
こんな大勢の前に降臨したのに、誰も神薙に気づくという描写ができない。
いるという描写がないのだから、こちらも気づくという描写ができない。
俺だけが気付いているのは、それの慈悲なんだろう。
十三階段を上る前の懺悔を聞く神父様のつもりなんだ。
俺はそれをどうしようもなく強いものと誤認していた。
「なんなんだよ! なんでこんなことした!? 敵を倒すのに描写をしないで倒す! それはいい‼ いやまったくもってこれっぽっちも良くないけど、まあいい!!? でもこれはなんだ!! なんで決戦の描写を省いた! トーナメントが途中で終了するとはいえせめて2回戦くらいは描写するだろ!!」
絶望の淵から何とかして吐き出したのは、見当違いな非難。
こんな序盤の序盤でやるなんて頭おかしいんじゃないか。
「嘉神一樹。それはお前も同じだろ。必ず勝つとだるいと自分で思っていたじゃないか。なんとなくそれを捻じ曲げたくなったから薙ぎ払っておいた」
「なんでそんなことを」
理由はなくたってもいいんだろうが。
「それは重要なことなんだが、めんどくさくなった」
それは数多き最終傀の汚点。
弱点でも欠点でもなく、汚点。
この世のどんなものよりも頂点に立ち、どんなものよりも絶対であるからこそ、他の一切が馬鹿らしくなる。
伏線もチート能力もエロも描写で
誰がなんとそれが高尚なものであると声を上げようとも、弱者の咆哮であり、それにとっては本来捨て去るべきもの。
最低最強
「8年か、10年かそれ以上か。まあそれだけ続けたらめんどうにもなるだろ」
面倒だから、そこまで積み重ねてきたものを全部! 無価値にしやがった。
「それに1秒ほど考えてみたのだが、やはり嘉神一樹。もうお前は用済みなんだ」
「……………!!!!!!」
それは何も変わらない。
変わるのは己。時間の感覚も、事の因果も、ここが何処なのかも、1+1の答えも
全部消え去っていく。
「ダメな親のせいでこうなってしまったとはいえ、ほどほどな期待はしていたんだが」
頭に神薙の言っている内容が入らない。
死ぬ。
俺はこれから死ぬ。
既に絞首台の上に立ち、ロープが首に括り付けられていた。
「あっ ぁぁ」
なんてことはない。
ただの恐怖。
今この瞬間一瞬に
絶対の死が俺を飲み込もうと笑みを浮かべている。
「 」
それは何もしていない。
ただ俺が変わった。
それを知った。
体が動かない。
心臓も恐怖により鼓動するのをやめた。
死が くる。
純粋な死。
完全な死。
死にたくない。
死んでしまいたい。
あれは嫌だ。
それは怖い。
死 しにたくない。
逃げ出したい。
いやだ。
「助けてほしいです」
それは自分の口から発した天啓。
一心同体の親友。
「悪いが、自分の能力と話をするつもりはないぜ」
「嘉神さん! わたしじゃ無理です! あなたが……! あなたがやらないと……今この瞬間だけはあなたが足掻いてください!!」
目の前のそれは、俺の中の月夜さんの言葉は聞かない。
絆も魂も意味がない。
俺が言わないといけない。
俺がやらないといけない。
そうしなければ、俺は終わる。
虫の息で、ネズミの鼓動で、微生物の活動で
自分を信じろ。
自分が積み重ねたことを信じろ。
教わったもの、与えられたものを誇れ。
それが俺なんだ。
俺が俺をなすもの、それだけが唯一
ありったけの勇気と、振り絞った生命力で首を上げる。
初めて神薙の顔を見た。
初めて神薙の全身を見た。
人型だった。
人にしてはでかく、人にしては重く、人にしては美しい。
神は人を己に似せて作ったとされているが、違う。
神は神薙に憧れて自分を整形改造したんだと思う。
そう確信を持てるほどに、それは人間で
神憑って
人並外れて
化け物で
「ヒトデナシ」
あっ
「(^^)」
絶対に言ってはいけない言葉を口にした。
10章はこれで終わり
神薙さんが全部ぶっ壊したからね。仕方ないね
どうしよ。




