妖怪観光
「ところで話は変わるけど、どこから回る?」
修学旅行といえば、スキーもさることながらやはりアトラクションで遊ぶことこそ本来の目的と言える。
「そうね。私は嘉神君とならどこでもいいわ。でもしいて言うなら四六時中観覧車の中にいたいわね」
なかなか面白い冗談をいうな。
「早苗は?」
「遊園地と言えばジェットコースター。とりあえず一度は制覇するのが礼儀ではないのか?」
なるほどなるほど。
「じゃあ月夜さんは?」
「え? わたしいきませんよ」
ふーん。それは珍しいって
「はあ? 何で?」
「いや……実は生理でして。ホテルの中で休んでます」
「何言ってるんだ。月夜さんの生理は一週間前に終わったはずだろ?」
「何で知ってるんですか」
あっ、やっべ。
男子たるもの友達の生理周期は把握している。
だがそれは大っぴらにするのは論外のはず。
「話を誤魔化そうとするな。なんで嘘ついていこうとしないのか。今はそういう質疑の時間だろ」
「…………」
珍しく言葉に詰まるな。らしくない。
ということはつまり、正しくない行動をとっているということ。
彼女が正しくない行動をとるということは、自分勝手の行動をとっているということ。
「……?」
「まだ駄目なのか?」
「まあ、そうですね。せっかくの機会ですし一度は行ってみたかったんですが」
そういえば、確か月夜さんの両親は遊園地に向かう途中に事故で無くなったのだった。
それ以来遊園地には近づかなかったと聞いたことがある。
「でもさ、単独行動は良くないな」
「だったらどうするんですか?」
「ペア行動をしよう。俺が月夜さんと残って」
「論外」
真百合がバッサリと切り捨てる。
「嘉神君は私と巡るべきよ。ええ、きっとそうだわ」
根拠のない話をされてもな。
「待て待て。私もだな……その、一樹と、だ」
「じゃあ1つ良い案がある」
そうして出したのは複製体を作り遊ぶという方法。
これで早苗と真百合と遊び、月夜さんと帝国めぐりが出来る。
さて、そうなると問題なのは本体が誰とペアになるかだが、簡単な話。
全員複製体。
本体は別行動。
「実をいうと行ってみたい場所があったのだ」
「……」
せっかく何でアンリちゃんを連れて外出。
「……どこに行くの?」
「妖怪村」
帝国に妖怪村があると九曜に聞いた。
今度紹介してくれるといったが、このような事態になったのでその約束はおじゃんになった。
しかし俺自身の身分では、帝国をぶらぶらできる機会はめったにない。
だから、今じゃないとできないと判断した。
「場所は」
「神薙先生に聞いた」
不安はあれど間違いはない、はず。
そういうわけで転送。
ついた先は洞窟の中
文明の利器すら見当たらない。
縄文時代と変わらないような
「ほへえ」
まさに妖怪村。
いたるところに人ではなく、妖怪がいた。
とはいえその種類は限られている。
多くは鬼。
見渡しても鬼と雪女くらいしか。
あ、でも遠くに人面犬がいる。
そんな風に感心していたが、よそ者はこっちなわけだ。
当然注目はこちらに向かう。
多くの妖怪が立ち止まってこちらを見る。
しかしこちらが視線を向け返すと、慌ててそらすのだった。
「なあちょっといいかな」
とりあえず近くにいた赤い鬼っころに話しかける。
「っち、なんだ。こっちは忙しいんだ。用がないなら……」
明らかに避けられているな。
「それってコスプレじゃないんだよな。触ってもいい?」
「…………」
いやそうな目をする。
自分の身長以上の男だったが、不思議なことにまったく恐怖を感じなかった。
「勝手にしろ」
断られると思っていたのだが、案外いいとこあんじゃん。
「男に頭を撫でられる形になるんだけど、プライドなんてないの?」
撫でながら疑問に思ったことを投げつける。
下になっているので顔はよく見えなかったが、震度3程度には震えていた。
「ここってさ、完全に無法地帯なんだよな? つまりさ、何をしてもいいわけだ」
立ち上がろうとした鬼を押さえつける。
鬼の力は人並みは外れているが、それでもせいぜい象の突進程度。
鼻息で押さえつけることは可能だが、大盤振る舞いで右手を使ってやる。
「どうしたの? 抵抗しないの?」
「ぐぅがが」
鬼の上限を引き出すため、地面に伏せさせる。
しかしどうもさっきの力と変わらない。
普通の鬼だ。
それこそギフトなんかなくったても勝てる。
「そこまでに、してもらおうか」
ふと周りを見ると、多くの鬼が俺を囲んでいた。
赤鬼青鬼黄鬼。実にカラフル。
何人かは金棒すら持っていた。
「ねえ。同時にかかってこないわけ? そんなんじゃ甘いよ」
「こっちも荒事にはしたくないんだ。今ならなかったことにしてやる?」
「してやる? 面白い冗談だな。立場の違い分かってる?」
個人的にさっさと攻撃してきてほしいのに。
しかたない。もっと挑発をしよう。
「弱いなあ。カタツムリの方が強いんじゃない?」
「カタツムリ以下だと……?」
「だってそうだろ。カタツムリだって襲われたら抵抗するのに、お前たちは何もせず突っ立っているだけ。ナメクジといい勝負だな」
さあかかってこい。
「……後悔するなよ」
俺の祈りが通じたのか無事攻撃を仕掛けてくれた。
うーん。
「棍棒で30発、金棒で20発。素足で40発。痛くもないし、かゆくもない」
「くっそぉ、汚ねえぞ」
「確かに鬼なんて言うくそ雑魚種族は、脳みそにばい菌が繁殖しているだろうから、汚いだろうな。ただせめてもっと早く自分たちは汚いって自己申告してほしかったよ」
立ち上がる。
「……何するの」
アンリちゃんを人質にしようと何人かで取り押さえようとしたが、鬼たちはアンリちゃんにすら勝てなかった。
「予定としてはこの後反撃をするつもりだったんだが、想定以下の火力だったから……」
力としては鬼神化くらいを想定していたのだが、鬼人化の半分しかなかった。
「こっちはさ、鬼の強さを把握したかった。その目的は最早果たされた」
「だったら――――帰ってくれ」
攻撃すらしていないのにボロボロだった。
「いいよ。帰ってやる。ところで神薙信一って知ってる?」
全員の顔が引きつった。
よかった。知ってた。
「実はその人の生徒であり子孫なんだよな」
すべての鬼が青鬼になった。
「じゃあね。帰って報告する。ひょっとしたら怒られて謝りに来るかもだからその時は許してちょんまげ」
そういって手を振り村からでようとする。
「ま、待って。待ってくれ!!!」
「待ってくれ?」
「待ってください。お願いします」
回り込まれて土下座でもされたら待たざるを得ない。
「悪いのはこっちなんだからそんなに遜らないでよな」
「そんなことありません。悪いのはこちらです! だからどうか内密に……」
「そうは言われてもな……何のメリットがないからなあ」
「わたしの……首を差し上げます」
「いやいらねえよ。そんなゴミ」
現代社会で鬼の首は何の価値があるのか。
いやないだろ?
「……娘は15です。だからどうか―ー」
蹴り飛ばす。
「貴様。こともあろうに自分の娘をよくわからない男に差し出すだと! ふざけるな恥を知れ!! この外道があああ」
そしてそんなもので俺が靡くと思われたことに怒りが収まらない。
「……いや外道はお前でしょ」
アンリちゃんが何か言っているが怒りが有頂天に達している今聞こえはしない。
「殺しはしないが一族皆祟ってやる。どいつだ! いえ!」
八つ裂きにしてやるから……
「そこまでにしておけ。小僧」
黄金色の髪に麦わら帽子。
そのモデルすら逃げ出すほどのプロポーションに見覚えがある。
「神薙薊さんか。何でこんなところに?」
職務はどうした。
「生徒の監視は式神に任せてある」
「そうですか。ならいいです」
大方俺の監視が本体の仕事なんだろう。
「折角じゃ。茶でも飲んでいかぬか?」
「え? いいんですか? みんないやそうな顔してますけど」
特にあそこの赤鬼は隠す気なんてないくらい嫌そうにしている。
「よかろうよ。妾が長なのじゃなから」
そういわれると何も言い返せない。
2人で後をついていく。
向かった先は、それなりに豪華なお寺。
中には狐耳を携えた巫女さんが何人もいた。
可愛いなあと感心するが、同時に違和感が。
「えっと、神社? お寺?」
「神も仏も奉っておらぬぞ。強いて言うのなら妾じゃな」
あらやだ、なかなかなことをいってくれるじゃないか。
「やっていることは結界を張り迷い子が近づかないようにすることじゃ」
「え? でも俺達は普通に入れましたよ」
「普通の結界故、超悦者には効かん」
へえ。うん?
「『法則』で結界を張るんじゃないんですか?」
「馬鹿を言え。あのご主人……人間狂いが、自分の能力を化生に貸し与えると思うか?」
あり得ないんだろう。あんたより俺はその人のこと詳しくないからな。
「でも意外でした。雪女と狐は女がいるから許してやるのも分かるんですが、鬼にも案外優しいんですね」
「…………」
なぜ黙る。そんなおかしな発言はしていないはずだろ。
「今の言葉、二度と口にするではないぞ。特に信一にはのう」
「……その、怒らないんでほしいんですが、あなただけ微妙に関係性が違いますよね?」
一歩引いているというかなんというか。
「うむ、樒は元人間の雪女じゃが、妾は純粋な妖狐じゃからの。だからこそ人外の視点でモノを見ている」
「人外って、よく神薙さんが許しましたね。というかよく愛人関係になれましたね」
「小童。逆だ。妾と信一が関わりを持った200年前は、あいつは人外を嫌ってなどいなかった」
割と衝撃な事実。
「200年前この星に異星人が攻め込んだ。これは事実。そして信一を中心とした化学班が奴らの技術を上回る機械を作り、退けた。これもまた事実」
宇宙人が攻めてきたことは誰もが知っている事実であり、歴史上は超能力を使って退けたとあるが、その実はTENGAシリーズなどが活躍したことも俺達は知っている。
「そこで終わればよかったのじゃ。じゃが--化生達はとんでもない過ちを犯した」
「それって」
「人から天下を奪おうとした」
とんでもないこと言いだした。
「当時の視点から見れば仕方のないことであった。何しろ科学が進み妖怪共の住処が年々奪われていった。ならばせめて人類が疲弊したその時に……奪おうとするのは当然のことじゃ。止めた化生は世界中を探しても妾だけで、妾も信一を知らなければ参加していたであろうよ」
火事場泥棒を狙ったわけだが、失敗に終わったといったところか。
「つまり反乱を起こしたのって超能力者じゃなくて」
「その通り。妖怪共じゃの」
「じゃあつまり戦った男女って神薙さんとあなたなんですね」
しかし妖狐は首を振る。
「奴が戦えば遺恨は残さずにこの星の化生が滅ぶだけで終わっただけじゃ。だが、そうではない。信一はこの戦争に参加できなかった」
「なんで? 人類のピンチに参加しないなんて」
「空亡惡匣。こいつの見張りと対策で忙しかった」
聞いたことはない。だが懐かしい。
顔の説明が出来ないが、何となく思い出せる。
「母さんの祖先?」
「そうでもあり、違うともいえる。少なくともお主にソヤツの血は流れておらん」
「どんな人だったんです」
「……今のお主に話す気はない。もっと強くなってからの」
もっとって。
これでも世界二位なんだがな。
「だがこれだけは覚えておけ。確かに神薙信一が元凶の元凶だが、更にその元凶はそいつじゃ。お主自身が関わることはないかもしれん。だがその子、もしくは孫に因縁が生まれるやもしれん」
俺に直接関係ないのなら、そんなに覚えておく必要ないんじゃないかな。
「せめてそれがどれだけ強いのかくらいは」
「知らぬ」
「……」
相変わらず伝えるだけ伝えて、こちらが聞きたいことを答えない大人の多いこと多いこと。
「生物が星の大きさを完璧に把握できるわけがないのと同じじゃ」
少なくとも天頂と考えた方がいいのか。
……無理じゃん。
そんな話をしながら少しずつ時間が過ぎていき、昼飯時になる。
「どうする? 用意しようと思えばいくらでも用意できるが」
「あ……すみません。ちょっと帝国飯の食べ歩きをしてみたいんで」
せっかくだしいいだろう。
「アンリちゃん……何してるの?」
「食物連鎖」
アリをダンゴムシの中に包み、そのダンゴムシをカエルに食わせ、そのカエルを蛇に食べさせていた。
元お嬢様のくせに意外と生ものが平気なんだなと感心する。
「で、そのヘビは?」
「こうする」
尻尾と頭を結びリング状に。
「輪投げ?」
「食物連鎖っていったでしょ」
天高く投げると、その先にカラスがいた。
空中でつかむが、重さに耐えきれず下に落ちる。
そして周囲を確認しながらもヘビを咀嚼した。
ただし、その後猫に引っかかれ死亡。
つついている猫がクマに襲われて死亡。
で、現在クマが目の前で俺達を襲おうと大口を開けている。
「……熊鍋か」
よくよく考えると真百合がいるから帝国料理なんていくらでも食べられる。
しかし熊の手って場合によっては10万円で取引されるほどの希少な食材。
「あ、薊さん。熊鍋って作れます?」
「できるぞ」
決まった。
「アンリちゃん。君に決めた」
「いれかえ→かがみいつき」
「バトンタッチ」
「とんぼ返り、あ」
謎の倒さない合戦をしていたが、とんぼ返り一撃で熊がノックダウンしてしまった。
弱いなあ。
「まあ出来るといっても下ごしらえに一週間はかかるのじゃが」
無駄な殺生。
お釈迦様も気づくまい。
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「…………」
「どうしたのだ母上」
「まずいかもしれない」
「まずいっていっつもまずいまずいと言っているきしかしねえんだが」
「そうかもしれないけど、本当にヤバいかも」
「わかったよ。で、俺様たちは何をすればいいんだ?」
「とりあえず様子見。ただし――――場合によっては暴力が必要になるかも」
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次回からバトル(の導入)




