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チート戦線、異常あり。  作者: いちてる
7章 前編 サマーバケーション
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清算 2

「――――うわ……」


 自分が寝たと思ったら目が覚めた。


 疲れていたのとベッドが気持ちよかったため熟眠していたのだろうと頭では納得するが、この感覚は初めてだったので若干戸惑う。


 携帯を取り出し時間を確認すると午後一時を過ぎていた。


 気持ち数秒だったのに三時間以上寝ていたのか。


「……?」


 ふと枕元を見ると赤いシミがついていた。

 恐らく血だろうがなぜこんなところにあるのだろうか。


 それともう一つ気になったことは俺の左と右で温度差がある。

 血がついている左側だけほんのり温かい。


 それこそまるで自分が寝ている時に誰かが忍び込み興奮して鼻血が出てしまったみたいだ。


 …………なんてね。


 推測はしたがすぐにその考えを捨てる。


 温度が違うのはきっと俺が寝がえりをしたためだと、血がついたのは真百合に噛まれたところの血がついたのだろう。


 誰かが忍び込み添い寝するという考えより、そっちの方が現実的だった。


 スリッパをはき部屋を出る。


 するとメイドさんが部屋の前にいた。


「……すごいですね。1秒も狂いなく部屋から出る時間を言い当てるとは」

「月夜さんですか」

「はい。それで嘉神様、お昼食のご用意が出来ましたがどうされますか?」

「もちろんいただきます」


 朝から何も食べてないためかなりお腹がすいていた。


「ではこちらへ」


 案内されたのはある意味予想通りの部屋。


 大富豪が使っていそうな部屋を思い浮かべなさいと言われ、それとこの部屋を比べても大体あっているといえる。


 長テーブルにはより取り見取りの料理が並んでいた。


「これ誰が作ったんですか?」

「わたくしです」

「全部」

「はい」

「ギフトですか?」

「ええ」


 これほどの料理を数時間で作るのは、大人数でやるかギフトを使うかの二択だろうが、真百合はここに人はほとんどいないと言っていたため後者を予測した。


 では一体どんな能力だろうか。


「メイドさんらしく、時間を止める能力ですか?」

「もしそうだとしたら料理なんて作れないですし、何より一人で全部やらせるなんてブラックすぎて逃げ出すでしょう?」


 そうだよな。


 そんな事やらされたらいくら忠義があってもやってられない。


「ですが『時間』関係の能力というのは正当です」

「そうですか」


 『時間』系統か。


 もう『時間』だと言われた時点で、俺の相手にはならないためどうしても落胆してしまう。


「戦闘にはそこそこしか役に立たないけれど、めしべのギフトはかなり便利な能力よ」


 するとそこへ、この勉強部屋(笑)の主である真百合と月夜さんがやってきた。


「もしめしべとすることに抵抗がないのなら、そうするのをお勧めするわ」

「そう言われてもな、『時間』だろ? 俺にとっては三下どころか四下の能力だからな。正直『時間』を自由自在に操るくらいじゃないと欲しいとは思えないんだよな。ただ真百合がそう言うのからにはした方が良いのか?」


 例えば素直に料理を作れるギフトがあるのなら滅茶ほしい。

土下座してでもキスをしたくなる。


 でもそういう能力は『論外』

 『時間』ではないはず。


「流石にわたくしの能力はそこまですごくないです」

「ですよね。そうだったらこんなところで、メイドなんてしないでしょう?」


 ではどういう能力か。


「ギフトネームをお伺いしても?」


 全部答えを聞いても答えてくれそうだったがそれはそれで面白くない。


 戦闘中の考察ではなく、ゆっくりとしたギフト推測も悪くないだろう。


労働機関オーダーメイドといいます」

「メイドですか。わりと天職だったりするんですね」


 きっと身の丈に合った能力なのだろうな。


「あの、わたしとってもお腹すいたんでさっさと座ってくれます? 一人で勝手に食べるの忍びないんですよ」

「あ、悪い悪い」


 俺も腹ペコ状態であることを思い出す。


 冷静に考えて今ここにあるご馳走と役に立つかどうかも分からないギフトを天秤にかける時点でここに並んである料理に失礼だろう。



 ここで食べた料理は今まで生きてきた記憶を思い起こしても一番おいしかったと断言出来た。





「嘉神さん、これでここの用事は終わりです」

「そうなのか。じゃ次はどこに行くんだ? 早苗の所か?」

「そうですね。早苗さんの所で間違いありません」


 ある意味予想通りであるが。


「じゃ、早苗の家まで移動すればいいのか?」

「いえ。そっちじゃありません」

「え?」

「嘉神さんが以前入院していた病院に行ってください」


 ……………!!


「おい。まさか」

「そのまさかです。ですが安心してください。命に別状はありません」


 俺は急いで玄関に向かう。


 そしてそれに月夜さんが続き、さらに真百合が追いかける。


「なぜ先にそっちを言わなかった!?」

「とり急ぐ用件はありませんでしたし」


 月夜さんがそう言うのなら客観的に見ればそうなのだろう。


「だが――――!」

「その前に、お邪魔しました。ご飯美味しかったです。また機会があればお願いしますね」

「ええ。また来てね」

「ああ。またな」


 月夜さんを連れて病院へ移動。


「何号室だ?」

「0372号室です」


 淡々と事実を伝える彼女を置いて自分が出せる限界の速さでそこに向かった。


 そしてそこに早苗がいた。


 牢獄にいたころは記憶になかった。

 記憶が少し戻ってからは月夜さんが何も言わなかったから大丈夫だと思っていた。


 だがそんなことあるわけなかった。


 月夜さんは知っていたのだ。


 本当のことを言えば俺がどうするのか。

 全てを優先してこちらを優先すると。


「早苗!! ………」


 早苗はベッドの上でたくさんのチューブに繋がれていた。


 それだけで十分痛々しいが、なお一層目を引くのが完全に死んでいた右腕だった。

 火傷とか凍傷とかそんな生易しいものじゃない。


 あれは死だ。

 完膚なきまでに死んでいる。

 鬼神化オーガニゼーションで治そうなんて考え持てなかった。

 それくらい早苗の右腕は死んでいた。


「勝手にいかないでくださいよ。追いかけるこっちの身にもなってください」


 冷やかに事実だけを伝えるその声に怒らずにはいられなかった。


「おい! 知ってたのか!!」

「むしろ知らないとでも思っていたのですか? これでもわたし早苗さんの親友ですよ?」

「なぜ言わなかった!!」

「言うまでも無い事でしょう。わたしのギフト、知らないとは言わせません」


 理屈はわかっている。


 彼女にとって眠り続けている状態を治すことよりもトラウマを克服することの方が重要なんだってことが。


「それでもこっちが先だっただろうが?!」

「???? すみません。何言ってるのかさっぱりです」


 両手を逆八の字に広げ明らかにこちらを見下していた。


「これを見てあなたは何が出来ますか? 現実的な解決法を教えてください」

「そ、それは……………」

「今の嘉神さんならわかるでしょう。この傷、わたしたちがどうにかできる範囲じゃありません。何もできないです。無力なんです。現実を見てください」

「くっ………」


 直感的にわかっていた。


 この傷は俺でもどうすることが出来ないと。


 そしてその傷を負わせた女神メープル。


 あれは本物の神であると認めざるを得なくなった。


「では現実を見たところで、次行きましょうか。ここで最後です」

「何しに行くんだ」

「当然、早苗さんの腕を治し、意識を回復させるためです。どうやって? と聞かれる前にヒントを出します。理不尽には理不尽をです」


 何となく分かった。


「神薙椿さんか」


 ギャグ補正で治す戦女神の冠ルナティックティアラなら可能かもしれない。


 俺が知っている中で間違いなく最強の回復能力。


「その人でもきっと可能でしょうが、理不尽の権化と言われたらあの人しかいないでしょう?」

「……………」

「分かったうえで言いたくなさそうなのでわたしが言います。神薙信一に助けを乞うてください」

「……………………………………」


 本音を言うと断りたかった。


 多分だがあの人の方がより正確かつ迅速に早苗を治すことが出来るだろう。


 でもそれはあの人に借りを作るということ。


 闇金相手に金借りて関係ない友人や親族に迷惑かけるくらいなら、大人しく首をくくったほうがいいのではないか? という瀬戸際に、俺は立たされていたのだった。


「大丈夫なんだよな? 俺はお前を信じるぞ!?」

「大丈夫なはずです。多分」


 多幸福感ユーフォリアですら多分になるのかよ。


「仕方ない。腹をくくろう」

「頑張ってくださいね。わたしはここで待ってます」

「は? 着いてきてくれるんじゃないのかよ?」

「嫌ですよ。わたしあれに会いたくないですし」

「奇遇だな。俺もだ」


 そしてそれは人類の共通認識だろう。


「生贄は一人でいいんです」

「おい今生贄って言ったよな?」

「言いましたよ。なにか? さっさといってください。嘉神さんがこうやって一分一秒後回しにすると、早苗さんが目覚めるのも比例して遅くなるんですよ」

「……分かったよ。逝ってきます」


 次元に穴を開け、神薙亭に移動。




 移動した矢先、顔に何かの衝撃が走る。


 その衝撃はぶつかったことによる痛みではなく、この炎天下出来立てのパイを投げつけられたことによって引き起こされた熱さによる衝撃だった。


 しかも一つと言うわけではなくマシンガンの様に噴出されるアップルパイ。


 かわすことなど到底不可能。


 その勢いのまま俺は後ろに倒れ池にダイブしてしまった。


「なんでアップルパイがおふくろの味って言われているか知ってるか? それはアップルパイを早口で10回言えば自ずと答えが見えてくるぜ」

「あっぷるぱいあっぷるぱい」

「違う違う。そんな日本語訛りではなく英語の発音でこういうんだ。


Apple pie

アポーパイ

アォパァイ

ァオパーイ

オォパーイ

オッパーイ

オッパイ!

おっぱい!!!!!」


「まさかおふくろの味ってそういうことですか?」

「その通りだぜ。つまりアップルパイってのは、おっぱいのことだったんだよっ!!」

「流石ですご主人様。素敵です抱いてください」

「もちろんさ、お前のアップルパイに生クリームをたんまりかけてやるから覚悟しな」

「いやん♡」














「…………」


 もうおうち帰りたい。





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