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チート戦線、異常あり。  作者: いちてる
7章後編 プロジェクト ノア
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閑話 デウス・エクス・メアリー・スー

ぶっちゃけ次の話がまだ3割ほどしか出来ていません。しかしいい加減更新しないとまずいと判断し、8章に投稿する予定だった1話を先に投稿します。


時系列なんてものはありません。異世界の話ですから。


ですが神なg……どっかのだれかさんにとっては、この話と次の話の間のストーリーです



 それはある日突然に舞い降りた。




 その世界において人は世界の覇者ではない。人類には天敵が存在したからだ。


 人を喰らう吸血鬼こそ、大地を制する最上位の種族である。


 彼等にとって人と言う存在は餌に過ぎない。家畜のように、いいや、家畜の扱いを受けていた。


 手を使うことすら許されない食事。

 雨風もまともにしのげない小屋。

 雑巾にしか見えない衣服。


 男は奴隷として働かされ、女は玩具として弄ばれる。

 子は生まれてきた絶望を植え付けられ、老人になるまで生きながらえることは不可能。


 戦おうにも子供の吸血鬼は成人した男性を遥かにしのぐ力をもち、当然大人になればその力は更に増大する。

 弱点である太陽は平均して8時間しか地を照らさず、しかも動きが鈍くなるだけで死ぬわけじゃない。


 人類に勝ち目何て無く、そもそも戦うという選択肢が無かった。


 このまま餌を滅ぼさない限り、吸血鬼の繁栄は永遠に約束されていた。


 外来からの害獣に侵略されなければ。


「待たせて悪かった」


 それの大きさはあまり大きくなれない成人の男を1.5倍した、大男。

 新たな吸血鬼か? その疑問は歯を見せながら優しく微笑まれたことより否定される。


 それが降りてきたことより、冷え切った心が温かい何かで満たされる感じがするのだ。


 だがそれは人間の話。吸血鬼は全く別のことを感じていた。


 寒い。震えが止まらない。

 周囲が雪で埋め尽くされた大寒波を経験した奴らだが、この寒さは経験したことが無い。


 寒さで吸血鬼を殺すことはできない。だがなぜ自分達は命の危険を感じるのか。


 二重離反。それが恐怖によるものであると、今まで敵に脅かされたことのない奴らは知ることは無い。


 何よりも恐ろしいのは、人も吸血鬼も見えるはずの無いそれを確実に認識していることだ。自分達が視た事の無い景色を見ているのに、違和感が何一つなく受け入れてしまっている点。


 降りた地点に最も近かった吸血鬼がいた。

 その吸血鬼は間違った選択をとってしまう。


 無謀にもその男に襲い掛かるのだ。


 この寒気はこの人間エサがもたらしたのだ。ならばいち早く始末するべきだと考えたのだ。


 その吸血鬼は間違った選択をとったが、この吸血鬼だけが間違った選択肢を選んだわけじゃない。

 今奴らが出来た正しい選択は、すぐに自害すること。

 これからのことを思えばそうするのが唯一残された救いであったが、誰もその選択をとることはできなかった。


 愚かだと小さく呟く男は、誰もその真意に気付かない。


 両翼を広げ、音速に近い速さでそれに向かう吸血鬼は、次の瞬間に256等分にされ肉の塊に変化していた。


「だがもう大丈夫だ。安心していい」


 自分が壊した肉の塊には一切気をかけず、愛を語るかのような優しく甘い囁きで、希望と最悪を告げた。


「俺がいる」


 吸血鬼は確信する。今この男を滅ぼさなければ途轍もなく大変なことが起きると。


 数万を遥かに超える吸血鬼の軍勢。


 だが人間は確信している。

 人間にとっては絶望しかないのに、なぜか安心感がある。


 この男は絶対に負けない、英雄は死なない。その理由もない根拠が確かにあったのだ。


死に逝く憎悪の祀ゴアスクリーミングパーティー


 強さも数も大きさも耐久も精神力も関係なく、純粋に発狂し死に至らせる能力。

 どんな拷問を受けてもこれほどまでの苦痛は得られない。

 単純明快ゆえ、神薙信一が最も人外相手に使った回数が多い能力。


 悪意の象徴。


 その悲劇に満ちたうめきを人間は聞くことは無いが、吸血鬼は確かに絶望を聞いた。


 自分達が人類に行った凌辱の数々。全て合わせてもこれほどまでに惨たらしい呻きを聞いたことが無い。


 何をしたらここまで残酷なことをできるのか。

 何があればここまで残酷なことができるのか。

 何を思ってここまで残酷なことができるのか。


 その尽きることの無い疑問は、矮小な希望によってかき消される。


「よくも僕の家族をここまでやってくれたね」

「吸血鬼を馬鹿にした罪は重いぞ。被食者よ」


 始祖と真祖の到来。


 不死身な吸血鬼にとって一番の死因は同胞による殺しである。


 2000年続く始祖一派と真祖一派で争いこそが、吸血鬼唯一の憂いであった。

 しかし今その代表二人が、互いに手を組み合っている。


 大人になればなるほど、この光景は絶望する。

 自分達が絶対に勝てない存在の、天の上の存在が共闘する。


 考えるまでも無く最悪。


 だが絶望することなかれ。


 この男は人外の希望が打ち砕かれるのが好きなのだ。


「虫と豚、どっちが好きだ」


 ただ絶望を与えるならば、死に逝く憎悪の祀ゴアスクリーミングパーティーを使った方が確実かつ効率的だ。


 勘違いをしてはいけない。この男にとって人外の死や痛みに意味はない。

 死によってもたらされる絶望こそ、その絶望を楽しむことこそ、愉悦こそが価値であり、人外が存在することが許された理由である。


 よって瞬く間に始祖が虫に貪られ、真祖が豚に犯されることに意味は無く、それを見た吸血鬼が絶望するのを見るために、わざわざ死に逝く憎悪の祀ゴアスクリーミングパーティーを使わずにいたことになんら問題もない。


 男の望み通り、吸血鬼は皆そろって理解できない現実に絶望した。

 万人がこの男を見ているように、この男も万人を見ている。


 よってここで初めて男は吸血鬼に笑みを浮かべる。

 もちろん人に向けた優しく温かい家族に向けるような笑みなんかじゃない。


 悪食の大富豪が、人の口では言えない何かを目の前にした、下種な笑み。


 吸血鬼は初めて食べられる側の気持ちを理解した。


 ゲームをするのなら敵を倒すよりもドロップ品や経験値に意味があるだろう。

 故に何か代用品を差し出せば見逃されることもあったかもしれない。


 しかしこの男はそんな遊びできているわけじゃない。


 勇者のようにこの世界の人間を救いに来た。


 そして人類が飲まされた苦汁を、数億倍にしてまで吸血鬼に呑ませる。


 食い物の恨みは一生だが、人の恨みは末代になろうがはらせない。


「そうだな…………折角吸血鬼なんだ。弱点を増やしてもいいだろう。日の光を拝めないように、流水の上を渡れないように、十字架を嫌うように、ニンニクを食べれないように——―

人の命令には逆らえないようにしよう」


 多くの吸血鬼は絶望と理不尽により理解できない。否、例え通常の思考状態だろうが理解できるわけがない。


木乃伊の心臓スペードハーツ


 概念の操作。何をされたのか理解できない。


「よく聞けゴミ虫。【今すぐその腐った眼球を抉り取れ】」


 何を言っているこの男は。正気を疑うその瞬間。自分の爪が目に触れた。

 何が起きたか理解が追い付いた時に、眼は両目とも潰していた。


 そうしなければならないからそうなった。


 目が無いのに———―男という恐怖はぬぐえない。

 見えないのに見えてしまう。


 恐怖はそれだけじゃない。命令されて実行されるという事実に、誰一人不具合を感じられないという悪夢。

 吸血鬼は太陽が苦手という共通認識があるように、いつのまにか自分達が人の命令は絶対だという当たり前の認識があった。


「次はその貧弱な歯を折れ」


 それは吸血鬼にとっての死刑宣告。

 牙が無ければどうやって血を吸えばいいか。そんな訴えは誰も聞かない。


 悔しくて惨めで涙を流す者がいた。


「ごめん——――なさい……あやまりますから…………ゆるして」

「駄目だ。この程度じゃ絶対に許さない。まだまだ絶望が足りないぜ。とはいえ少々やりすぎたか。やっぱ今の無し」


 許されたのか、そんなことはあり得ないのに、乞わずしてはいられない。


「いくら殺してでも殺したりない恨みは俺にある。しかし真にはらすべきは俺じゃない。そうだろ? 家族よ」


 家族、それが自分達人間のことだというのを理解する。


「辛い話になるが—―振り返ってほしい。お前達はこいつらに何をされた。何度暴力を振られた? 何度犯された? 何度馬鹿にされた? 何度辛酸を口にした?」


 振り返れば全ての人間が吸血鬼に恨みがある。


「心の中でいいから聞かせてほしい。許せるのか」


 いいや許せない。万人が否定する。


「ならば実際に声を聞かせてほしい。許せるのか!!」


 許せない!!!!


 星に存在する全ての人間が否定する。

 その声は各所で木霊し、消え去るまで幾ばかりの時間を費やした。


「そうだ。許しちゃいけない。何があっても許してはいけない。許されないが恨みははらさないといけない。暴力姦淫淘汰洗脳、その恨みは絶対にお前たちの手ではらさないといけない。そうしなければ死んでいった仲間や恋人に会わせる顔が無いッ!!」


 いつの間にかあの屈強な男が、圧倒的な男が、吸血鬼を寄せ付けなかった男が――――涙を流していた。


 悲しんでいた。本気で人間のことを想って、想っていたからこそ救われなかった人々を愛しんでいた。


 その涙は本物だ。

 到らない彼ら彼女らだが、それだけは本当に理解した。


 だからこそ、こんな優しい人を泣かせたこいつらを許せるわけがない。


「武器を取れ。何でもいい。石でも鍬でも食器でも何でもいい。もう一度言う。武器を取れ」


 鎖は外され、各々目についた武器を手に取る。


「近くにいるだろ。許せない虫けらが」


 そう。確かにいる。

 羽をもがれた羽虫が無残に蠢いている。


「ゴミ虫が。俺から出す最後の命令だ。抵抗せず口を開け」


 吸血鬼は言われた通りに口を大きく開く。


「狙うのは牙だ。その牙を破壊しよう」


 吸血鬼の命。それを殺すのはあの男ではない。

 化物を殺すのはいつだって人間。


 人間の悪意。


 男は右手を高々と掲げ、人々は皆それにつられ大きく振りかぶり――――振り下ろした。


 この時全ての吸血鬼の牙はたたき折られる。

 自慢の牙だったのだろうが、そんなのあの男にとって意味の無いこと。


 もう吸血鬼は人から乞わねば、生きながらえることはできない。

 どれほど自分達が優れていると思いこもうが、人間無くては生きていけない脆弱な存在。


 それが吸血鬼という虫けら。


 喉が焼ききれるかのような歓声が沸く。

 創作者ですらあり得ないと一蹴する大逆転劇が、いま目の前で起きたのだ。


 その立役者はこの男。

 強大で巨大で絶大な、英雄。


「これから俺はまた別の世界を救いにいかないといけない。だが安心してほしい。あり得ないが吸血鬼が――――いいや人外に人類が脅かされることがあれば、また駆けつける」


 ずっとここにいてくれるのではないのか。

 残念に思うが、自分達が知らない同胞のことを思えば止めることなどできない。


「あなたは何者なんですか」


 誰かが言った、誰もが思う問いかけ。


「お前達の友であり、家族であり、恋人だ」


 はぐらかすような、実の真実をつげる。


「あなたの――――あなたのお名前をお教えください!」


 誰かが言った、誰もが気になる問いかけ。


 男は答える。


 人類の希望を。

 人外の絶望を。


「カンナギ シンイチ」


 そう言い残して、この世界から消えていった。



 男にとって、334兆9800億回目の救世である。




ついでにですが『手堅く人類をリセットする方法』という新作を投稿しました


ネタバレしますがバッドエンドです

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