病人とやべーやつ sideC
やべーやつ登場
これは嘉神君が異世界に飛ばされてからの話になる。
当然ながら私の視界に嘉神君がいなくなるなんてあってはならないこと。
すぐに呼び戻す、始めはそう考えたがそれはちょっとよろしくない。
恐らく彼は神と戦っている。
神と戦って何かを得るはず。若しくは何かを知るはず。
邪魔をするべきではない。
少し待ってあげましょう。
となると残りの神様
象っぽい神と羊っぽい神も猫っぽい神もみんな神様
そして私が使える人がいないか見渡す。
時雨驟雨、そして衣川早苗。
彼女の力を借りるのは非常に嫌だ。
わずかなプライドが許さない。
でも多分、使わないといけないことになるんでしょう。
理想としては相打ちだけど無理でしょう。
だって
神が人に勝てるとは思えない。
「面白いことを考えますね」
声をかけたのは帝国側の人間。
「確かあなたは……トコハさんでよかったかしら?」
「ええ、あってます」
実況をしていた様子とは違う。
この状況を見て落ち着きすぎる。
「……失礼を承知で尋ねるわ。あなた人間?」
「当たり前ですよ」
質問が悪かったので、補足の質問を付け足す。
「この星の?」
「いいえ」
なんともない風に答えた。
「純粋な人間?」
「いいえ。神の血からも混ざってます」
やはりそうだったわね。
おかしいと思った。
「どこで気づきました?」
「気づくも何も、先生があんな態度をとるなんてまともな存在なわけないでしょう」
善も悪も優も劣も男も女も関係ない。
あれにとって重要なのは人か人外か。
人ならばよほどのアホ以外はそれなりに優しく接してくれる。
逆に接さないならば人でない可能性が高い。
少し考えれば猿でもわかること。
どうやらここには猿以下の生物しかいないようだけど。
「あなたも大変だったわね。あんなのに悪態つかれたら気が気でなかったでしょう」
「本当ですよ。あの神薙様にあんな熱視線を送られたら」
ん……?
「怖くて怖くて」
こいつ……
「思わず失禁してしまいましたぁ♡」
私以上の変態だ……!
「う、嬉しそうね」
「はい!」
純粋。
幼子が欲しかったクリスマスプレゼントをもらったかのような屈託のない笑顔。
「見たください。この変えたオムツを! ぐっしゃぐっしゃでしょ!?」
こいつ、ほとんど実況してないかと思っていたら、自分のおむつを替えていたの?
気づかなかった。なんて手際の良さなのよ。
あとそんな汚いもの見せないで。
「あーあ。怖かったなあ。またあの殺気受けたいなあ」
やばいわね。
理解できない。
久々にキチガイに出会ったわね。
「怖くて何が良いのよ」
「いや怖いのは好きじゃないです。そんなキチガイではないです」
どう考えてもキチガイなんだけれど、神相手に訂正する勇気はない。
「怖いのは副次的なものです。だって神であるこのトコハが命の危険を感じるってことはそれだけあの方が強いということじゃないですか」
ああ、よく分かった。
正確にはこいつがなぜ分からないのかが分かった。
「質問していい? 弱い美男子と強い豚。交尾するならどちらがいい?」
「強い豚さん一択です」
強キャラ厨
物事の価値観が強いか弱いかのみの神様。
「あなたが何者なのかは大体わかったわ。でもいいの? 私そこまで強くはないわよ」
「この世界の人間は話してもいい人間ですので」
「そう、じゃ別の世界だと?」
「はあ? なんでびせい……じゃなくてですね」
「あ、言わなくてもいいわ。大体わかった」
丁寧な物言いはこの世界の人間だけ。
「皆さんとってもかわいいですよね」
「そう」
「特にあなた特別です」
可愛いと言われたのは何年ぶりかしら。
大体いつも麗しいとかだったから逆に新鮮ね。
「ちなみに私と嘉神君どっちが可愛いの?」
「彼ですか! いいですよね! とっても素敵な衣装を身にまとっていつか抱いてみたいです」
「あ゛?」
「もちろんハグですよ。赤子相手に性欲は沸きません」
赤子をあやすかのような言い方。
でも実際そうなんだろう。
「それにしても余裕ですね。神の審判を目の前にして」
「神ねえ。あれが神様であることに偽りはないと思っているけれど、ねえ」
今暴れている神々は、確かに神様であることに違いはない。
だが
「別にあれ、私達より弱いでしょう」
「へえ」
トコハは驚いたような返答をした。
だがそれは知らなかった事実を知ったというよりも、まさか気づかれるとは思ってもいなかった、そんな言い方だった。
「全知でもないあなたが、なぜその考えに至ったのか。お聞きしてもよろしいです?」
「そうねえ。色々あるわ」
モンスターなんて言葉がある時点で、退治されることが前提。
神薙先生のお付きの人がそこまで焦っていないこと。
他にもこの考えに導くための伏線はある。
でもそれよりもっと当たり前のことがあってしまう。
「あなた好みの答えを言うわ」
「どうぞ」
手のひらをこちらに向け、私の答えを待っていた。
だからこそ、私は言葉を選びながら正解を口にする。
「神薙信一のバランス調整を受けた私達が、まさか神より弱いわけないでしょう?」
「大っ正解! ですよねえ。流石はあのお方、バランス調整だけで神を殺す力を与えるなんてなかなかできることじゃないです!!」
あの男が。
あの悪意が。
たかが異能力や超悦者でバランスがとれるか?
笑えない冗談ね。
そんなものでバランスがとれたなら、神様もここまで無様に苦しむことはなかったはずなのよ。
「神薙先生が介入してこないのは他の神と戦っているからではなく、単純にこの程度私達でなんとかできるから介入してこないだけなのよね」
「半分はそれであってます」
あれの考えを半分あてた時点で充分でしょう。
まじめに考えてもろくなことにならない。
「どうされますですか?」
「何を?」
「あなたは神々をどう攻略しますか」
そうね。
神様が私達より弱いと言っても、この神が私達より弱いとは限らないのよね。
「とりあえず様子を見るわ。ただ大丈夫でしょう。だって」
今この場には月夜幸がいる。
最大多数の幸福を得る。
だがその最大多数は人間にのみ数えられる。
異世界の住人なんて考慮していない。
「異世界同士の戦争をした時点で、彼女が無双するに決まっているわ」
「月夜ではなく、多幸福感がです」
「あら、あなた弱いけど強い人間は嫌いなのね」
「はい。大人しく最初から強くていい。それをしないのは戯けです」
私は嫌いじゃないけどね。
「じゃあ視点を変えて誰が最初にやられると思いますですか?」
「そうね。一番目立つ象の神が最初にやられると思うわ」
言い終わることを待たずして、早苗がシンボルを使って象を殴る。
象の大きさはタワー数個分の巨体
なにやら大きさこそパワーだのを叫んでいた記憶がある。
その巨体が鬼人化に触れた瞬間、破裂、四散、分解、消滅、塵と化した。
「やっぱりね」
「はい。御想像の通り。ギフトにはえげつない対神特効が存在します」
神にとってギフトは天敵。
「どれだけ防御力を持っていようが回復力を持っていようが、受けた相手が神ならば、即死です」
giftは神から贈られた優れたもの。
なのにそのギフトがこれだなんて、恐ろしい皮肉があった物ね。
「ちなみに神様の全知はどこまで把握しているの」
「もちろんなにも把握していません。知っていたら人間に挑むことはしません」
それもそうねと納得し、猫の神の方を見る。
何も知らない神様と言えど知能はある。
何かがおかしいと気づき、自分が最も信頼を置ける能力を発動させる。
「何あれ。私には存在がぶれたようにしかみえないけど」
とはいえ早苗の攻撃を耐え続けている。
「シュレディンガーという技ですね。見たところ攻撃を受けた可能性世界と受けなかった可能性世界を同時になんたらして、なんたらするやつです」
「言いたいことは分からないけど分かったわ」
量子力学のあれね。知ってる知ってる。
「ねえ。今度は私から聞いてもいいかしら」
「答えられることならばなんでもどうぞ」
「神様って本当に全知なの?」
これまでの様子を見て本当に全知なのかが怪しくなった。
「全知ですよ。ただ……あれなだけです」
そうくねくねしながら仰る女神に私はいつものように何となく察した。
補足すると私がこのタイミングでその質問をしたかというと、猫神がとった手法が早苗の攻撃に対する受けになっていないからだ。
確かに鬼人化だけなら必殺の攻撃を量子力学の定理でなんやかんやして、なんとかなるだろう。
ただ相手は早苗。
脳みそが足りない女。
幸が早苗に耳打ちをした。
その後一突き。
当たらない世界と当たった世界の猫神が両方とも、早苗の拳に命中した。
「へえ、あんなこともできるんですか」
こいつも全知全能の神のくせに無知なのかと一瞬考えたが、その説明はさっきした。
こいつらの全知よりもギフトやシンボルが圧倒的に上。
遥か格上の全能を全知で測ることが出来ない、それと同じ理屈。
ギフトやシンボルに対して、何が出来るかできないかを正確に知ることが出来ない。
出来るのはせいぜい今までやってきたことを振り返ったりして知ることくらい。
つまり一度も使ったことのない技に対しては無知といっていいわけね。
「遍在の能力の天敵ですね。あれは」
とはいえ他の有象無象の神とは違い、この神はそのことを知っている。
だからこそ冷静に分析でき、自分にもその拳が届き得てしまう可能性を吟味していた。
「使用者は気づいていませんが、『法則』である以上過去や未来にも干渉できると言っていいです。構えたところで防御しても防御していない過去や未来相手に狙うことも可能というわけですね。しかも同時に」
この女神は自分の全知が無知であることを知っている。
「気づいていると思いますが、この世界の柱にも有効ですよね。101ある人形を同時に対象にして拳を振ればいいんです」
厄介ね。本当に。
「さらにですよ。逆に全身だけでなく体の一部、例えば右目だけを狙って拳をふるえば、簡単に目を奪うことも可能だと考えます」
私もまったく同じ考えを持っていた。
しかも早苗はそれを全く消耗無しで撃てる。
ふざけていると言っていい。
「これあれですね。最悪わたしも殺されるかもしれません。嫌です、あんな弱い奴から殺される何て……殺したいなあ」
「いいわよ。私が許可するわ。殺してしまいなさい」
早苗死すべし。
ほんと冗談抜きで死んでほしい。
「出来たらいいんですけどね、出来ないんですよ」
「……そう」
ちょっとだけ期待していた私がいた。
「あ、今度はまともな手を打っていますよ。なんと殴られる前に攻撃しています」
山羊が状況の救いがたさを理解し、本気の一撃を早苗に放つ。
「噛みつき?」
「ええ、ですがただの噛みつきではありません。神をも殺す毒の牙をもった噛みつきです」
これならいけるかもしれない。
と思ったのもつかの間、早苗に振りほどかれてしまう。
「さっき神を殺す毒と言っていなかったかしら?」
「いいましたよ。でも早苗さんの鬼人化には回復能力がありました、ですよね」
「鬼人化の回復能力なんてたかが知れて……まさか」
どうやら無知なのは私の方だったらしい。
「まさかとは思うけれど、私達の基準で全知全能は『法則』と思っていたけれどーーーー」
「あ、いえ。それであっています。この世界の人間が使う全知全能は『法則』で間違いありません」
時間と運命は運命の方が上。
納得はするし言葉にしないだけで、実際はそういう世界観の方が多いと思う。
ただ世界や法則までいくとなるとそうはない。
普通に考えてこの世界だけのルールである。
しかしよ。
この世界というのは神薙信一がメインで活動する世界のこと。
他の世界よりも優位であり広義であるのは火を見るよりも明らか。
すなわち
「ギフトやシンボル以外の能力は、全知全能を含めクラスは『論外』よりもはるか下です」
つまり初めから神々に勝ち目なかったってこと。
インフレは始まったばかり




