ウロボロスの咀嚼
「あ、もうわたしがいいたいこと言い終わったのでさっさと殺してください」
準備はしてきた。
もう何も思い残すことはない。
「そうか。これ以上の言葉は不要か」
神様はこっちに弓矢を構えます。
「普通に全能でパーって殺してもいいんですよ?」
「そうでもない。より確実に殺すためだ。全能なんて言う神が好きそうな技を使えば、いちゃもんを付けられるかもしれないだろ」
確かにそうですね。
ここまで来てしまうと唯一警戒しないといけないことは、神薙先生からの理不尽な介入。
これを絶対に阻止しないといけません。
あの人平然と人の心に土足で入っていきますからね。
わたしの性癖暴露したこと、いまでもトラウマになっています。
「最後に言い残すこと。思い残すことはないか?」
「言い残すことはありません」
でもせっかくですし、いろいろ思い出してみましょう。
わたしの最古の記憶は……父母に遊園地に行きたいとおねだりしたこと。
一番古い記憶ですが、一度も忘れたことのない記憶です。
翌日交通事故にあい十数人が死傷してしまう陰惨な事故を引き起こしてしまいました。
わたしのわがままです。
だから二度と、わがままを言わないって決めました。
それからは何をしましたっけ。
ああ、そうだ。衣川さんと仲良くしました。
あれも振り返ってみれば、そういった指示がありましたね。
あんな宗教組織に取り入らないなんて、どうかしています。
わたしの意思で仲良くしたんじゃないです。
そうそう。確かわたしが最初に殺した人ってわたしの叔父なんですよね。
普段飲んでいるコーヒーに少し農薬を混ぜ込んで死期を早めたんです。
それで残った遺産をわたしが何割か受け継いで、当面の活動資金にしました。
ろくでもないなあ。わたし。
「死んだほうがいいですね」
はい。間違いなく死ぬべきです。
人と同じ空気を吸っていたなんて、本当に申し訳ないです。
死んで詫びるのでどうかそれで手打ちにしてもらいないです。
「あとはもう大したことない人生です」
そうですね。
小中と普通に進学しました。
成績は点を取りすぎると生徒が取らなすぎると教師が悲しくなるので、必ず平均点になるよう調整していましたね。
そして博優学園に進学。
そこでわたしは2つの衝撃を受けました。
1つは真百合さんをみたこと。
同じ人間とは思えないほど、スペックが高すぎる人。
この世の不公平を感じずにはいられませんでした。
そしてもう一つ。
嘉神さんです。
わたしは嘉神一樹を2年生になる前から知っていました。
1年前の夏休みの話です。
わたしは遠くから嘉神さんを知りました。
その場所は駅前。
炎天下の中、ボランティア活動に精を出していました。
確か環境美化のためのゴミ拾いだったはずです。
衝撃的だったのは彼が心の底から真剣だったこと。
ゴミ一つ残さないという意思が、遠くからでも伝わってきました。
わたしにはできない。
そんな自分の決意を妄信して何かに打ち込むなんて。
ゴミをポイ捨てした人の口に、そのゴミを押し込んだりもしていましたね。
そして彼が清掃を終えた10分間。
駅に一つのゴミも残らなかった。
わたしは彼の意思に行動に結果を出す能力に
憧れた。
今現在歪んできていますが、本質は昔から変わってはいません。
子供みたいに純粋で、老人のように頑固な人です。
そうです。嘉神さんです。
2年生になってからずっっと嘉神さんに振りまわれました。
嘉神さんが助けるために、早苗さんを襲い続けた化物と、真百合さんの一件を完全に無視しました。
攻略しようにもあり得ない方向の横やりをもらい、結局は何もできずじまい。
でもよかったかもしれません。
嘉神さんと一緒に過ごした高校生活は悪くなかった。
一緒に文化祭を楽しんで、多幸福感で叱咤して、刑務所に監禁されていたので助けに行きました。
結構行動しました。
その後の夏休みは地獄でした。
テロ組織を潰した帰りのスイートクラスで666を受け、死ぬほどつらかったです。
「だからさっさと殺して」
ああ、なんてつらい人生ですね。
そういえばわたしが死ねばあの子たちを覚えている人はいるんでしょうか。
サッカーが最後まで好きなアムル君。
村長のディディエさん。
セクハラかましてきたデンバ君。
でも……あれ?
「大したことのない人間ですね。忘れてしまいなさい」
そ、そうですよね。
彼らはもともと被曝していた。
余命は短かったんです。
何かをなすなんてありえなかった。
「そもそも死ねばいつか忘れられます。多かれ少なかれ遅かれ早かれの話です」
おっしゃる通り。
だからわたしは気にしない。
でも本当に?
本当にそれでいいの?
「いいんです。余計なことを考えるな」
ああ、そうだ。
わたし彼らのことを誰にも話していない。
何も残していない。
「何の価値のない連中です。無駄なことをするな」
無駄だって言われても。
自己満足にすぎないとしても。
誰かがやらないといけないことのはず。
「ちっ」
自分に殴られました。
余計なことを考えるなってことでしょう。
いい感じに殴ったので、もやもやも晴れました。
はい。彼らは死んでもいいんです。
だからわたしも……
「……あ」
不意に声が漏れた。
気づけで殴ることが出来たのなら、わたしは自殺を思い至った時自分を殴るべきでしょ?
何考えているんです?
「わたしの死で、外道四輪を支配できる。これ以上有効活用がない。そういったはずです」
「じゃあ待って。わたし……本当に死にたいの?」
「それをいまさら議論しますか」
まさか……まさかまさか。
最悪な予想を口にします。
「わたし……本当はわたしの都合なんてないんじゃないですか? 人類の都合のためにわたしの都合を捏造しましたね!?」
「……」
「答えてください!! 多幸福感!!??」
「はいはいそうですよーよくきづきましたねー」
冷淡にどうでもよく抑揚なく告げます。
「まあ、気づくのが数分遅かったですけどね」
「何を……まだ」
「だってハヤテさん」
「なんだ」
「質問なんですけど、わたしたちのこと、いいえ、特にわたしのことどう思ってます?」
「憎悪」
流れるように自然な答えでした。
あまりにも透き通っていたので、言葉の意味が通常と異なっていることに気づくのに数舜遅れてしまいます。
「あたりまえだろ。今この瞬間貴様そのギフトでどれだけの命を消費していると思っている」
「当然知っている前提で話をしますが、ギフトにはコストがあります。強ければ強いほど、他所の誰かがより多く支払うことになります」
神薙信一の悪意。
本来なら0でいいはずなのに、意図的にコストを用意しています。
「多幸福感のコスト、それは不幸」
それでもできる限り最低は方法で。
「月夜幸が関わった人間、その人間から生み出される無限の世界」
「そのすべての世界にいる人外を、皆自殺するまで不幸にする」
わたしの想像なんか軽く超えてくる最低なコストです。
「嘉神一樹の禊はすました。衣川と時雨は誤差の範囲だ。宝瀬真百合はそもそも自前で何とかしている。貴様だ。貴様はまだ罰を受けていない」
「その罰は当然死刑」
あっ あっ ああ。
「そうじりじり逃げても逃げることはできませんよ」
「そうだ。三大神の1柱として、貴様の死は絶対に執行する」
そうだ。
なんで多幸福感がわたしになんか気づくような行動をとったのかがようやくわかりました。
もう終わりなんです。
多幸福感の最大の弱点は、本人がどうしようもない状況になると何の意味もなくなる。
それは誤りです。
多幸福感は弱点すら手段にしてしまう。
自分でいうのもあれですが、なんでわたしこんなギフトを持っているんでしょう。
こんなギフトじゃなければ、もっとまともな人生を送れたんでしょうか?
わたしが考えるまともな人生ってなんでしょう?
両親とともに普通に生きます。
友達も普通の友達になるでしょう。間違っても衣川組や宝瀬財閥には関わることはありません。
生涯一度も勉強をしたこともありませんが、きっと勉強も頑張るんでしょうか。それともあきらめてギャル風のメイクでぐれちゃうんでしょうか?
そして、多分わたしは、嘉神さんに告白してこっぴどく振られるんでしょう。
うわぁ~んって半日泣いて、甘いものをやけ食いして、体重が2kgも太って、まあいいや新しい恋を探そうって思うんです。
その後多分今度は知らない誰かに告白され、仕方なく付き合っちゃうんです。
そして振った振られたを何年も繰り返して、ある時「まあこの人でいいかな」って思う方と結婚をして子供を産みます。
目指すは専業主婦です。楽したいので。
でもやるべきことはちゃんとやります。子供に精一杯愛情と旦那さんにちょっとばかりの愛情を注ぐんです。
そして子供が大人になって、独り立ちをして、寂しくなって泣いちゃうんです。
「ああ、そう生きたいなあ」
そうです。
わたしは小市民。
世界平和なんて望みません。
消費税がどうなるかのほうが何万倍も重要視しているはずの、ただのJKです。
「やだなあ。死にたくないよぉ」
自分でもこんな泣き言がでるなんて思ってもみませんでした。
ですが一度泣き言が出てしまうと、もう止めることはできません。
「しに……たくない。わたしは生き足りない」
ギャル風のメイクなんてしたことありません。
甘いものをおなか一杯食べたことありません。
育てていませんし、産んでもませんし、授かってません。
誰かとお付き合いをするなんて憧れちゃいます。
いいえ。そんなことより最初にやることがあります。
「嘉神さんに好きだって伝えてません」
まずはそこから始めないといけません。
だから
絶っ対に――!!
「わたしは……まだ……死ぬわけには――――いかないんです!!!!」




