悪魔と神 sideA
獄落常奴
楢木魔夜のギフト。
能力は地獄の支配。
ギフトが神薙先生から譲り受けたものと知った今、一体あの人は何を思ってこんな幼い子にこのギフトを渡したのか小一時間問い詰めたいところなのだが、今はいい。というかやっぱりあいつと小一時間会話するのは精神力が削れるのでやらない。
今はこのギフトの話だ。
ここでいう地獄というのは本人がイメージする地獄である。
クリスチャンが使えば悪魔が住まう世界のこと。
無宗教者が使えば、想像されないので意味がない。
学校でいじめられそこにトラウマがあれば、学校を支配してしまう。
それで俺が使う場合だが、かなりふわっふわである。
とりあえず生前悪いことをした人間が死後に行く世界という仏教的考えを持っているが、それに具体的なイメージを持っていない。
これは意図的であり、あんまり詳しく知ってしまうとそれ以外できなくなるからだ。
どんな能力もあったほうがいい、それは神薙が証明している。
だが逆にどんな知識もあったほうがいいわけではない、それをこのギフトが2回証明した。
「獄落常奴――業火」
良い情報と悪い情報がある。
【うぅぉぉぉぉぉ!!!!】
良い情報はこのギフトに神は効果があること。
【さらにもう千体】
悪い情報は効果があっても数が減らないこと。
「ああもう数が多すぎる!」
俺が作った地獄の世界、その至る所に大小さまざまな神が配置されている。
この世界の広さは長方形の地球をイメージしているため、ざっと5億km²
そこに天井の高さが2000kmとして1兆km³
この空間の中ならば俺が支配者であり、一種の神である。
全知全能と言い換えていい。
例えば今この空間内にいる神の数を簡単に数えることが出来る
その数25恒河沙7645極8604載9852生7773澗0345溝4087穣とんで22億9833万4511.5
突っ込みどころは分かっている。
何で数なのに.5がつくのか。
数なんだから整数であるのが当然。その考えは正しい。
この.5というのは身体の全部が俺の支配領域に侵入していない存在のことを指す。
勿論支配領域から外れた世界のことは一切わからないので、便宜上0.5として計算。
その数が22億~というわけだ。
当然これですべてというわけではない。
俺の支配外にも、むしろそっちの方が多く神がいる。
これらをすべて相手しないといけない。
とはいえ、そこまで悲観することはない。
まず見えない神だが、実はあまり意味がない。
俺の支配下の空間にいないということは、逆に言えば俺の空間では何もできないということ。何も出来ないのならいてもいなくても意味がない。
次に25恒河沙あまりの神。
これはいい。問題ない。
神様は無理やり俺の世界に入り込んだ。
驚いた。絶望した。
だがそれまでだ。
その神の執行力は低下している。
この空間内の支配力は俺の方が上。
何をしようが事前に察知できるし、対応できる。
分かりやすく言えば、この空間内においてこの神の全能より、俺の支配力の方が上回っている。
問題なのは半身だけこの空間にいる神。
半身があるのでこの世界に関与できる、だが半身がないので何をしてくるか分からない。
逆に言えば、半身がないので関与する力は半減し、半身があるのである程度は読めるともいえる。
だがこの神の狙いは俺じゃない。
まよちゃんである。
俺の無敵の理由である人形への呪い映し、それの双子の役割が彼女だ。
他の人形は異世界で攻撃され続けているという、力技を用いられているため、彼女が最後の人形。
まよちゃんが消されてしまえば、実質負けだ。
だから俺はこの子を守りながら戦わないといけないハンデを背負っている。
まよちゃんを人形にしたことを少しだけ後悔した。
普通の人形にして自分の懐に閉まっておけば、護衛ではなく防御として動くことが出来た。
もっと他の人形をこっちにおいておけばという意見もあるだろう。
正しい。
これが終わったら人形を黒常地獄内に複数置いておく。
ただ常識で考えてほしい。
いったいどこの誰がゴミ捨て場の中や図書館の中やブラックホールの中から人形を探し出そうというのか。
全知全能の神と戦うなんて想定外であり、そこを攻められても理不尽だと言い返せる。
また地獄というのは本来として罪人を拷問にかける場所であり、モノを隠すといった安全な場所という概念は薄い。
何より、禁じ手との兼ね合いで、人形にするなら彼女が最も都合がいい。
だから俺は人形を用意していなかった。
「まあ、ない物ねだりしても仕方がないか」
今できることを考えよう。
犯罪ならともかく少しの失敗で大げさに言うのは、良くないからな。
冷静に考えてみて問題なのは相手が全知全能の神ということではない。
相手にだけ勝ち筋があり、こっちに勝ち筋が存在しないことだ。
まよちゃんを殺せば相手の勝ち。
じゃあ俺は? この神様を殺したら勝ちなのか?
違う。まだ他にも神が存在する。
しかもそれはこの神様よりも格上。
仲間の力で覚醒することを前提に考えても、それが何体もいるとなると厳しい。
勝っても負けてもあまり意味がない。
勝ち筋がなく、負け筋しかない。
ならば判定勝ちは?
「まあこうなっても変わらないのか」
最初に言った神薙先生が来るまでの時間稼ぎ。
この空間は現実時間とリンクしているので、時間稼ぎがそのまま成果になる。
やるしかない。
「まよちゃん。俺から絶対に離れるなよ」
「ふにゅ?」
「ほーるどみー。もしくはガールズビーアンビシャス」
「??」
まあいい。
寝ぼけ眼で俺を抱き枕にしているのは好都合。
「どちらの死神が来るのが先か。マラソンとでもしゃれ込むか」
【存外面白いことを言えるではないか。よかろう。ともに踊ってやろう】
30分戦い抜いた。
戦い抜けた。
その上で結論が付いた。
【勝負あったな】
天高くから声が鳴り響く。
否定はできない。
【お互いに決定打がない。貴様はわれを滅ぼしきれない。われもまた貴様らを殺しきることは出来ない】
天罰に業火
天から降り注ぐ雷光には炎をもって対抗を
海に血池
端から流れる洗浄の海には血の池をもって対抗を
神剣に針
翼から放たれる無数の剣には針山をもって対抗を
威光に凍土
手から放たれる浄化の光には永久凍結をもって対抗を
消滅に創世
全身から放たれる消滅の意志にはさらなる想像をもって対抗を
双方互角。
有効打は無し。
【だが常に同じわけではない。貴様は変化する】
そう、俺の問題がある。
俺は寝ないといけないし、食べないといけない。
なんなら液体や固体をいつか漏らさないといけない。
いや正確には超悦者を使えば我慢できる。
1時間でも1日でも1週間くらいでも持たせて見せる。
だがもう一つ、超悦者ではどうしようもない問題として、精神の体力がある。
何よりこちらは守る側であり、対応する側
精神的に疲れるし、現状テストを30分解いた感覚がある。
このまま同じように戦い続けることは出来ない。
【それにどうやらわが主たちもうまくいったらしい】
そう、それが問題。
神薙さんが来るのが遅い。
さすがに1分2分ならまだしも、30分も助けに来ないとなると神薙さんに何かあったと考えるしかない。
だからこそあいつらの作戦が成功してしまったのか、だとすれば。
【仮に貴様が我を攻略しても、我以上の神々が貴様を滅ぼすだろう】
考えることは神も同じ。
詰みに近い。
いやよくよく考えれば詰んでた。
俺は今地獄にいる。
だがそのまえはこいつの世界にいた。
何が良いたいのか。
戻る手段が見つからない。
正確には頑張れば見つけられる可能性はあるだろうが、その可能性はものすごく低い。
だから詰み。
【とはいえ投降はするな。貴様だけは絶対に許しはせん】
何でいっつも俺に言われもない風評被害がかかるんだろう。
少しは情報の出どころで吟味してもらいたい。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
「なに?」
「まよ、ねむいから降ろして」
こんな状況なのにお眠なまよちゃんは大物なのか、はたまた馬鹿なのか。
まあ間違いなく後者なのだが、弁明を。
魂の格が違いすぎて通常の人間では神の存在を認識することが出来ない。
見たところ理解できていたのは俺と真百合と後は神薙さんのラバーズたち。
その時点で戦える人間が限られていた。
「さっきから羽虫さんたちがうるさいの」
羽虫さん。神様のことだ。
神様を羽虫と勘違いするなんて罰当たりだ。
そういえば帝国の人は神様のことをモンスターと言っていたよな。
まったく何を考えているだ。
ん?
あれ?
おかしいぞ。
いや考えてみればあいつらはこの襲撃が初めてではない。
あそこまで大規模ではないにしも、小規模のいざこざはあったと聞いている。
「なんで生きているんだ?」
モンスターが神だというのなら、人が神に勝てるのはおかしいだろ。
やばい。分かんなくなってきた。
くそ、まさか頭痛がするとは。
考えすぎて頭痛など早苗みたいじゃないか。
「一樹、大丈夫か」
ああ、ついに早苗の幻覚まで乱すとは
屈辱の極み。
「おーい。聞こえているぞー」
「……?」
よく見ると地獄から数十分前にいた特設会場に移動していた。
「なんで?」
「私が一樹を殴って呼び戻したのだ」
言われてみて気づく。
早苗のギフトは身体能力向上
最弱と言っていい。
だが重要なのはシンボル。
彼女のシンボルは速攻悪鬼正宗
能力は必中の拳
「そうか。お前俺を殴ってくれたのか」
異世界に飛ばされようが、地獄で戦っていようがどんな『世界』で戦っていようが関係ない。
『法則』として必中の攻撃
こんな単純なことにも気づかなかったなんて。
「早苗、神様たちはどうした?」
自分の考えが至らなかった。
それは自分の知能が足りなかったからではない。
知識が足りなかった。
だからいったん情報を集める。
「神様? 何を言っているのだ。精神攻撃でもうけたのか?」
そうだった。
早苗は神をモンスターと認識している。
合わせてやるのが強者の務めか。
「モンスターはどこにいった?」
ひょっとして早苗だけ逃げきった、そんなこともあり得る。
覚悟はしないといけない。
さあ、俺はどんな結末でもいったんは受け入れてやる。
その上で抗って見せる―――!!
「モンスターか。それならもう倒したぞ」
なるほどなるほど。
「うんうん。倒したんだ。それは偉いね……ぇぇえわぁ??」




