胎動せし666
新キャラの扱いがここまで悪いのもこの小説くらいでしょう(適当
漏らさなかったよりマシだと思うが、まさかこの年になって恐怖で吐くことになるとは思わなかった。
あれがどんな顔だったかは脳が振り返るのを拒否しているので、思い出せない。
一瞬でトラウマを明確に植えつけられた。
「あっ、ああっ゛あ」
怒りを向けられたシンジはより強烈に響く。
発汗発涙発尿
ありとあらゆるダムが崩壊したのだった。
そしてそれを無様なんて思える心の余裕を、俺は持ち合わせていなかった。
支配するのは恐怖。
このまま永遠に時が止まるのではないかとすら思えるくらい、自分の中で時間は止まっていたと思う。
救世主は突如として現れた。
「ご主人様。ちゅー」
神薙椿。自称俺の曾々々々々祖母(々の正確な数は忘れた)にして、ラバーズ筆頭。
よくあんな表情の神薙さんとキスできるなと感心するが、そのおかげで神薙フェイスが通常のハンサム顔に戻ったんだからよくやってくれましたと褒め称えたい。
「相変わらずじゃな。その狂信、妾じゃ真似できん」
「それが私の役目ですし。どこかの巫女と違って私はちゃんと仕事をしますから」
「申し訳ございません、椿様。ですがそれは私が怠慢であったことではなく、貴女こそが本妻に相応しいがゆえに、仕事が早かったのかと」
「おい待つのじゃ。妾が本妻じゃ」
目をそらし続けたメープルですら、冷や汗が止まっていない状況で恋人だけは飄々としていた。
だが納得はいく。
分かりきっているんだ。その悪意が決して自分達には向かないことを。
テレビ画面でいくら戦争の映像を見ても関係ない。
自分達の国とは遠くかけ離れている。
対岸の火事。
それが分かっていれば
病、傷、痛、老、苦、忘、罪、毒、厄、呪、神
すべてあれの前ではどうでもよくなる。
危機が過ぎ去った後だからこそ、やっと状況の危うさを脳が理解した。
王陵君子は人の上に立つ存在だ。
その思いは否定しない。
だがあくまでそれは人という存在がそいつの下にいるという事。
精々同格か一つ上の次元の話でしかない
だがこいつはそんな優しいものじゃない
深淵
この世のありとあらゆる闇を垣間見ても、まだ明るい。
こんなものが近くに存在するというだけで、死ぬ安らぎを欲する。
ただ逆に—―――
【神薙信一は味方だ】
この一文が真であれば、俺はどれほどの安心を得られるのか。
安心したい。この恐怖から逃げ出したい。
あ、あんしんを。やすらぎを。
あんぜんああななんあぜんあしんあ、
ああああああああああああああああ
ああああああああああああああああ
「精神分析【1d100 01】クリティカル
回復量【1d100 100】 SAN=0→65」
は!?
「おれは しょうきに もどった!」
なんか意識がトリップしていたがもう安心だ。
「リミット西瓜二つ――可侵。ゲームを現実にする能力」
何があったかは分からないが、何をしたかは分かる。
きっとTRPGを現実に反映したんだ。
「まったく、人が少しキレただけですぐ戦闘不能になるとは。俺の血を引いているとはいえ神が混じれば弱くなるのは避けられないか。やっぱ神って糞だぜ」
あれが少しだと?
あれが?
冗談であってほしい。
頼むからホントマジで。
「それに愚妹も愚妹だ」
「……」
「子供にやっちゃいけないことを教えるのも大人の役目だろ。こればっかりは俺に一切の否は無いぜ」
「…………だろうね。寧ろ僕の監督不足を恥じるべきだ」
あれのすぐ後で神薙と対面できるメープルの勇気。
多分この先の生涯に抱くことの無い精神が芽生えてしまう。
圧倒的称賛。
絶対に勝てないと分かっていても挑まないといけない時。
理屈じゃやらないといけないと分かって見ても、それを実際に実行するのは難しい。
敵が強ければなおさらだ。
その勇気に、なぜか全力で称えてしまう。
ただその感情は一瞬で忘れるわけだが。
「……平気? 喉に吐瀉物が詰まっているなら吸い出してでも取り出すけど」
真百合が俺を心配してくれる。
仲間に心配をかけるなんて仲間として失格だが、それは真百合が優秀だからということで許してほしい。
何か色々言いたいことはあるが、まず疑問に思ったことを告げる。
「真百合はよく気を失わなかったな」
「何のこと?」
「いや……」
真百合には効いていなかったのか?
というか最初から影響が無かった?
まああんなのを真百合が直撃したら大変なことになりそうだから、それはそれで問題ないな。うん。
結果オーライ(原因不明)
「僕らはもう帰る。真百合ちゃんはステイしててね」
立ったまま気を失っているハヤテとガチでいろいろヤバそうなシンジを担ぎ上げ消えた。
これは、どのサイドが一番散々なんだろう。
俺達はシュウが気を失っただけだから今の所の被害は最小だ。
帝国サイドは帝王以外KOされるという新キャラにあるまじき愚行を犯したのだ。
そのKOしたシンジとハヤテだが、あれの悪意を向けられた。
そう聞くと一番楽そうだが、あの状況を見ればそうとも思えない。
この世の真理を赤ん坊が知ったような、絶望。
ただシュウを噛ませ犬扱いしたことは許せないから、やっぱ同情はやめ。
一番敵意があるグループは消え去ったが、一番理不尽な存在は残っている。
どこかで分かってやはりという感情はあった。
だがここまでとは予想外だ。
俺達のはるか先にいるであろうシンジを、一睨みしただけで戦意を喪失させた。
しかも本当に恐ろしいのは、何一つ能力も技術も使っていない。
ただ本当の意味で睨んだだけであれだ。
一体俺とあれはどこまで力の差が離れているのか。
だがそれでもやらないといけないことはある。
「神薙さん。あんたに聞きたいんだが支倉をどうするつもりだ?」
この世界に顔ばれした彼の居場所はもう無い。
そのまま生き残らせるだけでは、どのみち死ぬ。
「異世界転生」
「……」
「まさか異世界転生を知らないのか」
「いや、それは知ってるけどな」
「それともタグに異世界転生を入れなかったことを怒っているのか?」
ここまで読んでくださるんだから、そんな小さいことで怒る読者はいないと信じてる。
「それをこの爺は受け入れるのか?」
「いいや。最初は断るぜ。それも錯乱して死なせろと言い出す」
「だったら—―――」
「無論死なせるなんてとんでもない。俺は愛を持ってこう諭す。『死んでしまった孫達はどうなる』と」
そう諭せば説得されると分かっている言葉に、一体何の価値があるのか。
全知に言葉は必要か。
発する意味は果たしてあるのか。
「あいつは間違いなく新天地で死者の復活の研究を始める」
誰よりも恋人の事を知っていると語るメンヘラのような男。
設定盛りすぎだ。
「ただその孫達が他の人に転生したら意味がない」
そう言って小瓶を見せつた小瓶には、6つの白く光る球体が浮かんでいた。
それが何なのかは言われなくても分かる。
「俺が責任を持って保管する。だから支倉はどれだけ時間をかかっても死者の復活を成し遂げるはずだぜ」
押さえ込めず、また倫理が無いこいつは災厄というしかない。
「それはそう言う未来なのか」
「そんな事あるか。未来が簡単に変わるのは嘉神一樹だって経験済みだろ」
「じゃあ何だ? 何を持ってそう断言する」
「信頼しているからだぜ。俺は俺の友を何よりも信頼している」
こいつから信頼という言葉を聞くのは、本当に嫌だ。
「よく何かを指摘するとブーメランって煽る奴いるだろ?」
俺が言いたいことを言うため、少し長い前置きを入れる。
「デブの医者がデブに『デブは健康に悪いから痩せた方がいい』って発言はブーメランのように見えるけどな……ブーメランはあくまで狙った対象に当たらなかったら帰ってくるんであって、その発言が正しければブーメランでも何でもない」
仮に言われた相手が太っていなければそれは間違いなくブーメランだが、太っているのにお前の方が太っていると言い返すのはただの論点のすり替えだ。
それと同じ理屈で、キリストが、罪を犯した女めがけて石を投げつけてる民衆に、『罪を犯したことの無い者が石を投げるべき』といった趣旨の発言をした所、キリスト以外誰も投げる人がいなくなったという話があるが、あれって単にそれはそれの理論で治まる。
もっというなら、ブーメランがNGとするなら野党は与党に税金の無駄遣いをするななんて言っちゃいけないことになる。
罪を犯そうが犯さまいが、罪人は裁いていい。
重要なのは相手がそうかどうかであって、言った本人がどうかは関係ない。
「だから言わせてもらうぞ。この悪魔」
「いいや、俺は人間だ。さて…………俺の用事も終わりだ。嘉神一樹も王陵も納得して見逃してくれたことだし、こいつらの怪我を治したら俺もお暇するぜ」
誰も納得はしていない。
反論を出しても無駄だと思っているだけだ。
「待て神薙」
「どうした。王陵」
「3分だけ待っていてくれ」
「ああ。いいぜ」
まさかとは思うが3分で俺達を始末するつもりか?
あり得る。
「そう警戒するでない。王は今の所貴様らに敵意は無いし、政治の話をするのではない。むしろこれから王がしようとするのはその逆だ」
「逆だと?」
「そして嘉神一樹に本当の意味で用はない。今、王が用の有るのは宝瀬の令嬢だ」
真百合に?
一体最強がランク外の真百合に何の用があるのか。
「何? 私はあなたに言いたいことも聞きたいことも無いのだけれど」
何か意外だ。
常識的に礼儀正しそうなのに、ため口だなんて真百合らしからぬといっていいのではないか。
「不法入国した王様に、礼を尽くす必要なんてあるのかしらね」
まあ支倉は名前こそ日本のだが、実際は外国の企業だ。ここもまた日本じゃないが、それを言い出したら俺達も俺達だ。
ただ真百合の場合は超法規的措置を準備していそうなので、そこは例外と考えておく。
「私は一応日本という国でかなり重要なポジションにいることを、そしてこれから更にそうなることを理解している。だからこそ敵国に軽々と敬語を話すようなことをしちゃいけないわ」
支倉亡き今、名実ともに宝瀬がトップになる。
真百合の存在は天の上から宇宙の果てまで言ってしまったわけだ。
それこそ国力を考えれば、一国の王様よりも格上になる場合もある。
ぶっちゃけた話、今この状況を写真にとられたら、とんでもない国際問題になりそうなんだよな。
「礼を言うぞ」
王様は小さくだが確かに頭を下げた。
「その迅速な行動が無ければ、帝国はもっと被害が増えていた。今ここでしか王は頭を下げることはできんが、民を救ってくれたことに礼を言わんとそれはもはや人でない」
何というか意外だった。
傍若無人というのが、社会的な印象だったのに今目の前にいるこの人は礼儀正しい。
王陵君子ではなく聖人君子じゃないか。
正直頭逝っているかと身構えていたので、いい意味で拍子抜けだ。
「私は私の都合でやりたいようにしただけだわ。あなたの言う民は勝手に救われただけ」
「それは分かっておる。だがそれとこれも別の話だ。結果的に助けてもらった。礼くらい言わせろ」
何というかお互いがお互いを認め合っている会話だ。
「何度も言うけれど気にしなくていいわ。お互いにこの事を借りにするつもりはないでしょう?」
「知っていたが、美しいが可愛くない女だ」
「そう悪態つけるのも今の内よ。これから色んな意味で地獄が始まるわ」
「それもそうか。はぁ」
これから先のことを2人はある程度想定しているらしいが、生憎俺には想像がつかない。
この後は神薙椿さんが全体蘇生全回復魔法をぶっ放し、帝国は帰っていった。
四天王は自分達のはるか先にいる存在を知り、若干自信を失いかけていたが、そこは帝王様がフォローしてなんとかなった。
その去り際に
「また会おう」
といわれたのが若干の気掛かりであるが。
とはいえ本当にこれにてオールクリア。
終わった終わった。
いやー、色々あったなと振り返る。
シュウとの戦いからヤクザの抗争を物理的に終わらせたこともあった。
早苗もあの時のことを忘れているだろうから、会っても問題ないだろう。
夏休み編、終了。と。
とはいっても夏休みって学校に行く朝までが夏休みだから、まだギリギリで夏休みか。
「真百合はこの後どうするんだ?」
この場所に1時間ほど居座るという約束だった。
「この壊れたビルを、治す」
がれきを掴み、積み木のように組み立てる。
「治してどうするんだ?」
「支倉が持っていた技術を私が奪い取る」
現代のオーパーツというべき支倉の技術力。
それを手に入れるつもりでいるらしい。
「出来るわけ?」
「出来るでしょう。あれに出来て私に出来ない道理はないわ」
理論は無茶苦茶だが、真百合に限ってはおかしいところは何もない。
相変わらずこういう所はカッコいい。
「それと、嘉神君。ごめんなさい」
「え? なに?」
「多分。これからあなた大変なことになるわ」
…………
何が起きるん?
次回で7章終了&チート戦線、最大最古の伏線回収