神無月の始まり 2
マジでごめんなさい。
忙しかったです
分かってはいたことだ。
あまりいい気分じゃない。
「どうかされました?」
そんな様子を見かねてか、一緒に投稿した月夜さんが様子を尋ねる。
その黄緑色のふわふわした髪は、なかなかどうして目を引くが、しかし今はそんな事を気にする余裕はない。
「周りの視線がな」
登校最中で会う輩すべてが、俺を見て目をそらしたり、凝視したりで何らかの反応を必ず示してくる。
あまり他人の視線を気にしない俺だが、それでも限度というものがある。
「仕方ないでしょ。わたしも慣れませんが我慢してますし」
仕方ない、当たり前、それは理解できる。
俺達は何千万といる能力者の格付けで、両手指で数えられる位置にいる。
その強さは一般的に神にすら等しいと言われるのだ。
もちろん、人間は神を謁見したことは無い。
超越した存在を『神』として喩えているだけ。
だがその1つ格下の10番台ですら、彼ら単独で星を支配できると言われ、それは事実である。
だからこそその上の俺達は、『神ってる』のような、よく分からない何かと言う比較でしか、俺達を言い表すことができない。
「それにしても色々なことがありましたね」
「ああ。あったな」
数か月前のことだが、何年の前の事のように思い出される。
はじめ俺は、自分が能力者だと思っていなかった。
何故なら俺のギフトはキスした相手の能力を使えるようになるギフト。
言い換えるならキスをしなければ、全くの無力なのだ。
当時の記憶では誰かとキスをしたなんていう記憶は無かったので、無能力者と変わらなかった。
しかし偶然早苗とキスをしてしまい、その結果、俺が能力者だと判明したのだ。
初めは劣化の劣化。まがい物もいいところだった。
ギフトを使ったらすぐにばてる。
ギフトを見ただけでモノにする化け物と戦わないといけなかった時は、絶望すら覚えた。
しかし、そんな化け物や、公務員兼前科モンの白仮面、何よりトップクラスのクズ陣営の枯野と戦い、何とか同等までは押し上げることが出来た。
この時までは頑張れば何事も何とかなると思っていた。
しかし俺は知ってしまう。
どうしようもない存在を、2つも。
まず自称女神ことメープル。
あいつは俺に対して最低な交渉を持ちかけた。
今の友と昔の友を天秤にかけ、どちらかを殺せという最低な命令だ。
俺は拒否して戦ったが、完敗した。
勝ち目なんて当初は、ひょっとしたら今も無かったが、封印が解かれたことによって圧倒することが出来た。
しかし、もっとそれ以上にどうしようもない存在を知っている。
神薙信一。
人類のZ級戦犯
覚醒した俺ですら足蹴にすらしない。
呼吸するような労力で、圧倒した。
その時の副産物で、封印が緩み元の120%の力で能力を使えるようになった。
しかし支倉の横暴により、一度監獄に冤罪として投獄された。
その際とんでもないゴミみたいなハエに出会ったが……どうでもいいか。
そこで俺は合法的な手段によって脱獄し、その後色々あって髪の毛の4分の3が白くなった。
それが今の状態であり、恐らく200%のパワーで、ギフトを使い続けることができる。
しかしその所為で母さんがしばらく家に帰れなくなった。
一人暮らしができない俺は、早苗の家に宿泊させてもらうのだが、どうでもいいことで喧嘩別れをしてしまい、今度は真百合の家に引き取ってもらった。
その時、宝塚生罪という真百合の妹が、真百合と喧嘩をするというハプニングがあった。
しかし、それよりも重大なことが起きてしまったため、ほとんど気にしなくなる。
俺と早苗とシュウと真百合しか覚えていないが、俺達はコロシアイをしている。
それも一度じゃない。
何百何千とだ。
それは、真百合のギフト、世界をやり直す反辿世界のお陰でもあり所為でもある。
このお返しをしないといけなくなり、俺達は支倉に喧嘩を売った。
道中支倉の孫に邪魔をされ、挙句の果てはギフトを有害なものに変えるという、ウルトラXなことが起きたが、何とか支倉という組織を無事潰すことには成功した。
しかし、だ。
しかしである。
ありとあらゆる事件で、神薙信一という男が関わっている。
そして恐らくは全てあの男の掌の上で、俺達は踊っているであろうこと、その結果どうなるのか全く分からないことが、ややこしい。
何より、どんなに強くなってもあの男にだけは全く勝てるヴィジョンが見えないのが、状況のおぞましさを引き立てている。
「何度も言いますけど、どうしようもないんですから、対処法なんて考えるだけ無駄です」
諦めた口ぶりで、俺を諭す。
実際あいつは俺達に対して致命的な何かをしていないのが厄介。
敵なら敵らしくしてほしい。
戦っても勝てないのに、戦う理由すら与えてくれない。
天災のように、俺達はあいつがやった後で、鼠のように細々と何かをする。
そんなんでいいのかなってという不安だけが、確かにこびり付いている。
「分かりませんよ。そんなのは」
持っていた白いハンカチを振りながら、こっちを見ずに答えだったのだった。
そうこうしている間に、下駄箱の前まで辿り着いた。
「空気が悪いですね」
「そうだな」
今この博優学園では2つの派閥が出来ている。
1つは毎度おなじみ宝瀬陣営。
宝瀬は世界の半分の財産を所有する天下、いいや天上の組織。
次期党首が内定しており、その代理すら完璧にこなした、宝瀬が生んだ万能の天才こと宝瀬真百合。
天がありとあらゆるものを与えた才色兼備の彼女を慕うものは多い。
だがそれはあくまでも彼女の富であったり美貌であったり、そういうのが目的。
いうなら打算的なグループであり、宝瀬真百合という非現実的な要素を考慮しなければ、まだ現実的な存在。
そしてもう一つ。
衣川早苗を中心としたグループが存在している。
規模は百人程度と全校生徒の十分の一も満たない。
素材としても、彼女以外は多くても砂粒が良い所だ。
しかしそういう次元の話ではそのグループの本質を表せない。
もっと深い、いわゆる絆で繋がっている。
この地球上にはもう存在しないが、支倉が未だ存在したとして、そいつがあり得ないが真百合よりも美人だったら、真百合グループの多くはそっち側に流れる。
しかし早苗の上位互換は現れない。
衣川早苗を教祖としたその団体は、彼女こそが真であり主。
早苗はこの事を仁義や任侠と言っていたが、そんなわけあるかと全力でツッコミたい。
こうなってしまった場合、手っ取り早く解決するのは頭2つの和解なのだが、扉越しで聞こえるその声を聞けば、和解なんてものは不可能に思える。
「早苗、前から思っていたのだけど指定暴力団が誇り高き学び舎に居座るなんてあってはならないと思うの。だから今すぐこの退学届けにサインをしてくれないかしら」
「しないぞ。それに自分が受け入れられないものを、すぐ排除しようとするのは真百合の悪い癖だぞ。改めたほうがいい」
御覧の通りの犬猿の仲。
しかもそれを見守る外野も外野で
「いくらなんでも早苗さんにあんなこと言うなんて……許せない!」
「いや、何言ってんだ。残党だぞ」
「何言ってんだ兄さん!」
「こいつ……兄であるおれを殴りやがったなあ! ぶっ殺してやる!!」
とまあ、酷い事酷い事。
一触即発の爆弾がそこらかしこにあるのだ。
勝手に連鎖的に爆発していた。
「嘉神さん。止めませんか?」
「え? 俺が? 何で?」
こっちに被害が無ければ、別に止める必要はないし。
「まあいいです。サイコパスさんに常識的な行動を求めるわたしがアホでした」
人をサイコパス呼ばわりするのは良くないことだと思います。
「仕方ありませんね」
月夜さんは手鏡を取り出し、一度笑顔の練習をした。
「よし」
ガラガラと勢いよく扉を引き
「おはようございます!」
とまあ、馬鹿みたいに明るい挨拶をしたのだ。
そんなことをされたら、喧嘩ムードだった空気は、少しは緩和できるだろう。
空気を変えるという目的は無事達成されたわけだ。
そこに颯爽と俺が登場。
「嘉神君。おはよう。今日もいい天気ね」
先ほどの敵を狩るような声とはうって変わって、女神のような透き通った声が響き渡る。
しかし響き渡ったのは彼女の声が透き通っていたからではなく、単に俺が入ってきた瞬間、水を打ったように静まり返ったのだ。
悲しい。
無視しているわけじゃなくて、厄介事に関わらないようにしているのだ。
理由ははっきりしている。
俺がその気で息を吸えば、この教室内は真空になり、逆に息を思いっきり吐けばこの教室はブラックホール内と同じくらいの加圧が加わる。
簡単に殺せるような輩に、親しく接することなんて難しい。
ただそれは俺だけができるんじゃなくて、現在連れションで教室内にいない時雨驟雨や、真百合、はたまた月夜さんだって出来るはずだ。
しかし世間的に俺が最強であるという情報。
人と接するというコミュニケーション能力は5人の中で、俺が最下位であること。
その結果がこのドーナツ化現象なのだ。
いいもん。
100人に好かれなくったっても、大事な何人かと親しく出来ればそれでいいもん。
ぐすん。
そんな俺を知ってか知らずか。
「ちょっといいか?」
早苗が俺に話しかけてくれた。
「どうした?」
しかしこのタイミングでホームルームのチャイムが鳴り始める。
「この後ちょっと時間を作ってほしい。相談したいことがある」
「あ、ああ」
初めは早苗にまた羽衣会の真相がばれたかと思ったが、表情から察するに何やら俺に頼みたいことがあるようだ。
教室の外にいた生徒が小走りで、そして目を合わせないように己の席に向かう。
だが俺はこういう目にあっても、学校に行く選択をしたことに後悔はしない。
前途多難こそが青春ではないだろうか。
1か月ほど遅れたが、いよいよ2学期。
よく学び、よく楽しんでいこう。
「ん? 高峰先生くるの遅くない?」
我が2年10組の担任高峰恭子氏。
環視の役割があるため、生き方はルーズだが、時間だけはきっちりしていたのだが……
それとも始業式だから職朝が長引いているんだろうか?
なんて心配は杞憂だったようだ。
廊下から靴音が2つ鳴り響く。
「ん?」
2つ?
1つじゃないのかという疑問。
そしてその足音は女性にしてはかなり大きかったことに気付いた時には……もう遅かった。
スライド式の扉を開くのでも引くのでもなく、持ち上げて入室したそれに俺達全員が三者三様のリアクションをした。
あるものはその2mを超える巨体に驚き、あるものはその後ろに歩いている女性に見惚れ、そして俺達は全力で頭を抱えた。
「高峰先生はどうした? そういった疑問はあるだろうが一先ず俺の自己紹介をしよう」
そいつは大きな手でチョークを握り、器用にも明朝体で一字ずつ計4字を書いた。
「『神』を『薙』ぎ『人』『言』のみを『一』とする」
忘れることなんてない。
「神薙信一だ。これから半年よろしく頼むぜ」
早退したい。




