宝瀬家のゆかいな仲間達 3
「と、まあこんなことがあったんだ。いやー。今日は疲れた」
「……おう」
今日もいつも通りの屋上で父さんと特訓をする。
「一樹も一樹で大概にしろといいたいが、多分これ宝瀬の娘が一枚かんでるよな……」
「ん?」
「いや、オレが何かを言う権利はないんだ。忘れてくれ」
だったら含みのあるようなことを言わないでほしい。
「それに俺でも知っていそうな人が何人か来てた。あの人たち真百合の親族だったんだなってマジで驚いた」
最大手の新聞会社会長や電力会社会長など、そいつらの財産だけで小さな国を買えるだろうって人たち。
肩身が狭くなるのはこっちなのに、向こうがこっちを相手にペコペコしてきて、ほんと真百合ってすごい人なんだなって思う。
「銃についてはもういいんだろ? 次はどうするんだ?」
「そうだな……今度は回避してくれ」
「回避?」
「これを1分間」
取り出したのは大型ガトリング。
それだけでいいのか? と聞きたかったがいいだろう。
華麗に回避してやる。
「かかってくるがいい」
ダダダダダと音が鳴り響く。
それを言われた通りに隙間を掻い潜る。
「どれくらい続けるの」
「そのままこっちまで来い」
「あいよー」
体をくねらせながら10m先の父さんの元まで歩く。
「その回避を移動に転用するんだ」
「なるほどな」
これならすぐできそうだ。
イメージもしやすい。
「よっ、よっ」
手ごたえばっちり。
確実に音速を超えた。
「早すぎ。オレが音速移動を手にするのに1週間かかったぞ」
「ふっふっふ、見たか。これが才能の差というやつだ」
自分で言うのはなんだけど、俺自身才能はある方だと思ってるよ。
真百合が化け物なだけで。
「悔しかったからちょっと父さんに自慢する。喜べ、親子の触れ合いだぞ」
「くっそ、こんなのでも嬉しいって思ってるオレがいる」
「なんかあれだな。女に飢えた童貞高校生と同じ臭いがする」
がっつきすぎて引くレベル。
「速度はもう教え終わった。もうその気になれば光速でも動けるだろう」
「その、その気になるが光速から難しいんだがな」
音速くらいならまだイメージできるんだが、光の速さとなればなかなか難しい。
「そうか、だったら」
父さんはぐっと力を込め蝙蝠みたいな羽を生やした。
「まさかとは思うが…………」
「実際に移動すれば分かるだろ? 一樹。楽しい遊覧飛行だ」
「遊覧って意味わかってる?」
「四の五の言わず行くぞ」
父さんは俺の腕を掴みそのまま飛行する。
「うぅぉおおおおおおおおおおお」
それはわずか10秒の出来事。
その間に俺達は地球を75周してきた。
「これが光を超えるということだ」
「おぇ。気持ち悪い」
乗り物酔いにあったのは生まれて初めてだ。
「イメージはついたか?」
「お陰様で。ただしばらくは地面に足をつけていたい」
大地って素晴らしいって改めて思う。
「だったら超悦者で戦う、もしくは超悦者と戦う上で絶対にやらないといけないことがあるからそれやるぞ」
「なんだっけ?」
「切り替えだ。超悦者は防御と移動は同時に使用できないのは話をしたはず」
聞いた聞いた。結構重要だって話をした。
「防御が重要だとは言ったが、いつかは移動や攻撃を織り交ぜないといけない。その時の切り替えに手間取っていたらただの的だ」
切り替え時は相手のチャンス。攻撃してこない、動かない、脆いの三重苦ってことだな。
「というわけで再びテニスやるぞ」
屋上がテニスコートに変わる瞬間も久しぶりに見た。
「今から父さんはコートの隅に撃つ。一樹はそれを返してくれ。気持ちラリーをする感じで」
「あいよー」
父さんからのサーブ。
初めは慣らすのか時速300km程度しか球速が出ていない。
「ほっ」
お世辞でもうまいといえないフォームでふらふらと返球する。
パンッと良い音がし、さっきのサーブの数倍は速いであろう返球をされる。
これでは普通に走ったら間に合わないので、超悦者で移動し、返球。
「おっととと」
ラケットが明後日の方向に飛んで行った。
「切り替えがうまくないとこうなる」
吹き飛ばされるのがラケットならまだいい。
戦闘なら四肢が吹き飛ばされることだってあり得る。
一撃一撃が致命傷になると思ってやったほうがいい。
もうテニスは遊び何て言わない。そしてスポーツでもない。
聖戦なんだ!!!
「…………ま、いっか」
毒されたと自分でも思っているが、この感傷も超悦者には余計なものになる。
だから、そう思うのはこれが最後。
頭の中を空っぽにしてあるがままを受け入れよう。
目を閉じる。
目で追わず流れを感じよう。
テニスボールが俺が今立っているのと逆方向の場所に向かっていく。
それだけじゃない。もう一個こっちに直撃するボールがほぼ同時に向かってきた。
どちらも時速……分速300㎞程度。
普通にやればどちらかは諦めないといけない。
それが試練というのなら俺は軽く乗り越えてやる。
まずはこっちに来たボールに突進を仕掛けその勢いのままリターン。
既にもう一個はコートに到達し、火の玉になって跳ね返った。
だがその程度の速さなら容易に追いつく。
そして追いついてすぐに返球動作に移行。
「……………チッ」
ボールがネットにかかってしまい、父さんの方に返すことが出来なかった。
力が足りなかったか。
「ひょっとして夏休みが終わるころには超悦者を完璧に習得できるかもしれん」
「最初っからその気だ」
こういうのはささっと終わらせるつもりでやらないといつまでもグダグダして結局何も出来なくなる。
「切り替えについては練習あるのみだ。なんなら父さんが教えなくても暇なときに練習できるだろ?」
確かに防御と移動を繰り返すことは一人でも出来る。
「というわけで宿題だ。一樹のことだ、学校の宿題はもう終わっているんだろ?」
一度でいいから夏休みの宿題を最終日にまとめてやりたいものだ。
「そろそろ落ち着いたか?」
「そうだな、もう一回頼む」
宿題になったからには今からやるのは別の事。
もう一度速さになれる。
「あと3倍くらいなら早くしても大丈夫」
「言うじゃないか。だったらその願い、かなえてやる」
残りの時間は速さになれることに費やした。
たった一時間程度だったが、地球を数万回周回して密度としてはとっても濃いものになった。
飯、美味い。トイレ、綺麗。と来て次は就寝の時になったのだが、未だに床を共にするのは大丈夫という確信がつかない。
今でも駄目な気がしてさらに追い打ちをかけるようなことが。
「…………」
「…………」
「聞きたいんだけど、真百合っていつもその恰好で寝てるのか?」
真百合寝巻つけていません。
下着(面積が小さい奴)だけです。
隠さないといけない所はしっかり隠しているのだが、逆に言えばそこしか隠していない。
もっと言えば隠れているとも言いづらいような、そんな下着。
「ええ。本当に夏場はこんな格好よ。それと私も同じ事起きくわね、嘉神君も普段はその恰好なの?」
「ああ、いつもこんな感じで寝てる」
それに対し俺の至って健全な事か。
パンツとYシャツ(だけ)というケンゼンな恰好だ。
諸事情により俺は膝を上げているが、同時に真百合は鼻を押さえていた。
「本当に良いのか? カーペット綺麗だから地面に寝てもいいんだぞ?」
真百合は首を横に振る。
「それに結構寝相や寝起きが悪いから、迷惑かけるかも」
「気にしないで」
宝瀬真百合は譲らない。
男心を知らないとは罪深いが、そこは女の子なんで仕方のないことだろう。
「そういうならもう分かった。御休み」
ベッドの端の方で外を向いて目を閉じる。
何とかして眠る、そうしないと俺のお父さんが神薙さんになってしまう。
・・ ・ ・ ・ ・
1時間後
駄目だ。眠れない。
若干興奮状態になっている。
羊を数えるのは千を超えたあたりでやめ、それでもまだ眠くならない。
こうなったら何か落ち着くことをしようと考え最初に思いついた。
腋の匂いを嗅ごう。
そうと決まれば行動は速かった。
真百合に覆いかぶさるように一気に体を起こし―――――
ゴツンッ☆
「「ッゥ――――!!」」
頭に何かが勢いよくぶつかる。
自分も動き、更にそれも突撃してきたため相乗効果でかなりの衝撃が頭部を襲った。
「痛ってぇ」
一体何がぶつかったのか、それを確認しよう。
寝返りをうち、その何かを確かめる。
「ぅぅぅ」
真百合が枕に顔を埋め、ビクビク震えていた。
血の気が引くのが分かる。
「だ、大丈夫か?」
「……え、ええ」
言葉に覇気がない。
恐らくぶつかったのは真百合の額。
衝突事故を起こした。
「ご、ごめん」
「……平気だから」
見れば分かるが、平気そうじゃない。
「えっと、はい。氷」
ギフトで氷を作り出し布と共に真百合に渡した。
ついでに自分のも作って頭を冷やす。
お互い痛みが引くまでそれから何もしゃべらなかった。
「その……ごめんなさい」
もう一度頭を下げる。
「気にしてないわ。ただ何の用だったのかしら」
「わ……ちょっとトイレに行こうと」
「そう、そうなのね」
自分で言って気づいたが、扉があるのは逆方向だった。
真百合は俺の性癖が腋だと知っている、察しは物凄く良い。
ばれる可能性極大。
早苗に怒られ真百合に振られたら本当にどうしようもなくなる。
「…………どうして後5秒待てなかったのよ。バカじゃないの私」
「ん?」
「いいえ、何でもないわ。あとトイレはそっち側だけれど、普段は逆方向にあるから間違えちゃったわね」
「あ、ああ。そうなんだ。そうだったんだな、ありがとう」
察しが良すぎて逆にミスをするというアクロバティックエラーを犯してくれた。
怪我の功名とはまさにこの事。
「私はちょっと水を飲もうとしたの」
そう言うとベッドから降り、冷蔵庫から高そうなペットボトルを取り出した。
コップに注ぎ、艶めかしく水を飲む。
ひょっとして実は襲おうとしたんじゃないかと心の隅で思ってしまったが、そんなことはなかったな。
本人が目の前にいるから謝るのは心の中で止めておくが。
結局お互い頭をぶつけた衝撃で目が覚めてしまい、眠くなるまでの時間つぶしでかなり遅くまで話をしていた。
真百合が寝付いたのを確認し、俺も睡魔に負けてそのまま眠った。
睡魔には勝てなかったよ…………