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チート戦線、異常あり。  作者: いちてる
7章 前編 サマーバケーション
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清算 1

 俺がやっと神陵祭に帰り着き一息ついたところで、月夜さんが俺にとある要求をした。


「帰って来て早速で悪いんですけど、嘉神さんにやってもらわないといけないことがあるんです」

「なに?」

「何って、色々ですよ。あなたがこの2か月? あれ? 1年だった気がするんですが……」

「俺がこの町を出ていったのは2か月前。いいね」

「あ、はい」


 1年以上たっている気がしないでもないのは俺も同じだったりする。


 でもそれを言ってはいけないとゴーストがささやくのだ。


「わたしが言いたいのはあなたがやってきたことの清算をやらないといけないという事です」


 言われてみれば確かに思い当たる節しかない気がする。


「というわけで、まずお風呂に入ってください。というか着替えてください」


 今の俺の服装は囚人服である。


 また深夜からの戦闘でかなり服が汚れ人前に出られる恰好で無いのは明らかだった。


 ただそのことで一つ疑問が生じる。


「いいんだけどさ、なんで月夜さんは全く服が汚れてないんだ?」


 そう、彼女学生服で海を渡り、また森の中で隠れていた。


 それなのに泥一つついていないのは疑問である。


超悦者スタイリストの特権ですかね? 自分もよく分かってませんけど」

諸行無情マインドレッテルが効かなかったことがあったけどそれもそれだったりするのか?」


 あの教祖のギフトなぜか聞かなかったことを思い出す。


「らしいですね。わたしにはさっぱりですけど」


 知らないけど出来るか。


 耐性は知らないと出来ないからまた新しい能力なのだろう。


「10分で着替えるけど部屋に入る?」

「いえ、わたし霊感ないですけど弱い自覚はありますから」


 わざわざ説明するまでも無いと言わんばかりにゴーストハウスを見抜くか。


「10分と言わずきっちり20分時間を使って身だしなみを整えてください。その間携帯でも弄ってますから」

「あ、そう」


 月夜さんがそう言うのならそういう事なんだろう。


 大人しく従おう。




 20分後。


「ねえねえ、見て見て」


 外にいた月夜さんに自分の格好を見せる。


「普通に白のYシャツですね」

「そう。Yシャツなんだよ。今まで着てなかったからな、やっと着れたんだ。やっぱ囚人服よりYシャツだよな?」

「そーですね」


 すごく興味がなさそうな返事。


 まあいい。


 今俺はやっとYシャツを着ることが出来機嫌がいい。


「ではいきますか」

「どこに?」

「まず真百合さんの家です。場所は知ってますよね」


 俺は黙ってうなずく。

 真百合か。確かに迷惑をかけたな。


「でもな、今7時半くらいだぞ。もしかしたら寝てるんじゃない?」


 幸いなことに今日は日曜日。


 学校が休みの日だが、だからいつもより多めに寝る可能性は十分にあると考えられる。


「さっき叩き起こしましたから大丈夫です」

「お、おう」


 取りあえず、自分の前と門の前に穴を創る。


「嘉神さん。一つ提案があるんです」

「何?」

「穴を自分から通るんじゃなくて、穴を動かして通りませんか?」


 その発想はなかった。


 それが出来れば日常にも戦術にも応用が利く。


「でも出来るのか?」

「今のあなたにならできるでしょ」


 月夜さんはさも当然と言わんばかりに肯定する。


「じゃやってみるか」


 まず今創った穴を動かそうとする。


「お、出来た」


 普通にできた。びっくり。


「では行きますか」

「もう少し練習させてくれない?」


 この能力失敗すると命に係わるから100%出来ると思わないとやる気が起きない。

 それに自分の命だけではなく月夜さんもかかわるから、大事をとるのは間違いではないはず。


「かまいませんが、わたし視点無駄だということを伝えておきます」


 そこまで信頼してくれてもな。


「まず俺から」


 穴を動かし自分を通させる。


「あり?」


 いざ自分が通るとき、穴が壊れた。

 失敗したのか?


「そう言えば一つ伝えないといけないことが」

「なに?」

「耐性の話です。ついに嘉神さんは『時間』『運命』『世界』を無視することが出来るようになりました。ですが一つ問題があってですね」

「あー。分かった。恩賞も受けられなくなるんだな」

「そういうことです」


 耐性は能力ではなくクラスに対して発動する。


 敵の能力も自分の能力も強弱も関係なく発動してしまうため、こうやって移動することすらできなくなるのか。


「島から出た時はわたしがそう誘導しましたから普通に通れましたけど、今度から意識的にやらないと恩賞を受けれなくなります」

「なるほどな」


 一概にも全てを無視すればいいってわけじゃないんだな。


 むしろ俺の場合反辿世界リバースワールドがあるため、平常時は『世界』無視しない方が良いかもな。


「よし、じゃ気を取り直して」


 『世界』を見下さず、無理矢理持ち上げる。


「行ってきます」

「いってらっしゃい」


 今度は成功。


 目標の場所に移動できた。


 確認したらすぐに元の場所に戻る。


「ただいま」

「おかえりなさい。簡単でしたでしょ?」

「そうだな。じゃ、次は一緒に行くか」


 再び穴を創る。


「今度は同時に二個作ってみてください」

「……ねえ。一応聞くんだけど時間稼ぎとかしてないよね」

「――――――そんなことあるわけないじゃないですかやだなー」


 異様に長い間があった気がするんだが気のせいか。


「そんなにいうんだったら練習なんかせずぶっつけ本番でやればいいじゃないですか。わたしは止めませんよ」


 何と言われようがまず一度練習。


 回廊洞穴クロイスターホールで再び穴を創る。


 普通にできたな。


 この調子なら2,3ではなく一度に数十は創れるか。


 二つの穴を同時に別々の方向へ動かす練習をし


「じゃ、行くか」


 俺達の頭の上に穴を創り、その穴を下に動かすことで俺達が動かずに目的地まで移動する。


「パーフェクトです。嘉神さん」

「どうも」


 特に難しくなかった。


 我ながら成長したなと感心する。


「それにしても大きいよな」


 宝瀬邸を眺めながら呟く。


「ほんとですよね。こんなお城一度でいいから住んでみたいものです」

「真百合曰くここ勉強部屋で家ですらないらしいぞ」

「わたし本気で真百合さんのこと嫌いになりそうです」


 気持ちはわかる。


 勉強部屋に地下室やテニスコートとかあるんだと聞いた時、開いた口が塞がらないを実際に経験するとは思わなかったよ。


「ここで立ち話してもなんだし、早速インターホンを……」

「押す必要はありません。既にアポは取っています」

「何時の間に?」

「貴方がシャワーを浴びている時間にです」

「それでもインターホンは鳴らすべきじゃ」


 俺は一般常識のつもりで話す。


「押さないでください。大丈夫わたしを信じて。わたしがいままで間違えたことしましたか?」

「結構している気がするんだけどな。そこまでいうと信じよう。どこに移動すればいい?」


 真百合の部屋は門から車で5分弱かかるため徒歩で行くのもよろしくない。


「玄関前でいいでしょう」

「そうだな。特に反対意見はない」

「と、その前に電話をしないと」


 そう言って携帯を取り出した。


「今着きました。何してますか?

あ、お風呂入ってるんですね。すぐに上がって玄関に来てください。なんならバスタオル一枚でも構いませんよ。むしろそうした方がいろいろ美味しいことになりそうなのでそっちを推奨しておきますと伝えます。

迎え? いいです。自力で行きますよ。

だったら着替える時間はあるですって?

ほんとすぐに来ますから、具体的に5分後ですから。

伝えましたからね。お出迎えよろしくお願いしますよ」


 …………


「なんか不穏な空気を感じたんだけどこれ気のせいだよね」

「そうですね。気のせいです」

「俺の勘的中率100%の気がするんだけど」

「そりゃ、外した時カウントしなかったらそうなるでしょ」


 勘という存在を全否定されては、ぐうの音も出ない。


「5分後突撃ということで。家主の許可とりましたし問題ありません」

「分かったよ」


 不安しかないが仕方あるまい。


「で、その5分間でちょっと聞きたいことがあるんです。これは完全にわたしの興味本位ですのでこう答えたからどうなるとかはありません」

「何?」

「トロッコ問題って知ってます?」

「それね。知ってる」


 暴走中のトロッコの進行先に工事中の作業員5人がいたとして、分岐器を作動させればトロッコは別路線に移動する。その代わり別路線にいた同じ工事中の作業員1人が死ぬ。


 要するに複数人助けるために小数を犠牲にするのは是か否かという問題。


「あなたはどっちが正義だと思いますか?」

「答える前に言いたいことがある。それそもそも論が間違えてるよ。トロッコ問題は人間の倫理的な思考実験の問題であって、正義がどうこうという問題じゃないからな?」

「そうなんですか?」

「どこかの大学の教授が行ったそれを引用した正義についての授業が流行って、その問題が正義か悪かを決める問題であるかのように間違って広まったんだぞ」


 正義か悪かを問う問題ではない。


「だから月夜さんがした質問は、お昼にうどん食べるのとそばを食べるの、どっちが正義かって聞いているようなもんなんだ」


 強引に使っている小麦の量が少ないからそばが正義なんて言えるかもしれないが、それは屁理屈だというのは言うまでもない。


「何も全ての行動に正義と悪が発生するわけじゃないんだ。その問いの場合、悪はトロッコが暴走した原因であり正義はそうならない様に点検したり、止める手段が正義だ。だからどっちを選んだから正義だ悪だなんて思考は間違えている」

「なるほど」

「それに俺は月夜さん相手に正義だ悪だなんて言ったことないはずだ。月夜さんは正しいが、正義でも悪でも無い」


 大を救うために小を犠牲にするのは功利主義であって、正義じゃない。


 かといって悪でもないのは明らか。


「では改めて問います。あなたならどうします?」

「自分がレール上に飛び降りて脱線を計る」


 即答してやった。


「二択って言いませんでしたっけ?」

「逆に聞くが、なんで他に有用な手段があるのにその二択に絞られるんだ? コンピュータじゃないんだ。0と1だけじゃない。2も3もある」

「…………どうしても、その2択になったとしてです」


 それなら少し考えて


「何もしない」


 そう答えた。


「その心は?」

「する理由が無いから」

「うわひどっ」


 彼女に呆れられたが自分の意見を話す。


「多いから助けるを認めてしまった場合、健康な子供を連れ去って臓器提供する行為を是としてしまう。極端な話ストレス解消のためイジメするのだって一種の功利主義だろ?」


 大や多を助けるは正義ではない。

 故に無関係ならば行動しない。


 生贄を素直に認めるわけにはいかない。


 多いから助けるを否定してしまえば、助ける理由が存在しない。


「もちろん月夜さんは平然と多い方を選択するんだろ?」

「当然です」

「それについて俺は悪いとは言わないし寧ろ正しいとも言うだろうな。ただ、正義とはとてもじゃないがいいがたい」


 そしてしばしの沈黙。


「納得はできませんでしたが理解はしました。予想通りと言いますか、あなたとわたしは似ているようで全く違う」

「そうだな、目指す場所は同じだろうが、その目的が明確に違うしな」

「逆でも無い、裏でも無い。対偶と言うべきなんでしょうね」


 対偶。


 裏の逆。

 逆の裏。


「割といい例えだとおもうぞ」

「褒めてくれてありがとうございます」


 わざわざ礼を言われるほど褒めたつもりはないんだがな。


「ではそろそろ5分経ちましたし、侵入しましょうか」

「了解。回廊洞穴クロイスターホール


 玄関前に移動。


 インターホンは門の前にあるため玄関前にはない。


 そのため月夜さんはかなり強く扉をノックした。


「まーゆりさーん。あーそびーましょー」

「開いてるわよ。勝手に入りなさい」


 聞こえた声はかなりやつれていた。

 体調が悪いのだろうか?


「なあ、気分悪そうだから日を改めた方がよくないか?」

「気分が悪そうですので、最初は真百合さんなんですよ」


 どういう意味かさっぱり分からん。

 しかしその意味をここで考えても仕方ないな。


 重いと覚悟して開けた扉は意外と軽く、勢い余ってバランスを崩した。


 その結果、家主が玄関から外を見ても死角になってしまう位置に移動してしまったことになる。


「お邪魔します」

「邪魔するのなら正直帰ってほしいのだけど」

「あはは。そんなこといっていいんですか?」

「なによ? もしあなたが嘉神君を連れてきたなんて言ったらそれこそなんでもしてもいいの………」


 目と目があう。


 バスローブを身に着けやっぱりというべきか、朝風呂に入っていたのだろう。


「――」


 真百合がフリーズした。


 一瞬反辿世界リバースワールドが誤作動したのかと思ったが、周りは普通に動いているため止まっているのは真百合だけだった。


「えっと……ただいま?」


 手を振ってみて反応をうかがう。


 すると少しずつ動き始め俺の手を握った。


 うん、この手は真百合だ。

 そして向こうもそれを感じているだろう。


 握った手を離したと思えば今度は俺の顔をペタペタと触りだす。


「――嘉神君?」

「はい」

「あ、ぁぁあああああっっっぅあああああ」


 フリーズしたと思ったらいきなりバグったぞ!?


「だいじょ……うぉお!?」


 投げられた?


 全く対応できなかった。

 気がついた時は天井を見ていた。


 これがもし戦闘であったらとぞっとするが、このあとそれ以上にぞっとする事態が起きた。


 真百合は俺の両肩を掴み馬乗りして、瞳孔はこれ以上開かないであろうくらい開いていた。


 俗にいう床ドンである。


「たす……ただいま?」


 ただいまではなく助けてと言いかける。


「嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君嘉神君」

「ふぇぇ」


 真百合さん怖いんだよぉぉ。


 と、冗談を言わないとやっていけそうにない。


 まだ朝とはいえ季節は夏。


 かなり暑いはずだったのに、背筋から流れる汗と鳥肌が止まらない。


 真百合の動向は開いているのに瞳は光がない。


 今の彼女を例えるなら……まるまる太った子羊を前にする1週間何も食べていない野獣。


 美女は野獣。


 正直ちびりそうです。



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