善意の矛先
絶対に100点を取らせたくない数学の先生が、出題範囲内でのトンデモ問題を、みんながやる期末テストにだした気分
200%誰一人気づかないだろうなという自信がありますが、文句は受け付けません(駄目先生感)
そしていつもの倍長いです
沈黙の666から1カ月弱経過した。
今までに何があったか、取りあえず今は振り返りたくない。
この状況に比べれば全然たいしたことないが、とりあえず疲れたとだけ言っておく。
だが今の状況ははっきり言ってあの時のそれとは比べ物にならない位まずい。
対処できないからだ。
それでも俺達はその話をするため、学校の真百合食堂で集まっていた。
集まっているのは俺と真百合と月夜さんの3人。
ここで話をするのは別の女の事。
「第一回早苗さんについて会議~~ぱふぱふ」
月夜さんが開幕の音頭を取る。
これから話をするのは衣川早苗のこと。
嘘偽りの無い早苗の話。
俺達はあいつについて話し合い、正しい見分を持たないといけない。
「なあ月夜さん。あれはいったいどういうことだ」
「あれといわれてもですね」
俺が言いたいことをすでに察しているくせにとぼけている。
「早苗は一体何をされた?」
「何をされた? 質問としては『何をした?』が正しいですよ」
沈黙の666により超悦者でないギフトホルダーはすべて薬物に犯される苦痛を味わった。
その痛みは、それ単独で死ぬようなものである。
しかも全世界トップの支倉が一晩にして滅んだんだから、それによる社会情勢(むしろこっちが被害としてメイン)もまた無視できない。
推定1億人の人達が、その命を絶ったが、これもまた今は思い出したくないからパス。
今重要なのは第一次被害のギフトホルダー強制中毒のことだ。
ギフト持ちの早苗も例外ではなく、等しく下手をすれば倍の苦痛を受ける。
はずだった。
俺は神陵祭町に戻ってきて、まずは早苗の安否を確認した。
しかし
早苗はそもそも苦にしていなかった。
男も女も関係なくのたうち回る苦痛を、早苗はちっとも気にしていなかった。
平常に平穏に行動していた。
いや、平穏にというのはうそになる。
衣川の力を使って、町内放送で町中の人達に呼びかけをしていた。
自分も苦しいはずなのに、町内全体を励まし合った。
その結果、神陵祭町内で死んだ人は一人もいなかった。
ただ一人もいなかった
1カ月間で推定1億人が死んだ大惨事で、誰一人も死ぬことは無かった。
人類は地球上に40億程度存在し、そのうち1億人が死んだ。
単純に死ぬ確率は1/40 生きる確率は39/40=0.975
2万人いる町内の住民が全員生きのこる確率は…………ざっと1.237×10^-220
数字で書くと分かりづらいなら、5億円の宝くじに当たる可能性が10^-8といえば、あり得なさを理解してもらえるだろう。
天文学者ですら拝むことのないだろう確率が発生した。
それを偶然だといえるほど、俺達は馬鹿じゃない。
世間には俺か真百合が何かをしたと噂されるが、残念なことに俺達は特に何かをしたわけじゃない。
早苗に励まされた、神陵祭で生きとし生けるみんなが口を揃えてそう言う。
早苗のお陰だと、みんなが屈託のない笑顔で笑う。
家族との旅行とか、友達との修学旅行とか、そんな懐かしく素晴らしい思い出を語るかのように俺達に話すのだ。
地獄だったあの世界を、さなかもいい思い出のように話すのだ。
それはまるで家族は皆死んだけど、自分だけが聖人に助けられたことを大々的に聞ききかせる信者の様で。
気持ち悪いとすら思ったこともあった。
「何が起きたのかを説明するよりも、嘉神さんたちの認識を正す方がより端的で的確に説明できます」
その状況を引き起こしたのは、ただ早苗の意思だと月夜さんは言う。
「俺が何を誤解しているって?」
「それはもちろん、早苗さんのことです」
俺達が誤解している早苗のこと。
「言ってみてください。嘉神さんが思っている早苗さんの特徴を」
「Cカップで髪の毛が赤く……」
「そうじゃなくて、内面的特徴です」
早苗の内面的特徴。
そう言われて第一に思い浮かべたことを口にする。
「すぐ怒る」
「ダウト、です」
しかし月夜さんによって0秒で否定される。
だがそれは納得いかない。
例え似たようなことを香苗さんからきいていたとしても。
「嘉神さん、知らないふりは良くないです。あなた、聞いてましたよね。衣川香苗さんから」
やはり彼女に隠し事は意味がない。
「何があったの? 何の話をしていたの?」
真百合が聞き出す。
「真百合は知らないかもだけど、入学式が始まって一週間。俺にもいろいろあったんだ」
俺がまだ宝瀬先輩とすら呼べなかった頃の話。
自分が能力者だと分かり、早苗に殺されかけ、お互いの事情を知り、お泊りと喧嘩をしながら、一度停学になって、黒幕を倒し、白仮面から逃げた話。
「大体の事情は知っているから、私が知っているという前提で話していいわよ」
何で知っているのかは聞かないでおこう。
「早苗さ、あのアパートに泊まったことがあるんだ。その理由が香苗さんにそうしろと言われたからなんだが、ぶっちゃけあの人の交友関係なら俺以外にも他に頼りになる人がいたと思うんだ」
今の俺ならば間違いないだろうが、あの当時の俺にそこまで娘を託せる力があったわけじゃない。
勘と言っていたが、本当に勘だけで娘を男の家に預けるのか。
長期にわたる宿泊の時、丁度いい機会だと思った。
「だから先々月、聞いたんだ。なんであなたの娘さんを俺なんかに預けたのか」
「それで、何と答えたの」
そこで聞いたことはオフレコでと言われた。
しかしここまで来ると真百合に話さないといけない。
心の中でごめんなさいと謝る。
「早苗が俺に理不尽に怒ったから、らしい」
「……そう」
早苗が怒ったから任せた、その理由がいまいちわからない。
「でも早苗はいつも怒っているし」
「いつもっていつですか?」
言われてみればそれはいつか?
頭の中で数える。
「俺が覗いた時、自分が襲われた時、コロシアイに巻き込まれた時、あともう一つ」
羽衣会で俺を説教した時。
「怒るって3通りあると思うんです。1つは自分の上に対しての憤るという怒り。2つは対等な相手への自分の意志を通す怒り。そして最後に上の者が下に教える類の怒り、です」
「そして早苗は、基本的に3番目でしか怒らない」
真百合も続くがだからこそ納得できない。
「俺が覗いた時はどう考えても違うだろ!」
他の理由は確かにそうだが、最初は間違いなく違う。
覗かれて殺そうとするなんて、どんなに考えても3番目にはならない。
「ええ。嘉神さんのときだけは精神的に対等なんです」
しかしそれは俺だけが例外ということで処理された。
「言うならば、子供に怒る母親と、その夫との夫婦喧嘩です。同じ怒りですが根源は全く違うでしょ」
その喩えは、適切なようで適していないようで、実際は喩えにすらなっていないんだろう。
「あなたの前では女になりますが、早苗さんは母親のような存在です」
その言葉の意味を未だ俺には分からない。
全力で分からない。
「もう何が言いたいか分かったでしょ。それともまだ、分からないふりをするつもりですか」
そして月夜さんは言い放つ。
隠された事実、否、俺が知らないままでいようとした真実を。
「衣川早苗は、ホンモノの聖人です」
「あり得ない。それは無い」
それでもまだ俺は認めない。
月夜さんの発言力は、ここにいる誰よりも強いのに、見っともなく抗う。
「聖人だと? だったら俺を例外にするな。隔たりなんて作るなよ」
平等にIせよ。
「ふふ。確かに一理ありますがそれはまた嘉神さんにも言えますよ」
「早苗さんと喧嘩しただけで停学になるあなたが、
早苗さんを守るために自分の信念を諦めたあなたが、
早苗さんから嫌われないよう自分の正義を隠したあなたが、
自分を例外にするなとほざきますか」
「~~~~!」
「とはいえ少し主張は分かります。嘉神さんは偽物ですが早苗さんは本物です。偽物は所詮偽物で、何をしても許されるところはありますが、本物は本物であり続けないといけない。求められているモノが違います」
だからこそ本物であれば、偽物よりも優れている。
「ですがそれもまた仕方ないことです。早苗さんは未完成、仏教でいう所の悟りを開いていない御釈迦様といった所でしょう」
完成しきっていない。
全力で未完成の本物。
「それに自明の理ですが、聖人と呼ばれるべき人は須らく地獄から生まれます。
貧困、洪水、戦争、飢饉、伝染病などなどから逃げるため、人は他者に救いを求めるんです。
しかしわたしたちの時代は、天国とは言いませんが地獄でもないでしょう。聖人が本当の意味で誕生する環境が整っていないんです」
キリストもブッタもムハ○マ○もマザーテレサも、誕生した背景に全て地獄と呼べるものがあった。
誰もが救いを求める時代だった。
だが現代人は絶望を感じようと、心のどこかで地獄じゃない事は知っていた。
この時代に救いはいらない。
だから近年聖人は極端に減った。
「生まれる時代も場所すらも間違えたといいますか…………折角なら第二次、第三次世界大戦の時に生まれるべきだったんでしょう」
そうだったら、彼女は教科書に載っていたと思います。
月夜さんは本心からそう思っている。
「とはいえ、嘉神さんの所為かお陰か、一度地獄を作ってしまいましたからね。突如死の苦痛を訴えだし、流通は崩壊、交通網は停止、情報網もパンク寸前。それは正に地獄でした」
そして地獄が出来たんだから
聖人が誕生するゆりかごが完成したんだから
「だからこそ、早苗さんは目を覚ましたんです」
真の力が解放できるようになった。
結局の所全部俺が悪い。
俺が勝手に勘違いをして、俺が勝手に押さえつけた。
だからこそもっと救われていた人を、早苗は救えなかった。
仮に俺が浄化集会の時死んでいれば、こうはならなかったかもしれない。
月夜さんは口にしないが、間違いなくそう思っている。
「今にして振り返ると、浄化集会で枯野を中心に教えを広めようとわたしはしましたが、ある程度形になれば、寝首を掻いて早苗さんをトップにしていたんだと思います」
まあこれは、ただの推測ですがと付け足された。
でもあんな奴がトップとして組織をずっと続けられるのか、と聞かれたら無理だろと即答する。
それを理解できない多幸福感じゃないのなら、やはり他の方法があったのだろう。
「今にして振り返れば、の繋がりで私が何で早苗を嫌っていたかを話すわ」
聞くのは怖い。
「なにがあったんだ?」
だが聞かないといけない。
「泣かなかったの」
泣かなかった。
それ一つでは何も問題がないように思える。
「確かに俺は早苗が泣いたことを見たことないが…………」
しかし真百合が言い放った一言は、俺を絶句に追いやることを、いとも簡単に促した。
「そうじゃなくて、あの子。自分の父親の葬儀で涙一つ流さなかったわ」
自分の父親の葬儀で泣かない。
俺も泣かないと思うが、それは仲がよろしくないからであり、早苗が父親と仲が悪かったなんて聞いたことないし、あり得ないと断言できる。
「自分は涙一つ流さず、ただ母親を慰めていた」
なんて優しい子だ。なんて強い子だ。
――――そんなわけあるか。
「馬鹿言うなよ。その時ってまだ幼稚園児だろ?」
「ええ。わたしの両親が生きていた頃ですし、間違いなくそれくらいでしたね」
5歳児が父親の死を前にして、そんな強い行動をとれるわけがない。
「ひょっとして早苗は死を理解していなかっただけじゃないか?」
「多幸福感が早苗さんに警告をしたって覚えてませんか? 当時から、ちゃんと死を理解しています」
確かに振り返るとそうだった。
あいつは何だかんだで、全部わかっていた。
「あの子は確かに泣かなかった。あの時葬儀場にいた衣川も参列した私達宝瀬も含めて、誰よりも強かった」
その温血の精神は、誰よりも勝っていて
「1つ2つ上の世代含めて誰よりも優れていた私が初めて、自分が絶対に勝てない存在を感じ取った」
それはあの真百合すらも上回って
「見ただけで敗北した」
彼女に初めて土をつけた。
「気持ち悪いとすら思った」
俺が神薙さんに感じるような感情を、真百合は早苗に感じとった。
「だからその記憶を封印して、避けることだけを考えた」
嫌いだという記憶だけを残して、その理由を忘れ去った。
だから真百合は早苗を避けるために、早苗を嫌った。
人間危険なものには嫌悪感を抱くが、まさにそれだった。
だがそれでも
「まだだ。まだ認めない。早苗は普通の他人よりちょっぴり甘い女の子だ」
状況は限りなく苦しいが、早苗は一般人のはずだ。
「精々特徴はヤクザの一人娘で、あとは家事が上手い女の子。ならばその主張を根本から崩してあげます」
その一言こそ
「いいですか。聞きもらさないように、そして見逃さないように、よく聞いて見てくださいね」
彼女が聖人であることを決定的に裏付ける。
「なんで正義の味方の嘉神さんは、ヤクザの存在なんて認めているんです?」
それはもちろん、理由は一つしかない。
「衣川組はヤクザでありながら、思ってたよりも悪い……や…つ…………ああああああああ!!!!!!」
この感覚は閃き――ではないのだろう。
ずっと忘れていた大事なことを、指摘された感覚。
実際に椅子から転げ落ちたが、精神的には崖に真っ逆さまで落ちた様に青ざめた。
「思っていたよりいいヤクザ? そんなのいるわけないでしょ」
思えば最初からずっと思っていたことだった。
義務教育を受けていれば、どんな馬鹿でも分かる論理。
「日本有数の勢力を持っていながら、そんなに悪い事はしていない指定暴力団。頭おかしいでしょ。漫画か小説の読み過ぎです」
そうだ。あり得ないんだ。
最初からいいヤクザなんて、あるわけがない。
「ですが、糞ッたれの組織を聖人が正した。そう言えばどう思います?」
可能性は低い。低いが、あり得なくはない。
「ゴミカスなのは外面だけで、実は内面は任侠に溢れた優しい組織
底辺ゲロ野郎だったけれど、聖人に優しく諭されて改心した組織」
完全なるゼロと、天文学的数字。
賭けるのならば
「どっちがまだあり得ると思いますか。わたしは後者を支持します」
俺もまた後者を支持する。
クズはどこまで言ってもクズだ。
だがだからこそクズとしての役割はある。
正しき人の噛ませ犬になっても、疑問は沸かない。
「これは聖書に書かれてあるような一説なんです。彼女が産まれおちた時、そこは悪意に満ちていました。しかし幼いながらも早苗さんは無法者を正しい道に導きました。 ね? それっぽいでしょう?」
そして先月も、苦しみに悶える子羊を導いた。
衣川早苗の聖人的武勇伝がまた一つ刻まれた。
「違う……! 早苗は言っていた! あいつらは最初から優しかったって。実はいい奴だったって」
「嘉神さんは子供の頃の記憶あります?」
「ない……けどさぁ…………」
俺は全くない。
だが明確に全部覚えている人もまたいないだろう。
「早苗さんもあんまり記憶は残っていないんですよ。でもだからと言って何もなかったわけじゃないのは分かりますよね?」
行動していた。
聖人の血に触れた水は、極上のワインになるように。
ギフトに理屈を求めるのはおかしいように、聖人もまた理屈じゃない。
ただそうなったという結果だけが残る。
「言葉を覚えたての、目を覚ましていないガキに諭されたんですよ。衣川組は」
だから早苗視点は元ゴミが最初から良い奴等に見える。
早苗は自分が作った善人集団を、そういうものだと認識している。
そして子供のころから凄かったという逸話もまた一つ語られた。
「だ……だが、早苗はヤクザを継ぐ気で」
「まさかとは思いますが、宗教団体と暴力団にイコール関係はないなんていう甘えた考えを持ってはいませんよね」
「…………」
「この時代です。何だかんだでそう言う後ろ盾が必要なのは事実。しかしそれをしてしまうと、評価は悪くなる。ならば手を組んでも評判を下げない組織を先に作ればいいんです」
そしてこれから衣川組というヤクザの皮を被った宗教団体は、全世界に広まっていく。
「早苗は意図してやっているのか?」
「いいえ。完全に自覚はありません。そもそも彼女自身は全ての人達が善人だって心の底から思っているはずです」
俺も同じ性善説(善人じゃ無い奴は人間じゃない)だが、早苗のそれは全も悪も一緒くたに善にしてしまう。
黒も白も、新しいレイヤーで上書きするような暴力の善
「「「…………」」」
納得はまだしていない。
だが状況がそうだと告げている。
「別にですね。だからどうしたってことなんです。わたし達とは違って早苗さんのは誰かに迷惑をかけるなんてことは無いんですから」
だがそれは彼女だから言えること。
誰よりも幸福を追求する彼女だから言える、無責任な答え。
あんなのを見てしまえば、それでいいと口が裂けても言えない。
「訂正しなさい」
「真百合さん以外には、迷惑をかけません」
ただ誰よりも優しいだけ。
神薙さんが苦手意識を持つくらい、あいつの精神は優れている。
常人からすれば正のベクトルで異常値を取っている。
「単に嘉神さんの認識が間違っていると指摘しただけです。それだけで早苗さんが何か変わっているとかそういうのじゃないんですから、そこは安心してください」
俺はその言葉を信じていいかは分からない。
だって結局、それは神薙さんに操作される代物だから。
「嘉神さん。ちょっと席を外してもらっていいですか。真百合さんと2人で話をしたいです」
「ああ。分かった」
情報が多い。
一人で処理したいこともある。
悩むことなく、一度屋上にテレポートした。
*****************************
「わたしがこれから何を言うか、察しの良いあなたならもう分かっているはずです」
「……ええ」
吐き気すらも愛でてしまいそうな現実が、私に重くのしかかる。
「嘉神さんは、正しさに狂っています」
「そして早苗は狂っているほど正しい」
かつて私は男女の関係は正反対にするべきと言った。
美しいとすら感じるシンメトリー
「お似合いですね」
頷きそうになるのを堪えないといけない。
「客観的に考えて、どう考えてもくっつくのはあの2人なんです」
「やめて」
「やめません。ここで止めると本当にあなた、負けますよ」
分かっている。でも反射的にそう言ってしまう。
認めたくない。
「嘉神さんにとって早苗さんは例外です。ですがそれは早苗さんもまた同じです。彼が出しゃばれば彼女は一歩引きます」
大和撫子のように、殿方を立てる。
良き日本の夫婦関係
どっかの誰かが、私と嘉神君では足を引っ張り合うと言ったがとんでもない勘違いだ。
真に足を引っ張るのは嘉神君と早苗。
足を引っ張って、お互いを通常に戻す。
「だからこそ嘉神さん視点では、例外こそが通常でした。逆に真百合さんは常に避け続けていて彼女の本質を見ようとしなかったから気づかなかったんでしょう」
仮に真剣にあいつを見ていれば、眠っていた彼女の本質を私だけは気づけていたかもしれない。
だがそうしなかった。
その結果があれだ。
「以前わたしは、わたしたちの関係をジャンケンと喩えました」
初めは幸こそがグーだと思っていた。
しかしそれを聞いた彼女は私の事を無能だと罵った。
「誰が最強かの宿題を出したと思います。今が提出日です、答えを聞きましょう」
苦虫を噛み潰す思いで、細くその名を口にする。
「早苗」
「正解です」
答えは早苗。
彼女こそが最強
「耐性も超悦者も何だかんだで精神なんです。それにそもそも戦闘だって精神的に強い方が勝っています」
結局の所どんなに強いギフトを持っていようが、戦うのは人。
人が人に勝つだけ。
ギフトはあくまで武器。
しかもそれは配布されたものに過ぎない。
「そして恐ろしいことに、早苗さんのメンタルは神薙信一を超えています」
「……嘘でしょ」
まさかあれが負ける要因があるとは。
そしてだからこそ絶望的真実である。
「それは即ち、早苗さんは文字通りの最強です」
今にして振り返ってみれば、早苗の精神が他者よりも強かったことを思い出す要因はいくつかある。
殺し合い事件で解毒カプセルが必要になったことがあった。
あの時嘉神君は早苗のお腹を切り裂いたけど、その際早苗は鬼神化により感度が十数倍になっていたはず。
でも体力的に戦闘不能になっただけで、最後の集団戦には痛みなんてなかったように参加していた。
本来回数制限があるシンボルを使って問題ない理由も、早苗のメンタルが異常に強いからだろう。
メンタルが最強である伏線は無かったが、強いと気づく要因は間違いなく私にもあった。
ゲームで喩えるなら、早苗はMPが∞でINTがカンストしている戦士。
あいつのシンボルを私があいつと同じように使えるのなら、嘉神君(二位)にも王陵君子(一位)にも嘉神育美(零位)にも勝てる自信はある。
はっきり言って速攻悪鬼正宗は、私が知っている異能力の中でも最上位に位置する強さだ。
これからは早苗が戦闘の中心になることだってあり得る。
「ですがそんな彼女の思いに、貴女は勝たないといけません」
そんな奴にこれから私はとある勝負で勝たないといけない。
勝たなければ
「もしも負ければ、嘉神さんは早苗さんを選びます」
私は死ぬ。
誇張なく私という存在は死ぬのだろう。
「そして厄介なことに、嘉神さんはハーレムを選択するなんてあり得ません」
それは誰よりも私が分かっている。
「だからこそ貴女は選ばれないといけない」
私が愛してしまった男はそう言う人なんだ。
「嘉神さんのラスボスが誰になるか、それはわたしにも分かりません。ですが真百合さんのラスボスが誰なのかはもう確定しています」
一度も勝った事の無い、自分よりも劣った女。
どんなことがあっても狂わない精神と、大切な人に愛される愛嬌。
私が本当に欲しかったものだけを、私よりも持っている女。
「衣川早苗こそ、あなたが真に倒すべき大敵です」
*****************************
屋上から町中を眺める。
俺はしばらく町内にいられなかったから、早苗が町人に何をしたのか何を言ったのかは知らない。
だがその結果をこうして認識している。
争いは無く平穏そのものだが、耳をすませば誰もが早苗を褒め称えていた。
「衣川の子」「すごいね」
「以前にも助けてもらったことあった」「ちゃんとお礼しなくちゃ」「将来は衣川の門を潜りたいなあ」
「見て見て、あたし衣川の家紋を彫ってみた」「キャー、かわいい。うちもいれてみようっと」
「なにか借りは返さないと」「ギフト持ちなのは気に食わないが、あいつだけは認めている」
「神陵祭町より、衣川町にしませんか」「いいなそれ。今度の議会で提案しよう」
皆が皆、幸せそうに笑っている。
洗脳でも絶望に落ちた訳でもない。
希望に救われている。
彼ら彼女らによく似た女性を俺は知っている。
1年下の後輩、天谷後輩だ。
あの糞レズは早苗第一主義で、何が何でも早苗早苗と言っていた。
狂信者のように。
いいや、実際に狂信者だったんだろう。
天谷に何があったのか明確に知ることはこれからないだろうが、きっと彼女もまた早苗に救われた。
だからこそ彼女は彼らよりも先に、早苗の信者になった。
誰も自分の行動に疑問を持っていなかった。
誰もが早苗を称えていた。
たとえ早苗がどんな奴だろうが、早苗は早苗だ。
繋がりを切るなんてことはしない。
だがこれからの付き合い方は考えないといけない。
俺は意を決して、数カ月ぶりに早苗に電話をした。
数度コール音が鳴り響くが出ない。
一度諦め自分から通話を辞め、こっちから出向こうかと考える。
しかしその直後、折り返しの電話がかかってきた。
「一樹か?」
「ああ、俺だ」
2か月たっても早苗の声は何も変わらない。
最初から彼女は何も変わっていない。
変わったのは、早苗を取り巻く環境だけ。
「早苗、今何してる?」
本当は聞かなくても知っている。
だが早苗は何を思って早苗がそれをしているかは知らない。
「私か? ボランティアだが?」
そう。ボランティア活動をしている。
「そのボランティアって何やってるの?」
「別に特別なことはやっていないぞ。怪我をしている人を励ましたり、何か手伝って欲しいことは無いか聞いて回るだけだ」
一般人がすれば、ただの慈善行為。
「一人で?」
「ふっふっふ。違うぞ。大勢の人たちと一緒だぞ」
誇らしげに伝えきかせる早苗。
「何人?」
「ざっと5千だ」
5千か。すごいなー。
はっはっはー
ありえねー。
「そこって原発とかの事故が起きた所か?」
「比較的被害の多い地域だが、そこまで致命的なことはないぞ」
つまり手伝っている人達は、本当にただの善意で動いている。
「その人達って組の?」
「何人かはいるが、多くはそうじゃない。別の所で助けた人達が、自分達も手伝いたいと言ってきてくれたのだ」
雪だるまのように、崖から転がりながら大きくなる。
衣川の勢力圏は、また大きくなる。
「そんなに多くて逆に怒られない?」
「自衛隊の人達と協力しているから平気だぞ」
国家の兵ですら、彼女に容易くのみ込まれる。
これが仮に戦争だったら、敵兵を吸収し民間人もまた兵にして次の拠点を狙うってことになる。
しかもそいつらは忠誠心がMAXで早苗の為なら死ぬことも厭わないんだろう。
月夜さんは早苗が産まれる時代を間違えたと言ったがとんでもない。
この時代で本当に良かった。
あんなのが戦時中に出現したら、敵国は勝ち目がなくなる。
これだけでも恐ろしいのに、もっと恐ろしい事実がある。
対抗手段が存在しないことだ。
恐怖も狂信でかき消され、疑心も敵意で呑み込まれる。
兵を殺そうも元々自分の国の所有物で、祖を殺せば兵は狂戦士になり真の地獄を見る。
神薙さんとは別ベクトルで、動いた時点で戦場が終わる。
「なあ、ボランティアの仲間達の写真とかないか?」
「あるが……見たいのか?」
「見たい。見せてくれ」
空メールから添付される1枚の画像ファイル
これを見て温かい気持ちになってしまう。
熱意、夢、決心。
そういうプラスのものが全部詰まっていた。
みんな笑っていた。
何も失っていない大人も、母親を亡くした幼子も、右腕を無くした職人も、顔が大きく火傷したホステスも、早苗を中心に笑っていた。
未来に希望を持っていた。
みんなみんな心の底から笑っていた。
幸せそうに笑っていた。
もう一度言います。
ヤクザが実はいい奴とか、現実的にあるわけないです
そしてですが、早苗さんの出番がない事をネタにしたり煽ったりしましたが、一度も彼女が凡夫や非才だとは言っていません。
あと5章のキャラ紹介で早苗さんの特徴を意図的に書いていなかったのもヒントといえばヒントです
異常性 UNKNOWN
特異性 A
変態性 E
成長性 E
もうちょい追記したいんですけど、これ以上多く書くと読みにくいですからここまで。
なんか足りない所があったらまたどこかで描写します
しかしホント長かった。実に1年半7章を書き続けました。いやーほんと長かった。
はっていた伏線の8割以上は回収しましたので、1・2・4章からはもう拾いません。5章も最後の方のちょっとだけです
そして次章ですが、8章ではなく7.5章をします。
あらすじですら嘘をつくスタイル
NAISEIするだけの話ですので、ああまた真百合さんが無双したんだなでいいです
そしてここまで読んでくださった方本当にありがとうございます。
感想と評価お待ちしています