嘉神一樹VS時雨驟雨 急
ストックがあるからと言ってゆっくりした結果がこれだよ。
「それが―――」
第一声は俺だった。
「それがお前のシンボルか?」
「ああ。これでラストだ」
時雨の右手が電撃を纏い眩いほどに輝く。
それ以外特に変わった様子はない。
だがそれが余計に違和感を覚える。
獄落常奴の派生、『業火』は問答無用でこの世のものを焼き尽くすことが出来るが、同時に禍々しさを覚える。
しかし、時雨のそれはそういうのを全く感じない。
うーん……象をも殺せる毒をもった蛙の色が赤や黄ではなく、緑とか茶色みたいな色だったと言えばいいんだろうか……………
あまりいい表現が思いつかない。
得体のしれない、こう表現するしかないのか?
その攻撃を回避すべきか、それとも耐えるべきか判断がつかない。
今は考える時間を作るべきか。
「………無限淵」
対象を自分自身に。
もう触れるモノを考えるのも面倒だから時そのものでいいやと考え、この一秒が永遠に続くようにする。
もちろんこの際、耐性は外しておく。
『世界』を無視できるようになった俺に『時間』を無視しないなんて逆に難しい。
ただ時雨は『論外』と『法則』であるため耐性が意味をなさない以上切っておくに越したことは無い。
さて、ではゆっくり考えよう。
外野の神薙さんがゆがんだ時の中腹踊りをやり始めたが、それはもう無視。
集中集中。
まずは今分かっていることの条件整理。
時雨の攻撃が右手から放たれるのは間違いない。
それが『法則』である。
時雨自身ものすごく速く動ける。
この事から考えられるのは、超スピードで突っ込んできて右手の攻撃でドーンっ! クリティカルッッ!! ダメージ999999!!!! みたいな展開か。
ただ俺にも言えることだが時雨も殺意がないことが気がかりだ。
『法則』でキルすれば、『世界』の能力で再生できなくなる場合があることを時雨は知っているはず。
火力過多の攻撃をしてくるとは思えない。
となるとHPを強制的に1にするような攻撃なのだろうか。
それなら加減なく攻撃できる。
ではそうと仮定した場合、俺がとるべき行動はなんだろう。
基本的に防御は3種類に分けられると思っている。
当たらなければどうと言うことは無いという回避型。
何なんだ今のはあ? という頑丈型。
勿体ないじゃないかという再生型。
回避は無理だし、法則を耐えれる能力は持っていない。
それでも今からくる攻撃を防がないといけないのなら…………決めた。
反辿世界の他に二つギフトを発動。
これで勝負。
世界停止を解除。
ほぼ同時に時雨が消えた。
そして――――俺がその場から崩れ落ちる。
簡単に終わったが、見えない攻撃を受けたのに描写しろなんて無理がある。
結局何をしたか分からずじまいだったわけだ。
「……おれの勝ちか?」
ああ、確かに時雨は俺を倒したよ。
気を失っている。
指一本も動かせないだろう。
「でも勝ったのは俺だ」
「!?」
背後から腕を掴む。
「理由を聞かれる前に、先に説明しておく。といっても一度これは見せたことあるはずだ。覚えてるか? 白い部屋事件」
バスガイドをおびき寄せるために姿を消して時間稼ぎをしたときに利用した技だ。
「把握。じゃおれが気絶させたこいつは物の言わない人形だってことか」
「いいや。意識はあったよ」
俺は贋工賜杯を使い自分自身を複製した。
「「ほら」」
「…………まじかよ」
ただこの複製ぶっちゃけ弱いっす。
10秒以内で確認しただけだが、こいつ『論外』しか能力を使えなかった。
「「程度の問題はあれ、この技は一度お前に見せたことがある。その技を見抜けなかった時雨、お前の負けだ」」
まだお互い戦えるだろう。
だが俺は時雨の切り札を、かつて見せたカードで裁いた。
故にこの一点において俺は時雨に完勝した。
時雨はゆっくりと両腕を上げ
「ああ。これはもう言い逃れできねえ。『まいった』よ嘉神。お前の勝ちだ」
その言葉を聞き、体の力が一気に抜ける。
「ああもう、強すぎだろ。結構自信あったのに」
「それはこっちの台詞だ。お前どうやってここまで強くなった?」
短期間で伸びすぎ。
「そりゃもちろんあの人にいろいろ教わった」
「正気かよ」
「気を疑うのは仕方ねえと思うけどよ、後悔はない。強くなっただろ?」
「うん。間違いなく俺がばとった中で、一番強かったよ」
これは素直な称賛だ。
「ところでさ、お前のシンボルなんなの? 結局答えに辿り着けなかったんだけど」
別に俺自身答えが効けるとは思っていない。
俺も口映しのこと隠していたし、教えてもらえるとは思っていなかったが時雨は丁寧に教えてくれた。
「混沌回路は追加効果の付与。炎ってものを燃焼させる効果があるだろ? でも水とか風にはない。そう言うのに燃焼効果を付け加えたりする能力だ」
「………それどこまでできるのか?」
「さっきおれがやろうとしたのはスタン。気絶効果を狙ってた」
確かにその能力は『法則』。
「必死とか出来るわけ?」
「出来る。効果そのものに制限はない」
強い。
限りなく全能に近い万能。
「追尾とかされていたら危なかったかもな」
「それ考えてたんだけどよ、やってもすぐ回復されるから」
「同時に仕えないわけ? 必中即死とか」
「今んとこ無理。おれのメンタルが耐えられない。それに安全に使えるの今んとこ一日二回が限界。あれ以上戦ったら自我がやばい」
やっぱシンボルってギフトの劣化なんじゃ。
というよりギフトの燃費が良すぎるのが問題か。
「感想戦をしているとこ悪いが、早いとこ見舞いに行った方がいいんじゃないのか。そろそろ起きる頃だぜ」
そうだった。
「本当に早苗を治してくれたんですよね」
「ああ。ついでにサービスもしておいたぜ」
そのサービス、ろくでも無いことにならないと願うばかりだが、本当に治ったのか確認する為すぐにでも病院にいきたい。
「一緒にくるか?」
「まだ修行の身」
神薙信一を信用したわけじゃないが、今のところ時雨に悪影響は感じない。
「了解。で、結局、いけるのか?」
これが終わったら一緒にファストフード店に行く約束をしていた。
「行こう。6時でいいか?」
「――――ああ、問題ない。またな」
そのまま病院へ直行。
「おかえりなさい」
「早苗は?」
「見ての通りです」
チューブに繋がれた早苗だが、先に見た時と違い本当に腕がくっついていた。
外的怪我は治っている。
あとは意識が戻るのを待つだけ。
とはいっても待つまでも無く結果はついてきてくれた。
「んっ……?」
「早苗?!」
「一樹か……? ここはどこだ?」
「良かった…………」
「お、おい一樹?」
良かったと思うのと同時に、体に力が入らなくなった。
膝が笑うってこういう時のことを言うんだなとちょっとだけ感心する。
「終わったんだ。やっと終わった」
文化祭から始まった俺の失うモノしかない闘争。
多くのモノを失った。
友も元カノも失ってしまったが、なんとか守りたいものは守れた。
自分の無力さに嘆くことが多かったが、それでもやりきった。
ざまあみろ、と俺は女神に悪態をつく。
それにしてもあの女神、なにが目的だったのだろうか。
嫌がらせ以外で考えられるのが俺自身の強化しか思いつかない。
とはいえ今はどうでもいいな。
今は早苗との再会を心の底から祝おう。
おかえり早苗。
ただいま早苗。
〇〇〇〇早苗。
神薙さんの無責任シンボル講座の時間だぜ。
今回は勿論、混沌回路の紹介だ。
追加効果の付与。こう聞けばそこまで強くないように思える。
ではポ○モンにたとえてみよう。
催眠術に必中。
10万ボルトに100%麻痺。
電光石火に怯みの効果。
このシンボルの強みはこれにて説明できただろう。
とはいっても現在技量が足りないため、一つの技に対して一つという制限がある。
あんまり説明しすぎると時雨驟雨の活躍を奪いかねないから本編の補足を少々。
まずなぜ多用しなかっただが、本人の言う通り、色々な技を試したかったからと使用制限があるためだ。
この使用制限を超えたこえたら使えなくなるかといえばそうじゃない。
5章のキャラ通り若干発狂するだけだ。
自分のままで勝つために、使用制限は必要だったというわけだ。
ではなぜ最初から使わなかったか? 使っていたら勝っていたのではないかという質問がありそうだが、答えよう。戦闘そのものには勝てる。
だがそれは嘉神一樹が本気を出さなかった場合に限る。
光をカタツムリの様に感じる速さですらも動けるのが超悦者の本懐。だがそれでも反辿世界には届かない。
もし嘉神一樹が最初からそれを使っていれば勝ち目はなかった。
実際、嘉神一樹が初手に反辿世界を使う事は無かったが、その状態で勝っても加減をされて勝てたとしか思えないだろう。
このバトルの勝敗は、客観的な事実ではなく本人たちの主観によって決められる。
だから時雨驟雨は負けるべくして負けた。それだけだ。
勝てた可能性? ねえよ。