最兇vs最終 1
「お前は自分が特別だと思うか」
無限の打撃、無限の銃撃、無限の斬撃、無限の衝撃、無限の迫撃
0秒行動を無限に、更に無限倍に、更に無限乗に重ね続けられそれを弾く。
地球の、俺の世界の秒針がわずかに揺れる。
神薙信一が1虚空秒前にやってみせたこと。
その弟は全く同じように俺と変わらない威力でやって見せた。
その攻撃を捌きながら、神薙は先の言葉を問いかけた。
「なんだぁあ あたりまえだろ! 俺様は兄貴の弟なんだから」
「そうか。きっとそうなんだろうぜ」
力と力の衝撃は、容易く新世界の創造と破壊を繰り返す。
神薙信一はこの世界を、地球を上限と定めたいので、それ以上の存在は許さない。
今地球がある宇宙以上のものができる前に世界の創造を抑えるが、弟にその縛りは無い。
先頭において意味のない縛りだが、その縛りを開放するほど力量差は離れていない。
「兄貴よぉ。どんだけ力を隠しているんだ」
「俺は単一の宇宙で産まれた。故郷を再現するのは当然だろ」
この世界の原子は、旧世界の宇宙と比べ遥かに肥大化している。
「その結果その下に無限の世界が産まれてもかぁ!」
「だから俺が責任をもって、人助けをしているわけだが」
「人外は! エルフは! ドワーフは! 吸血鬼は! どうする!!」
「弟。いい事を教えてやる」
神薙信一にとっての事実。
つまり世界の真理を弟に教える。
「AIに心は生まれない。生まれると勘違いする人間がいて、それを信じる人間もいる。それが積み重なるのがAI信仰だ」
AIは、報酬を人間が決め、人間がパターンをつくり、パターンの組み合わせを何度もコンピュータで回し、最適なものを知能としたもの。
人間の言葉を話すことはありえても、人の心は決して生まれない。
産まれると勘違いする人間がいて、産まれたら面白いと思う作者がいるだけ。
月夜幸は死んで、勝手にそれっぽく発言すれば、生きていると信じる馬鹿がいるだけ。
「同じように、エルフもドワーフも吸血鬼もドラゴンも神も、そうであったら面白いと思って人間が作ったもの。人間のための道具だ。そこに権利は必要ない」
スマートフォンの権利を認めろと言っているようなもの。
気持ちも意味も調べればわかるが、正気の沙汰とは思えない。
それが神薙の心情であった。
「狐は! あんたに狐の嫁がいただろ!!」
「……ペットみたいなものだぜ。あいつは。有体に家族だ。家族は守るし、その親族は優しくする」
「そうかよ!!!!」
攻撃のそれが先の速度に追従する。
より強く、より速く。
よりつまらなく。
「そういう意味で、俺は弟に優しいんだぜ」
「万象を破壊し尽くす力を使いながらかぁあ!」
「おいおい。弟は俺と遊びたくてその力を得たんだろ。遊びに対して言う言葉じゃない」
「……そうかよ。兄貴がそういうなら俺様もそうなるぜ! 大断淵!!」
シンジはより、神薙の身体に近づいていく。
大断淵
有する能力は、終焉。
ありとあらゆるものを終わらせる。
終わりというのは完成を含む。
完成、この世の頂点。
つまり神薙。
自分を完成させることによって、神薙信一に近づいていく。
身長も戦闘直後は180cm(換算値)しかなかったが、ついに2mに届きだした。
尤も、神薙に言わせれば近づきながらも遠ざかっているわけだが。
「大断淵、良い能力だろ」
元リミット。
神薙は以前にこの能力を使った回数はある。
シンボル化した今はもう使えないので、使った時を思い出していた。
この能力で精神系の防御を固めていたことがある。
ただこの能力が必要になるまで、精神攻撃を受けたことがないので、結果を見れば一度も使ったことがない。
「この能力は、かなり真理に近い。俺の弟が持つに相応しいと思うぜ」
「ああ゛? 最終傀のことかぁあ?」
「そうだ」
最終傀
存在するありとあらゆる能力、概念、現象を愚弄する最強最低の能力。
能力と呼ぶにも烏滸がましい。
だが同時にそれがこの世の真理であることは、重々承知している。
「知らねえ! 知らねえし聞かねえ!! だから効かねえ!!!」
弟は大断淵で、自己完結という神薙信一はやらなかった変化をだしている。
自分の中で完結しているので、知らないことは起きないという主張。
「違う」
「何が違う!?」
「その使い方は、中世だ」
原始人が使う能力ではないが、現代人が使う能力ではない。
「何を言っているんだ兄貴!」
無限……という単位は最早言葉にするとくどくなる。
∞^∞の見た目がサクランボっぽいので、チェリーのcと以後表記しよう。
その方が読者に優しい。
c^cの回数の攻撃が、1/(c^c)c秒単位で俺に襲いかかる。
「普通に防ぐのも芸がないか」
とはいえこの世に起こせる種類は一通りやり終えた。
少し趣向を変えることにする。
「ネームド。『エックス・セル・フィネストラ』」
「なんかいきなり変なの出やがった!」
何でもない。ただの魔法。
冠に超とか極とかは付くが。
やってることはただの魔力玉。
普通の密度で放てば、C(c^c^……)個のCに重なる宇宙世界を消滅できるが、それを1m大に圧縮している。
「――――! 何!!」
それをシンジは問題なく防ぐが、同時に得体のしれないものを感じていたようだった。
シンジは神薙が魔法を使えるのは知っている。
なぜなら神薙信一は全ての能力を無限に持っているから。
だが同時にそれを使えないようにしている。
例えば炎を使う能力があり、それを使えなくなる能力があり、更にそれを使えなくなる能力がある。
こういった表現がシンボル化された能力以外すべてに適応される。
無限、本来は奇数(1)でも偶数(0)でもない存在。
それを強引に奇数(1)や偶数(0)と定義づけ必要な能力をONに、そうでない能力をOFFにしている。
これが最果ての絶頂
無敵を越えた無敵、しかし弱点があり、そこをこいつはついた。
無限を終わらせ、数値の奇数偶数を己の都合によって決定している。
己が必要な能力は1に、彼が必要な能力は0に。
己が不要な能力は0に、彼が必要な能力は1に。
「昔、俺がリミットを持つ前、どうしてもシンボル以外の能力が必要だった」
190年と10か月と20日前のことか。
「だから俺の直下の世界で、見せてもらった。優れているとされている能力を」
「そうやって得た能力がリミットじゃねえのか!」
「そうだぜ。だからこれは物真似だ」
野球選手が一流コーチの指導の元、最適なフォームを産みだした。
これがリミット。
ならばネームドは、そのコーチのフォームをそっくりそのまま再現しているだけ。
「リミットのプロトタイプ。それがネームド」
エックス・セル・フィネストラは俺の下の世界では、有力な魔法使い。
稀代の天才であり、異空間移動も簡単にやってのける。
「その効率の悪いやり方を俺が再現している。だからこの能力に続きは無い。一つだけたった一つだけの技術」
最適化されたリミットよりも、出力は低く燃費も悪い。
「人間が蛙飛びをしているようなものだ」
当然本来の力とは程遠いが、この場ならばちょうどいい。
「ただ弟よ。こっちの方が面倒だろ?」
「まだあんのかよ。どれだけ力を隠してんだ兄貴」
興味がない。
σφにはシンボルをぶつけると決めているし、そうじゃない相手には触れれば大体方がついた。
「これは俺が世界の直下の人間の名前。超悦者ではなく超越者と呼ばれる優れた人間の名前」
手加減を覚えるためと、もう一つ。
シンジは知らない理由があった。
「じゃあ、次いくぜ。ネームド 『鮫嶌鷹象』」
武術の心得。
空手、柔道、合気道、そういった既による戦闘術を極めたと思っているご老体から教わった身体運び。
かわらわりの要領で地球を割り、合気道で隕石の軌道を変えた男。
人類の到達点と錯覚しうる身体運び。
「大断淵!」
弟も技術を極め、完成する。
これにて互角。
「ネームド 『望月望』」
身体の変化。少年は全ての遺伝子を所持しているとしており、すべての動物に変身できる……と言っていた。
人間が最も完璧な生物であり、それ以外不純物だという認識なのだが、どうもそれを理解存在がいるのも悲しいがまた事実。
爪の先に、生物毒を詰める。
そうすることで新たな毒を生成する…………と主張していた。
これも実現できるが理解できない。
物質同士を組み合わせ新たな毒にすることは可能だが、本来の毒の能力を下げることにも繋がる。
そうあれかしと作られた生物に、それ以上の価値は持ちえない。
「ぐぉ。大断淵」
「すまん。出力を間違えた」
「構わねえよ! もっと強くなれたからなあ」
生物ではなく、種という概念を殺す毒を生成してしまった。
やはりどう足掻いても、神薙がやったという事実で、無駄に上方修正がかかってしまう。
「いい加減くたばりやがれぇえええ」
「ネームド 『七南那奈々菜』」
シンジの終焉を交えた剣の攻撃が、全く無意味なモノになってしまう。
「名前があることは、名付け親がいるということ。上下関係が必ず存在する。故に名前に対して優位を持つ」
攻撃も防御も、『攻撃』や『防御』という名前があるのだから、自分には効かない。
全も無限もゼロも無も名前があるのだから自分未満
そんな主張をした女がいた。
「ようわかんねえこと言うんじゃねえ! 分かんねえから効かねえよぉお!」
「だろうぜ。ああ、頑張れ」
神薙信一は手を抜いている。
リミットは攻略された。
しかしこの場で勝つために、リミットを使うことが必勝であるときづいていた。
シンジは攻略法を間違えている。
それをしなくなったのは、礼儀か。恩赦か。
このまま永遠に戦い続けてもいい、そう神薙は思っている。
ただし、それは彼が背負うものがない場合。
彼の愚孫共は、彼がいなくなって数週間で既に取り返しのつかないことをやらかしている。
決着の次第、問い詰めないといけない。
「ったく、どいつもこいつも。なんで俺が介入しないといけないことをやらかすんだ。そんな真面目に仕事をするキャラじゃないだろ」
珍しく悪態をつく。
実のところ、現状神薙信一にとってはマイナスではない。
「させねえっていってんだろうが!」
「そうだったな。いいぜ。まだ遊び足りないぜ」
本質的には探究者に近い。
生涯初めての喧嘩に、心が動かされていることもまた事実。
それが分かっている故、女達も黙って傍観している。
何よりひょっとすれば――――といったこともあり得る。
とはいえ、恐らく全てを知っている側として
「ありえないですね」
開闢と終焉の狭間で、それが現実になりえないことを神薙椿は理解していた。




