神無月の始まり 1
8章です。
テーマはあらすじを見て、1つ明言しないことがあります。
8章から物凄いインフレが起こります。
旧暦神無月、新暦では10月の頭。
今日からいよいよ二学期が始まる。
正確にいえば2学期自体はとっくの昔に始まっていたのだが、諸事情により開校されなかった。
だが本日、ようやく開校され、2か月ぶりの登校日となったのだ。
そして新しく始まるのは何も学校だけじゃない。
おんぼろアパートで母と2人暮らしだったが、そこに父さんが加わる。
嘉神一家は新築の家で、一家3人仲睦まじく食卓を囲む…………何てことは無い。
囲むのは2人だけ。
「一樹がオレの事嫌いのは分かっているけどさあ。せめて食事くらいは一緒にしてくれたっていいじゃないか」
種主の嘉神一芽と、
「そうだよ。折角のおいしい朝食だよ。いっしょに食べよ? ね?」
その宿主もとい母親の嘉神育美。
「やだ」
俺は離れた所で、ちゃぶ台の前で黙々とカップ麺を啜っていた。
そもそも俺はヤカンに水を入れ、湯を作るなんて芸当を出来ないのだが、
「今日は中々いい湯加減じゃないか」
「そう」
小間使いの、嘉神アンリにやらせれば問題ない。
彼女は旧姓支倉アンビというのだが、これまた諸事情により拾った。
お嬢様故か、はじめはヤカンの使い方すら知らない常識知らずだったが、今ではこうして俺よりうまく使えるようになっている。
「もう10月だよ。ずっとそのままでいる気?」
「父さんが作った飯を食べる気になれないだけ」
生理的に受け付けない。
あれが作った物を、胃に通すなんて考えられない。
「カップ麺とコンビニ弁当だけだと、お腹壊すよ」
一見真っ当なことを言っている。
「超悦者は余程まずいものじゃないと、お腹壊さない」
しかしその真っ当は俺に届かない。
「1口だけ、1口だけでいいから。ね」
こう母さんがなんとかして俺に食べさせようとするのだが、
「無理なものは無理だって。ノリで犬のくそは食べれない」
俺だって譲れないものはある。
「母さんそんな我が儘に育てた覚えないよ!」
そのお叱りは、理にかなっているものもあるが、しかし
「いいんだ。オレが悪いんだから」
それを父さんが窘める。
ふ~ん。
本人たちの前では絶対に言わないけど、何となく察する者がある。
俺の力と記憶は父さんに封印されている。
その為、6歳よりも前の記憶はほとんど存在せず、世界で2番目に強いとされている現状ですら、本調子とは程遠い。
今現在どちらも封印されて不自由なく過ごしているため、特に元に戻してほしいという感情は無い。
だが、それはあくまで俺個人の感想であり、父さんからして見れば何としてでも封印を解いてはいけないと思っているだろう。
その理由が何なのか、記憶を封印された今、俺に自力でそれを知る手段は無い。
嘘ついた。
実はある。
1回くらいしか使っていないから、思い入れも糞も無いんだが、俺は歴史を知るギフトを持っている。
つまり過去に何があったのか、知ることは可能なんだ。
だがさっき言った通り、どうでもいいとすら思っているし、記憶の片隅に残っているショッキングピンクの女の子だけは、若干の気掛かりがあるが、それでも若干でしかなく、ギフトを使ってでも知りたいなんて思えない。
話が逸れたが、つまり父さんは俺に対して何か強く当たれない。
1回だけ、事実を言って逆ギレされたことはあるが、それだけだ。
結局父さんは、俺が何言っても強く言い返せない。
俺がこうして食卓を囲まないのは、9割9分は生理的嫌悪だが、残りの1分は、その確認をしたかったのも含んでいる。
結果はこれだ。
感想?
『ふ~ん』としか言えない。
「折角の2学期だから、早めに登校する」
そう言い残し、宿題を詰めた鞄を背負い、家から出た。
「あ、アンリちゃん。外に出たかったら連絡してね。分身体を寄越すから」
「分かった」
多分彼女はそんなことはしない。
外に出て息抜きをするよりも、俺と必要以上に話す方が嫌がるからだ。
「もう一度部屋の掃除だけしておけば、あとは家の中で何をしてもいいから」
「……お前、ほんとうるさい」
間違いなく俺が知っている中で、俺の事が一番嫌いな女だ。
まあ親の仇なんだから、仕方ないといえば仕方ないが。
「じゃ、いってきます」
「……死んでらっしゃい、じゃなかった。いってらっしゃい」
酷い言い間違いではなく、単に本心が漏れただけだ。
まあ、嘉神アンリは俺を死ぬほど憎んでいるが、俺は別に何とも思っていないから、トントンだな。
小さな門の向こうには、1人の女性が待ち構えていた。
金髪碧眼の褐色女、朝雛ざくろ。
見た目だけでも十分に目を引く彼女だが、それすらも霞むほど朝雛は人の視線をくぎ付けにする。
なんと、人の家の前で朝っぱらから、コーランをしていた。
くっそ迷惑。
「今日はコーランの気分なんだな」
この朝雛という女、実は毎日祈り方が変わっている。
昨日は十字架を握りしめ、一昨日は座禅を組んで祈っていた。
その事を聞いたら
「嘉神様。信仰で最も重要なのは、その信じる心です。それを無視して、祈る姿勢に拘るのは本末転倒だと思いませんか?」
という信者によって信仰対象が説得されるという前代未聞のことが起きた。
「他所の邪魔になってないか」
だがその点は諦めて、別の視点で指摘する。
住宅の前なんだから車だって通る。
そんな公道に座り込んでいたら邪魔になって仕方ないんじゃないか。
「なりましたが何か?」
こいつぇ…………
「確かに邪魔になったと思います。ですがここは住宅地。迂回しようと思えば簡単に出来る場所です。皆さん嫌な顔をして避けてくれました」
迷惑行為しまくってるじゃないか。
ぶっ殺したろか。
「ですが彼らはワタシに注意はしませんでした」
「そりゃねえ。そんな恰好をしていれば、話しかけづらいだろうな」
嘘じゃないが、それだけで真では無い。
こうペラペラ日本語の話してはいるが、見た目はどう見ても外人だ。
話が通じなそうに思えて仕方ない。
話しかけた所で日本語が通じるとは限らない。
全く、黒人は日本に来るとき、全身に小麦粉まぶしてから来てほしいものだ。
まあ、これを直に言うと完全にこっちが悪者になるので、心の内にとどめておくが。
「それは良かったです。こんな頭のおかしい服を自作した甲斐がありました」
「そ、そうか」
確信犯かよ。
確かに和洋折衷の宗教服をハロウィン以外に身に着けられちゃ、話しかけづらいだろう。
悪い男以外には。
そういう時は、朝雛ざくろの嫌な思いをすると周囲に厄災をまき散らすギフト(名前は絶対に言わない)で、撃退できるわけだ。
「その程度の事なんです。後にあーだこーだ影口を叩くでしょうが、それだけしかできません」
「それでも迷惑をかけているだろ」
人に迷惑をかけるなと親から教わらなかったのか。
「でもワタシは嘉神様に御祈りを捧げたいです」
「お、おう」
なんつう女だ。
「ワタシは妥協できません。通行人は迂回でもして妥協できます。だったらワタシを優先するべきでしょう?」
さも当然のように話す朝雛。
分かっていたが、こいつは本当に、クズだな。
「助け合いの精神とか、隣人愛とか、そういうのはないのか?」
やはり俺が何とかしないといけない。
宗教倫理を植え付けないと。
そう思っていた矢先、この朝雛はとんでもないことを言い放った。
それはきょとんとした、さも当たり前のことを言われたような、そんな真顔でった。
「宗教の本質は自己満足でしょう?」
ぐうの音も出ない正論を、まさかこいつから聞くとは。
「死後救われるという自己満足、他人を救ったという自己満足。それこそが宗教です」
ほんとなんやねんこいつ。
「助け合って満足して、愛して満足する。人は結局、助け合わないと生きていけないんですし、だったら助けた時によりメリットを感じられるような教えを持っていた方が、生きる上でお得だと思います」
こいつはあれだ。
宗教が好きなんじゃなくて、取りあえずなんか信じとけと思っている人だ。
だからこうして俺に傅きながら話をしているが、気に食わなければ平気で切り捨てる。
信じる行為が大事であり、何を信じるかなんて微塵の興味が無い。
俺をこうして信じているのだって、力の存在を一番身近にそして如実に感じたからだ。
より大いなる力を持つ者を知れば、改宗を平気でする。
つまり裏切りに躊躇が無い。
熱心なくせに、ものすごいドライな奴だ。
そうこうしている間にまた一人、怪しい目を向けながら俺の前を通っていく。
関わりたくないのだろう。
そしてそれを横目で見ながら朝雛は
「ワタシに言わせてもらえば、日本人は愚かです。宗教なんて入信するか、迫害するかの二択しか存在しないのに、無関心という最も愚策な選択肢を取り続ける。しかもそれをカッコいいと思っているのが、たちが悪い」
と、明確に近隣住民の悪口を言った。
おっと。
ネットにおける日本人批判は、かなりグレーだから気をつけろよ。
「現に他の宗教を受け入れた西欧はイスラム教徒に呑み込まれていたでしょ。受け入れるなんてアホな考えを持つからああなったんです。滅ぶのは当たり前です」
以前言ったこともあるが、正義の反対は別の正義というのは圧倒的な間違えだ。
何時だって争いは、善と悪、悪と悪のどちらか。
だからこそ、慈悲や寛容が悪。
初めはこの子が、月夜さんによく似ていると思っていたが、俺と月夜さんと真百合を足し合わせて5で割るのが、一番近づく喩えになるのではないか。
まあ俺と真百合は、こんな奴とは違って精神構造は正常なんだがな。
「ところで嘉神様。歩いていくのでしたらそろそろ出発しないと、遅れるようなことになりますが」
早く出発したとはいえ、こう話し込んでしまうと意味がなくなる。
世界の停止も、瞬間移動も、超スピードも使うことができる。
1秒もあれば、否、1時間遅刻したとしても俺は遅刻せずに登校できる。
かといって学校に行くときにはわざわざ使わない。
家に帰るまでが学生なら、家から出た瞬間も学生だ。
学校に行くのは、勉強をするためではなく、学生を全うするためだ。
無論学生の本分は勉強だ。だが勉強するだけなら、塾に行けばいい。
それ以外のモノを得るために、俺はこうして学校に行く。
だからこそ、学生らしく歩いて登校すると決めている。
「そうだな。なんなら玄関前の掃除を頼もうか」
もちろんこいつを放置するとろくでも無いことになるのは分かっているため、ある程度の仕事は与えておく。
こうして崇拝者によるお告げが、信者に与えられた。
「砂粒一つ残さないよう頑張ります」
そこまでしろとは言っていない。
本当にこいつ、どうしよう。
8章の間アクションからローファンタジーに変更します




